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リクルートから
協力:アルザーノ帝国魔術学院二年次生二組、天の智慧研究会
今にも落ちてきそうな星空の下で。
前方へ無限に続く≪星の回廊≫を駆け抜けながら――は、一人物思う。
それは、孤独だった私が、気まぐれで拾ったグレンと過ごした日々について、だ。
…………。
……飽くことなく繰り返される戦いに疲れ果て、摩耗していった、ある時。
私は、とある事件で天涯孤独の身となった幼いグレンを、気まぐれで拾った。
大した理由はない。
繰り返すが、本当に、ただの気まぐれだったのだ。
グレンと出会う切っ掛けとなったその事件を通し、私は強いと思い込んでいた自分の弱さを認め、意地を張るのをやめた。
そして、今、この時を大切に、誰かと共に歩むことを…私は選択したのだ。
そんな私にもたらされたのは…今までの苦悩がまるで嘘のような…暖かくて、穏やかで、優しい日々だった――
「ねぇ、ねぇ、セリカ!今日はどんな実験をするの?」
「そうだな…よし、錬金術をやってみようか?一緒に赤魔晶石作ろうな?」
「うわーっ!面白そう!」
グレンと過ごす日々は、私の死にかけていた心を急速に蘇らせていった。
こんなに幸福な時間は、この世界で目覚めて以来、初めてのことだった。
人は一人では生きてけない…当たり前で、誰だって知っていること。
そんな単純なことを…私は四百年近くかけて、ようやく学んだのである。
だが…この頃からだ。
私が、とある『病気』を患うようになったのは――
「ほう……?このだだっ広い部屋が『タウムの天文神殿』が誇る天象儀場か……」
遺跡調査開始から六日目。恐らく最終日となるだろうその日、一同はついに最深部――大天象儀場――へと辿り着いていた。
綺麗に磨き抜かれた半球状の大部屋の中心に、謎の巨大な魔導装置が鎮座し、その傍らには黒い石板のようなモノリスが立っている。
その魔導装置は一見、巨大な天秤のようだった。寸胴の本体部部には、剥き出しの歯車や謎の機械機構がごちゃごちゃ絡みあっている。その頂点に設置された斜めに傾くアームの両端には、切頂二十面体状にカットされた巨大な結晶体が取り付けてある。
この魔導装置の正体は天象儀装置。これも古代魔術が生み出した一種の魔法遺産であり、光の魔術によってこの半球状の大部屋内に星空を投射する…という機能を持つ。
それ以外のことについては、ひたすら謎だ。
なにせ、この手の魔法遺産に定番の霊素被膜処理が、この天象儀装置にもしっかり施してあり、分解して調査することはおろか、運び出すことすらできないのだ。
はたして、この装置に何の意味があったのか?何のために作られたのか?
未だ不明な、謎の魔導装置であった。
「私は見たことないが…ここの天象儀は凄いらしいぞ?グレン」
「あ、ああ…そうなのか……?」
「ほお~っ、そうなんですか教授。っていうか、先生、どうしたんです?えらい何か上の空になってますけど?」
昨夜とは違い、いつも通りだったジョセフは、なぜか上の空になっているグレンの様子を不思議そうに首を傾げていた。
グレンは、昨夜の出来事を、正確にはセリカが上がった後の出来事を忘れたかっただけなのだが。
と、その時だ。
「あの…先生?せっかく、『タウムの天文神殿』にやって来たんだし、この天象儀装置で星空を見てみませんか?」
大天象儀場に足を踏み入れるなり、システィーナがそんなことを言い始めた。
「はぁ?星空ぁ?面倒臭ぇなぁ……」
一瞬、昨晩の出来事を思い出して思わず身構えるグレンだが、システィーナはそんなことは意にも介さず、真摯に頼み込んでくる。
「お願いします、先生。私、どうしてもここの天象儀を見てみたかったんです」
「うーん…どうしたもんかなぁ……」
「まぁ、いいじゃないか。数少ないここの名物みたいなものなんだし」
すると、そんなシスティーナに助け舟を出したのはセリカであった。
「しかしなぁ…俺、そんな役立たずな天象儀装置を弄って遊ぶより、今までの調査結果から論文の構想を練っておきたいんだが……」
「そんなもん、後で私が手伝ってやるよ。ほら」
「まぁ、お前がそこまで言うなら……」
グレンは渋々、論文で書かれていた操作手順と書式に従い、魔導装置の機能を制御するモノリスの表面に指を走らせ、令呪を書き込んでいく。
「えーと…確か、こうだったかな…?くそ、古代語の文法、うぜぇ……」
古代人が誇る魔法――古代魔術。近代人には、その根本的な原理を分析・理解することはできない。どのような魔術的調査を行っても、近代魔術ではその古代魔術の魔術式が読み取れないからだ。
だが、原理はわからずとも、その機能と操作法だけは、近代魔術でも判明している。
「……これで、よし…と」
固唾を呑んで一同が見守る中、グレンはモノリスの表面に浮かび上がる、とある光の文字の一文を叩いた。
すると、天象儀装置が低い駆動音を立てて起動し始め――
ふっ…と、室内が塗り潰されたかのような深淵の闇に包まれ――
次の瞬間、世界が――変わった。
「………ッ!?」
星雲が、流星が、惑星が、圧倒的な臨場感と迫力をもって一同の頭上に顕現する。
震える魂を捉える満天の星。美しき幻想宇宙空間。
闇に大粒の銀砂を大量にまぶしたかのようなその光景に、誰もが言葉を失う。
今、自分達が部屋の中にいるなど、到底信じられない。
光の魔術による星空の投射?…否。
その瞬間、一同は確かに、広大なる小宇宙の中に存在していたのだ――
「こ…古代人ってのは、超高度な魔法文明を築いておきながら、時々、こういうどーでも良いことを、すっげぇ大がかりにやるよなぁ…?なんでだ……?」
星空を呆けたように見上げるグレンの減らず口も、その程度だ。
「さぁな?文化や意識の違いなのか…何らかの宗教儀式的演出か、もしくは単なる娯楽か…その辺りが通説になってはいるらしいがな……」
そう応じ、口を開いて忘我するグレンに代わり、セリカがモノリスを操作する。
装置の動作が停止され、たちまち、元の姿を取り戻す大天象儀場。
「さーて、調査を開始しよう、皆の衆。何、天象儀なら後でいくらでも見れるさ」
どこか物惜しげなグレンや生徒達を促しつつ、セリカの音頭で調査が開始された。
そして、またいつも通り、床の紋様や碑文を写し取ったり、読み取ったり、魔術で隠し部屋や魔力痕跡を探したり…そんな単調な作業が始まる。
だが、この単調な作業も今日で終わり…そう思えばこそ、広い部屋のあちこちに散っていった生徒達の動きも、幾ばくかメリハリのあるものとなっていた。
「さて、それじゃあ、ちゃちゃっと終わらせちゃいましょう」
ジョセフは大きく伸びをし、隠し部屋や魔術痕跡を探し始める。
(とはいえ、あの天象儀装置にも霊素被膜処理が施されているなんてな…中はどないなっとるんだ?)
古代人の間では霊素被膜処理なんて珍しいものじゃなかったのかもしれない。
しかし、只の天象儀装置に、小宇宙を映し出すのも凄いことだがそんな物に霊素被膜処理をしてまで、守りたい中身があるのだろうか?
(なーんか、気になるんだよなぁ、あの装置……)
もちろん、今の魔術ではセリカの【イクスティンクション・レイ】でも破壊できないからどうしようもできない。
どれだけ、爆薬をこの部屋に積んで爆破しても破壊できない。
「にしても、ホンマなんもないなぁ」
さっきから、魔術痕跡や隠し部屋を探しているが、一向に見つからない。
「そうですね、やはりここも調べ尽くしているので何か新しい発見とかはなさそうですね」
「せやろ?後は天象儀装置の中身とかじゃないか、調べられへんけど。爆薬ホイホイ投げたら何か見つかるかな?」
「それは…危ないから、やめよ?」
「はい、リンさん。申し訳ありませんでした」
冗談で言ったつもりなのだが、リンにそんな怯えた顔で言われてしまっては謝るしかなかった。
「それにこの紋様なんなんだ?」
「そうですね、これは――」
ジョセフが見たことない紋様を見て、テレサがジョセフに寄りかかるように近寄る。
かなり近寄っていたのだろう。テレサから優しい香りがジョセフの鼻に漂う。
しかも、ジョセフの腕に柔らかい何かが微かに当たっている。
「……テレサ?」
なんで、そんなに近いんですか?
流石にジョセフも気付き、少し困惑したような表情でテレサに振り向く。
と、その時。
背後からコートを誰かに引っ張られていた。
その引っ張られ具合に、誰かが力強く引っ張ってるのは明らかだ。
ジョセフが後ろを振り帰ると。
「あの、ウェンディさん?」
引っ張っていたのはウェンディだった。
確か、碑文の解読をしていたはずだが。
「………」
なんでだろう、凄い不機嫌そうにこちらを睨んでいる。
「いや、マジでなんなん?めっちゃ怖いんやけど……」
何かしたわけではないのにこんな不機嫌な表情をしているウェンディに、流石にジョセフも引き気味になっている。
「……何でもありませんわ」
「えぇ……」
そうウェンディがプイっと頬を膨らませながらコートから手を離し、碑文の解読に再び取りかかる。
え?マジでなんなん?
ジョセフがウェンディの釈然としない態度に困惑する。
その一方でウェンディはなんかモヤモヤとした釈然としない胸中を抱えていた。
ジョセフにテレサが寄りかかるように近寄ったのを見た瞬間、なんか悔しいというか不満というか…拗ねていたのだ。
「……うぅ~~~~~」
ウェンディは、床に屈み込んで紋様を調べているジョセフの傍らに、あらかさまではなく上品に寄り添うテレサの姿を見る。
別にジョセフが誰と付き合おうが知ったことではないのに、どうにも悔しい。なんで悔しいと思うのか、よくわからないけど、とにかく、悔しい。羨ましい。
「はぁ……」
実はウェンディがこんな気持ちを持つようになったのは、今回の出来事に始まったことではない。
学院の時でも、ジョセフが他の女子生徒と話していると、やはりさっきのと似たような気持が出てくるのだ。落ち着かないのだ。
しかも、それが日に日に強くなっているような気がする。
そして、ジョセフが傍にいるとなぜか落ち着いたりする。
そんな気持ちをウェンディは悶々としながら碑文の解読を始めていた。
「しかし、なんもないなぁ」
あらかた調べ尽くしたジョセフは、これからどうしようかと考え始めていた。
一旦、グレンに報告しとこうかと思っていた、その時だ。
「な――」
それは本当に、唐突だった。
きん、きん、きん――
辺りに突如、魔力反響音が響き…一瞬、床の紋様をなぞるように蒼い光が走った。
「何――ッ!?」
「何や、あれは……ッ!?」
慌ててグレンが振り返る。
ジョセフはその光景に絶句する。
すると、天象儀装置が駆動しているではないか――
今まで見たことないような不思議な挙動で――
何事かと呆気に取られるグレンやジョセフ、生徒達を尻目に、天象儀装置のアームが先ほどと同じように室内に星空を投射し――星空が徐々に回転していき――やがて、全ての星々が狂ったように頭上を暴走回転し、銀線となって無数の同円心を描き――
やがて、天象儀装置がゆっくりと動作を止め――星空が消えていき――
「な――ッ!?」
大天象儀場の北側の空間に、蒼い光で三次元的に投射された『扉』が出現していた。
それは明らかに、離れた空間同士を繋ぐワープゲートの類だ。
その虚空に出現した『扉』の奥は深淵の闇を湛え、その『扉』の向こう側が、一体、どこに続いてるのかはまったく不明だ。
「う…嘘…本当に……?」
天象儀装置の制御モノリスの傍らには、システィーナとルミアが呆けている。
その状況から察するに…彼女達が天象儀装置に対して行った何らかの操作が、この謎の『扉』を出現させたのは…明らかだった。
しばらくの間、グレンも、ジョセフも、部屋のあちこちに散らばった生徒達も、呆気に取られてその謎の『扉』を眺め……
「うぉおおおおおおおおお――っ!?すっげぇええええええ――っ!」
カッシュの歓声を皮切りに、生徒達が一斉にシスティーナへと駆け寄っていく。
「どうやったんだ!?なぁ、マジでどうやったんだ!?」
「ねぇ、これって凄い発見じゃない!?こんな機能があったなんて前代未聞だよ!」
「きぃいいいい――っ!またシスティーナに手柄を持って行かれるなんて――っ!?」
「なるほどね…特殊な操作手順を踏めば、隠し機能が起動するって所か。…で?システィーナ、君は一体、どういった操作をしたんだ?」
カッシュやセシル、ウェンディにギイブルが大騒ぎしているが……
(あ、ありえねえ……)
(な、なんや、これ!?)
グレンやジョセフは戦慄と共に硬直していた。
生徒達は、元々、装置に隠されていた機能を、システィーナが変な風に弄って偶然発見したと勘違いしているようだが…違う。これはそんな話じゃない。
あの第七階梯のセリカが魔術で調査して『天象儀以外の機能はない』と結論をだしたのだ。たかが第二階梯のシスティーナが、セリカを出し抜けるはずがない。
それに、それこそ、システィーナの祖父が見つけられなかったのをこんな簡単に見つけられるはずがない。
あのような、謎の『扉』を開く機能など存在するわけがないのだ。
グレンはセリカから受け取った宝石を額に当て、呪文を唱える。
そんなグレンにジョセフが駆け寄り――
「なぁ、先生。これって」
「やっぱり…ありえねえ!あの装置に、あんな秘密が隠れている機能的余地なんて、どこにもねえ!疑似容量オーバーだ!有り得る可能性としたら……」
宝石を額から離し、グレンはセリカを振り返る。
「な、なぁ…セリカ…あれ、どう思う…?やっぱ……」
すると。
「……セリカ……?」
一体、何があったというのか。
セリカは頭を押さえながら、荒い息を吐き、片膝をついていた。
「ば…ばか、な…どう、して……?」
その顔色は真っ青で、冷や汗がびっしり浮かび、いかにも気分が悪そうだ。
出現した光の扉を、目が血走らんばかりの勢いで睨みつけるセリカ。
「……ほ…星の…回、廊…?そうだ…≪星の回廊≫だ……ッ!?」
セリカの様子は尋常じゃなかった。何か意味不明な事をぶつぶつ呟いている。
「お、おい…?どうした?ホシノ…?何?」
「……そんな、はずは…今さら…?でも、私は…確かに……ッ!」
そんな意味不明なことを、まるで譫言のように呟き、セリカが立ち上がる。
(……!マズい……ッ!)
「……そう、そうだ…私は……」
ふらふら、と。
まるで炎の光に引き寄せられる羽虫のように、セリカが『扉』へと歩み寄り……
そして。
突然、何かに背を蹴られたかのように、セリカが猛然と駆けだした。
虚空に開かれた、その謎の『扉』を目指して――
「アルフォネア教授!?」
「セリカ!?」
呆気に取られる一同の前で、セリカはいきなり、その『扉』の中へ跳び込み、その向こう側へ――姿を消した。
「教授!」
同時に、セリカの行動を察知していたジョセフもセリカを追いかけるようにセリカ以上に猛ダッシュし――
ちょうどセリカに追いつこうとしたところでセリカが姿を消したため――
ジョセフはセリカの腕を掴むことなく『扉』の中へ吸い込まれるように姿を消した。
「ジョセフ!?」
「馬鹿な――ッ!?セリカ!?お前、何やってんだ――ッ!?」
完全に予想外だ。まさか遺跡探索においては百戦錬磨のセリカが、そんなド素人以下のことをやらかすなんて――こうして目の当たりにしてもにわかに信じられなかった。
それに、ジョセフもセリカを連れ戻すために『扉』の中に入ってしまった。
「おい、セリカッ!そっから先は、どこに通じているのか、まだ何もわからないんだぞッ!?いくら何でも無謀すぎるッ!ジョセフッ!セリカを連れ戻して来――」
グレンが慌てて、後を追おうとするが――
それは時間切れだったのか。あるいは誰かが潜れば閉じる仕組みだったのか。
再び、場に奇妙な魔力反響音が辺りに響き渡り――
「な――」
グレンの目の前で――セリカとジョセフを呑み込んだまま――
その『扉』は消えてしまった。
「……くそっ!ジョセフッ!?セリカァアアアアアアアアア――ッ!?」
グレンが『扉』があった場所の床に飛びつき、拳で叩き、叫ぶ。
絶句。
誰も、何も言葉を発することは…できなくなってしまった。
うん、ここいらで良かろう。