ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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58話

 

 

「ったく…なんなんだ、あいつは……」

 

 呆れたようにため息つき、頭をかくグレン。

 

 今回の一件は本当に、意味不明でわからないことばかりである。

 

 さすがにグレンがうんざりしていた…その時であった。

 

「……う…ん……?」

 

 グレンの背中で身じろきする気配。

 

 グレンが背負っていたセリカが…うっすらと意識を取り戻していた。

 

「……グ、レン…?…こ、ここは……?」

 

「セリカ…眼が覚めたか……」

 

 グレンがほっとしたように息を吐く。

 

 セリカの意識覚醒に、ジョセフ、システィーナ、ルミア、リィエルも安堵したようだ。

 

「おい、気分はどうだ……?」

 

「……最悪だ」

 

 グレンの問いに、セリカはぐったりとグレンに頭を預けながら、力なく呟いた。

 

 セリカの背中の傷は、とっくにルミアの法医呪文のよって完全に治療されている。

 

 だが、セリカの状態は芳しくないようである。

 

「あの変な魔人の持つ魔刀…斬った相手が魂を喰らって吸収し、自身の力へと転化するらしい…私は霊魂…エーテル体を著しく喰われてしまった…みたいだ……」

 

 なるほど、あの魔人が規格外の魔術を単独で行使したカラクリはそれか。

 

 一つ、疑問点が腑に落ちた。

 

 相手にダメージを与えるほど自分は強くなるなんてずるい。

 

「……霊魂の損傷は自然再生を待つしかない…だが…これほどの損傷…は、はは…私は…もう、二度と魔術が振るえなく…なるかも…な……」

 

「……バカ言ってんじゃねえよ」

 

 だが、グレンは笑えなかった。

 

 霊魂の損傷。それは魔術師にとっては致命傷だ。霊的な感覚を使用する魔術において、霊魂――エーテル体の状態は絶大な影響を及ぼす。

 

 魔術がまったく使えなくなる…とまではいかなくとも、今後のセリカに魔術師としての何らかの障害が残ってしまうだろうことは想像に難くない。

 

 しばらくの間、重苦しい沈黙が一行を包む。機械的に歩を進め、通路を進んでいく。

 

 かつん、かつんという足音だけが、空虚に反響していき……

 

 やがて…不意に。

 

「なぁ…グレン。そう言えば、あいつは…?あの魔人は…どうした?」

 

 ぽつりと…セリカが口を開いていた。

 

「今、やつをなんとか撒いたところだ。ナムルスっていう変なやつが、俺達を助けてくれたんだ」

 

「……ナムルス?」

 

 聞かれない名前に、セリカが眉を顰める。

 

「誰だ?…ていうか、こんなところに、私達以外に誰かいたのか?」

 

「えーと、なんだ…説明に困るな。なんか人外っぽい変なやつで…突然、俺達の前に現れて…おい、ナムルス!聞いてるか?出てこいよ!」

 

 グレンがどこへともなくそう声をかけるが……

 

「……?出てこねえな…何やってんだ、あいつ……」

 

 しばらく待っていても。

 

 なぜか、ナムルスは一向に姿を現そうとしなかった。

 

「まぁ…いいや。誰でも。こんなとこに誰かいたなんて信じられないが…お前が信じて、頼ってるなら…それで…いい…それよりも…げほっ…ごほっ……」

 

 その時、セリカが苦しそうにえずいた。エーテル体の損傷によって、肉体と霊体の重なりにズレが生じ、身体が霊的な変調をきたしているのだ。

 

「お、おい!?大丈夫か、セリカ!?」

 

「私のことなんかどうでもいい…それよりも……」

 

 セリカはほんの少し、何かを覚悟するように沈黙し……

 

 そして、はっきりと言った。

 

「私は足手まといだ…置いてってくれ」

 

 そんなことを言い出すセリカに、グレンが思わず絶句する。

 

「……私はもう…見ての通りだ…当分、一人じゃまともに動けない……」

 

 いつもなら自信と凛とした覇気に溢れる口調も、今はただただ弱々しかった。

 

 そこにはもう、最強の魔術師の姿はない。

 

 今、グレンの背中にいるのは…傷つき、打ちひしがれた、ただのか弱い女だった。

 

「……できるかよ、バカ」

 

 苛立ったように、セリカの言葉を突っぱねるグレン。

 

「私達のこの様子から察するに…あの魔人、追ってきてるんだろ……?」

 

「ナムルスのやつが言うには、あいつは心の狭い陰険なストーカー野郎なんで、あの闘技場に無断立ち入りしちゃった俺達を、地獄の果てまで追ってくるんだと。だが……」

 

 何かと口をつぐむナムルスからの、数少ない情報によれば。

 

 今のあのあの魔人は、地下迷宮の地下50階から地下89階の深層域≪門番の詰所≫に縛られている存在であるらしい。あの魔人はその領域から出ることができないのだと。

 

「……つーわけで、要はとっととこのクソ迷宮からおさらばすりゃいいわけだ。ナムルスさんは、あの闘技場からもっとも近い、脱出ポイントを知ってるんだと」

 

「……だったら…なおさらだ……」

 

 セリカが力なく、グレンの肩を掴む。

 

「こんな私がいたんじゃ…逃げる速度も…戦いも…不利になる……」

 

「ああ、そうだな。まったくその通りだ、ちっくしょうめ」

 

「……だろ?だから……」

 

「だが、断る」

 

 グレンはセリカを背負い、歩き続ける。その足取りにまったく迷いはない。

 

「……頼むから…こんな時ぐらい、私の言うこと聞けよ…ッ!このままじゃ……」

 

「うっさいッ!黙れ、やかましいッ!」

 

 だが、グレンはセリカを叱咤くして、強引に背負い直し、淡々と歩き続ける。

 

「俺はお前を断じて連れて行くッ!連れてこのクソ迷宮から脱出する!この方針に変更はねえ!この探索隊の隊長命令だ、文句あっかこの野郎ッ!」

 

 怒鳴りつけられたセリカが一瞬、身を竦め、やがて呆気に取られていく。

 

「なんで…だよ…?なんで、そこまで、私を……?」

 

 弱々しく呟くセリカに……

 

「家族だからだッ!」

 

 即、グレンが断然と叫んでいた。

 

「お前と俺の立場がもし逆だったとしても、お前なら、俺を引きずってでも連れて行くはずだッ!どんなに生還率が低くなろうとも!」

 

 そして、グレンは声のトーンを落とし、憮然と呟く。

 

「……家族ってそういうもんだろ?」

 

「グレン……」

 

 セリカはしばらく、呆けたような顔でグレンの背中に身を預け続け……

 

「私達は…家族か……?」

 

「それ以外のなんだと思った?」

 

「本当に…?本当の、本当に……?」

 

「しっつこいな…そうだっつってんだろ……」

 

「……そう、か…私達は…家族か…ははっ…ぐすっ…ひっく……」

 

 すると、セリカは何かに安堵したように息を深くつき……

 

 そして、グレンの背中で静かに嗚咽し始めた。

 

「なんで、泣くんだよ……?」

 

「実は…私…ずっと…怖かったんだよ…家族って思っているのは…私だけなんじゃないかって……」

 

「このアホ…ッ!なんで…そうなるんだよ……ッ!?」

 

「だって…私はどう考えても人間じゃないじゃないか……」

 

「はぁ!?」

 

 そして…セリカはついに、涙声で己が胸中を、とつとつと吐露していく。

 

 セリカは語る。自分のこれまでの約四百年間に渡る長き生を。

 

 不安と、苛立ちと、孤独と、戦いに彩られた果てしなき茨の道を。

 

 それを歩む自分を苛み続けた、突き動かし続けた『内なる声』――謎の使命の存在を。

 

 そして、その『内なる声』が、ある時、突然、言ったのだ。

 

 セリカがグレンを養うために魔術学院の教授となり、学院の魔術教授として探索依頼を受け、地下迷宮内に初めて足を踏み入れた時――この地下迷宮の最深部に、セリカの使命があるのだと『内なる声』が――言ったのだ。

 

「だから、お前、こんなクソ迷宮に拘ったのか?その『内なる声』とやらに、突き動かされて……?」

 

「……最初はな」

 

「最初は?」

 

 セリカの妙な言い回しに、グレンが首を傾げる。

 

「最初は確かに『内なる声』に突き動かされるまま無茶をやった…でもな…今の私は未だ思い出せない使命なんて…もう、どうでもよくなってたんだ……」

 

「だったら!なんで、あんな無茶をし続けたんだ……ッ!?」

 

 グレンのその問いに。

 

「だから…怖かったんだよ……」

 

 セリカは今にも消え入りそうな声で、そう呟いていた。

 

「お前と一緒に暮らすうちに…私は…段々と怖くなっていったんだ…原因不明の不老…『永遠者』…私の生きている時間と…お前の生きている時間は違う…私とお前は違う…小さかったお前が次第に成長していくたびに…いつも強く、そう突きつけられる…”ああ、お前と私は、違う存在なんだ”って……」

 

 そう、それこそが――

 

「だから…お前は、心の底では私のことを…家族として…認めてくれないんじゃないかって…自分とは違う別の生き物のように、私のことを思ってるんじゃ…ないかって…こんな私を哀れんで、そばにいてくれるだけじゃ…ないかって……」

 

 長年の孤独で脆くなったセリカが患ってしまった――『病気』だった――

 

「グレン…私は……」

 

 セリカの細腕が、グレンの首により強く絡められる。グレンの後頭部に押しつけられるセリカの頭。じんわりと熱いものが、グレンの後頭部に伝わってくる。

 

「……もう、『内なる声』なんて…思い出せもしない使命なんて…どうでもよかった…ただ…お前と…一緒に居られれば…それでよかった…私は……」

 

「…………」

 

「……私は…お前と同じ時間を生きる、同じ『人間』に…なりたかったんだ……」

 

 そんなセリカの弱々しく、悲しげな呟きに。

 

 全てを悟ったグレンが、思わず目を閉じ、歯噛みする。

 

「……だから、か」

 

 自身の不老の謎の答えを求め、『永遠者』から『人間』へとなるため、地下迷宮へ。

 

 その『永遠者』体質は、きっと失われた使命に関係していたはずだから。

 

 グレンに自分を人間だと、真の家族と認めてもらいたいがゆえに。

 

 タウムの天文神殿調査へ、急についてくる気になったのも、それが理由。

 

 タウムの天文神殿には、時空間転移魔術…時間に関する古代の秘術が眠っているとの噂があった。地下迷宮探索に煮詰まってしまったセリカが、自分の不老の謎を解く一助になれば…と、そう思ってのことだったのだろう。

 

 まったくもって――

 

「馬鹿野郎…馬鹿野郎だよ……」

 

 グレンは怒りが滲んだ震える声で、そう言った。

 

「……グレン?」

 

「……そんなことを思い悩むお前も…そんなお前の葛藤に気付いてやれなかった俺も…本っ当に大馬鹿野郎だ…ッ!くそ…ッ!ちっくしょう……ッ!」

 

 そう言えば、以前もそうだ。

 

 グレンが魔術嫌いになってしまったことで、勝手に自分まで嫌われているんじゃないかと邪推し、セリカはグレンを無理矢理に魔術講師にした…魔術が好きだった頃をグレンに思い出して欲しくて。

 

 セリカ=アルフォネア。グレンが憧れた最高の魔術師――魔法使い。

 

 グレンがお伽話の『正義の魔法使い』に憧れたのも…元々はセリカみたいな魔法使いになりたかったから。

 

 グレンにとってセリカは――生涯をかけてその背を追い続ける偉大なる存在であり――神聖不可侵な、物語の中に生きる憧れの英雄なのだ。

 

 だから、つい、失念してしまうのだ。セリカも、史上最強の魔術師である以前に――至高の魔法使いである以前に――一人の女性であることを。

 

 四百年という気の遠くなるような長き時間の果てに、摩耗し、脆くなってしまった――ごく普通の、当たり前の人間であることを。

 

 彼女の不安を、絶対的に取り除いてやれる手段は、グレンにはない。

 

 彼女の求めを、絶対的に証明する手段は、グレンにはない。

 

 だから――

 

「俺とお前は、家族だ」

 

 だから、何度でも言葉にするのだ。

 

「俺とお前は家族だ、セリカ。そもそも家族以外の何だって言うんだ?マジで」

 

 何度でも。

 

「お前…俺と一緒に暮らす十年以上の月日の中で一体何を見てたんだ?アホか?マジで。不安に思うなら素直に言え、そういうことは。そういうクソくだらねえ悩みを打ち明けて、ぶつかりあってこそ家族だろ?ンなこともわかんねーのか?」

 

 何度でも。何度でも。

 

「お前って本当にガキだよな…いくつだよ?ったく、この耄碌ババアめ…あー、こりゃ、家族の俺が当分介護してやらにゃ駄目だわ、マジで……」

 

 彼女がそれを不安に思う度に、何度でも――

 

「……お前は今のままでいい、セリカ。何も気負う必要なんてねーよ。お前が『永遠者』だろうが、人間じゃなかろうが、神だろうが、悪魔だろうが、魔王だろうが…お前は、俺のたった一人の…大切な家族だ……」

 

 グレンは淡々と、それでも想いを込めて、言葉を連ねていく。

 

 セリカがわかってくれるまで、安心してくれるまで、何度でも。

 

「お前は…今のままでいいんだよ……」

 

「そう…か……」

 

 グレンの言葉をじっと聞いていたセリカは、まるで夢見心地のように息を吐いて。

 

 そして……

 

「……私…なんで、こんな簡単なことが…わから…、な…、…………」

 

「……セリカ?」

 

 そのまま、セリカは再び深い眠りについていた。

 

「ったく、…余計な手間をかけさせやがるぜ……」

 

 ふて腐れたように言い捨て、大切そうに背中のセリカを背負いなおす。

 

 そんなグレンと、その背中で子供のような寝息を立てるセリカを、ルミア達が微笑ましく眺めている。

 

(家族、ねえ……)

 

 ジョセフはグレンとセリカのやりとりを見て、一人物思う。

 

 ジョセフにも、一年前までは家族がいた。

 

 軍学校に入学し、軍人を目指したのも、その家族を守りたいと思ったからだ。

 

 なんやかんやぶつかったこともあったが、それでも暖かった家族は――今はもうない。同時多発テロで奪われてしまった。

 

 そして、レザリア王国との戦争で、戦場を渡り歩いている内に、一人でもやっていけるとか、死んでも構わないみたいな、強がっているような、自分の事がどうでもよくなったような、そんな気持ちが支配していた。

 

 でも――

 

 アルザーノ帝国魔術学院に来て、ふざけ合ったり、いじりまくったり、そんなくだらないことしているうちに――

 

 ジョセフは本当は自分がどうなってもいいとか、心の底からそう思っていたわけではなかったかもしれない。

 

 彼が求めてたのはセリカと同じく、かなり、バカみたいに単純なもの。

 

 それは――

 

「……ちっ。なーに、見てんだよ……」

 

 生徒達の視線に気付いたグレンが、気恥ずかしそうに、顔を背ける。ジョセフも我に返る。

 

 ……そして。

 

『……ありがとう、グレン』

 

「うおっ!?」

 

 いつの間にか、グレンの隣に姿を現していたナムルスが、不意にそんなことを言った。

 

「馬鹿、脅かすな!…って、ありがとう?は?どういう意味だ?そりゃ」

 

『……別に』

 

 ふい、と。

 

 そのまま、ナムルスはそっぽを向いた。

 

 

 

 

 一行は、地下迷宮を延々と進んでいく。

 

 背後から迫ってくるであろう脅威に怯えながら、黙々と……

 

 だが、このまま何事もなく終わってくれ…そんな思いをあざ笑うように…ついに。

 

「……先生……」

 

「……来たな」

 

『そうね』

 

 ふと、回廊を行くグレン達が歩を止め、背後を振り返る。強大で禍々しい力を持つ何者かが、すぐそこまで近付いている気配が…ひしひしと感じられたのだ。

 

『……まだ、距離はあるわ。けど、追いつかれるのは時間の問題ね』

 

「急げば、逃げきれます?」

 

『無理ね。まだ、目的地まではかなりあるわ。…貴方達がここにやってきた時に使用した扉の場所よりは大分近いけど…それでも……』

 

 ならば、取るべき方策は一つ…迎え撃つしかない。

 

「俺が、ここ残る。お前達はセリカを連れて、なんとかこの地下迷宮から脱出しろ」

 

 悲壮な覚悟を決めてそう言い、グレンは眠るセリカを壁にもたれかけさせた。

 

「先生、いくらなんでも、それは無茶やで……」

 

「だ、駄目です!先生も一緒……ッ!」

 

『そうよ、何を言ってるの』

 

 そんなグレンの言葉にジョセフは難色を示す。

 

 そしてグレンの言葉に一番反応をしたのはルミアと、意外にもナムルスであった。

 

『グレン…貴方はここで死ぬわけにはいかないわ』

 

「だが、どうすんだよ!?追いつかれるのは確実なんだろ!?」

 

『……それは』

 

「一緒に固まってたら、一気に全滅だ。何しろ、やつへの対抗手段がまったくないんだからな。だから、俺がここに残って一秒でも時間を稼ぐ。お前らは――」

 

『それだけは駄目ッ!特に貴方とセリカは生き伸びてッ!お願いだからッ!』

 

「あんな、無敵で不死身なやつ相手に、そんなこと言ってる場合か!?」

 

 激しく言い争うグレンとナムルス。貴重な時間がどんどん出血していく。

 

(ナムルスの会話から察するに、先生と教授は、なんとしても生き残って欲しいということなんだろうが、彼女のこの焦りようは一体、なんだ?)

 

 よっぽど、グレンとセリカが死ぬのが彼女にとっては都合が悪いらしい。

 

 ナムルスが、なぜ自身の姿を現してまで助けたのか?そして、グレンが時間を稼ぐと言った時のこの反応。

 

(一体彼女は、先生と教授との何の関係を持ってるんだ?)

 

 どちらにしろ、だ。

 

 先生が死んでしまったら、例え、ルミア達が生き残っても、彼女達は悲しむだろう。それだけじゃない、クラスメート達も。

 

 だが、この状況から察するに、誰かが足止めしなければならないらしい。

 

 だったら。

 

 ジョセフは、覚悟を決めるかのように深呼吸する。

 

 あの魔人相手に通用するかどうかはやってみないとわからないが、アレなら――

 

『貴方がオトリになったところで、結局、あの子達も追いつかれて殺されるわ!』

 

「じゃあ、どうしろってんだよ!?このまま座して――」

 

 

 まさに、一触触発…そんな時だった。

 

「……先生」

 

 今の今まで、ずっと何かを考え込むかのように押し黙っていたシスティーナが、不意に意を決したように、口を開いた。

 

「どうせ逃げられないなら…戦いましょう、皆で。…あの魔人と」

 

 一瞬、グレンはシスティーナが恐怖のあまり、気が狂ったかと思った。

 

「あの魔人を私達で打倒しましょう。全員が生き残るには…それしかありません」

 

 きっと、それは彼女の精一杯の勇気を振り絞っての言葉なのだろう。

 

 システィーナの肩は、唇は、小刻みに震えていた。

 

「馬鹿か、お前は…ッ!?勝てるわけねーだろ!?」

 

 だが、あの魔人の強大さを知っているがゆえに、すっかり余裕のないグレンが、そんなシスティーナに喰ってかかる。

 

「ああ、勝算があるなら、全員で戦うことも吝かじゃねえさ!だが、あいつ、心臓に弾ぶちこんでも、叩っ斬っても死なねえじゃねえか!?そんなん相手できるか!」

 

『グレンの言う通りよ!?』

 

 そこになぜか、ナムルスも追従してくる。

 

『あの魔人を殺しきれる者はこの世にいないわ。…残念ながらね。なぜかはわからないけど…あいつは不死身なの。何度殺しても、決して死なない』

 

 それは、妙に確信と実感が伴った言い口だった。

 

 だが、そんな二人に臆せず、システィーナは極めて冷静に告げた。

 

「お言葉ですが…あの魔人の不死性…恐らく、崩せます」

 

「……は?」

 

『えっ?』

 

 グレンどころか、ナムルスまで目を丸くしていた。

 

「私の推測が正しければ、ですが…あの魔人には恐らく弱点があります」

 

 そう言って。

 

 システィーナは自身が背負う背嚢を下ろし、その中身をごそごそ物色し始める。

 

「……ひょっとしたら、何かの役に立つかも…そう思って持ってきたんだけど…まさか、こういう形で役に立つなんて……」

 

 システィーナが背嚢かの中から取り出したのは……

 

「……は?『メルガリウスの魔法使い』…?セリカが持ってきていた本か?」

 

「はい」

 

 訝しむようなグレンの視線が刺さる中、システィーナが本をぱらぱらとめくり始める。

 

 そして――

 

 グレンが決戦に選んだ場所は――迷宮内に造られた空中庭園らしき場所であった。

 

 広い空間に、比較的手狭な広場が高さを変えて複数存在し、それらを無数に入り組む階段が繋いでいる。今は水が涸れているが、噴水池やそれらを繋ぐ水路が所々あり、かつては流れる水が滝や噴水を形成し、とても美しい場所であったろうと想像がついた。

 

(まぁ…見上げる天井が、ドーム状の石壁で覆われてて空が見えないってのが台無しだが…てか、空中庭園っつーより、地下庭園だな、こりゃあ……)

 

「……ん?どうしたの?グレン」

 

 ふと頭上を見上げたグレンの傍らには、手にセリカの真銀の剣を提げたリィエル。

 

 二人から少し離れた後方の、グレン達がいる広場よりニ、三メトラほど高い位置にある広場のテラスに、やや緊張した雰囲気のシスティーナとルミアが待機している。

 

『先生、位置についたで』

 

 ジョセフは、セリカを背負って、グレン達よりも数段高い広場のテラスに待機している。

 

「うんにゃ?頼りにしてるぜ?お前ら」

 

「ん。任せて。わたしはグレンの剣」

 

『了解です』

 

 リィエルがぼそりとそう言い、ジョセフが気の抜けた声で言い、システィーナとルミアが頷いた。

 

 やがて。

 

 そんなグレン達の元に、圧倒的な気配が近づいてくる。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと……

 

 その肌を痺れさせるように薄ら寒くする、ドス黒い気配は徐々に強まっていき……

 

 ……そして。

 

『退かず、我に立ち向かうか。愚者の民ながら潔し……』

 

 魔人がグレン達の前に姿を現した。相変わらず目眩がするほど禍々しい圧力。こうして対峙しているだけで、膝が震え、背筋と額を大量の冷や汗が伝い落ちていく。

 

『敵わぬと知り、殺せずと知り、我に牙剥くその蛮勇は愚か。だが、天晴れ。せめてもの褒美に、苦の無き死を与えようぞ……』

 

 かつん、かつん、かつん……

 

 広場を繋ぐ階段を登り、魔人がグレン達の陣取った場所へ、ゆっくりと近付いてくる。

 

 圧力がさらに絶望的に強まり、恐怖に締め上げられた心臓が悲鳴を上げていく。

 

 が――

 

「そうかねえ?まったく届かねーわけじゃないと思うがなぁ?」

 

 グレンは精一杯、余裕の演技をし、眼下の魔人を小馬鹿にするように言い放つ。

 

「なにせ――てめぇの命の残数は、後、四つ…だろ?」

 

『…………』

 

 そのグレンの謎の言葉に、階段を登る魔人の動きが――止まった。

 

「さぁ…バカ騒ぎも、そろそろ終いにしようぜ?」

 

 不敵に構えながら、グレンは先ほどのシスティーナの話に思いを馳せる――

 

 

 

「……魔人の動きが、止まったな」

 

 数段高いテラスにて、ジョセフはスプリングフィールドM1903にスコープと銃口にサプレッサーを装着しながら、下の様子を見ていた。

 

 上にはドーム状の天井がすぐそこに見える。

 

 そして傍には、深い眠りについているセリカを壁にもたれかけさせている。

 

 下ではグレンが不敵に構え、しばらくの沈黙が続いている。

 

「さぁ、あの魔人は果たしてシスティーナが思っているやつかな?さて、どうなる?」

 

 ――お前は一体、誰なんだ?

 

 ジョセフは、そう思いながら下の様子をみ、システィーナの話に思いを馳せていた。

 

 

 

 





ここいらでよかろう

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