ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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六巻に、突入しました。


第6章
49話


 

 

 

 俺は…帰ってきた。

 

 穏やかで、平和で、平凡で、ちょっと退屈な日々に…俺は再び帰ってきた。

 

 ドラマチックな展開なんてありえないけど、それだけに尊い日常の世界。

 

 俺には相応しくないなどと勝手に決めつけて、ふて腐れて、背を向けて……

 

 そして、とある教え子に手を引かれ、連れ戻された、とても眩い日向の世界――

 

(俺は…ここに居ても…いいんだ……)

 

 こんな優しい時間を、これからも享受できるのだ、と。

 

 そして、できればもう一人、今は連邦に帰っているある教え子にもこういう世界を享受できればいいと、教師らしくそんなこと考えて。

 

 この温かな世界に、こんな俺が居ることを許してくれた彼女に対し、俺ができることは…報いられることはなんなのだろう?と。

 

 ガラにもなく、そんなことを、ぼんやり考えていた…そんな矢先。

 

 ――その事件は起こった。

 

 

 

「グレン君。…君、クビね」

 

「え?」

 

 不意に突きつけられた、リック学院長のあまりにも無慈悲な最後通牒。

 

「……え?えぇええええええええええええ――ッ!?」

 

 アルザーノ帝国魔術学院の学院長室に、グレンの素っ頓狂な叫びが響き渡っていた。

 

「ちょ、ちょ、ちょ、どぉいうことですか!?学院長ぉッ!?」

 

 動揺も露に、グレンは学院長が腰かける机に両手をついて詰め寄った。

 

「俺、クビになるようなことは――…た、多分、何一つやっていないっすよ!?」

 

「どうして、そこで言葉を詰まらせたのかは…まぁ、後日、論じることにして……」

 

 好々爺然とした面持ちで、リック学院長は言った。

 

「さて、先ほどの物言いには少々語弊があったのう。訂正しよう」

 

「……語弊?」

 

「うむ。より正確には『君、このままだとクビになるぞ』の方が正しい」

 

「そ、それは一体、どういう……?」

 

 と、その時である。

 

「……ったく。馬鹿だ、馬鹿だとは思っていたけど、まさかここまで馬鹿だとは思ってなかったぞ、グレン……」

 

 壁に背を預けたセリカが、グレン達の会話に割って入っていた。その芙蓉のかんばせを引きつらせ、ビキビキとこめかみに青筋を立てているあたり、相当お冠のようだった。

 

 そんなセリカは、先の地下迷宮探索での負傷がまだ癒えきっていなかった。その妖艶な肢体のあちこちに包帯が巻かれ、膏薬が貼られ、三角巾で左腕を吊っている。

 

 普段の超然とした様相からは想像できない、あまりにも痛々しいその姿。

 

「グレン…お前、魔術論文の提出はどうした…?あぁ…?今期の提出期限はとっくに過ぎているぞ……?」

 

 だが、痛々しくも弱々しさは微塵も感じさせず、思わず背筋が凍りつくようなド迫力を言葉の端々と笑顔に漲らせ、セリカが凄む。

 

「……え?魔術論文?」

 

 鳩が豆鉄砲をくらったが如くきょとんとして、目をぱちくりさせるグレン。

 

「……なにそれ?それ、俺も書かなきゃ駄目なの?」

 

「≪当たり前だ・この・馬鹿≫ぁああああああ――ッ!?」

 

 その瞬間、巻き起こる爆炎。

 

 セリカが唱えた爆裂呪文が、グレンを派手に吹き飛ばしたのである。

 

「お前、学院の魔術講師だろ!?定期的に自分の魔術研究の成果を論文にまとめて報告しなきゃダメに決まってるだろ!?」

 

 セリカが真っ黒こげになったグレンの胸倉を掴み上げ、うがーっ!とまくし立て……

 

「げほごほ…な…なんだそれ…き、聞いてねぇ……」

 

「職務規定書くらい目を通しておけ、この馬鹿ちん!」

 

 さらに、ぐったりとしたグレンの頭を左右に激しくシェイクするのだった。

 

「しかし、その反応じゃお前、論文に書けるような研究なんて何一つやってないな?」

 

「……う」

 

「講師職の雇用契約の更新条件は、定期的に研究成果を魔術論文にして提出すること――これはれっきとした魔術学院のルールだ。ルールの穴を突いて、お前を講師職にねじ込んだ時と状況が違う。いくら私だって、流石に庇えないぞ?どうするんだよ?」

 

「セリカ、いいことを思いついたぜ。このまま無職の引きこもりに戻るというのは……」

 

「却下だ、ボケ!」

 

 この期に及んでふざけたことをぬかすグレンを、セリカは容赦なく蹴り倒した。

 

「痛てて…とまぁ、冗談はこのくらいにしておいて……」

 

 よろよろとグレンが立ち上がり、学院長に真っ直ぐ向き直った。

 

「なんとかなりませんか、学院長。こんなこと俺が言う資格なんてないんですけど…俺、もう少しだけ講師続けたいんです。せめてあいつらが卒業するまでは……」

 

「……え?ぐ、グレン…お前……?」

 

 真摯な表情でそんなことを言うグレンに、セリカが驚愕の表情で目を剥く。まさかグレンの口からそのような言葉が出るだなんて、微塵も予想していなかったのだ。

 

「ふむ……」

 

 その珍しく殊勝な態度のグレンに、学院長も神妙な面持ちで押し黙り……

 

「論文の提出、もう少しだけ待ってください!必ず何か書いて提出しますんで…お願いします!チャンスをくださいッ!」

 

 グレンは必死の表情で、頭を下げるのであった――

 

 

 

 ――と、その内心では。

 

(ヤベェエエエエエエエエ――ッ!?クビはやべぇえええええええ――ッ!?)

 

 グレンはかつてないほど狼狽え、戦々恐々していた。

 

(今、クビはマジで困るぞ!?つい先日、セリカがいない間に、密かにセリカの名義で分割決済を組んでアレを注文したばっかりだぞ!?その支払いが――ッ!?)

 

 アレとは、『複製人形』と呼ばれる魔導人形である。

 

 なんてことはない。自分そっくりに変身させたその『複製人形』に、講師の仕事を教えて代役とし、たまに仕事をサボれるようにしてやろうという浅ましい魂胆。

 

 ……成長しているようで、まるで成長していないグレンであった。

 

 せめてあいつらが卒業するまでは…そんな言葉が無意識に口を突いて出るあたり、多少、心境に変化はあるようだが…まだまだのようである。

 

(くっそぉ、俺の名じゃ信用ないからセリカの名を出したのと、返品不可能にして値切ったのが完全に裏目だ!まだクビになるわけにはいかねえ!せめて支払いが終わるまではッ!そもそも勝手にあんなもん買ったのがバレたら、セリカに殺されるッ!?)

 

 てなわけで――

 

 

 

「お願いしますッ!学院長ッ!」

 

 ――平身低頭の勢いで、グレンはより一層、深く頭を下げるのであった。

 

「何か論文を書く…とは言っても、グレン君、論文に書くネタはあるのかね?ちょっと文献調査をした程度の適当なものでは、流石に審査をパスできぬぞ?」

 

 難しい顔で、学院長が応じる。

 

「そ、それは……」

 

「我々魔術師にとって魔術研究が遅れるというのはよくあることだ。ゆえに提出期限は決まってはいるが、猶予期間みたいなものがあり、そのあたりは慣例的にかなり緩やかではある。だが、それも論文に書ける研究があってこそのものだ。君にそれがあるかね?」

 

 グレンが苦虫を噛み潰したような表情になる。確かに、今まで何一つ研究をやってないくせに、小手先の文章だけで乗り切れるほど、その審査とやらも甘くないだろう。

 

(これは…流石に詰んだか?あいつらになんて申し開きしようかな……?)

 

 グレンが支払い見込みのなくなる分割決済のことよりも先に、自分の教え子達に対してなんとも形容しがたい罪悪感を覚えていると――

 

「しかし…まぁ、君は運が良い、グレン君」

 

 にこり、と学院長が笑って、話を続けた。

 

「君は『タウムの天文神殿』をご存知かな?」

 

「……?それって、北の街道からやや外れた場所にある古代遺跡…ですよね?」

 

 話の見えないグレンが、首を傾げながら記憶の片隅を掘り起こした。

 

「うむ。君もご存知のとおり探索危険度F級、有益な魔法遺産も出土されず、霊脈も平凡、魔術的な価値も低ければ、歴史的資料的価値も低い。あのような僻地になければ、今頃、観光名所となっているような、そんな遺跡じゃが……」

 

 少しの間を置き、リックは自身も微かに怪訝な顔色を浮かべ、言った。

 

「今から数年前、とある魔術師の調査によって、その『タウムの天文神殿』は、古代の空間転移儀式場である…という説が浮上してのう……」

 

「……えっ!?ちょ、それマジっすか!?」

 

 思わず目を剥いて、グレンがリック学院長に詰め寄る。

 

「それ、与太話じゃないんすか!?『タウムの天文神殿』なんて、もう散々調べ尽くされてますし…そ、それに、時空間転移だなんて――」

 

 時空間転移魔術…少し魔術をかじっている者ならば、一笑に付すような話だ。

 

 時間と空間は一続きで連続して未来に向かって存在するもの。両者は別々のパラメータとして存在しているものではなく、表裏一体の存在なのである。

 

 それゆえに、同一空間内において流れる時間を早くする、遅くする、同一時間流内において空間を跳躍する、歪める…その程度なら(無論、恐ろしく高度だが)できても、その両者を切り離して、とある時空間地点から別の時空間地点へと移動する…所謂、時間旅行と呼ばれるそれは、魔術理論的に不可能なのだ。

 

 魔術の二大法則の一つ『零点収束の法則』――あらゆる世界法則は、常に最も自然で安定した形へと収束し、世界は矛盾を許さない――この法則に阻まれるのである。

 

「……じゃが、それをただの与太話と一笑に付すには、その説を提唱した魔術師が…あまりにも天才で優秀過ぎたのじゃ」

 

 学院長が困ったように苦笑し、息を吐く。

 

「グレン君の言うとおり『タウムの天文神殿』は、昔から散々調べ尽くされ、結局、魔術的な発見は何も見つからなかった遺跡…ゆえに誰も調べたがらない。そもそも、皆、自分の魔術研究に忙しく、そんな時間も予算もない。しかし、件の天才魔術師がそのような説を提唱した以上、無視することもできず、再調査の必要だけはある……」

 

 と、学院長は意味深げにグレンを流し見た。

 

「『タウムの天文神殿』…今までずっと放置されておったのじゃが…そろそろ誰かが調査に行くべきだとは思わぬかね?」

 

「学院長…それって…ひょっとして……?」

 

 目を見開くグレンに、学院長が力強く頷いた。

 

「グレン君。君が調査隊を率いて、その『タウムの天文神殿』の再調査を行ってはくれぬかね?万が一、古代の時空間転移魔術が見つかれば、それは魔術史上に残る世紀の大発見。また、『やはり何もなかった』という結果も立派な成果、その調査結果を論文にすれば、まぁ…古参の講師・教授陣からはブイブイ文句は出るじゃろうが…今回だけは、それでなんとか乗り切れるじゃろう。…どうじゃ?」

 

 それは、グレンにとっては、まさに渡りに船な申し出だ。

 

 グレンは身を乗り出し、感極まったように学院長の手を取る。

 

 そして、爽やかな顔で力強く言った。

 

「学院長…ッ!わかりました!その一件、俺に任せてくださいッ!」

 

 

 ――と、熱く語るその内心――

 

(だぁああああああッ!?面倒臭ぇええええええ――ッ!?)

 

 グレンは頭を抱えて叫び出したい気分であった。

 

(遺跡調査だとぉッ!?引きこもりたい俺に、そんなフィールドワーク、拷問でしょ――ッ!?そーゆーの面倒いんで、もっと簡単なやつ、ないんすかねぇ――ッ!?)

 

 ……やはり、まるで成長していないグレンであった。

 

(大体、なーにが、時空間転移☆魔術ぅ~だよ!?うさんくさ過ぎて一攫千金を狙う気も起らんわ!古代の隠し財宝がぁ~とか、そういう話だったらなぁ――ッ!?)

 

 そんなグレンのしょうもない内心など露知らず、学院長が申し訳なさそうに告げる。

 

「ただし、言いづらいんじゃが…この件、調査予算は下りん。グレン君の自腹になるじゃろう。今期の予算申請はとっくに終わってるし、特例で予算申請を通したとしても、その処理を待っていると、恐らく調査と論文執筆は猶予期間に間に合わぬしゃろう」

 

(な、なんですとぉおおおおおお――ッ!?自腹!?ハラ・キーリッ!?)

 

 心の中のグレンは、眦が引きちぎれて目玉が飛び出そうなくらい目を剥いていた。

 

「大丈夫です!講師を続けられるなら、そんなの安い出費です!」

 

 動揺を辛うじてねじ伏せ、グレンは偽りの情熱に満ちた表情でそう言ってのけた。

 

(ぐはっ!痛ぇッ!?学院から予算すら下りない調査なんてマジでキッツい!ど、どうする…ッ!?これじゃどの道、まともな調査なんかできねーぞ!?ただでさえ減給されまくりで、懐が寂し過ぎるのに……ッ!?)

 

 その悲しい余裕のなさが、グレンのさらなる浅ましい悪知恵を加速させていく……

 

(そ、そうだ…ッ!金で遺跡調査を雇わず、代わりに生徒達を使えば、人件費が大きく削減できるじゃなーい…ッ!?クックック……ッ!)

 

 ドクズであった。

 

(確かに、探索危険度D級以上の遺跡なら、生徒達を連れて行くなんてありえねえ…だーが、しかし!都合のよいことに『タウムの天文神殿』はF級!最下位!学院が生徒達に課す『遺跡探索調査実習』でも使われない雑魚遺跡!全ッ然、問題なし!)

 

 面の皮の上に取り繕った情熱を微塵も揺るがさず、グレンは悪知恵を加速させていく。

 

(よぉーし、適当に生徒達を丸め込んで、馬車馬のようにコキ使ってやろう…俺のクビを繋ぐために…給料のためにッ!)

 

 

 グレンがそんな最低最悪なことを考えて、内心ほくそ笑んでいた…その時だ。

 

「グレン!」

 

 グレンの前に、真顔のセリカが詰め寄っていた。

 

(げっ!?セリカ!?ま、まさか、俺の企みを察して……ッ!?)

 

 さぁっと血の気が引く感触と震えを、グレンが必死に堪えていると……

 

「……グレン…お前……」

 

 不意に、セリカはふっと表情を緩めて笑みを浮かべ…じわり、と涙ぐみ……

 

「自腹を切ってまで、魔術講師を続けたいなんて…よかった…お前、本当に変わったんだな…本当に…よかった……」

 

 指でそっと目の端に浮かぶ涙を拭うセリカ。その表情は、普段の怜悧で硬質な相貌からは想像できないほど嬉しそうで…何かが救われたかのようだった。

 

「……え?あ、おう…うん、…まぁ…、…え?」

 

 まったく予想外なセリカの反応に、脂汗を額に浮かべて戸惑うしかないグレン。

 

「ほっほっほ…セリカ君は、色々と君のことを心配していたのだよ」

 

 学院長も表情を綻ばせ、言う。

 

「詳しい事情は知らぬが…グレン君、君はその昔、色々と辛いことがあったらしいの…そのせいで、ずっと将来に希望が持てなかったとも。セリカ君はな、そんな君のことをいつも案じていたのじゃよ…君が魔術講師になった後もな」

 

「が、が、学院長ッ!?」

 

 途端、セリカが顔を真っ赤にして声を裏返し、慌てて怒ったように抗議する。

 

「そ、それは、グレンの前では言わない約束だろ!?ず、ズルいぞ、反則だッ!」

 

「おおっと、そうじゃったなぁ、すまぬ、つい……」

 

(……………クッソ心が痛ぇ……)

 

 グレンは、グサグサ痛む心に頬を引き攣らせ、脂汗を滝のように流していた。

 

「……えーと、まぁ、そ、そういうことですので……」

 

 とりあえず、グレンはセリカ達に背を向けて、そそくさと逃げるように歩き出す。

 

「た、『タウムの天文神殿』の再調査…確かに引き受けました!ぼ、ボクは早速、その準備に取りかかりますんで…これで……」

 

「グレン」

 

 グレンが学院長室から出て行く瞬間、セリカに呼ばれ、グレンはふと立ち止まる。

 

「……頑張れよ」

 

「ああ。任せろ」

 

 そこだけは妙に力強く応じ、グレンは学院長室から去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルザーノ帝国魔術学院で、そんなこんなでグレンが自分の不祥事を生徒達をコキ使ってまでなんとかしようとしていた、その次の日。

 

 アメリカ連邦、ニューヨーク。

 

「…………」

 

 約一週間前にフェジテから帰ってきたジョセフは、自室のベッドで静かに寝息を立てていた。

 

 時刻は午前三時。アルザーノ帝国からは時差で五時間ほど遅れている。

 

 ジャティスがフェジテで起こした事件で両腕を失ったジョセフは、義手を取り付けてもらうために帝国から船で連邦に帰国していた。

 

 帰国した後、義手を取り付けるため、ウェストポイントにある陸軍軍学校に寄り、神経を使って信号を送ることにより、自在に動かせる義手を着けてもらったため――そのために手術もした――、ジョセフの両腕には、『新しい腕』があった。

 

 ウーツ鋼でできた、まるで人の手の骨がウーツ鋼としてむき出しになったような――指の場合、関節までウーツ鋼で再現されている――義手を装着した当初は、慣れなくていつもできていたことが手間取ったりしていたが、そのうち動かす度に慣れてしまい、寝る前にはすっかり自在に扱えるようになった。

 

 外の通りにはまだ人がいない時間。

 

 その時間にベッドの傍に置いていた宝石の通信魔導器から音が鳴っていた。

 

 因みに、この通信魔導器は魔術学院から拝借した物である。グレンが繋ぎやすいようにグルでこっそりと持っていたのだ。

 

 つまり、発信者はもちろんグレンである。

 

「……こんな朝早くに、なんの用やねん、先生は」

 

 発信音で目が覚めたジョセフは、眠そうな目で灯かりをつけ、通信魔導器を取り出す。

 

「……はい、何でございましょうか?」

 

 かなり不機嫌な声で発信者にそう尋ねる。

 

『おう、ジョセフか。ったく、いつまで寝てんだ?もう朝の八時だぞ?』

 

 通信魔導器越しに聞こえる声――やたらハイテンションな声の主であるグレンが帝国時間でそう告げる。

 

 背後では、恐らく授業開始前だろう。クラスメート達の声が聞こえてくる。

 

「……先生、帝国ではそうかもしれませんが、連邦、ニューヨークはまだ夜中の三時ですよ?」

 

『え?そうなの?』

 

「時差があるでしょうが、この馬鹿ちん……」

 

 まるで時差?何それおいしいの?みたいな声をだすグレンに、ジョセフは呆れながらそう呟く。

 

「で?何の用ですか?何もないなら切りますよ?」

 

『あぁ、いや、実はな今、俺のクビが…「ありがとうございました。今後のご健勝をお祈りします」ステイ、ステーイッ!』

 

 ジョセフが切ろうとしたところを、グレンが慌てて止める。

 

「なんなんですか?うるさいなぁ、もう」

 

『人の話を最後まで聞こうッ!?聞いた後で判断しようッ!?とりあえず話を聞きましょうッ!?』

 

 朝っぱらからうるさいグレンの声がジョセフの無機質な部屋に響き渡る。

 

 とりあえず、話を聞いてみたところによると、グレンは今、魔術論文の提出をしていないため、このままだとクビになるかもしれないということ。

 

 そこで、リック学院長は救済策として、北の街道がら少し外れたところにある『タウムの天文神殿』の再調査、それによる論文執筆をすることになったこと。

 

 さらに、調査隊の人件費を削るため――元々、減給に次ぐ減給で懐がカツカツなグレンだから、まともに調査隊なんて組むことなどできるわけないが――生徒達の一部を引き連れていくこと。

 

「――いや、何、自分の不祥事を生徒に拭かせようとしているんですか…アホちゃいます?」

 

『ぐっ…お前もギイブルと同じこと言いやがって……』

 

 あっ、ギイブルにも言われたのね。ギイブルから嘲笑と侮蔑を込めて言われたんだろうなと想像する。

 

『まぁ、それはそうとだ、ジョセフ、お前も来い』

 

「……は?」

 

 あまりにも突然の提案にジョセフは硬直する。

 

 いや、来いと言われても、今、ジョセフはニューヨークにいるのだ。すぐに来れるわけがない。

 

「あの…先生、俺は今、ニューヨークにいるんですよ?すぐに来れるわけないでしょう……」

 

『あ、それなら来週ぐらいに遺跡調査に出発するからな、まぁハードなスケジュールになることはわかってるんだが……』

 

 グレンは一呼吸置き。

 

『まぁ、なんだそこは探索危険度F級で危険はほぼないんだがな、万が一ということもある。何せ何も魔術的な価値がないとわかった途端、しばらく放置されていたらしいからな。魔獣がいるかもしれんし、中もなにがあるかわからん。リィエルも参加するが、ジョセフ、お前が来てくれたら、かなり心強い』

 

「………」

 

 ジョセフはグレンが自分に対して気遣っていることを薄々感づいていた。

 

 多分、このまま帝国に戻って、学院に復学したとしても、システィーナとレオスの結婚式に参列していた一部の生徒達との気まずい空気が待っているだけだ。

 

「因みに、誰が調査隊に参加するんです?」

 

『ああ、それなら白猫と大天使ルミア様とリィエル、カッシュ、ギイブル、セシル、テレサ、リン、あと…ウェンディだな』

 

 なるほど、調査隊のメンバーを聞いて、ジョセフは納得した。システィーナやルミア、リィエルはともかく、残りのメンバーはあの結婚式に参列し、そしてジョセフの正体をその場で目にした連中ばかりだ。

 

 グレンはこれを機会にジョセフとの気まずい雰囲気を何とか和らげたいと考えているのだろう。

 

「……ホンマ、先生もアホやなぁ」

 

『むっ、アホとはなんだ、アホとは…このグレン大先生様に対してアホとはこの無礼者め!』

 

「ええ、そうですね。自分の不祥事なのに生徒達をコキ使う、大先生様ですもんねー」

 

『やめて、それ以上耳の痛いこと言わないで……』

 

 まったく、どいつもこいつも、お人好しなもんで……

 

「……現地で合流でよろしいですか?」

 

『……え?』

 

「いや、だから、現地で合流でええんかと聞いてるんです」

 

 流石に、日程的にそうじゃないとかなり厳しい。

 

『ああ、まぁ、うん、いいけど、移動手段どうするんだ?』

 

 そう聞かれると、ジョセフはくすりと笑い。

 

「先生、今の時代、馬車なんて時代遅れですよ?」

 

『……はい?』

 

 グレンが多分、鳩が豆鉄砲を食らったようなきょとんとした顔でこちらの真意を考えているだろう。

 

「まぁ、ほんなら現地で会いましょう。なら切りまっせ」

 

『ああ、現地でな。どうやってくるかわからんが』

 

 そういって、通信魔導器を切る。

 

「さて、んじゃ明日、ニューヨークを出ましょうかね」

 

 明日なら、帝国に着いて現地での合流に間に合うだろうし。

 

 大きく背伸びしたジョセフは窓を見て、まだ日が昇っていないが、ちらほらと車が通り始めたニューヨークの通りの風景を眺めながら呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 





久々に州の紹介。

今回はアラバマ州です。

人口487万人。州都はモンゴメリー。主な都市にバーミングハム、モンゴメリー、ハンツビル、モービル、タスカルーサ。

愛称は南部の心臓です。

22番目に加入しました。

南北戦争から第二次世界大戦まで、他の南部州と同様に農業への依存が続いていたこともあって、アラバマ州は経済的に困難な時代を味わいました。

工業や都市部が成長したにも拘わらず、1960年代までは田園部の白人の利権が州議会を支配しており、都市部とアフリカ系アメリカ人の権利は優先されませんでした。

ミシシッピ州と並んで黒人比率の高い州です。バーミングハムは南部の金融の中心地です。

全米一保守的な州としても知られ、日本で言うと群馬みたいな存在なのですが、近年はこのままでは…と海外資本をウェルカムしている模様です。

州北部に位置するハンツビルは航空宇宙産業で有名で、マーシャル宇宙飛行センターがあります。

また、沿岸部はガルフコーストと呼ばれる南部有数のビーチリゾートで、港町モービルはフォレストガンプの舞台として有名になりました。


以上!!

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