ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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長かった…はい、ラストです。


61話

 ………。

 

 

 

「……ん……?」

 

 ふと、肌に感じた戦いの気配に、セリカが目を覚ます。

 

 階下から、剣戟と怒号が響いてくる。

 

「……ここ…は……?」

 

 セリカが寝かされていた場所は、テラスのような場所だった。

 

 ドーム状の天井がすぐそばに見える。

 

「――ぐあああぁっ!?」

 

「先生!?」

 

 テラスの下方から、誰かの悲鳴が聞こえた。

 

「クソがっ!ちょこまかとッ!」

 

 近くには、誰かの悪態も聞こえてくる。

 

(……何が…何が、起きている……?)

 

 セリカが身体を引きずるように移動し、テラスに掴まり、よろよろと立ち上がった。

 

 そして、遥か眼下――複数の広場と階段で入り組んだ場所を見下ろす。

 

「――――ッ!?」

 

 セリカの視界に飛び込んで来た、その光景は――

 

 

 

 

 ジョセフはグレンほど楽観視してはいなかった。

 

 確かに首尾よく魔人の命を三つ奪った。

 

 だが、魔人は不死身ではない。そのことを知っている魔人だからこそ最後の命を奪われまいと本気を出してくるだろう、ジョセフはそう思っていた。

 

 あれからどれくらい戦っただろうか。

 

 無限の時間が過ぎたような気がする。

 

 ほんの半刻の出来事のような気もする。

 

 いずれにせよ、ただ一つ間違いなく言えることは――

 

 グレン達は今、どうしようもなく追い詰められている…ということだった。

 

『……よくぞ、我に此処まで食らいついた…誇るといい』

 

 魔人――未だ、健在。

 

 しっかりと二の足で立ち、グレン達の前に威風堂々と立ちはだかり続けている。

 

「……ちぃ……ッ!?」

 

 対し、片膝をつくグレンは全身ぼろぼろだ。致命傷はないが、見るも無惨な有様。

 

「………ぅ……」

 

 率先して魔人の攻撃の矢面に立ち続けていたリィエルも同じく満身創痍で、つい先ほど意識を失い、剣を手放して倒れ伏してしまっていた。

 

 二人とも、ルミアの遠隔的な治癒魔術では、最早、回復が追いつかない。

 

 その治癒魔術の効きも悪く…治癒限界にさしかかっていた。

 

「ごほっ、ごほっ…なんて…やつなの……ッ!」

 

「……はぁー…はぁー…はぁー……」

 

 グレン達の後方のシスティーナやルミアも、すでにマナ欠乏症だ。

 

 これから先の魔術行使は、命に関わってくる。

 

「クソが……」

 

 唯一、魔術を行使しておらず、健在でもあるジョセフも、銃弾を全て撃ち尽くしてしまった。

 

 神話の魔人を相手に、グレン達は確かに善戦した。

 

 後、一つ。たった一つの命。

 

 だが、その後一つが、絶望的なまでに遠かった。

 

 魔人の武人としての技量は、底力は、グレン達の想像を遥かに超えていたのだ。

 

(よりにもよって…最後のとこまで一緒じゃなくてもええやん)

 

 それは『メルガリウスの魔法使い』に編纂されている、とある敵国の王の策略で、アール=カーンが魔術を封じられ、魔刀・魂喰らいも奪われてしまった逸話だ。

 

 魔煌刃将アール=カーンは千を超える王の精鋭軍勢を相手に、最後まで左手一本の刀で戦いきった。三日三晩の戦いの果てに千人斬りを達成し、敵対する王をも討ち取った。

 

 奇しくも、似たようなことをグレン達は再現してしまったのである。

 

 伝承曰く。

 

 ――彼の者に、夜天の乙女の加護あり。

 

 ――彼の者の窮地に、運命の御手が彼の者を護るだろう。

 

 ――それを打破できる者は、彼の者の運命より勝る者、即ち――魔王である。

 

 とにかく、魔人はグレン達の猛攻を、延々と、淡々と、冷静に、崩れることなく、最後まで捌ききった。グレン達は完全に手詰まりとなってしまっていた。

 

 そして――

 

『……成る程、そういうことか…まんまと欺されたぞ……』

 

 その時、何に気付いたのか、不意に魔人が空高く跳躍し、グレン達から距離を取った。

 

 たんっ、たんっと足音軽く近場のテラスに駆け上り、そこへ降り立つ。

 

「――ッ!?」

 

 魔人が位置取ったそこは、グレン達より高所――【愚者の世界】の効果範囲外だった。

 

『ふっ…顔色が変わったな、愚者よ…やはり、そうであったか』

 

 しまった、とグレンが歯噛みする。

 

 恐らく、魔術封殺――高低差のカラクリがばれたのだ。

 

(だよなぁ…高所のシスティーナ達がバシバシと魔術を使うのに、先生やリィエルはどんなにチャンスがあっても魔術を一度も使ってないんや。いつかはおかしいと気付く……)

 

 魔人がそれを気付く前に、勝負を決めなければならなかったのだが…遅かった。

 

 グレン達の絶望に染まる視線を集めながら、魔人が朗々と宣言する。

 

『……小細工と虚言だけで、我とここまで渡り合ったこと、褒めてやろう…汝等は愚者の民ながら…間違いなく強者であった!その褒美に、苦痛なき死を!』

 

 そして、魔人が呪文を唱える。

 

 再三、魔人の頭上に出現する、超光熱の光球――

 

 その目に見えて強大なエネルギーが集束しているそれは、起動すれば、ここら一帯を瞬時に、満遍なく、無差別に焼き払うであろうことは想像に難くない。

 

 そもそも、神話でも万の軍勢を一瞬で焼き払った炎なのだ。

 

 システィーナも、ルミアも、最早それを茫然と眺めるしかない。

 

 そして――

 

『いざ神妙に――逝ねい!』

 

 魔人がその術を解き放とうとし――

 

「くそ――させるかぁあああああああああああああ――ッ!」

 

 グレンが悠然と構える魔人へ向かって、捨て鉢な突撃をかける。

 

 間に合わないと知りながら、魔人へと続く階段を駆け上っていく――

 

『――いと、往生際悪し!晩節を穢すな、愚者よッ!』

 

 不意に、魔人の左腕が鞭のように鋭くしなった。

 

 ひゅごおと唸りを上げて、高所から投じられた魔人の刀。

 

 それが真空すら斬り裂き、グレンへ向かって集束光のように真っ直ぐ迫る。

 

「――なッ!?」

 

 突然、今のグレンにそれを躱す余裕はなく――

 

「先生ッ!?」

 

「嫌ぁああああああああああああああああああああああ――ッ!?」

 

 少女達の悲痛な叫びが、響き渡り――

 

 

 

 ――と、その時。

 

「クソがッ!」

 

 より高所から援護していたジョセフは、小銃を圧縮し、左手を前に構える。

 

 もう考えている暇はなかった。アレを出さねば、グレンが死ぬ。

 

 そして、自分達も死ぬ。

 

 何かを唱えながら、ジョセフはテラスから飛び降りようとする。

 

 今なら、まだグレンの喉を貫こうとする刀を弾き、魔人を斬り伏せることができるかもしれない。

 

 その代わり、魔力をバカみたいに喰うので、それぞれ一撃で決めなければならないが。

 

 何かを唱えながら、あるモノを取り出そうとした、その時だ。

 

「な――?」

 

 一瞬、ジョセフには、何が起きたのかわからなかった。

 

 今、まさにグレンの首を貫かんとうなりを上げて真っ直ぐ迫っていた刀が、突然、派手な金属音を上げてその軌道を変え、明後日の方向へ飛んで行き――

 

「……0(ヌル)ッ!」

 

 どす。

 

 階段の先…突如、魔人の前に現れたセリカが、その胸部に剣を突き立てていたのだ。

 

「教授!?」

 

 ジョセフは驚きながらシスティーナとルミアがいるテラスに着地する。

 

 さっきまで高所のテラスにいたはずなんじゃ。

 

「……げほっ…ごほっ…はぁー…はぁー……」

 

 そのまま、セリカが苦しげに、その場へと膝をつく。

 

「はぁー…はぁー…ああ、そうさ…後悔なんてあるわけない……」

 

 目を閉じ、俯きながらそう呟くセリカの顔は…どこまでも穏やかだった。

 

 その一方で。

 

『四つ目…ふふ…まさか、我が下されるとは……』

 

 剣を突き立てられた魔人が、ゆっくりと後ずさる。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと…全身から黒い霧を上げながら、ゆっくりと……

 

『この身は、本体の陰に過ぎぬとはいえ…愚者の牙に掛かることになろうとは……』

 

 今、何か不吉な言葉が聞こえたが、それを追求する余裕は、今のグレン達にはない。

 

『成る程…空…やはり、貴女は…我が主に相応しい……』

 

「うっさい…私はお前みたいな下僕なんて、まっぴらゴメンさ…他を当たれよ」

 

 そんな風に、けんもほろろにあしらわれても。

 

 その魔人は、どこか歓喜の様相で肩を震わせていた。

 

 そして、眼下のグレン達を一瞥し、魔人は高らかに言った。

 

『最後に空の力添えがあったとは言え…見事だったぞ、愚者の民草の子らよ!よくぞ我を殺しきった…ッ!我は汝等に最大限の賛辞を送ろうッ!』

 

 そして、大きく両手を広げながら。

 

『いずれ、また剣を交えようぞ!強き愚者の子らよ!貴き≪門≫の向こう側にて、我は汝等を待つ…さらばッ!』

 

 そして、どこからともなく風が渦巻き――

 

 魔人は塵の欠片一つ残さず…まるで夢幻のように、完全消滅していく。

 

 二本の魔刀も、魔人の存在を示すあらゆるものが、跡形もなく消えていった。

 

 沈黙と、静寂が、その場を支配する。

 

「……お…終わった…のか……?」

 

「っぽいな……」

 

 この突然の幕切れに、グレンが呆然と、セリカがぼそりと呟いた。

 

「ふぅ~~~~~…なんだかようわからんが…助かった……」

 

 グレンが脱力いて、深い息をついた、その時。

 

 不意にセリカの身体がぐらりと傾き、階段の下へその身が躍る……

 

「セリカ!?」

 

 咄嗟に階段を駆け上がったグレンが、落ちてくるセリカを慌てて抱き止める。

 

「おい!しっかりしろ、セリカッ!?どうした!?」

 

「はは…大丈夫…死にはしないさ……」

 

 グレンの腕の中でぐったりとしセリカが、力なく呟く。

 

「……だが…なんだ…少し疲れた……」

 

 そして、セリカはグレンに甘えるように頭をすり寄せた。

 

「……すまん…しばらくは…このまま……」

 

「お、おい……?」

 

 戸惑うグレンを置き去りに、セリカは眠るように意識を落とした。

 

 今はもう動かない古ぼけた懐中時計が、セリカの手からこぼれ落ちる。

 

 だが、慌てふためくグレンとは裏腹に、安らかな寝息を立てるセリカの顔は……

 

 まるで幼い子供のように無邪気で……

 

 とても、幸せそうであった。

 

 

 

 

 遠くの山々の稜線が、広漠とした草原が燃え上がる澄んだ紅に染まる、夕日の中。

 

 フェジテに向けて駆け抜ける一台のジープの中で。

 

「……疲れた……」

 

 ジョセフは、疲れたような顔で呟き、運転をしている。

 

「ただの遺跡探索だから、先生の気遣いもあって来てみたが…もう二度とあんな体験はゴメンや…死ぬなと思ったのシスティーナとレオスの結婚騒動以来やで……」

 

 ジョセフは一人でそう呟き、ため息をついていた。

 

 『タウムの天文神殿』から野営場に帰還した後、ジョセフはジープで来たため、グレン達よりも先にフェジテに着く予定になっている。

 

 グレン達の帰還を信じ、あれから丸一日、野営場で待ち続けた仲間達。

 

 帰還したら途端、ジョセフはウェンディからの大説教をくらっていた。

 

 先日、無茶しないと約束した矢先のこれだから、ジョセフも何も言える状態ではなく、傍から見れば、外国の軍人が魔術学院の女子生徒に説教をくらうという、何とも情けない光景が繰り広げられていた。

 

 まぁ、心配かけたのは事実だし、何よりも彼らとこうして生きて再会できたのは本当によかったとジョセフは思った。

 

「まぁ、今回も生き延びたっていうことで……」

 

 ウェンディの説教を思い出してげんなりとした表情になったジョセフは、思考を切り替えるかのように一人、物思う。

 

「それにしても、ルミアのあの能力…『感応増幅能力』ではないな……」

 

 ジョセフは、調査最終日のシスティーナがルミアの能力アシストを受けて≪星の回廊≫を開けた時のことを思い出す。

 

「どう考えても、『感応増幅能力』じゃ無理なことを平然とやってしまっているからなぁ…それに今思えばサイネリア島で『Priject:Revive Life』がルミアの能力で完成しちまってたし……」

 

 ただの異能者ではない。現にルミアは不可能なことをその能力で実現してしまっている。

 

 因みに、ジョセフはサイネリア島でライネルがリィエルのコピーを三体出したということをグレンから聞いていた。

 

「天の智慧研究会もそれをわかってて、ルミアを狙っているのかもしれないな」

 

 ジョセフは先日の報告書で、天の智慧研究会の一部に不穏な動きあり、という文章を思い出す。

 

(恐らく、またルミア狙いだろうな。せやけど……)

 

 今回ばかしは天の智慧研究会の動きに疑問を抱かざるを得なかった。

 

「連中、確か次の段階に移行するかもだから、一時ルミアから手を引くように行動を止めていたんじゃなかったのか?なぜ……」

 

 連中がここのところ、動きを見せなかったのは次の段階に移行したのではないのか。それでルミアのことを早急に狙う必要がなくなったのだと思っていたのだが。

 

「やっぱ、理解できんわ。元々、理解できる組織ではなかったけど」

 

 だが、一部に不穏な動きがあるとするならば、近いうちに何か起きるだろう。

 

 ジョセフはそれを思った途端、げんなりとした表情になる。

 

「少しは大人しくなるということを知らないのかね、あの組織は……」

 

 まぁ、来たら来たで片付ければいい話なのだが。

 

「とりあえず今は我が家に全速前進DA!!」

 

 ジョセフはそう言うと、アクセルを目一杯に踏み、速度を上げていく。

 

 もうすでに草原を抜け、街道に入っている。夕日はゆっくりと、稜線へと沈み…夜の帳がジープを包み始める。

 

 ジョセフはジープのヘッドライトを点けて、走り続ける。

 

 やがて、進む街道先の空に、幻の城の姿が見えてくる。

 

 ジョセフはフェジテに到着するまで。

 

 ラジオで自分の好きな音楽を聴きながら、ジープを走らせていた。

 

 

 




やっと、6巻終わった~

というわけで、次回から七巻です。

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