ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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68話

 その日、魔術学院の女子更衣室は、数多くの女子生徒達で姦しく賑わっていた。

 

「うふふ…ついにこの日が来ましたわね」

 

 制服を脱ぎ、すっかり下着姿となったウェンディが、スーツケースから一着の社交ドレスを取り出し、そのきめ細かな白い肌と、形のよい胸の丘陵、清楚な身体の線を隠すように掲げてみせる。

 

「どうですか?テレサ。中々に格式高いという本日の社交舞踏会…このわたくしに相応しい逸品を用意してきましたわ!」

 

 情熱的な赤を基調とした美しいドレスだ。着用者によほどの器量と華、気品がなければ衣装負けしてしまうだろうが、その三つの全てを高次元に持ち合わせたウェンディにはまったく問題にならないだろう。

 

「まぁ、良い生地。さすがウェンディ…ナーブレス公爵家のお姫様ですね」

 

 テレサがするりとおみ足を滑らせてスカートを落とし、上着を脱ぐ。いかにも女性的で緩急メリハリのついた我が儘な肢体が露わになり…窮屈そうだった丘陵が突然の解放に、まるでプリンのように弾性的な揺れを見せる。

 

「ところで私は、このようなドレスを持ってきましたの…どうでしょうか?」

 

 紫を基調とした大人びた雰囲気のドレスを、掲げてみせるテレサ。

 

「……す、凄いですわ…何度見ても……」

 

「あらあら、うふふ。ウェンディにそう言って頂けるなら、私も自信が持てますわ」

 

「い、いえ…そっちではなくて…もちろん、そっちも凄いですけど……」

 

「……?」

 

 小首を傾げて不思議がるテレサの、とある部分を凝視するウェンディであった。

 

 そして、ウェンディはテレサのを見比べるかのように自分の胸元に顔を向ける。

 

「…………」

 

 そして、なぜか幼馴染の顔が思い浮かんでくる。

 

「………むぅ」

 

 なぜか最近のジョセフの行動を思い出し、途端に胸にモヤモヤ感が――いつ頃なのか最近、特にジョセフが他の女子生徒と話している姿を見ると必ず出てくる――強く感じ始めていた。

 

 特に最近は、ジョセフとテレサが話しながら一緒にいる姿を目撃してからはモヤモヤ感がより強く感じているのだ。

 

 やっぱりアレなのだろうか?

 

 男子はやはり大きい方が好きなのだろうか?

 

 ジョセフも例外なく好きなのだろうか?

 

「…………」

 

 なんか落ち込んでいるような、怒っているような、不安に思っているような、拗ねているような…そんな複雑な表情をするウェンディ。

 

 と、その時である。

 

「……あら?リン、貴方のドレス……」

 

 テレサが隅の方でこそこそ着替えているリンを目ざとく発見する。

 

「わぁ!み、見ないでぇ……ッ!」

 

 テレサやウェンディの視線に気づいたリンが、手に抱えたドレスをさっと隠す。

 

 隠すことに夢中で、リンは自身が今、下着姿であることを忘れてしまったらしい。その小さなすべすべの背中と、三角布に包まれた可愛らしい丸い桃尻が丸見えであった。

 

「わ、私のドレス…古くて…でも…これしかなくて…その…ウェンディやテレサみたいなお嬢様から見たら……」

 

「ふふっ、そんなことありませんわ」

 

「ええ。そのドレスからは人の歴史を感じました。きっと、リンのお母様や御婆様…ご先祖様が代々、大切に着てきたドレスなのでしょうね」

 

「……ふぇ…?ふ、二人とも、わかるんだ…凄いなぁ……」

 

「堂々となさいな、リン。その古さは誇りですわ。それを愚弄するような輩は、所詮、その程度の底というだけです」

 

「……あ、ありがとう…ウェンディ…テレサ……」

 

 はにかむように笑うリン。

 

「それはそうと…ルミア。システィーナはどこへ行ったんですの?」

 

「ええーと、あっちの方で、リィエルの着付けを手伝ってるよ」

 

 制服のリボンを外しながら、ルミアが更衣室の奥の方へ視線を向ける。スカートはすでに脱いで丁寧に畳まれて足元に置かれており、思わず頬ずりしたくなるような脚線美を誇る生足と、その付け根の三角布が、白く輝くように目に眩い。

 

「ふふん、勝負ですわ、システィーナ!わたくしと貴女、どちらのドレスがより格式高いか――」

 

 いつものように、一方的なライバル心で、ウェンディがシスティーナの姿を探し求めて視線を更衣室の奥の方へと向け……

 

「……えっ?」

 

 ウェンディも、ウェンディにつられて視線を追ったテレサとリンも、その光景に目を丸くして硬直するのであった。

 

 

 

 

「ったく、どいつもこいつも人の気も知らずに浮かれやがって……」

 

 学院校舎西館の廊下に面した南端の窓から、下の往来を行き来する賓客達を見下ろしながら、グレンが愚痴る。パーティー礼装用の燕尾服を、だらしなく着崩した格好だ。

 

 本日はついに社交舞踏会、当日。午後七時からの開催は目前まで迫っており、放課後の学院内は、すでに浮足立った雰囲気に包まれていた。

 

 先程から学院内には馬車がひっきりなしに到着し、今回の社交舞踏会に招かれた他校の生徒達や学院に縁ある政府の高官、貴族達、そしてこの機に高官、貴族にパイプを築こうと、連邦の外交官などが姿を現している。

 

 そんな彼らは生徒会役員たちのエスコートで、学生会館の大客間に案内されていく。

 

(すでに、この学院敷地内のどこかに敵が隠れ潜んでいる…学院の魔導セキュリティを何らかの手段で出し抜いて……)

 

 そう考えると、グレンは気が気じゃない。

 

 イヴは『敵は暗殺に拘るから、無関係者は安全』などと信じて疑わないようだが、グレンは連中の狂人っぷりを痛いほど知っている。そんな楽観はとてもできない。

 

 それに、今回、社交舞踏会に参加しないジョセフも『無関係者が安全とは限りません。凶器はそこら中にあるのだから』とイヴとは真逆に警戒するように言われた。

 

(……セリカとジョセフらデルタ、せめてどちらかいてくれりゃあなぁ…頼もしいんだが……)

 

 だが、今のセリカは先の遺跡探索で負った霊魂への負傷がまだ癒えきっておらず、まだ自宅療養中だ。今の状態で魔術を行使すれば、今度こそ本当に命に関わってしまう。

 

 ジョセフやデルタも、なぜか今回の作戦には関われないようなことになってしまっている。おそらく、最近のデルタが特務分室よりも手柄を立てているから、それを快く思わない帝国政府や帝国軍が手柄を連邦に取られないように、締め出したのだろう。

 

(ちっ…んなの知ったこっちゃねぇっつーの…くそっ、ないものねだりしてもしゃあない。こうしちゃられねぇ……)

 

 今、ルミアは、女子更衣室でドレスに着替えている最中だ。

 

 更衣室にはリィエルもいるし、あのいけ好かないイヴが、昨日からルミアを密かに遠隔警護している。自分より、リィエルやイヴの方がよっぽど護衛能力が高いのはわかりきっているが…それでも手の届く傍にルミアがいてくれないと、気が気ではない。

 

 焦燥に駆られたグレンが、女子更衣室の方へ足を運ぼうとすると……

 

「お待たせしました、先生」

 

 ……一人の少女が、不意に、グレンの前に姿を現していた。

 

「すみません…着付けに少々手間取ってしまいまして……」

 

(……誰?)

 

 グレンは、目の前の少女とルミアが一瞬、結びつかなかった。

 

 ルミアが身に纏っているのは、それなりに華やかで、基調としている淡い桃色がルミアによく似合っている…ということ以外は特筆するところのない、普通のドレスだ。

 

 しかし、丁寧に結い上げられた髪、薄く施された化粧、控えめに飾り付けたアクセサリー…その選択センスとバランス感覚が完璧であった。その会心のコーディネイトは、ルミアという少女の美しさと魅力を最大限に高め、普段のやや童女ともとれる容姿からは想像もつかないほど、大人びた雰囲気を醸し出している。

 

 今のルミアはどこの社交界に出してもおかしくない、むしろ、そんな場に颯爽と登場したならば、引く手数多の立派な淑女であった。

 

「ふふっ…先生ったら、襟とタイが乱れていますよ?…失礼しますね?」

 

 にこにこ笑顔でルミアがグレンに身を寄せ、しなやかな手つきで襟とタイを整える。

 

 そんな間も、グレンの目はルミアの姿にくぎ付けだ。良い香りのする柔らかそうな髪がすぐ目の前でふわふわ揺れている。

 

 口を開けば皮肉っぽいグレンも、今は借りてきた猫のように大人しかった。

 

「……これでよし、と。…あれ?先生?どうかしました?その…私の顔に何かついていますか?」

 

 先程からぼけっとしているグレンの様子に、ルミアが首を傾げる。

 

「……いや、なんでもねえ。見惚れていただけだ」

 

 慌てて取り繕うのもなんだか癪なので、開き直るグレン。

 

「あはは、もう、お上手なんだから…でも、嬉しい…ありがとうございます……」

 

 その頬を微かに赤くしつつ、ルミアは本当に嬉しそうに笑うのであった。

 

「システィとリィエルは先に会場へ向かいましたよ?私達もそろそろ行きませんか?」

 

 はぁ?リィエルのやつ、ルミアを放っておいて一体、何やってんだ?

 

 早速、頭が痛くなってくるグレンである。

 

 確かに、今回のルミアの直近の護衛は、状況に応じた判断力が必要とされるため、グレンに一任されている(一応、イヴはグレンを思ったより高く買っているらしい)。

 

 リィエルの役割は、会場内で常にルミアに近い場所でパーティー出席者を装って待機し、いざという時に通信魔術でイヴの指示通りに動くことだ。今回、リィエルの動きの判断は全てイヴが行うことになっている――まるで操り人形のように。

 

 リィエルが今、ルミアの傍を離れているということは、つまり、この学院敷地内のどこかで全てを監視しているイヴのお墨付きということだ。

 

(くそっ…ジョセフとの通信は慎重にならねえと、バレたらマズい……)

 

 グレンには自分の耳に仕込んでいるジョセフから渡された通信機が仕込まれている。もう片方にはイヴとのやりとりに使う通信魔術用の宝石が仕込まれている。

 

 ジョセフはイヴが味方にも目を光らせているだろうと予想しているから、バンバン通信してくることはないと思うが、それでも慎重にジョセフとやり取りしなければいけなかった。

 

 それにしても、自由過ぎるだろ。リィエルのやつ、一体、何を考えているんだ?今回の作戦の重要性、ちゃんと理解しているのか?

 

 ――と、普段のグレンならばそう考えるのだろうが。

 

「お、おう……」

 

 楽しそうに、嬉しそうに腕を絡めてくるルミアに、グレンは流されるしかない。

 

(しっかし、驚いたな…前から美少女だ、美少女だとは思っていたが…ルミアのやつ、マジで美少女だったんだな……)

 

 会場に向かう道中、他愛ない談笑を交わしながら、グレンがルミアの横顔をちらりちらりと盗み見る。何度見ても自分の傍らに天使が降臨し、寄り添っているとしか思えない。

 

「ふふっ、きっと、先生、システィとリィエルには驚いちゃいますよ?」

 

「……ああ…そう……」

 

 そんな返事もどこか上の空。

 

 普段からセリカという超絶美女を見慣れているせいで、グレンが女性に見惚れるなどという事態はまずない――はずなのに、グレンの目を引き付けてしまうルミアの美貌。

 

 それなりに高品質ではあるが、特に高級品というわけでもないドレスやアクセサリーで身を控えめに飾って、すでにこの領域なのである。

 

(なんだか…ルミアの『妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)』姿…マジで見てえな……)

 

 そんな呑気なこと考えている場合じゃないと、頭ではわかっているのだが……

 

 そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

「……外交官一名、会場に入りました」

 

 フェジテ某所の人気のない路地裏にて。

 

 その奥で、携帯型モニターと睨めっこしながら、ホッチンズは通信機で報告した。

 

『よし、カメラの調子は?』

 

「異常なし。はっきりと映っています」

 

 モニターには外交官の襟らへんに装着させた超小型カメラを通して、会場の様子が映っている。

 

 開催時間が近づいているためか、会場前には大勢の人達でいっぱいで、開催前なのに、会場はすでに大いに盛り上がっていた。

 

『よし、おーい。聞こえるか?会場はどうだ?』

 

 異常がないのを確認すると、マクシミリアンは外交官に会場の様子を問う。

 

『すでに、盛り上がっているな。まだ、開催前だぞ?』

 

 外交官は耳に仕込んでいる通信機から誰にも聞こえないようにそう呟く。

 

 マクシミリアンは一昨日、帝都にある連邦大使館に赴き、そこで学生時代からの親交がある外交官に。

 

「な?頼むよ?大丈夫、大丈夫!いざという時に一週間分の精神防御を施してあげるから、いざ身の危険を感じたら、会場から逃げてくれ。な?友人の、お ね が い☆」

 

 と、頼み込んだのである(ごり押しで)。

 

 外交官も帝国政府の高官、貴族とのパイプを築く良い機会だと思い、これを了承した(というより、マクシミリアンのごり押しで、折れてしまった)。

 

 だが、今はそのおかげで、会場の中を確認することができる。

 

『すまんな。終わったらなんか奢ってやる』

 

『……そうしてもらわんと困る。それと、言っとくが俺はあくまで帝国政府の高官と有力貴族とのパイプ構築をするためにここに来ているんや。それを優先してもらうことを忘れるなよ?』

 

『了解、了解。それで、グレン=レーダスとルミア=ティンジェルはいるか?』

 

 マクシミリアンの問いに、外交官は渡された写像を見て、グレンとルミアを探す。

 

『……いた。今こちらに来ている』

 

 外交官はグレン達のほうに向くと、グレンとルミアが談笑しながら会場に向かって歩いてきていた。

 

『よーし…今のところ変わったところはないな』

 

 マクシミリアンはそれを確認してそう呟く。

 

『≪ジョージア≫。そちらではなにかわかったことはないか?』

 

 マクシミリアンは≪魔の右手≫の殺害方法を探っている、フランク達に状況を確認するため、問う。

 

「いえ、まだなにも……」

 

 フランクが参ったような表情でそう答える。

 

「≪コネチカット≫も≪サウスカロライナ≫も手掛かりらしい手がかりが見つかっていないとのことです」

 

『……そうか…≪マサチューセッツ≫は?』

 

「学院では一昨日から何も不審な動きはありませんでした」

 

『ぐっは、マジか。だよなぁ、そんな痕跡残したりとか、不審な動きをするわけないよなぁ……』

 

 マクシミリアンは、頭を抱えながら、そう呻く。

 

「大佐。フェジテの地下墓所付近で三名の男女が、出入りしている所をドローンが探知しました」

 

 どうしようかと、頭を抱えているマクシミリアンに、ホッチンズがモニターを見ながら、報告した。

 

『何?地下墓所から、この時間にか?』

 

「はい。三名とも服装からして、業者ではありませんね。恐らく……」

 

『第一団≪門≫の面々か……ッ!?』

 

 ホッチンズの報告に、マクシミリアンがそう推測する。

 

「恐らく。連中はそのままアルザーノ帝国魔術学院方面に向かって行ってます」

 

 モニターを見ながら、ホッチンズが動向を逐一報告する。

 

 この時間に動いたということは連中は行動を開始したということだ。

 

『了解した。お前らは今すぐ地下墓所に向かい、何か痕跡がないか調べろ。もし敵に遭遇したら、捕らえて尋問するなり、始末して所持品を調べてくれ。今回の暗殺で何も情報を持っていないということはないはずだ』

 

「了解しました。よし、お前ら、聞こえたな?」

 

 フランクが後ろに振り向き、ジョセフろティムとダーシャ、ホッチンズに言う。

 

「これから、地下墓所に向かう。手掛かりになりそうなもの全て調べろ。敵に遭遇したら捕らえて情報を吐かせるなど尋問、もしくは始末して所持品を調べろ、とのことだ。何か質問は?」

 

 四人は沈黙する。つまり質問はないということだ。

 

「よし、じゃあ行くぞ。敵に遭遇したら一人で戦うな」

 

 フランクがそう言ったと同時に、五人は素早く地下墓所に向かっていった。

 

 

 






ここいらで良かろう。
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