ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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居酒屋クーポン……

あ、まだ伴奏中です。

あ、はい……

あ、はい、ここから!

あ、居酒屋クーポン


51話

 野営地を設営し終えた、夜遅く。

 

 皆それぞれの天幕で寝静まっている中、ジョセフだけ外に出て焚火が焚いていたところに腰かけていた。

 

 手袋を外し、黒にコーティングされた無機質な義手を眺める。

 

 まるで自分の言うとおりに自在に動かせる義手。しかし、自分の腕ではない義手。感触はわかるが、人の温もりが感じられない。

 

「………」

 

 そんな義手をぼんやり眺めていた、その時だ。

 

「まだ、起きていらっしゃったの?ジョセフ」

 

「……そう言うお前こそ起きてたんや、ウェンディ?」

 

 ジョセフは、じっとしたまま、そう返す。

 

「誰かさんが起きてらっしゃったものですから。それよりも……」

 

 ウェンディはジョセフの両腕を見る。

 

「その両腕はどうしたんですの?まさか、重傷っていうのは……」

 

「……そうや、あの事件で、両腕を失くしたんや」

 

 この時、ジョセフは不思議にも隠そうとかそういうことをしなかった。

 

 ウェンディは、隣に腰かけ、ジョセフの右腕を触る。

 

 感触はあるのに、温もりが感じない。

 

「冷たい……」

 

 ウェンディは右腕の義手を両手で握りしめ、そう呟く。

 

「……」

 

 ジョセフは何も言わない。何も言えない。

 

「ジョセフ……」

 

「なんや?」

 

「今は何も聞きませんわ。貴方が軍人ということはわかりましたし、今はまだ詳しくは聞きませんわ。だから――」

 

 ウェンディがジョセフを真っ直ぐ見つめ――

 

「――どうか、一人で無茶しないでくださいまし。私達を守ってくれたのは感謝してますけど、貴方が死んでしまったら何にもなりませんわ」

 

 ウェンディのこの正論過ぎる言葉にジョセフは何も言い返せない。

 

 確かに、クラスの生徒達を守れたとしても、自分が死んでしまったら残された者達はどうなるか。

 

 重傷を負ったということで心配するのだ。死んだと知れば、その比ではない。

 

 そして、ウェンディだけではなくあの場にいた他のクラスメートも聞きたいことは山ほどあるだろう。

 

 それでも、ジョセフが自ら話してくれるまでは聞かないことにしていた。

 

「確かに死んだら…すまん、自分のことしか考えてなかったわ」

 

 ジョセフが謝罪すると、ウェンディはジョセフに寄りかかった。

 

 義手を両手で包み込んだまま、自分の膝に置く。

 

「ウェンディ?」

 

 肩に彼女の温もりが服を通して伝わってくる。

 

「……しばらくは、私が傍にいた方がいいですわね」

 

「はぁ?」

 

 ジョセフは間抜けな声でそう返し。

 

「いいから、しばらく傍にいてくださいまし」

 

「お前なあ…はぁ、わかったよ」

 

 ジョセフが諦めたようにそう言い、ウェンディに寄り添う。

 

 なんか恥ずかしい。

 

 でも、なんかこれはこれで悪くないと思っていたりして。

 

 そう思いながら。

 

 二人はしばらく寄り添い続けていた。

 

 

 

 

 今にも落ちてきそうな星空の下で。

 

 前方へ無限に続く≪星の回廊≫を駆け抜けながら――私は、一人物思う。

 

 それは、私がこの世界を初めて認識してからの日々について、だ。

 

 …………。

 

 ……目覚めて以来、私には『声』が聞こえた。

 

 ――私は、私の使命を果たさなければならない――

 

 そう、なんとなくわかる。

 

 目覚める以前の記憶をすべて失おうとも、魂がそれを覚えている。

 

 かつて記憶を失う前の私には…為さねばならないことが確かにあったのだ。

 

 それは本当に大切なことで…私の命よりも重要なことだったはずなのだ。

 

 私が、私の存在をかけて成し遂げねばならない重大な使命だったはずなのだ。

 

 だが、滑稽なことに、私はその使命とやらを――いつまで経っても、まったく思い出すことができなかったのである。

 

 そして。

 

 それゆえに苦悩する私へ、さらなる残酷な事実が、やがて突きつけられる。

 

 ――永遠者。

 

 ある時、魔術的な検査で偶然判明した、私の特異体質。

 

 私の身体は歳を取らない。一つの生命体として生命活動を行いつつも、時間が止まっている――私はそんな矛盾した状態であったのである。

 

 その原因は謎。原理も不明。無論、私自身なんの心当たりもない。

 

 まるで『使命を思い出し、その使命を果たすまで、お前が死ぬことは許されない』…何者かに、暗にそう突きつけられているかのようであった。

 

 さて。

 

 世界真理を追い求め続ける魔術師達の、その最終到達点の一つでもある永遠者。

 

 魔術師ではなくとも、誰もが一度は憧れる夢の奇跡だが――

 

 どうも、えてして憧憬と現実は異なるものらしい。

 

 自分と明らかに異なる存在に対する嫌悪と畏怖からか、あるいは明らかに自分以上の存在に対する羨望と嫉妬からか…私がその永遠者であることが判明した途端、誰もが私を気味悪がり、敬遠し、遠ざかっていった。

 

 かつて私に永遠の愛を囁き、一度は将来を誓い合ったはずの人すらも…「お前は人間じゃない、化け物だ」と罵倒し、去って行った。

 

 そして、いつまで経っても年若い姿のままの私に集まる、大衆の嫌悪の視線と迫害。

 

 次第に苛立ち、摩耗し、ささくれ立っていく私の心。

 

 それでも、こんな私の側にいてくれた者は…とても数は少ないが、いた。

 

 でも、彼らは人間。私は人間じゃない。

 

 彼らは、生きとし生ける者の定めに逆らえず……

 

 やがて、時の流れるままに老い…衰え…そして……

 

 …………。

 

 ……私が目覚めてから、数十年。手向けの花を抱え、そんな彼らの墓標の前に立った私の姿は…この世界で、最初に目覚めたあの時の頃のまま。

 

 ――やはり、まったく歳を取っていなかった。

 

「……畜生」

 

 ぴきり。 

 

 私の中で…何かが壊れた、瞬間だった。

 

 

 

 遺跡に到着した、次の日。

 

 万が一のため、セシルやリンなど何人かの生徒を待機・連絡班として守護結界内の野営場に残し、グレンは早速、遺跡内へと足を踏み入れる。

 

 グレンを先頭に、アーチ型の神殿入り口から遺跡内へ入ると、すぐに日の光は届かなくなり、視界は闇が支配的な暗黒の世界へと変貌した。

 

 実はこの遺跡、巨大な一枚岩を掘削して形作る、という謎の建築様式で作られたものであり、外から日の光りを取り入れる機構が何一つない。

 

 ゆえに、先頭のグレンが指先に灯した黒魔【トーチ・ライト】…魔術の光を頼りに、一歩一歩少しずつ、遺跡内の通路を進んでいく。

 

 そして、そんなグレン達を手荒く歓迎する者達がいた――

 

 

 

「こ、こんなの聞いていませんわッ!ここは安全な遺跡なのでは――」

 

「いいから撃て!ほら、来たぞ!?」

 

「ああもう!今回、こんなのばっかりですわっ!」

 

 通路の奥からグレン達を目掛け、何者かが宙を滑るようにやってくる。

 

 人影が実体化したようなもの…羽を生やした小さな妖精のようなもの…人魂のようなもの…様々な姿を形取った異形達が、グレン達を襲ってくる。

 

「ちぃ…っ!ええと、なんだっけ!?わ、≪我は射手・原初の力よ・――≫……」

 

「ま、ま、まだ、≪魔弾――≫……」

 

 突然の襲撃に慌て、呪文詠唱がおぼつかないカッシュやウェンディ達を尻目に……

 

「≪魔弾よ(アインツ)≫!≪続く第二射(ツヴァイ)≫!≪更なる第三射(ドライ)≫――ッ!」

 

 システィーナが、黒魔【マジック・バレット】を矢継ぎ早に連唱する。

 

 その左手の指先から、集中魔力の光弾が次々と放たれ、迫ってくる異形達を射貫く。

 

 射貫かれた異形達は、ぱぁんと爆ぜ、マナの霧を散らして虚空に消えていった。

 

「ええいままよ――≪魔弾よ(アインツ)≫!」

 

「わ、≪我は射手・原初の力よ・我が指先に集え≫!」

 

 それに勇気づけられるように、その他の生徒達も【マジック・バレット】を放ち、異形達を迎え撃ち……

 

「≪魔弾よ(トゥ・エン・マジション)≫、≪十連射(ディス・コンセキュティブス)≫!」

 

 ジョセフが、聞きな慣れない言語で【マジック・バレット】を起動し――

 

 そして、ジョセフ達が撃ちもらした異形達は――

 

「ふ――ッ!」

 

 待ち構えていたリィエルが、魔力が付呪された大剣を振るい、打ち落としていく。

 

 やがて…この場は切り抜けたらしい。

 

 異形達は一匹残らず霧散し、辺りに静寂が戻ってくる。

 

「う…か、勝った…のか……?」

 

 緊張に強張っていた生徒達を労うかのように……

 

「あっはっは、上出来、上出来!やるじゃん、お前達」

 

 一行の最後尾で、壁に背を預けて様子を窺っていたセリカが楽しそうに手を叩いた。

 

「ったく…極力、生徒達にやらせてみようだなんて、お前、無茶言うよなぁ……」

 

 生徒達の戦いを固唾を呑んで見守っていたグレンが、歩~っと安堵の息を吐く。

 

 因みに、ジョセフも極力手を出さないようにしている。ただ、慣らしがてら少し援護しているだけだ。

 

「お前は過保護過ぎだ、グレン」

 

 そんなグレンとは裏腹に、セリカは余裕綽々だ。

 

「私の自慢の弟子であるお前の、自慢の教え子達が、この程度に負けるわけないだろ?そもそも、半人前でも魔術師ならこのくらいはできんとな」

 

「だ、だがよ……」

 

「なーに、私がいるんだ。怪我一つでもしそうになったら、すぐにフォローしてやるさ。学院じゃ戦闘訓練はできても実戦経験は積めないだろ?雑魚相手にいい機会さ」

 

「まぁ…確かにそりゃそうだが…それにしても……」

 

 ちらり、とグレンが、異形達がやってきた方向を一瞥する。

 

「ったく…まさか、遺跡内に狂霊が湧いてやがってたとはな……」

 

 狂霊――霊脈の影響で存在が変質し、狂化した妖精や精霊――荒ぶる自然の体現だ。

 

 妖精や精霊が狂化すると、目につくものを片端から襲う危険な存在になるのだ。

 

「別に不思議じゃないさ。もともと、こういう所には湧きやすいんだ。主だった古代遺跡は霊脈の経路上に建造されていることが多いから…ま、しばらくは遺跡内に湧いた狂霊の掃討作業が続くだろうな」

 

「ったく、何が探索危険度F級だよ!どんだけ長期間、放置されてたんだっつーの!」

 

「まあな。今回の探索で等級が一つ上がるだろうな、流石に」

 

 そして、セリカはにやにやと悪戯っぽくグレンを流し見る。

 

「……お前、私がいてよかったな?いなかったらとんぼ返りだったぞ?」

 

「くっ…うるせーなぁ……」

 

 精霊や妖精のような、概念的存在がマナによって受肉・実体化している存在には、物理的な攻性呪文…炎熱・冷気・電撃などは今一効果が薄い。連中の撃退には、もっと直接的な魔力による干渉が必要だ。

 

 それゆえの、黒魔【マジック・バレット】などを代表する、無属性系の攻性呪文。自身の魔力を集束放射することで攻撃する、東方では『気』とも呼ばれる系統の術だ。

 

 実は、グレンはこういった無属性系呪文が特に苦手なのである。性別の特性として、男性は魔力操作の感覚に優れ、女性は魔力容量に優れるものなのだが…グレンは男性のわりに魔力操作の感覚に生まれつき乏しかった。

 

 そして、無属性系呪文はこの魔力操作を特に要求する呪文であり、つまり、狂霊が湧いているこのような場所では、グレンはさほど有効な戦力にならないということだ。

 

 黒魔【ウェポン・エンチャント】を拳に付呪し、拳闘を振るえば、グレンも狂霊を倒すことはできるが…その効率を考えれば【マジック・バレット】を一節で起動し、遠間から十連射なり二十連射できるジョセフはもちろん、ジョセフほどでないが同じく連射できるシスティーナの方が、よっぽど戦力になる。

 

 こうして、安心して生徒達に戦闘を任せられるのは、何よりいざという時に控えているセリカの存在が大きかった。

 

「へーいへい、どーせ俺は不出来ですよ。生徒達をよろしくお願いします、お師匠様」

 

「ふっ……」

 

 ふて腐れたようにそっぽを向いてむくれるグレンに、セリカが笑う。

 

 そして、そんな師弟のやりとりを尻目に。

 

「てか…腕、上げたなぁ、システィーナ……」

 

「え?そうかしら?」

 

 カッシュがシスティーナへ、感嘆したように言う。

 

「ああ。なんつーか…さっきからお前、敵が突然襲いかかってきても、まったく物怖じせず、冷静だし…怖くないのかよ?」

 

「えと…うん、まぁ…怖いことは怖いけど…あは、あはは……」

 

 ジャティスなんかと比べるとね…と、心の中で小さく続ける。

 

「そういえば…貴女、先日、シャドウ・ウルフの群れに遭遇した時も…何かとても平然としてましたわね……?」

 

「え?そうだったかしら?私もすごく怖かったわよ!本当に!」

 

「ふーん、精神的に強くなったねぇ」

 

 ウェンディの指摘にも、じどろもどろに答えるシスティーナに、ジョセフは感心したように呟く。

 

 最初はあんなにヘタレだったのに。

 

「それに、システィ、呪文の連唱なんて凄いね!いつの間に覚えたの?」

 

「え、ええと…い、いつだったかしら…?あは、あはは……」

 

 ルミアの無邪気な問いに、なぜか妙な罪悪感を覚えながら、脂汗を垂らす。

 

「そ、それなら、ジョセフの方が凄いじゃない!いっぺんに十連射できるのよ!それにさっきの呪文聞きなれない言葉だったけど、何て言ったの?」

 

 システィーナは話を逸らすように、生徒達の後方にいるジョセフに問う。

 

「確かに、それは気になってましたわ」

 

「ん~?さっきのか?あれはレザリア王国の北部で話されてる言葉やで?いちいち『アン・ドゥ・トロワ』なんて言うの面倒臭いから、いっぺんに言っただけなんだけど」

 

 連邦は多民族国家なため、当然、レザリア王国からの移民も存在するし、人口的にもレザリア系の移民は帝国からの移民の三倍の割合である。

 

 そのため、レザリア王国の魔術も連邦には一定の影響があり、呪文詠唱する時、彼の国の言葉で詠唱することがある。もちろん、帝国とレザリア王国の魔術が合わさっているものも存在する。

 

 ジョセフが詠唱時に使っていた言語はレザリア王国の北部に暮らしている人達が話している言語であり、その他にもレザリア王国の公用語、南原で話されている言語など多種多様にわたっている。もっとも、帝国と比べたら、あまりにもごっちゃごっちゃになってしまっている感はあるのだが。

 

「くぅ…ッ!二人共、こ、これで勝ったと思わないことですわ……ッ!」

 

「ふん……」

 

 そんなシスティーナとジョセフを、ウェンディもギイブルも悔しげに睨んでいる。

 

 ジョセフはともかく、ついこないだまで、それほど力の差は無かったはずなのに、自分達がいつの間にかシスティーナに大きな差をつけられてしまっていることが悔しいのだろう。

 

「そりゃあ、俺がお前達に負けることなんてないんだもん。なんだってプロで~す~か~ら~~~~~」

 

 ジョセフがどや顔でそう言っている途中に、気に障ったのかウェンディが無言でジョセフの頭を掴み、ガクガクガクっと前後に激しくシェイクする。

 

 すごい久々に見た――生徒達はその光景を見て、そう思った。

 

「なら、俺達も頑張らねえとな…っと!?」

 

 話し込んでいるうちに、再び狂霊達の気配が、通路の奥から一行に迫ってくる。

 

「まーた、団体様のお出ましだぜ!?お、今度は数が多いな!?やべえか!?」

 

「どちらが多く落とせるか勝負ですわ、システィーナ!今度こそ負けませんわ!」

 

「あ、俺には勝負仕掛けないんだね……(とはいえ、連戦でこの数はなぁ…流石に俺も本格的に加勢するか?)」

 

 生徒達が血気に逸って意気込むが……

 

「まぁ、待て」

 

 その時、ふらりと、セリカが生徒達の前に出ていた。

 

「お前達はちょいと休憩だ。さっきから結構、連戦だ。あんまり無理するとマナ欠乏症になるぞ?…ここは私に任せとけ」

 

「で、でも、教授…その…敵はかなりの大群ですよ……?」

 

 システィーナが、少し不安げに前方を見やる。

 

 なるほど、確かに数が多い。

 

 先ほどの騒ぎを聞きつけたのか、辺りの狂霊達が大挙して迫ってきたようだ。

 

「流石にお一人では手数が…皆で戦った方が……」

 

「なーに。ちょいと手本を見せてやるさ。こういう場合はな……」

 

 そう言って、セリカがぱちんと指を鳴らすと。

 

 ぼっ!

 

 次の瞬間、数十発もの【マジック・バレット】が、セリカの周囲に出現していた。

 

「「「「ええ――っ!?」」」」

 

「行け」

 

 ぴっと通路先に指を向けると、無数の魔弾が光の尾を引いて一斉に放たれ――

 

 前方に真っ直ぐ延びる通路上を、流星群のように埋め尽くし――

 

 迫りくる狂霊の群れを、殲滅。

 

「「「「…………………………」」」」

 

 まさに、ほんの一瞬の出来事に、生徒達は呆気に取られるしかない。

 

「……と、まぁ…こうやるんだ。わかったか?」

 

「さ、参考にならねー……」

 

「つくづく、規格外だわ…この人……」

 

 カッシュやシスティーナが目を点にして呟く。

 

 元々、セリカが雲の上の人物だとは理解していたが、こうして魔術を振るう姿を改めて目の当たりにし、改めて一同はそれを再認識するのであった。

 

 

 

 時折、湧いて出てくる狂霊達と戦いながら、グレン達は遺跡内を進んでいく。

 

 因みに、その後はジョセフが「教授、レベルが高過ぎて参考になりません」っと言って、自分のなら参考になるかもと言い出し、その後の狂霊達を【マジック・バレット】を三十連射したり、魔弾を撃って狂霊達のど真ん中で魔弾を爆発させたり、挙句の果てには四方八方から突然魔弾が出現したりするなど、確かにセリカほどではないにしろ、こちらも生徒達にはレベルが高過ぎてシスティーナが「どちらも参考になるかぁああああああ――ッ!」と叫んでいた。

 

「先生、その先の丁字路を左です。その先に、まず当初の調査対象としていた第一祭儀場があるはずです」

 

「おう、了解だ」

 

 これまでの先人達の調査で、すでに完成している遺跡内の地図を確認しながら、ルミアがナビケーションを務める。

 

 地図で見る『タウムの天文神殿』内はとにかく広かった。

 

 古代の宗教施設であるらしい神殿内には、祭儀場、礼拝場、天文台、霊廟、そして、大天象儀場――それらがあの半球状の神殿内に三次元的に配置され、麻のように複雑に入り組んだ通路や階段によって、まるで迷路のように繋がれている。

 

 しかも、それらは全て、一つの巨大な岩を掘削して作り上げられているのだ。

 

 おまけに、今、歩いているなんでもない通路一つ見ても雑な造りは微塵もない。明かりを持って寄ってみればわかるが、天井や床や壁は滑らかに磨き込まれている。

 

 そんな天井や床や壁に、びっしり彫り込まれた壁画や碑文…一体、古代人達は、どれほどの時間をかけてこの神殿を作ったのか…考えただけで気が遠くなりそうだ。

 

「でも、先生…何か変じゃありませんか?」

 

 先頭を歩くグレンの斜め後ろに寄り添うルミアが、小首を傾げる。

 

「この神殿って、確かに外から見ても大きかったんですけど…それにしても、この中、広すぎませんか?本当に、この間取りが神殿内に納まっているんでしょうか……?」

 

 ルミアが手にしている地図を覗き込みながらそんな事を言う。

 

 実際、遺跡の中を自分達の足で歩くことによって、より実感したのだろう。

 

「ふふん、ルミア。実はね、ここ――」

 

 早速、ルミアの疑問を聞きつけたシスティーナが得意げに一席ぶとうとすると――

 

「空間が歪んでるんだよ、ここは」

 

 それよりも先に、グレンの隣を歩くセリカが答えていた。

 

「壁や床、天井に刻まれたこの紋様を見ろ。帝国内の古代遺跡では、わりとポピュラーに見かける紋様なんだが……」

 

 手で、紋様をなぞっていくセリカ。

 

「これらはどうも、古代人の空間操作魔術らしいんだ」

 

「……え?らしい?なんだか、はっきりしないんですね……?」

 

「らしいっていうのは、我々の近代魔術では古代人の古代魔術の術式を詳しく解析できないからだ。この紋様がなんらかの魔術である、ということくらいしかわからん」

 

「えと…アルフォネア教授でも解析できないんですか?」

 

「ああ、古代魔術ばっかりは、流石の私もお手上げだね」

 

 やれやれ、とセリカが肩を竦める。

 

 すっかりお株を奪われてしまったシスティーナが、むむむとセリカを睨む。

 

「とにかく、この紋様のせいで遺跡内の空間が歪み、目測以上に広い空間ができあがっている…魔術的な理屈はわからんが、事実としてそう…つまり、そういうことだ」

 

「わたしにはよくわからないけど……」

 

 ぼそり、とリィエルが話に割って入る。

 

「壁に穴を開ければいい。近道を作れば問題ない」

 

 そんな物騒なことをぼそりと呟いて、リィエルが大剣を肩に担ぐが……

 

「ははは、そりゃ名案…と、言いたいところだが無理だな」

 

「ん?なぜ?」

 

 意外そうに小首を傾げるリィエルに、セリカが優しく説明する。

 

「古代人の作った遺跡や物品には、霊素被膜処理がなされている場合があって、この『タウムの天文神殿』もそうだ。そういった遺跡や物品は存在が完全に固定され、物理的、魔術的な変化や破壊を完全にシャットアウトする。リィエルの馬鹿力でも、私の【イクスティンクション・レイ】でも、この遺跡を破壊するのは無理なのさ。お前に予め、外で剣を錬成させたのはそれが理由だ」

 

「そう…わたしにはよくわからないけど…残念」

 

 霊素被膜処理。近代の魔術師には、どんな理論でどうやったのか、まったく理解不能な得体の知れない古代人の魔法技術――古代魔術の一つだ。

 

「ま、数千年を経た現在まで、ほぼ完璧な形で遺跡が残っているのは、そういうわけだ」

 

 すると、セリカは不意に忌々しそうに髪を掻き上げ、呟く。

 

「ったく…こんなモノさえなければ、あんな地下迷宮なんざ……」

 

 そのセリカの小さな呟きが耳に入った者は、いなかった。

 

「す、凄い技術ですね…古代人って何者なのでしょうか…?本当に、私達と同じ人間なのかな……?」

 

「うんうん!古代人の正体については諸説あるわね!例えば――」

 

「なんかシスティーナのテンションが明らかにおかしいんやけど……」

 

「先日の時から、ああいう感じですわ。移動中には熱弁が止まらなかったのですから……」

 

「さいで……」

 

 目をキラキラさせながら一席ぶちかけたシスティーナをジョセフは若干引き気味に見て、ウェンディはげんなりとした表情で移動中の出来事を思い出していた。

 

「おいおい、お前ら気を抜くんじゃねーぞ?一応、遺跡調査なんだからな?」

 

 そんなシスティーナの言葉を、グレンが遮る。

 

 そんな、温いやりとりをしつつ。

 

 グレン達はいくつかの通路を行き、曲がり角を曲がり……

 

 時折、遭遇する狂霊を撃退しつつ……

 

 やがて、一行はその場所へと辿り着いた。

 

「……さて、あそこが第一祭儀場か」

 

 通路の奥にアーチ型の出入り口があり、広間があるようであった。

 

 グレンは背中のベルトに差したパーカッション式回転拳銃を確認しつつ、生徒達を振り返る。装填済みの弾丸には魔力を付呪してある。これならば狂霊にも有効だ。

 

「ま、何もねーとは思うが…一応、先に入って安全を確認してくる。お前らは、ちょっとここで待ってろ」

 

「ふふ、生徒達のために身体を張る…なかなか格好いいじゃないか、グレン」

 

 にやにやと、からかうように言うセリカ。

 

「このくらいはやらんと、マジで俺が一番の役立たずだからな……」

 

「一人で大丈夫か?怖かったら私もついていってやろうか?」

 

「うっさいわい!ガキ扱いするなっ!」

 

「あ、あの…先生、お気をつけて……」

 

 少し心配そうなルミアを安心させるように、力強く頷き、グレンは歩を進める。

 

 しばらくして。

 

「おーい、グレン。どうしたー?何かあったのかー?」

 

 グレンがいつまでも戻ってこなかったため、セリカが呑気な様子でグレンの下に行く。

 

 そして、システィーナ、ルミア、リィエルもグレンの下へ駆け寄っていく。

 

 そして――

 

「……お前ら!」

 

 グレンがぱんぱんと手を打ち鳴らし、部屋の入り口でおっかなびっくり待機している生徒達を呼び寄せる。

 

「さっそく、この部屋の調査を開始するぞ!リィエルは入り口を見張ってろ。ルミアと白猫は床の紋様の写しを、ウェンディは碑文の解読を頼む。残りの連中は隠し通路や不自然な魔力反応などの探査調査だ。面倒臭ぇから手際よく行こうぜ?」

 

「先生、大丈夫か?えらい顔色が悪いが」

 

 てきぱきと指示を生徒達に送るグレンに、ジョセフはその顔色の悪さを見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ドイツ語でルビするなら、フランス語も入れてしまえ、ホトトギス

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