ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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寒い。

個人的にはアール=カーンはカッコイイと思います。

特に刀。


60話

 

 

 ジョセフは狙撃位置に着き、小銃を構え、魔人を狙う。

 

 下ではグレンが魔人の右手側から、翔けるように仕掛ける。

 

「やぁああああ――ッ!」

 

 リィエルが魔人の左手側から、飛ぶように襲いかかる。

 

 

 左右から二人同時に、魔人へと仕掛ける。

 

 その挙動は――疾風迅雷。まるで、地を走る稲妻が交錯するかのよう。

 

「しぃ――ッ!」

 

 ルミアの『感応増幅能力』を載せて、予め魔力を付呪したグレンの拳が――

 

「いいいいいやぁああああああ――ッ!」

 

 リィエルがセリカから借り受けた真銀の剣が――

 

 裂帛の気迫と共に、うなりを上げ、真空を裂き、魔人へと迫る。

 

 無論、二人ともルミアの能力が乗った白魔【フィジカル・ブースト】で身体能力を極限まで引き上げているため、その動きはすでに人外だ。

 

『フン――』

 

 だが、優雅に疾く、鋭く躍る魔人の双刀。

 

 視界を無数に分断する、紅と黒の曲なる剣線の乱舞。

 

 魔人は右の魔刀でグレンの拳を、左の魔刀でリィエルの剣を、人外の攻撃を、何の危なげもなく、受け、捌き、叩き落とし、受け流していく。

 

 拳と魔刀が、剣と魔刀が幾度なく甲高い衝撃音と魔刀の火花を散らして、ぶつかり合い、喰らい合っていく。

 

「ぉおおおおおおおおおおおお――ッ!」

 

「はぁ――ッ!」

 

 ひるまず、さらに打ち込んでいくグレン、さらに斬り込むリィエル。

 

 時に同時に、時に時間差で、何度も、何度も、何度でも。

 

 ジョセフはスコープ越しに魔人に狙いを定め、一撃目の機会を辛抱強く待つ。

 

 だが――まさしく人外の魔人は、それらを淡々と冷静に捌き続ける。

 

 グレンの撃ち込んだ右ストレートを体をさばきでかわし――

 

 その刹那、リィエルが流星の如く落とした大上段からの一撃を受け止め――

 

 間髪入れず、旋風のように振るわれたグレンの左フックを受け流し――

 

 同時に、リィエルが切り返した銀色の暴力を弾き返す。

 

 それはまるで、踊るように、舞うように。

 

 手数で攻め立てる近代剣術や、力と速度で相手を圧倒する騎士剣術と違い、全ての動作が円を描くような魔人の剣舞は敵ながら見とれるほどに美しい。

 

 激しい打ち合いに巻き起こる制圧と拳圧が逃げ場を求め、周囲を嵐の如く吹き荒ぶ――

 

「ふっ――」

 

「やっ――」

 

 グレンとリィエルはタイミングを合わせ、魔人が右手の刀でグレンを、左手の刀でリィエルを相手取らざるを得ない絶妙な位置を確保しつつ、仕掛けていく。

 

 これが、グレンとリィエルが、超絶的な技巧を誇る魔人と戦うための、最低条件だ。

 

 魔人の右の魔刀・魂喰らいの相手をグレンが担当し、左の魔刀・魔術師殺しの相手をリィエルが担当する――まず、それをやらねば、魔人とは戦いにならない。

 

 

 ルミアの能力を載せて拳を魔力で強化しているとはいえ、グレンが左手の魔刀に触れれば、その魔力が即座に打ち消されてしまう。

 

 リィエルが一振りの真銀の剣を振るっても、魔人が振るう右の魔刀を相手にするには手数が少なく、少しでも刃に触れられてしまえばそこで終わりだ。

 

 傷さえ負わなければ問題ない右の魔刀を相手にできるのは、魔力で強化した拳を二つ持つことで、魂喰らいに対する手数が多いグレンだけ。

 

 触れただけで魔力が消される左の魔刀を相手にできるのは、セリカから借り受けた真銀の剣によって、魔術師殺しの影響を受けないリィエルだけ。

 

 ゆえに、グレンは必ず右から仕掛け、リィエルは左から仕掛ける。

 

 それに加え、共に魔導士時代を戦い抜くことで培った連携が、ようやく、魔人を辛うじてまともに打ち合うことを可能にしているのだ――

 

 だが、この戦法は、打ち合う最中、魔人に右手と左手の刀を持ち替えられたら終わりになるのだが……

 

(アール=カーンはそれをやらない。いや、できない。何故ならそれをやったら――)

 

 

 

 ――。

 

「無理だろ、その戦法…いや、俺とリィエルなら多分、そういう立ち回りはできるが…戦いの最中、やつに左右の刀を持ち替えられたら終わりじゃねーか……」

 

 戦いの前の、作戦会議にて。

 

「ううん、恐らく大丈夫よ。『カーン・サイクル』っていう一連の叙事詩があるの。古代伝承の中でもアール=カーンにまつわる逸話をまとめたもので、ロランも『メルガリウスの魔法使い』執筆の際、それを参考にしているんだけど……」

 

 システィーナは言った。

 

「アール=カーンが『夜天の乙女』から授かった二本の魔刀は、右手に魂喰らいを、左手に魔術師殺しを…つまり、決まった手に持たないと、その能力を発揮できない…伝承ではそうなってるわ」

 

「つまり……?」

 

「戦いの最中に、左右の刀を不意に持ち替えられることは、ないわ。先生とリィエルがそれぞれ決まった魔刀を相手取るのは、極めて有効なはず!」

 

 

 

 ――。

 

『……ッ!』

 

「ははっ!忌々しそうだな!?やりにくそうだな!?おいっ!?」

 

 グレンが拳を魔人へと繰り出しながら、叫ぶ。

 

 何度仕掛けても、グレンを迎え撃ってるのは右の魔刀。

 

 リィエルを迎え撃ってくるのは左の魔刀だ。

 

 これを打破するのは、左右の刀の不意の持ち替えだが――

 

「持ち替えてみろよ!?刀を!ああ!?ほら、どうした!?」

 

『………』

 

 淡々とグレン達の攻撃を捌き続ける魔人に、微かに苛立ちのような感情が滲んでいく。

 

 だが、魔人が刀を持ち替えてくる気配は――ない。

 

(そうだ。お前は刀を持ち替えることはできない。持ち替えたら、魂喰らいと魔術師殺しが発揮できなくなるからな。それがなかったとしても充分渡り合えるが、勝負ではクソ真面目で全部発揮できなければ気が済まないお前の性格では、絶対に死んでもそれはやらないだろうよ)

 

 ジョセフは、狙いながら腹の中でほくそ笑む。

 

 こればかりは、システィーナの古代文明マニアぶりの勝利といえた。

 

(しかし、先生達にはたまったものではないだろうが、魔人の刀の腕前は流石やな)

 

 下では息もつかさぬほどの連携と連撃で魔人を攻め立てるグレンとリィエルを相手に、魔人は淡々とそれを受け流し続ける。

 

 魔人の剣技には、敵ながら敬意を表したくなるほどだ。

 

 一体、何をしたらこんな境地にまで到るのだろうか。人間を辞める前も相当腕前が良く、きっと天賦の才がなければここまで腕は上がらないだろう。

 

 軽やかに双刀を躍らせ、触れれば吹き飛ぶリィエルの重剣撃をものともしていない。

 

 それどころか――

 

 隙とも言えない、二人の連携のほんの刹那の間隙を魔人は捉え――瞬時に、蹴りをグレンに叩き込み、刀の柄でリィエルを殴りつけていた。

 

「ぐああああ――っ!?」

 

「あぐッ!?」

 

 その衝撃で派手に吹き飛び、転がっていくグレンとリィエル。

 

(刀に意識を集中したあまり、他のところに意識がいかない。でも刀を意識しないと魔人の刀は捌けない。やっぱり差はあるよな。それに……)

 

 ジョセフは動けなくなっているグレンとリィエルを見て、魔人の一撃がどれだけ重いか、想像する。

 

 東方では硬気功とも呼ばれる術、白魔【ボディ・アップ】身体を頑健にし、二人とも物理的な衝撃に相当強くなっていたはずなのに、まるで身体がばらばらに砕けてしまったかのようなその衝撃に、グレン達は動けなくなっているのだ。

 

 つまり、魔人の脚力と腕力は相当強い。

 

 一方、ジョセフはグレン達を援護すべく、魔人に対して引き金を――

 

「…………」

 

 ――引かなかった。

 

(まだ、撃つべきじゃない。連中の命を確実に刈り取るためにも安易に撃たんがええ)

 

 矢鱈めったら撃って、魔人に場所を知られてしまったら、勝てる確率は下がってしまう。

 

 ただでさえ勝率が低いのにさらに下げたくはなかった。

 

 一方下では、グレン達に生じた隙を魔人は見逃すはずもなく――まずは一番厄介と見定めたリィエルへ向かい、まるで瞬間移動のような踏み込みで――

 

 その刹那。

 

「≪猛き雷帝よ・極光の閃槍以て・刺し穿て≫――≪穿て(ツヴァイ)≫ッ!≪穿て(ドライ)≫ッ!」

 

 三条の雷閃――黒魔【ライトニング・ピアス】が、魔人の頭上から降り注ぐ。

 

 一番高い後方の高所に陣取った、システィーナの呪文だ。

 

 システィーナはグレン達の援護のため、【フィジカル・ブースト】の設定を変更し、筋力や体力の上昇を切り捨て、動体視力と反射速度のみを高めている。

 

 そして、そんなシスティーナの左手に、傍らのルミアが手を添え、能力を発動。

 

 ゆえに、その威力たるや壮絶、タイミングも絶好。

 

 あまりもの電流量ゆえに空気が電離し、発生したプラズマによって蒼く輝く雷閃が、リィエルを襲う魔人へ超高速で襲いかかる――

 

『いと、小賢し!』

 

 魔人が跳び下がり、初撃をかわす。

 

 続く第二射、三射を左手の魔刀を鋭く滑らかに回し振るい、打ち消す。

 

 魔力の残滓が、光の粒子を散華し、霧散する――その隙に。

 

「先生!リィエル!≪慈悲の天使よ・遠き彼の地に・汝の威光を≫――ッ!」

 

 ルミアが両手を掲げ、呪文を高らかに唱える。

 

 白魔【ライフ・ウェイブ】――遠距離に治癒魔術を飛ばす、高等法医呪文。

 

 癒やしの光が波動となって降り注ぎ、グレンとリィエルを包み込み――

 

「……悪ぃ、助かった!」

 

「ん、いける」

 

 息詰まるような痛みが和らいだその隙に、リィエルとグレンが体勢を立て直し――

 

「はぁあああああああああああああああああああ――ッ!」

 

「いいいいいいいやぁあああ――ッ!」

 

 再び、電光石火の速度で魔人に打ちかかる――

 

 このように、グレン達は高度に連携することで、辛うじて魔人を押さえ込んでいる。

 

 だが、こんなのは偽りの拮抗だ。

 

 なぜならば――

 

『ふむ…愚者共もなかなか、やる……』

 

 魔人はグレン達の攻撃を捌きながら、そんなことを呟いているのだ。

 

(やっこさん、なんやかんや楽しんでるな……)

 

 楽しむ余裕がある…それ、すなわち、まだ本気じゃないということだ。

 

(愚者共といってるからなー、俺達をその程度しか見てないんやろ…まぁ、そっちの方が都合がいいんやけど)

 

 グレン達が狙うは、超・短期決戦だ。

 

 魔術師が格上を相手に番狂わせをするなら、いつだって不意討ちの短期決戦なのだ。

 

 長期戦は絶望的に不利、長期戦になればなるほど、底力が問われるからだ――

 

(相手は格下、命は四つもある…そう思ってるんだろうから余裕なんだろうが……)

 

 グレン達の攻撃を捌きながら刀を振るう魔人に狙いをつけながらジョセフが思う。

 

(その余裕がどこまで続くかな?)

 

 ジョセフは魔人の言動や立ち回りからグレンがそろそろ仕掛けてくるだろうと踏み、引き金に指を掛ける。

 

 その瞬間。

 

「リィエルッ!」

 

「んっ!」

 

『む!?』

 

 グレンとリィエルが突如、残像する挙動で立ち位置をスイッチする。

 

 これで、魔人の左の魔刀の前にグレンが、右の魔刀の前にリィエルがくる形になる。

 

「これでも、喰らえ――」

 

 そのスイッチのしざまに、グレンは拳銃を抜いた。

 

 魔人の刀の間合いぎりぎり、抜くても霞む速度でその銃口を魔人に向け――

 

『させぬ』

 

 カァンッ!左の魔刀が翻り、グレンの構える拳銃を打つ。

 

 弾かれ、逸れてしまう銃口。

 

「ちぃ――ッ!」

 

 グレンが跳び下がって距離を取り、再び照準を合わせ、引き金を弾く――

 

 が。

 

 がちんっ!落ちる撃鉄が虚しい金属音を響かせる。弾は発射されない。

 

『ふん――』

 

 それを見て取った、魔人が背後から剣を振りかざして迫るリィエルへ向き直り――

 

 その瞬間、ジョセフは小銃の引き金を弾いた。

 

 パシュンッ、とサプレッサーを装着していたため近くにいなければ聞こえないほどの銃声、そして一発の銃弾を吐き出す。

 

 放たれた一発の銃弾は精確無比に、魔人の右手の刀の一点を穿った。

 

 グレンの拳銃の銃弾とは比較にならない物理衝撃による不意討ちで、刀が魔人の右手から離れ、飛んで行く――

 

『な、に――?』

 

「……まずは、一つ」

 

 グレンが不敵に笑うと同時に。

 

「いいいいいいやぁあああああああああああああ――ッ!」

 

 烈風の如く斬り込んだリィエルの剣が、猛烈に魔人を捉え――吹っ飛ばす。

 

(まずは一つ。まぁ、あそこで撃たなくても、先生が弾いていただろうがな)

 

 魔人は銃を知らなかった。それはグレンが闘技場で一つ目の命を奪った時の反応をみれば明らかだった。

 

 しかも、幸いに魔人は銃を『爆裂の魔術で鉛玉を飛ばす武器』だと思い込んでいたのだ。

 

 それゆえに、左の魔術師殺しで触れれば、それでもう銃という武器は使い物にならない…そう判断してしまった。グレンに、そう判断させられたのである。

 

 実際には、グレンの銃とジョセフの銃は『雷管を起爆剤とした推薬の炸裂で鉛玉を飛ばす武器』だ。

 

 その科学的な射撃機構だけは、魔術師殺しの影響は受けない。

 

 そして、初弾に弾薬を装填せず、あえて不発を見せたことで、魔人は魔術師殺しによって銃の機能が失われたと完全に欺されてしまったのだ。

 

 つまり、あそこでジョセフが撃たなくても、外しても、グレンの銃で魔人の右手の刀を弾くことはぎりぎりだができた。 

 

 つまり、魔人のあの行動は何の意味もなさない無駄な行動だったのだ。

 

 銃を知っている近代の魔術師には絶対に通用しない手――だが、この魔人に対しては、最初の一度に限り、かなり高い確率で通る一手だったのである。

 

 だって、この魔人は…銃の無い時代…それこそ神話に謳われるような…遥か遠い昔、物語の世界の住人なのだから。

 

 そして――

 

『ち――』

 

 リィエルの剣によってあっさりと一つ命を失った魔人が、はじき飛ばされた刀を拾い上げようと、床に転がる刀へ向かって、神速で駆けていく――

 

 それをジョセフは小銃のボルトを素早く引き次弾を装填し、二発目を放った。

 

 銃弾は刀に中り、さらに魔人から遠ざかっていき、床に転がる。

 

『むぅ――ッ!?』

 

「そうだ、刀を手放せば、てめぇは必ずそれを何よりも先に拾いに行く――それは、てめぇの武勇と誇りの証――それがお前の物語だからだ!本にそう書いてあったぜ!」

 

 グレンが叫ぶ。

 

「白猫ッ!お前の読みどおりだッ!行けッ!」

 

 魔人の手が届くより、一瞬早く――

 

「わかってるわッ!≪おおいなる風よ≫――ッ!」

 

 システィーナの唱えた【ゲイル・ブロウ】が、床の刀をさらに遠くへ吹き飛ばす。

 

『むぅ…ッ!?小癪な……ッ!』

 

 そこへ――

 

「ぁああああああああああ――っ!」

 

 リィエルが剣を振り掲げ、猛犬のように魔人へと追い縋っていく。

 

 対する魔人は刀を拾い上げようとしたせいか、体勢が崩れており――

 

「くらえッ!」

 

 翻るグレンの身体、旋回する銃口――銃声、ファニング、銃声。

 

 それを跳躍で躱した魔人の体勢が、さらに崩れ――

 

「≪――・その旅路を照らし賜え≫!」

 

 ここで、システィーナと同時に詠唱を開始していたルミアの呪文が完成する。

 

 起動する白魔【セイント・ファイア】。

 

 振りまかれる香油に引火して燃え上がる聖火が、システィーナの【ゲイル・ブロウ】に乗って、嵐となって渦を巻く。

 

 燃え広がる圧倒的な火勢が魔人を呑み込み、ほんの一瞬ひるませる――

 

 だから、これはオトリ――ほんの一瞬の目くらましだ。

 

 本命は――

 

「いいいいいいやぁあああああああああああああああ――ッ!」

 

 一瞬、渦巻く炎嵐によって、完全に視界を遮断された魔人の眼前に。

 

 さしもの魔人も、二度に渡って体勢を崩され、視界まで塞がれてはたまらない。

 

『――――ッ!?』

 

 魔人も真っ向から、リィエルの剣を辛うじて刀で受けるが――

 

 リィエルは力技、それも圧倒的な力技で魔人の防御を押し切り、ブチ抜いた。

 

 リィエル全身全霊の一撃をもろに喰らい、魔人が再び吹き飛んでいく――

 

「……これで、二つ……ッ!」

 

 そして必定、次に来る魔人の攻撃は読める。本にも書いてあった。やつは幾つかの命を失い、追い詰められると…今度は、魔術を振るい始めた、と。

 

 神話曰く――この魔人は武人であると同時に、絶大な力を持つ魔術師(グレンとジョセフと同じ、魔術師らしくないが)だという…ただ、魔術より剣の戦いを好む…というだけで。

 

 案の定、空中で体勢を立て直した魔人は、着地するや否や――

 

『――≪■■■――≫』

 

 先刻も目の当たりにした、得体の知れない響きを持つ呪文を唱えた。

 

 すると、その頭上の空間に、太陽の如く燃え輝く光熱球体が形成されていく――

 

 物語では、魔人が数万の敵軍勢を一瞬で悉く焼いたと語られる、神の火だ。

 

(まったくバカげた話だが…呪文を唱えたということは、それは『魔術』だ!)

 

 相手が魔術ならば。

 

「さっせるかぁああああ――ッ!」

 

 今度は迷いなく、グレンは愚者のアルカナを引き抜き――そのアルカナには血文字が無数に書き込まれており――固有魔術【愚者の世界】を起動する。

 

 先ほどは判断ミスで使用を躊躇ったが、今となってはそれすら僥倖だ。

 

 おかげで、魔人がこっちに『魔術起動そのものを封殺する魔術』があるなどとは夢にも思っていなかっただろう。

 

(問題は、やつの魔術に俺の【愚者の世界】が通用するか否かだが…頼む、効けッ!)

 

 その部分は賭けだが、その賭けの勝敗は――

 

『≪――■■■■≫…な――ッ!?』

 

 ――グレンの勝利。

 

 魔人の魔術は起動を封殺され――その頭上に形成されかけた太陽球が消滅していく。

 

 同時に、リィエルが魔人に向かって一気に跳び込み、迫撃する。

 

「いいいいいいいいやぁああああああああああああああ――ッ!」

 

 動揺する魔人の左手を狙って、逆風に斬り上げ――

 

『ぐぅ――ッ!?』

 

 今度は流石にリィエルを警戒していたため、魔人は刀を手放しはしなかったが、その超絶的な斬撃を受け損ね、大きく左手を仰け反らせ――

 

 その隙に――

 

「≪――閃槍以て・刺し穿て≫――ッ!」

 

 グレンの【愚者の世界】を合図に、すでに呪文を唱え始めていたシスティーナが、このタイミングで【ライトニング・ピアス】を放つ。

 

 ルミアの能力アシストを受けた蒼き雷閃が、闇を鋭く斬り裂き――

 

『が――ッ!?』

 

 仰け反る魔人の左胸部を、完全に貫いていた。

 

 グレンが魔術を封じ、リィエルが時間を稼ぎ、ルミアのアシストを受けてシスティーナが仕留める…怖いくら完全に手筈どおりの展開に、グレンがほくそ笑む。

 

 ここ一番で、システィーナも日頃のグレンとの修行の成果を存分に発揮していた。

 

「……三つ目、だぜ?」

 

『ぬぅうう…ッ!今、何をした…貴様……ッ!?』

 

 ばちばちと体中を喰らい走る稲妻の中、忌々しそうに魔人が呻く。

 

「悪いなぁ…実は俺、『相手の魔術だけを遠距離から一方的に封殺できる魔術』を使えるんだわ…ま、チートはお互い様ってことで?」

 

 グレン、一世一代のハッタリである。

 

 固有魔術【愚者の世界】はそんな都合の良い代物ではない。『自分を中心とする一定効果領域内における魔術起動の封殺』…グレンもリィエルも魔術を封じられている。

 

 そんな中で、システィーナが呪文を起動出来たのは、彼女がグレン達よりも高所――今の【愚者の世界】の効果領域外にいたからだ。

 

 因みに、ジョセフも小銃での狙撃支援に専念しているが、いざという時は魔術を行使できる状態にある。

 

 元々、【愚者の世界】は高所からの魔術狙撃支援を受けるため、上方向には効果領域が狭めに設定されている。それを、アルカナの表面に書き加えた血文字で即興改変し、上方向への効果領域を、さらに狭く絞っておいたのだ。

 

 ゆえに、グレン達は、魔人が自分達より高所を位置取りにくい場所――つまり、この場所に、こうして布陣していたのである。

 

『……まさか、愚者の牙がそれほどのことを為せるとは……ッ!?』

 

 だが、そんな性質は露知らない魔人は欺された。自身の魔術は封じられながら、システィーナの魔術に三つ目の命を鮮やかに持って行かれたことも、それを後押しした。

 

 今後、魔人はシスティーナ達の支援魔術が続く限り、魔術の使用を勝手に自粛してくれることだろう…たとえ、グレン達より高所を位置取ったとしても。

 

 魔人に魔術を使わせない…それがもっとも重要だ。

 

(伝承によれば、アール=カーンは太陽の魔術で数万の軍勢を瞬時に焼き払ったらしいからな。まぁ、ここまで伝承通りだから、その逸話も本当なんやろうけど。それ抜きでも、あの魔人に魔術を一節詠唱で撃たれたらお終いや)

 

 伝承通りであれ、そうじゃなかれ、いずれにしろ魔人の魔術は強力過ぎる。

 

「さぁ…後、一つだぜ?気分はどうよ?大将」

 

 ここまでの上場の戦果に、グレンが不敵に笑う。

 

 相手に実力を発揮させることなく、一気に勝負を決める――格上殺しの醍醐味だ。

 

『……良かろう。汝等を我が障害と認める』

 

 刀を構える魔人の雰囲気が変わった。

 

 先ほどまでの、どこか戦いを楽しんでいた気質が、なりを潜めていた。

 

 今迄とて油断していたわけではないのだろうが…自分が対峙した者達が、自分を狩りかねない、予想以上の強敵だと、改めて認識したのだろう。

 

(本気を出してきたな)

 

 ジョセフはその雰囲気で魔人が遂に本気を出し始めたと認識した。

 

 さて、ここからが本番だ。

 

 グレンもそれを感じ取っていたのだろう。

 

 戦闘が始まって、まだほんの数分だが…ジョセフとグレンは戦いが佳境に入ったことを感じた。

 

「……システィーナ、ルミア、リィエル…こっからが正念場だ。頼むぜ?」

 

 グレンの言葉に少女達が頷き。

 

 ジョセフは再び魔人に狙いを定め、小銃を構える。

 

「行くぜぇええええ――ッ!」

 

「いいいいいやぁあああああああああああ――ッ!」

 

 グレンんとリィエルが、猛然と魔人へ突進していった。

 

 ぶつかり合う、衝撃と衝撃、再び死闘が繰り広げられていく……

 

 

 ……魔人は恐るべき強敵だった。

 

 とはいえ…この時、グレンはどこか楽観視していた。

 

 何しろ、今の自分達はすさまじく有利な状況なのだ。

 

 魔人に右手の魔刀を手放させ、その魔術を封じ、多大なる魔力を無駄に消耗させた。

 

 魔人に残された武器は、左手の魔刀・魔術師殺しだけ…この状況においては、その能力は特にグレン達の脅威たり得ない。

 

 一方、自分達は未だ大きな損傷もなく、健在。おまけに有利な地形を陣取っている。

 

 そして、そんな状況で魔人の命を首尾良く三つ奪うことに成功し、残りは後一つ。

 

 勝てる、と。いける、と。

 

 そう思ってしまうのは仕方ないことだ。

 

 グレンに限らず近世を生きる魔術師の誰もが、この状況ならそう確信するだろう。

 

 ……だが。

 

 伝承に、伝説に、神話に、反英雄として名を連ねるということがいかなることか。

 

 グレン達は、すぐ思い知ることになる。

 

 ……文字通り、痛いほどに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





次でラストです。
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