フフフ、ウチ昔少年合唱団に入ってて
……遺跡調査開始から三日が経過する。
調査自体は何事もなく順調に進んでいった。
朝方、日が昇れば遺跡へ潜って探索と調査を進めていく。時折、一行の前に現れる狂霊達を始末しながら、所定の各調査ポイントを念入りに調査をしつつ、最深部を目指す。
そして、日が沈む頃、遺跡前に敷設した野営場へと帰還すると……
「つまり――宇宙からやってきた侵略者の仕業だったんだよ!?」
「な、なんだってぇーッ!?」
「カッシュさん…そ、それは一体、どういうことですの……ッ!?」
「今日、第七霊廟の壁画見て思ったね!あの不思議な怪物の意匠…古代人はきっと宇宙からの侵略者に支配されていたんだ!古代人の超絶的な魔導技術の正体とは――」
満天の星空の下。その一角だけ唯一闇の帳から護ってくれる、赤々と燃える焚き火を囲みながら、和やかな団らんが開かれる。
夜の寒空の下、より強く頬に感じる痺れるような熱、焚き火の揺らめく炎が生み出す戯画じみた陰影の中で、生徒達が熱心に語り合っている。
どうも、調査中、何かと古代文明を熱く語るシスティーナに、皆、絆されたらしい。
こうして、夜に集まる度、生徒達は皆一様に、古代文明に関する独自の説や議論を展開し、気分はちょっとした魔導考古学者気分のようであった。
「あ…皆…夕御飯できたよ……?」
「おお――っ!リンちゃん、待ってましたぁ――っ!俺、もうお腹ぺっこぺこ!」
そして、いつものように、この一行の中で一番料理が上手なリンが、今晩の食事の配膳をし始め、焚き火を囲む生徒達もにわかに色めきだっていった。
因みに、この中で料理がダントツ壊滅的なのはウェンディである。
どれぐらい壊滅的かと言うと、ジョセフが昇天しかけるほどだった。
いわく、あれは料理ではなく、兵器だと……
閑話休題。
一方、そんな夕食に沸き立つ生徒達を他所に。
グレンとルミアが焚き火の明かりを頼りに、調査結果のまとめを行っていた。
「先生。ウェンディに、遺跡内の壁画や碑文を解読してもらっているんですよね?その…時空間転移魔術に関するヒントみたいなものは、見つからないんですか?」
「今の所はな……」
ルミアの問いに、グレンは調査結果の束をめくる手を止め、ため息交じりに応じる。
「とにかく、この神殿が何らかの魔術的機能を持つ儀式場なら、それを制御するための中枢…未発見の『玄室』が、神殿内のどこかに必ずあるはずなんだが…前任者もそれを疑ってるしな……」
と、言いつつ、グレンが肩を竦め、皮肉げに笑う。
「……ま、どーせ、何も見つからねーとは思うが。時空間転移魔術…まぁ、夢のある話だけど、流石になぁ……?」
「こら!何を気の抜けたこと言ってるんですか!?先生!」
と、その時、そんなグレンの下へ、システィーナがやってくる。
食事の配膳にやってきたらしい。手にしたトレイにシチューの注がれた皿を四つ載せている。夜の寒気の中、皿からは温かな湯気が仄白く立ち昇っていた。
システィーナは、少しむすっとした表情で、ルミアとその傍らのリィエルに、シチューの皿を渡していった。
「おおっ!シチューか!?」
保存用の乾燥野菜や干し肉を丁寧に煮込んだシチューだ。そこら辺で採取した、食べられる野草や茸も使われており、香りが高く、いかにも美味しそうだった。
「ありがてえ!この辺りの夜は冷えるからな。温かいシチューはご馳走だぜ!」
だが、グレンがシチューの皿に手を伸ばすと、システィーナがさっとそれを遠ざける。
「もっと、やる気を出してください、やる気を!真面目にやらないと、万が一、本当に何かがあったとしても、見つかるものも見つからないでしょう!?」
「わ、わかりました!わかりましたから、ご飯プリーズ!」
「それにいいですか!?もし、何もなくても先生は何をどう調べたか…その結果をきちんと報告しないといけないんですよ!?手を抜いていいわけないじゃないですか!大体、先生は常日頃から、仕事に対する熱意というか真剣さがですね――」
「うぉおおおおおお――っ!?今はそんなことよりメシをぉおおおおお――っ!?」
いつものように、ギャアギャア騒ぎ始める二人。
「ずずず…ずずず…ずずず…ずずず…ん、おいしかった……」
「え…?あ、あの…リィエル?そ、それは、システィと先生の分だよ!?食べちゃ駄目――ああ…もう、空になっちゃってる……」
いつの間にか、ちゃっかりグレン達のシチューの皿もさらっていたリィエルは、よほどお腹が減っていたのか、あっという間に平らげてしまっていた。
一同が姦しく騒いでいる一方で……
「まぁ、こんなもんかな」
ジョセフは明かりを点けた車内で書類の記入や、近況が書かれた書類に目を通したりなど、事務作業に没頭していた。
近況は最近の国際情勢や、装備の調達や武器・装備の開発や軍と政府の動き、そして件の組織――天の智慧研究会の動きなどであった。
特に、天の智慧研究会がサイネリア島の一件以降、ルミアの拉致、それも生死を問わずに狙っていたのが、方針を転換したのか、大きな動きがまったく見られなくなっていた。
そのためか、アルベルトが中央の軍務に戻るということはジョセフもアルベルトから伝えられていた。
だが、今、目を通している書類には天の智慧研究会の一部のメンバーに不穏な動きあり。という文言が記されていた。
(一部のメンバーに不穏な動き、か…今度は何をしようというのか……)
また、ルミアを狙うつもりなのか?
だが、それだったら……
サイネリア島の一件もそうだったが、ここ最近の件の組織の行動は理解できない状態だ。
現にサイネリア島では、ルミアをリィエルやライネル、バークスを唆してまで拉致したのに、エレノアはそのルミアを置いて逃げてしまっている。
もし、またルミアを狙うのなら、なぜあの時エレノアはルミアを連れて逃げ出さなかったのだろうか?
それとも、もしくは……
(……向こうも一枚岩ではないということか?)
考えられるとしたら、組織内の権力・派閥闘争の一環、ということもあり得る。
(理解できないのが、さらに理解できなくなってるで、あの組織……)
一体全体、何を考えてるんだ?
書類に目を通してジョセフはさらに理解できなくなった天の智慧研究会のことを考えると、げんなりとした表情で頭を抱える。
と、その時。
コンコンコン。
ドアにノックする音が聞こえてジョセフは頭を上げる。
窓越しにはモデル顔負けのプロポーションを誇る美少女、テレサがシチューが注がれたお皿を持って、ジョセフの所に来ていた。どうやら、事務作業をやっている内に夕飯ができたのをジョセフはようやく気付いた。
「ああ、もうできてたんやね。全然気付かなかったわ。ありがと」
「お仕事、お疲れ様です」
「ん、ちょっと待っとってな、あとはここにサインすれば――」
書類の最後のページの下にある空欄にジョセフはボールペンを手に取りサインする。
因みに内容は見られていない。いくら正体を明かしたとはいえ、学院の場合、グレン、セリカ、リック学院長以外は内容まで教えることは流石にできない。この三名も一部のみで全部教えることはできない。
テレサはそんなジョセフの、学院の時とはまた違ったその姿を微笑ましく見つめていた。
「これで、終わりや。さて…って、どうしたん?ウチの顔に何かついてるん?」
「ふふっ、なんでもありませんわ」
「?」
そう言いながら、微笑んでいるテレサに、ジョセフは不思議そうに小首を傾げる。
まぁ、本人がなんでもないなら、なんでもないのだろう。
そしてシチューの注がれた皿を受け取り、カッシュやギイブル、ウェンディらのもとへ向かい、空いている所に腰を下ろした。
因みに、カッシュやギイブルは古代人の魔導技術のことで議論やそれぞれの持論を展開していた。
話を聞く限り、どちらもあり得そうな話ではあるのだが。
「なぁ、教授!俺とギイブルの話、聞いて下さいよ!?どう思います!?絶対、俺の説の方が信憑性ありますよね!?」
カッシュが一行から少し離れた場所の石の上に、優雅に腰かけ、本――『メルガリウスの魔法使い』を開きながら微笑ましく…まるで、尊い宝物を見守るような…愛しい我が子を見守る母親のような…そんな、慈愛に満ちた目で眺めていたセリカに声をかけた。
「何言ってるんだよ!?どこをどう考えても、僕の説の方が筋が通ってるだろ!?」
その一方で。
「ぎゃあああああああああ――っ!?俺のメシがぁああああ――っ!?」
「嘘!?わ、私の御飯もぉおおおおおおおお――っ!?」
「二人とも、全然食べないから、いらないのかと思った」
ようやく、リィエルに自分たちのシチューが食べられたのに気付いたグレンとシスティーナの悲鳴が聞こえたり。
「ふふ、アルフォネア教授もこちらにいらしたらどうですか?」
「ええ、是非、お話を聞きたいですわ!」
そんな姦しい一同の様子に。
「……ったく、うるさい連中だなぁ…やれやれ、仕方ない」
セリカは苦笑いしながら本を閉じて立ち上がり、焚き火を囲む一同の方へ歩いて行く。
……その足取りは、どこか軽かった。
「本当に、うるさい連中だ」
ジョセフはそんな光景を少し笑いながら、シチューを平らげた。
因みに、グレンとシスティーナにはソーセージの缶詰があったのでそれを渡した。システィーナには「説教はメシを食った後な」と言い、グレンには「700ドルで―す」と適当に値段を言い――もちろん、冗談――その値段を聞いたグレンの悲鳴が野営地に響き渡った。
そんな単調ながら、和やかな遺跡調査の日々が何事もなく緩やかに続いていき……
……そして、遺跡調査開始から五日目の真夜中。
しん、と骨にまで染みるような夜の寒気の中、ジョセフはいつものように車内で事務作業をしていた。
因みに、グレンやセリカ以外は皆、それぞれの天幕の中で寝静まっている。
グレンはというと、つい先日、遺跡前の野営場から、北に少し歩いた岩山の陰に隠れるようにあった天然温泉をセリカが発見したので、「ちと、入ってくるわ」と言って、天然温泉に向かって行った。
その天然温泉はセリカ曰く、この辺りは霊脈的には旧火山帯であり、探せばどっかにあるだろうなと思って探したら、案の定あった…とのこと。
入浴に使うには湯温が少々高過ぎたようだが、そこは流石セリカ。【氷のルーン】を温泉を囲む岩に刻み、程よい湯温に調整してくれたらしい。
この功績により、セリカは、今まで濡れタオルで身体を拭いて済ますしかなかった女子生徒達の信仰と崇拝の対象と化した。
……因みに、先日。
『俺は覗くッ!楽園を目指すッ!たとえ、この命が燃え尽きようとも――ッ!』
と、熱く語るカッシュと、生まれたままの姿となった見目麗しい少女達の間で、この温泉を戦場に壮絶なる魔導大戦が繰り広げられ…激戦の末、カッシュが無念の敗北を喫したのだが…それはまた別の話である。
まぁ、女子にはシスティーナや、ドジではあるがシスティーナ、ジョセフ、ギイブルに次ぐウェンディといった優秀な生徒相手にカッシュが勝つのはちょっと厳しかったかもしれない。
ジョセフはこの仕事が終わった後、天然温泉に行こうとしていた。
車内で黙々と仕事をするジョセフに、ドアにノックする音が聞こえた。
振り向くと、システィーナがドア越しに立っていた。
「どうしたん?」
ドアを開け、ジョセフはシスティーナの他にも女子生徒達が起きているのを目撃する。
そして、女子生徒達は着替えを持っていたことから、ジョセフはこれからどこに行くのか察した。
「その、これからもう一回、温泉に入りに行こうということになって、それで、仕事中で申し訳ないけどカッシュを見張って欲しいの」
まぁ、かなり湯加減がいいし、明日で遺跡調査も終わるから今のうちに…ということなのだろう。
「あぁ、なるほどね。で、カッシュはどこに……」
ジョセフはカッシュの姿を探し…戦慄した。
カッシュは木の枝にロープで身体をぐるぐる巻きに縛られミノムシのように吊るされていた。
「……!」
この時、ジョセフの脳裏には、かつての思い出したくなかった出来事が浮かんでいた。
それは、北部戦線のある大都市の攻略戦の終盤の事。
連邦軍の苛烈な砲撃で廃墟と化した街。
あちこちに転がっているもはや生前はどんな容姿だったのか、判別できない死体。
そして――
あの時、味方が捕虜として収容されていた場所で起こったあの悲惨な光景とその後の連邦軍による惨劇――
「まったく、どうしてそんなに覗きにいきたいのかしら、まったくわからないわっ!少しは女の子の気持ちをわかってくれないのかしら!?」
システィーナはそんなジョセフの心情を知らずにそうまくし立てる。
「……ぁ…ぁぁ……」
「大体、そんな誰にも見せられるほど安い女だと思われたく…って、ジョセフ?」
一人でまくし立てていたシスティーナが、ここでようやくジョセフの様子がおかしいと気付く。
今、ジョセフの顔は顔色が真っ青になり、顔中脂汗をダラダラと垂らしていた。
そして、まるで悲惨な光景を見たようなそんな表情をしていた。
「ちょっと、ジョセフ?貴方、顔色悪いわよ?大丈夫なの?」
「………」
ジョセフにはシスティーナの声が聞こえなかった。
今、カッシュのその光景が、あの時の――
そして、そこから逃げ出そうとしているレザリア王国の将校――
その将校をジョセフは追いかけて――
そして、味方もその悲惨な光景に何かが壊れてはいけないモノが壊れて――
そして――
「――ジョセフ!」
「!」
システィーナが強く声をかけたことにより、ジョセフは我に返る。
「……え…あ、ああ、どうした?」
「どうした?じゃないわよ。さっきから様子がおかしくなって何度も貴方を呼び掛けていたのに返事しなかったから」
「………」
「それよりも、貴方、大丈夫なの?何かカッシュを見た瞬間、顔色が急に悪くなったけど?顔中汗でびっしょりになってるし……」
「いや、なんでもない。なぁ、カッシュを下ろしていいか?」
「え?ええ、いいけど、ただ私達が帰って来るまで縛ったままにして」
システィーナからそう言われると、ジョセフは車から降りて、カッシュの下に向かう。
その足取りはフラフラしていた。
「システィ、大きな声をだして、何かあったの?」
「ジョセフ、なんかフラフラしてる。元気ない」
さっきの大声で何事かと思ったのだろう。ルミアとリィエルがシスティーナのところに駆け寄ってくる。
ウェンディやテレサ、リンも、ふらつきながらカッシュの下に歩いているジョセフの様子を不安げに遠巻きで見守っている。
「いや、ジョセフにカッシュのこと見張ってくれって言って、ジョセフがカッシュの姿を見た瞬間、急に様子がおかしくなってそれで……」
システィーナはとりあえずルミアにさっきのことを説明する。
「システィ、多分ジョセフ君はカッシュ君の姿を見て、戦争のことを思い出したんじゃないかな?それも、一番思い出したくない出来事を」
「あ……」
ルミアの指摘どおり、ジョセフはアルザーノ帝国魔術学院に留学生として来る数か月前までは、レザリア王国の北部戦線の最前線にいたのである。
当然、ジョセフが所属していた部隊もそこにいた。
システィーナ達が学院で勉強し、覚えた魔術を自慢していた一方でジョセフは戦争の惨劇なものを見てきていた。
もし、カッシュの縛られて吊るされていた光景を見た瞬間、様子が一変したのなら、おそらく味方、戦友が首を吊るされて息絶えている場面と重なって見えたとしたら。
システィーナは自身の行動を後悔していた。
ジョセフも自分よりも精神面では遥かに強靭でも、自分達と同じまだ齢十五の少年である。
トラウマなんて残っていないはずがなかった。
「ジョセフ、その…ごめんなさい。貴方にもトラウマがあるはずなのにそれを知らないであんな行動にでてしまって……」
ジョセフがシスティーナの下に戻ってくるとシスティーナは頭を深く下げ、謝罪する。
「……いや、ええねん。気にしなくて。そういうの話してなかったのもあるし」
「………」
「今は、そのことはまだ誰にも話したくはないねん。話しているうちに冷静になれそうになくて…本当は話したがええんやろうけど」
「ジョセフ……」
ジョセフの苦渋に満ちた顔を、システィーナは見て心を締め付けられてくる。
「悪い、今は一人にしてくれへんか?」
「え、ええ、その、ごめんなさい」
「温泉にはゆっくり浸かっとき。今日で最後になるんやから」
ジョセフはそう言うと車に乗り、ハンドルに頭を突っ伏した。
システィーナは何か言いたそうな顔をしたが、やめて、ルミア達と天然温泉に向かう。
(今のジョセフは何か今まで以上に危ういわ)
多分、このまま誰の支えもなく一人でいたら、必ず死ぬ。そんな気がシスティーナは感じていた。
「ねぇ、システィーナ」
ウェンディがシスティーナに話しかける。その表情はどこか心配そうな顔をしていた。
おそらく、ジョセフのことだろう。
「ジョセフは大丈夫なのでしょうか?」
あの状態を見れば大丈夫じゃないのは誰から見ても明らかだった。
「大丈夫なわけないじゃない。でも…今は待つしかないわ。私達にはそれしかできないの」
何とかしてあげたいのはシスティーナはもちろん、ルミア、リィエル、テレサ、リンもそうだし、カッシュもセシルも、あと何やかんやでギイブルなど男子陣もそうだし、ウェンディは戦争の後遺症みたいなものに一人で苦しんでいる幼馴染を何とか助けてあげたい、苦しみを和らげたいのは誰よりも強かった。
だが、ジョセフがそれを受け入れないと始まらない。無理矢理できるものではない。
今は歯がゆいが彼が受け入れるまで待つしかなかった。
その後、グレンはセリカが上がった後、システィーナ達の突然の来訪に、思わず隠れ、そしてシスティーナに【ゲイル・ブロウ】で吹き飛ばされたのはそれから数十分の事であった。
ここいらでよかろう。