ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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59話

 

 ――。

 

「……と、あの魔人の不死性とその弱点を説明する前に……」

 

 ふと、本をめくる手を止め、不意にシスティーナが話を変える。

 

「ねぇ、先生。ロラン=エルトリアって知ってる?」

 

 話の腰を折られて、グレンが眉を顰める。

 

「……はぁ?…いや、知ってるが、今はそんなこと話してる場合じゃ――」

 

「それが重要なんです!聞いて下さい!」

 

 システィーナは強く断言し、言葉を続けた。

 

「ロラン=エルトリア。近世では有名な魔導考古学者です。魔導考古学の父とも。彼はメルガリウスの天空城を中心に古代史研究を重ね、その代表作はその名もズバリ『メルガリウスの天空城』…そして、『メルガリウスの魔法使い』……」

 

「ああ、そうだ。前者はお前のようなメルガリアンにとっては、バイブル的な一冊。後者はこの国のガキなら一度は読むような童話だ。やつは魔導考古学者でありながら、同時に童話作家でもあった……」

 

 システィーナの意図が読めず、仕方なく話に付き合うグレン。

 

(まぁ、確かに読んだことはあったな……)

 

 ジョセフも小さい頃、『メルガリウスの魔法使い』を読んでそれに感化してしまい、ウェンディを守る、とか今ではかなり恥ずかしいことを言ってたような、そんな記憶が蘇ってくる。

 

 今、思い出しても我ながら恥ずかしいことを堂々と言っていたな、とある意味感心してしまう。

 

「ロランの童話作家としての著作は、世界各地に伝わる古代の神話や伝説、民間伝承を、彼独自の分析・解釈を下に編纂したもの…特に彼の最高傑作『メルガリウスの魔法使い』はその集大成…古代神話大成とも呼んでもいいわ。童話でありながら、聖歴前古代史を紐解く参考文献にもなりうる名書よ」

 

「……それがどうした?」

 

「最終的にロラン=エルトリアは、『メルガリウスの魔法使い』を執筆して、世に出版したその直後…隣のレザリア王国へ古代伝承の調査旅行中、彼の国を支配する聖エリサレス教会に『異端者』として捕まって…火刑台に送られました」

 

「!」

 

「罪状は『邪悪な思想の書籍を世に出し、無辜なる民を惑わした罪』。教会はレザリア王国内に出回っていた『メルガリウスの魔法使い』を全て強引に回収し…焚書した」

 

「狂信者どもが……」

 

 ジョセフはロラン=エルトリアの結末を聞いて、怒りの滲んだ言葉が飛び出す。

 

 先の戦争では、あの聖エリサレス教をぶっ潰すと強く思っていたほどだ。

 

 因みに、連邦では聖エリサレス教は『無辜なる国民、または世界を狂気に染め、自由や人権を蹂躙・侵害するこの世界で最も邪悪な宗教』ということで、禁教に指定されている。

 

 ただ、それと同時に聖エリサレス教会のこの行動について疑問もあった。

 

「そ、そんな、酷い…その本なら、私も子供の頃に読んだことあるけど…あれは本当にただの童話だよね…?別に旧教会が怒るようなことは何も……」

 

 不思議に思ったルミアが、悲痛な表情で相槌を入れてくる。

 

 そう、ルミアの指摘の通り、『メルガリウスの魔法使い』はただの童話である。

 

 そのただの童話に対しての聖エリサレス教会の反応はかなり異常であり、過剰な反応なのだ。

 

「ええ、いくらなんでも異常よ。当然、何か裏がある…と思うわよね?」

 

 システィーナの問いに、押し黙るグレン。

 

「繰り返すけど、『メルガリウスの魔法使い』はね…世界各地に残された古代文明の伝承を参考に書かれているの。すると…当然、こう考えられない?ロラン=エルトリアは…古代文明にまつわる見てはいけない何かを見てしまい、それを『メルガリウスの魔法使い』という本にしてしまったせいで、殺された…と」

 

「……ッ!」

 

「火刑台に上ったロランが最後に残したとされる言葉…『教典は万物の叡智を司り、創造し、掌握する…故に、それは人類を破滅へと向かわせることとなるだろう』…なんだか、とても意味深だと思わない?まるで…『メルガリウスの魔法使い』には、『教典』と呼ばれる禁断の原本みたいなものがあった…そう思えませんか?」

 

(教典?まさか、『禁忌教典』のことか?)

 

 システィーナが言ったロランの最後の言葉に、ジョセフは『教典』は『禁忌教典』のことではないかと推察する。

 

 グレンはしばらく、その言葉を反芻するかのように、沈黙していたが……

 

「くだらない陰謀論だ。それがどうした?一体、あの魔人になんの関係が?」

 

 やがて、呆れたように一笑に付していた。

 

「先生。ここで本題に入ります。さっきの魔人ですが……」

 

 システィーナはグレンの目を真っ直ぐ見つめながら、言った。

 

「左手に魔法を打ち消す赤い魔刀…右手に魂を喰らう黒い魔刀…何度殺しても死なない不死身の魔人…これ、どこかで聞いたことありません?子供の頃、『メルガリウスの魔法使い』が大好きだったっていう先生なら、きっとご存知だと思うんですけど」

 

 システィーナが本を開いて、グレンへと向ける。

 

 双刀の剣士が万の軍勢に立ち向かっている構図のその挿絵には、見覚えがあった。

 

 その挿絵に、そして、システィーナの指摘に…グレンの懐かしい記憶が、不意に脳裏にフラッシュバックする。

 

「……魔煌刃将アール=カーンか!」

 

 絵本『メルガリウスの魔法使い』では、主人公の敵役として『魔王』、そしてそれを守護する『魔将星』達が登場する。魔将星とは、魔王直属の、強大な力を持つ配下達のことだ。元・人間が、何らかの形で人間を辞めたような連中ばかりだ。

 

 中でも、魔煌刃将アール=カーンは独特な立ち位置に存在するキャラクターで、魔王に傅きながらより魔王に相応しい人物…己が真に忠誠を捧げるべき相手を求め、無数の強者と戦い続け、時に魔王にすら牙を剥くという変わり者だ。

 

 そして、その最大の特徴は、先述の双魔刀と、かつて邪神がアール=カーンに課した十三の試練を乗り越えることで手に入れた、十三の命。

 

 彼は十三回殺さないと倒れないのだ。つまり――

 

「――って、バカか!?それはただのお伽話だろ!?白猫、お前はあの魔人が魔煌刃将アール=カーンだー、とでも言いたいのか?お前、それは流石に……」

 

「私だって、バカなこと言ってるのはわかってるわ!でも、それにしては、類似点が多過ぎない!?これ、本当に偶然なの!?偶然にしては出来過ぎてない!?」

 

 確かに、言われてみればそうだ。

 

 本当にこれを、ただの偶然と片付けてよいのだろうか?

 

 大方の物事において、一つ二つの一致は偶然だが、三つ以上の一致はほぼ必然だ。それを、なんの検証もなしに偶然と決めつけるのは、それこそ愚者のすることだ。

 

 それにシスティーナの言う通り『メルガリウスの魔法使い』は、ただの童話ではないのだ。それは古代の神話大成――偉大なる伝説の語り部ロラン=エルトリアの魂なのだ。

 

(ん?そういえば、あの時……)

 

 ジョセフは、闘技場で魔人を大鎌で斬りつけた時の魔人の言葉を思い出す。

 

『真逆、愚者の民草らに、二つ持って行かれるとは…未だ我も未熟、か……』

 

 二つ持って行かれた…この二つというのはもしかして……

 

(それなら、システィーナの仮説は正しいし、あの魔人はアール=カーンということになる。いや、ほぼアール=カーンだ)

 

 あとは――

 

「先生…この可能性に賭けてみませんか?相手があのアール=カーンなら……」

 

 そう。ご多分に漏れず、物語の英雄や反英雄に、弱点は付きものだ。

 

 あの魔人が、本当に本物の魔煌刃将アール=カーン――古代の反英雄ならば――

 

 ――打倒する手段は、攻略法は、ある。

 

(……どうする?)

 

 これは賭けだ。

 

 そんな細い希望の糸に縋って、魔人を打倒し、全員で生還する可能性に賭けるか。

 

 そんな希望は捨て、誰かが確実に犠牲となる、絶望的な逃走にひた走るか。

 

 グレンは、生徒達を見る。

 

 システィーナも、ルミアも、リィエルも。

 

 何かを訴えかけるような真摯な表情で、グレンをまっすぐ見つめてくる。

 

 ――貴方の判断に従う、と。

 

 ――それがもたらす結果に、後悔はしない、と。

 

 その目が、何よりもそう雄弁に語っている。

 

 彼女達は…もう、とっくに覚悟を決めていた。

 

 グレンはジョセフを見ると、ジョセフは。

 

「後は、先生の判断や。システィーナの賭けに乗るものよし。誰かをオトリにするのもよし。任せるわ」

 

 そう言った。

 

 システィーナ、ルミア、リィエル、そして…ジョセフ。

 

 彼ら四人が、力を貸してくれるなら…一緒に戦ってくれるなら…あるいは。

 

「……俺は、あいつらに約束をしたんだ…皆、無事に連れ帰るって…そうだ…だから、俺は……ッ!」

 

 そんな、彼らを前に、グレンはついに決断する――

 

 

 

 ――。

 

(さぁ、お前は誰なんだ?)

 

 魔人と対峙するグレン達を見下ろしながら、ジョセフは魔人に胸中で誰何する。

 

 あの魔人の正体が、本当に魔煌刃将アール=カーンである保証など、どこにもない。

 

 全てはただの偶然…その前提が違えば、グレン達が魔人に勝てる保証など、どこにもない。

 

 だが――それをただの偶然と切り捨てるには、あまりにも状況が出来過ぎている。

 

 全員が生き残るなら…この可能性に縋るしかない。

 

(先生が言うには、アール=カーンは物語中では…魔煌刃将アール=カーンは、魔王が己が主と認めるために戦いを挑み、四度殺され…魔王を倒すために天空城に挑んだ正義の魔法使いを阻むために戦い、三度殺された…つまり…すでに合計七回の死……)

 

 ジョセフは、機を窺いながら、魔人を一瞥する。

 

(そして、先生が魔人の心臓にブチこんだ一発の銃弾、俺がカマした一撃…これで二回…やつの命の残数が、元は十三…だとするなら……)

 

 ジョセフは、魔人の命の残数を計算する。

 

 システィーナの仮説通りならば、魔人の命の残数は――

 

『そう、テメェの命の残りは四つだ』

 

『………』

 

『確かに、古代の英雄サマの相手なんか務まらねえよ、俺一人にはな…だが、生憎、俺は一人じゃねえ。俺にはこいつらがいる』

 

 ジョセフの通信器越しにグレンは胸を張って、立てた親指で頼もしい生徒達を指す。

 

『こいつらがいれば…四人で戦えば、テメェに勝てる。テメェの命の残数がたった四つだっていうなら…なんとかしてやるぜ?クソ野郎』

 

 さぁ、答え合わせの時間である。

 

 ジョセフは先のシスティーナの話であの魔人が、魔煌刃将アール=カーンだと、半ば確信していた。

 

 そもそも、あの闘技場で魔人の口から出た言葉がそれを物語っていた。

 

 二つ持って行かれたのは命のこと。だから、残りは四つ。

 

 グレンはその確証を魔人から得るために、渾身の芝居に打った。

 

 内心、ガクブル震えて今にも逃げだしたい気分を無理矢理押し込め、見栄とハッタリで、いかにも相手を四回殺せば勝てる…と確信している風を、グレンは装った。

 

 グレンは拳闘の構えを取って軽くステップを踏み、向かう魔人の右手側へ、ゆっくりと円を描いている。いかにも、こっちが魔人の命が四つであることを確信し、攻撃の隙を窺っているように。

 

(もし、魔人の命が四つなら、四度殺すなら、それは全てを尽くす総力戦になる。それで魔人が倒れなかったら…俺達は終わりだ)

 

 さぁ、答えはどうなんだ?

 

(先生のハッタリが果たして効いてくれるか?頼む何か反応を見せえや)

 

『……………』

 

 押し黙る魔人が、グレンを値踏みするように睥睨する。

 

 しばらくの間、場をまるで鉛のように重苦しい沈黙が、流れ……

 

 その沈黙は、ジョセフがいるテラスにも届くほどで。

 

(どうなんや?アール=カーンなのか、違うのか、どっちや?)

 

 沈黙が続く。

 

 ……その時。

 

『良いだろう。我が真なる主すら知らぬ秘中を、汝等がいかに知ったかは与り知らぬが…精々足掻け、愚者の民草共よ。その群の力を以て、我を四度殺してみせよ』

 

 魔人が、双魔刀を構え――決定的な言葉を吐いた。

 

「………ッ!?」

 

 服芸を制したのは――グレンだった。物語で語られるとおり、『真っ向勝負を好む』魔人であることも、グレンに幸いした。

 

「はっ…元よりそのつもりだぜ…格上気取って吠え面かくなよ……?」

 

 余裕よ自信を取り繕った表情で、そう言う。

 

(ビンゴ。これで魔人はアール=カーンと確定した。これで、攻略手段はなんとかなる)

 

 それにしても、ロラン=エルトリア…一体、何者なのか。

 

 彼は一体、古代文明を探索する果てに…一体、何を見たというのか。

 

 そして、魔将星――かれらは物語上の存在ではなかったのか――?

 

 ……だが、今はそれを考えている場合ではない。

 

『さぁ、行くぞッ!リィエルッ!、システィーナッ!ルミアッ!』

 

『ん。任せて!』

 

 グレンとリィエルが、爆ぜるように左右に散開し――

 

「援護するわよ!」

 

「うん!」

 

 後方のシスティーナとルミアが魔人に向けて、左手を構え――

 

「さて、やるかね」

 

 ジョセフは、狙撃位置に素早く、気付かれないように移動する。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!」

 

「いいいいいいやぁあああああああああああああああああ――ッ!」

 

 そして、グレンとリィエルが裂帛の気迫と共に、魔人へと突撃していく。

 

『……来い』

 

 迫り来るグレンとリィエルを前に、魔人が深く低く、身構え――

 

 そして、壮絶なる戦いが始まった――

 

 

 

 

 






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