ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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70話

 結局、地下墓所には決定的な証拠はなかった。

 

 ただ、残留思念を使い、ここで外道魔術師がルミア暗殺計画の会合を開いていたのは確かだということはわかった。

 

「残留思念での会話の一部の内容だけでもわかっただけまだ良い方か……」

 

 元々、ダメ元で、地下墓所に調査に来たのだ。何も残っていなくてもおかしくはなかった。

 

「にしても、暗殺っぽくないって、どういうこっちゃ?」

 

 フランクが怪訝そうに頭をしかめ、そう言う。

 

「暗殺っぽくないか…となると、俺達がイメージしているやつではない、ということですかね?」

 

「はぁ?なんやそれ?」

 

 ホッチが推測し、ティムが怪訝そうな表情をする。

 

「…………」

 

「こうしている間にも、連中学院に向かってるのに…クソッ!なんで外国の連中の言う事聞かなきゃいけんとやッ!?」

 

 苛ついたのか、ティムが拳を床に叩きつける。

 

「落ち着け。上の命令や。ウチらではどうにもならへん」

 

「落ち着け?落ち着けってか!?ははっ、落ち着いていられるか!?」

 

「口を閉じてろ!黙れ!中尉!」

 

 ティムがフランクに食って掛かり、フランクは声を荒げる。

 

「……アイ、アイ、サー」

 

 ティムは渋面になりながら、引き下がる。

 

「……過去の事件を洗い出しましょう」

 

 不意に、今まで黙っていたジョセフがそう提案する。

 

「ジョセフ?」

 

「今までの事件で≪魔の右手≫が関わった事件を洗い出すのです。もし、≪魔の右手≫が暗殺したなら、どこかに共通する手口があるはず。それを調べるんです」

 

「そ、それは確かに……」

 

 ジョセフの提案にダーシャが納得する。

 

「しかし、どうするんだい?関係者から聞き取ろうにもその場面は皆覚えていないんだ」

 

「≪魔の右手≫が主に出てくるのはどういう時でしたっけ?」

 

 ジョセフは確認するようにザイードが出てくる場面を聞いてくる。

 

「確か…パレードや演説、今回の社交舞踏会のようなパーティー会場など大勢の人間が集まっているところで標的を暗殺しているわ」

 

「そうです。そこでその時の会場で、共通の物を見つけ、手口を見つけるのです。手掛かりがほぼ何もない以上、それしかありません」

 

「……中々、骨が折れる作業だが…やるしかねえか……」

 

 フランクはそう言い。

 

「ガルシア、これまでの≪魔の右手≫が関わっているとみている事件の現場の状況を調べてくれ。共通しているものを見つけてくれ」

 

『了解だけど、例えばどんな?』

 

「人が大勢いるのはもちろん、例えば楽奏団がいたとか、事が起きた時、前後はどんな状況だったのか。なんでもいい。調べてくれ」

 

『了解、了解。今から取りかかりまーす』

 

「よし、じゃあ、やるか」

 

 フランクはそう言い、それを音頭に四人も過去の事件を調べていく――

 

 

 

 

 

 帝国宮廷魔導士団特務分室、天の智慧研究会、連邦陸軍第1特殊部隊デルタ分遣隊。

 

 三者の思惑がそれぞれ渦巻く中で。

 

『それでは、お集まりになられた紳士淑女の皆さま。どうか今宵は楽しい一時を……』

 

 そんな、生徒会長リゼの音頭で、とうとう社交舞踏会が開催された。

 

 早速、楽奏団が指揮者の繊細なる指揮の下、雄大な楽曲を奏で始め、その曲に合わせて男女が思い思いに踊り始めた。

 

 立食形式で、豊富に用意された豪華な食べ物や飲み物が尽きることはない。

 

 それらを片手に、普段、話す機会のない学年違いの生徒や、男女、他校の生徒達など、様々な立場や垣根を超えて、楽しく談笑しており…給仕役がそんな彼らの間を甲斐甲斐しく行ったり来たりしている。

 

 そして、話が弾めば、やがて気の合った者同士で手を取り合い、ダンスの中に加わっていく…楽しい夜はまだまだ始まったばかりだ。

 

(……誰も彼も、この華やかな表舞台の裏に血生臭い思惑と陰謀が潜んでいる…なんてこと、欠片も知らずにな…いい気なもんだぜ……)

 

 そんな華やかな会場の雰囲気を、グレンは冷めた鋭い目で一瞥するが……

 

(にしても、ジョセフのやつ、確か曲に違和感を感じていたな…今のところはないが…まぁ、あいつは感受性っていうかそういうのが強いからな…一応、頭の片隅に置いておくか)

 

「ちょっともうっ!先生ったら!そんなに食事がっつかないでくださいよ!?他校や外来の方達が見てるじゃないですか、みっともないっ!」

 

 山のように料理が載った皿を指に挟んで四枚持って、ほっぺをリスのように膨らませ、ひたすら食べまくるグレンに、システィーナが早速、きんきん声で説教を始めた。

 

「うるせぇえええええええ――っ!?こちとら、ここんとこまともなメシ食ってないんじゃ、ここで栄養補給しなきゃ死活問題なんだよっ!?あっ!そこのテメェ!?何、勝手に取ってんだ!?そこの肉は俺のもんだぞっ!?待ちやがれ――っ!」

 

「あ、貴方が待ちなさぃいいいいいい――っ!」

 

 なんだかんだで相変わらず大騒ぎなグレン&システィーナを尻目に……

 

「……♪」

 

 テーブルの皿の上に見上げるほど高く積み上げた苺タルトの巨塔を前に、ひたすら黙々と苺タルトをかじるリィエルも、そのいつもの眠たげな無表情がどこか満足そうだ。

 

「あはは…格式ばっても、なんか私達、結局いつも通りだね……」

 

 そんな彼らを、ルミアは苦笑いしつつも、微笑ましく見守っている。

 

 その一方で。

 

 カッシュを筆頭として、カイやロッドら主だった二組の男子生徒達が、他校からこの舞踏会に出席した女子生徒達を片端からナンパしては、ひたすら玉砕していたり。

 

 ウェンディやテレサなど、社交界に慣れた華やかなお嬢様(ガチ本物)達が、会場中の男子達からひっきりなしにダンスのお誘いを受けて辟易していたり。

 

 セシルは『可愛い男の子』ということで、会場中の女子生徒達に大人気。次から次へと女の子のダンスの相手を務めては、目を回していたり。

 

 リンは遠くから、何か物言いたげに、じっとグレンを見つめていたり。

 

 意外にも、他者を寄せ付けない一匹狼気質なギイブルが、他校から参加した講師先生と魔術談議で盛り上がっていた。この会場の楽しげな空気にあてられたのかもしれない。

 

 とにもかくも、皆それぞれに楽しい一時を過ごしていると……

 

『紳士淑女の皆さま。お待たせいたしました。それではただ今より、魔術学院社交舞踏会伝統のダンス・コンペ、その予選一回戦を開始します。ご参加資格をお持ちの方は――…まだエントリーのお済でない方は――……』

 

 そんな、リゼのアナウンスが、魔術による拡声音響で会場に響き渡った。

 

 魔術学院社交舞踏会のダンス・コンペは、予選が三回、本戦が三回で、三十分ないし一時間ごとに一戦ずつ、順々に行われていく。その参加方法は基本的には事前登録制だが、当日に気の合った者同士で飛び入り参加することも可能だ。他校の生徒達は主にそういった形式で参加することになる。

 

 予選は、複数のカップルが同時に踊り、各審査員は規定数のチェックをそれぞれのカップルにつける。得たチェック数が多い順から次の予選へ出場できるという、サバイバル形式だ。

 

 本戦は、三組のカップルずつ踊り、審査員が様々な観点から芸術点をつけ、もっとも高い点を得たカップルが次の本戦へと進む、トーナメント形式。

 

 このようにしてコンペは進行し、決勝戦は二組のカップルでサシの勝負となる。

 

 そして、見事、優勝したカップルの女性には、伝統の『妖精の羽衣』が貸与され…社交舞踏会の大トリとなるフィナーレ・ダンスを、皆の前で踊ることになるのだ。

 

 これは、この学院の生徒のみならず、この伝統的な社交舞踏会に参加した全ての人達にとって、大変名誉なことなのである。

 

(おい、ジョセフ。これからダンス・コンペがあるから、しばらくは通信できない。何かあったら俺からでいいな?)

 

『はい、了解。頑張ってくださいね。あ、それと、ウェンディの方もどうだったのか後日でいいので教えてくださいね~』

 

(……お前、絶対ウェンディのドジっぷりを知りたいだけだろ……)

 

『いやぁ、あいつは期待を裏切らないですからね~(笑)最後は盛大にこけたりして(笑)』

 

 こいつ、絶対それを期待していやがる。

 

 グレンは、それを聞いて頬を引きつらせていた。

 

 そして今、我こそはその名誉にあやからんと意気込む者達が、第一歩を踏み出さんと、血気盛んに予選一回戦に挑み…演奏に合わせて、ダンスを披露していく。

 

 グレンとルミアも。システィーナも。グレンのクラスの生徒達も。

 

 全ての参加者たちが、持てる全てをもって精一杯に踊っていき――

 

 

 

 

「……ま、なんとか無難に予選一回戦は突破できたな……」

 

「はい」

 

 予選終了後、グレンが安堵の息を吐き、そばに寄り添うルミアが嬉しそうに微笑んだ。

 

「システィ達も余裕で予選を通過してましたし…なんだか楽しくなりそうですね?」

 

(……やれやれ…これ、結構やべぇわ……)

 

 逆にグレンは冷や汗が止まらない。

 

 たかが、学生のレベルのお遊びコンペだと舐めていた。参加者達のダンス技量が、グレンが想像していた以上に高い。テレサなどといった、社交ダンスに慣れた本物のお嬢様や貴族の子女が多数参加している…ということももちろんだが、学院の生徒はもちろん他校の生徒まで、この日のためにかなり練習していたらしいのだ。

 

(……これも『妖精の羽衣』の魔力のうちってところか…?やれやれ、こりゃミス一回が命取り…しんどいわ……)

 

 因みに、貴族のお嬢様の筆頭と言ったら、ウェンディなのだが……

 

「きぃいいいいっ!なぜ、わたくしが予選一回戦落ちなどという無様な真似をっ!?」

 

 当の本人は、悔しそうにハンカチを噛んでいた。

 

「あー…言っとくけど、ウェンディ。今回ばっかりは俺、悪くないからな……?」

 

「むっきぃいいいっ!そんなのわかってますわっ!」

 

 予選のダンスの前半では、誰もがため息を吐くような、見事に洗練されたダンスを披露したウェンディ。そのパートナーのカッシュもジョセフから教わったとはいえ、急造の付け焼刃でありながら、持ち前の運動神経と飲み込みの速さで、ウェンディの華麗な動きに意地でついていった。

 

 ウェンディ&カッシュのペアも優勝候補…その時は誰もがそう確信したものだ。

 

 だが、いよいよフィニッシュという時に、ウェンディは自らのドレスの裾を踏んで、ジョセフの予想通り、盛大に転んでしまったのである。要所でドジなのは相変わらずのようだった。

 

 そして、ジョセフの言う通り『期待』を裏切らなかった。

 

(しっかし、もしジョセフがウェンディと組んでたら、マジでヤバいカップルになってたな…あいつだったら、ウェンディのドジをさりげなくフォローしてたしな……)

 

 グレンもジョセフのダンスのレベルの高さは聞いていたので、この時はジョセフに感謝していた(ウェンディには悪いが)。

 

「よっしゃあああああ――っ!一回戦突破ぁあああああ――っ!」

 

「ちくしょおおおっ!せっかく合法的に女の子の手を握れる機会だったのに――っ!」

 

 その他にも、予選を突破できた者、できなかった者…グレンの周囲では、生徒達がそれぞれの理由で、大はしゃぎであった。

 

「ったく、いつでもどこでも、うるせぇやつらだぜ……」

 

 グレンがつい苦笑いをこぼしていた……。

 

 

 

「やーれやれ、会場は楽しいこって……」

 

 モニターから映し出される会場の様子を見ながら、ジョセフはガルシアからの連絡を待っていた。

 

 今のところ、異常らしい異常はない。楽奏団からの音色が素晴らしいのか、会場はかなり盛り上がっている。

 

「様子はどう?ジョセフ」

 

 隣に腰かけるのはジョセフの姉貴分的な存在である、ダーシャ。

 

 ジョセフよりも四、五つ年上だが、北部戦線でジョセフがデルタに入った際、何かと世話になっていたし、二人で組んで作戦にあたったこともあった。

 

 モニターで様子を見つめているジョセフに温かいコーヒーを持ってくるようにとにかく世話好きな女性で、何かとジョセフに対しては世話焼きになってしまう性格の持ち主だった。

 

「全然。変わったところとか、様子がおかしいとかはないかな。少し、盛り上がり過ぎなところが気になるけど、まぁ、いつもは学院で勉強ばっかだからな~。それを発散しているというと言えるし、なんとも言えへん」

 

 ジョセフは差し出されたコーヒーを飲みながら、様子を見ている。

 

「それにしても、貴方の幼馴染さん?フィニッシュの時に盛大に転んだわね」

 

「ああ、まぁ、どこかではやらかすだろうなとは思ったけど、本当に盛大だったな~。あいつは期待は裏切らないからな~」

 

「ふ~ん……」

 

 『期待』を裏切らなかったと言うジョセフに、ダーシャがこちらを見ながら。

 

「ジョセフって、ああいう娘が好みなの?」

 

「ん?」

 

 ダーシャの突然の質問に目を点にするジョセフ。

 

「だって貴方、彼女の話とかする時、どこか嬉しそうに話すというか、とにかく機嫌がいいというか…だから、彼女のこと好きなのかな~って」

 

「はぁ?」

 

「ふ~ん。そうなんですか~、お姉ちゃんのような娘じゃなくてああいう娘がいいんですかー…そうですか、そうですか」

 

 なぜか段々と拗ねながらそう言うダーシャ。

 

 背後になぜか黒いオーラが段々強くなっているような気がする。

 

「あ、あの…姉さん……?」

 

「あーあ、寂しいな~。お姉ちゃん寂しいな~。寂し過ぎて、短機関銃持って会場に突撃しそうだな~」

 

「なに、さらっと物騒なこと言ってんねんッ!?」

 

 黒いオーラを発しながら物騒なことを言うダーシャに、ジョセフが突っ込む。

 

「あいつは幼馴染であって、好きとかそういった感情はありません」

 

「ふーん……」

 

 ジョセフが否定したにも拘わらず、黒いオーラを更に強く発するダーシャ。

 

「これは彼女をマークしたほうがいいかもしれないわね…あと、あのモデル並みの女の子も……」

 

「何サラッとウェンディをマークしようとしてんのこの人は!?ていうか、なんでテレサまで巻き込んでんの!?」

 

 ダーシャのトンデモ監視宣言にジョセフは盛大に突っ込むのであった。

 

 と、その時。

 

『紳士淑女の皆さん。お待たせしました~、≪魔の右手≫が関わっている事件を調べ終えたので報告しに来ました~』

 

 ガルシアの陽気な声が通信機から聞こえてきた。

 

 今までの痴話っぷりな雰囲気はどこへやら、たちまち緊張感に包まれる。

 

「どうだったガルシア?」

 

『≪魔の右手≫に関わったとされる事件の様子を調べてみたんですが――』

 

 

 

 

 

 ――その頃。夜気に包まれた学院会館、その屋根の上にて。

 

 三つの人影が、そこに密かに佇んでいた。

 

 アルベルト、バーナード、クリストフの三人である。

 

「ああああ、もうっ!せっかく中には若くてピチピチな女の子達がわんさかおるってのにぃ!なぁ、アル坊…わし、ちょいと中に行ってきてもいいかのう……?」

 

「真面目にやれ、翁。背中を撃ち抜くぞ」

 

 バーナードとアルベルトのそんなやりとりを他所に。

 

「………」

 

 静かに瞑想して佇むクリストフの足元には、五芒星法陣が展開され、淡い光を放っている。それを通してクリストフの表層意識領域に接続された、学院敷地内の隅々にまで張り巡らせた広域索敵結界に、クリストフは全神経を集中させていた。

 

「ところで、どうじゃ?クリ坊。何か反応はあったかいな?」

 

「いえ、今のところはまだ何も……」

 

 ふう、と一息を吐いて目を開き、クリストフは思い切ったように言った。

 

「バーナードさん、アルベルトさん…臆病者かと思われてしまうかもしれませんが…やっぱり、僕はこんな作戦には反対です」

 

「安心せい、わしもアル坊もそう思っとるよ」

 

 やれやれと大仰に肩を竦めて、バーナードが応じる。

 

「イヴさんの能力は知っています。あの人は間違いなく天才、僕なんか足元にも及ばないでしょう。でも、今回の作戦はあまりにも無謀で、危険過ぎる…それがわからないイヴさんではないでしょうに…これじゃまるで……」

 

「……お膳立て。そうだな?」

 

 突然、鋭く口を挟んだアルベルトに、クリストフとバーナードが視線を向ける。

 

「兎に角、手柄が欲しいのだ、あの女は。そのためにこの作戦を立案し、連邦軍、デルタを締め出した」

 

「なんじゃ…お主も気づいておったんかい、アル坊」

 

「えっ?二人とも…それは一体どういう……?」

 

 虚を突かれたような表情となるクリストフ。

 

「クリストフ。あの女…イヴ=イグナイトの眷属秘呪を見て気付かないか?」

 

 腕組みをしていたアルベルトも、クリストフを一瞥していた。

 

「高い攻撃力と攻撃速度を誇る領域、殺意探知のみに特化した索敵術、そして情報収集機能力…即ち、それは味方を出し抜き、己自身の手で敵を倒すことに特化した術の数々とも言える。それが帝国有史以来、王家に仕え、魔導武門の棟梁として帝国内に勇名を馳せてきたイグナイト公爵家が誇る『炎の魔術』だ」

 

「イグナイト家はのう、地位も名誉も栄光も強さも、常に帝国に存在する魔導士達の頂点に立たねばならない…そういう家なんじゃよ」

 

「……まさか…イヴさんは、自分が手柄を立てるために、こんな無茶な作戦を?達成が困難であればあるほど上がる名声のためにデルタとの協同を拒んでまで…?そんな馬鹿な……」

 

 顔を顰めるクリストフに、アルベルトは無言をもって肯定した。

 

「それだけじゃないわい。あの様子じゃ、イヴちゃんのやつ、なーにか絶対、わしらに隠し事しとるのぉ?要は敵のみならず、わしらすら出し抜こうとしているんじゃ」

 

「そ、そんなことまでしてるんですか……?」

 

「ふん。あの女が食えないのはいつもの事。だが、俺達は与えられた条件下で最善を尽くし、結果を出すだけだ。軍における上官と部下とはそういうものだ」

 

 いつも変わらず、アルベルトが淡々とそう言った。

 

「≪魔術師≫のイヴさん…以前から思ってましたが、彼女はどうしてそこまで……?」

 

 戸惑いと困惑を隠せないクリストフに……

 

「一応、彼女を子供の頃から知る身として、弁護させてもらうが…彼女はちと、立場が複雑でのう…そうせざるを得ない事情があるんじゃよ」

 

 顎髭をなでながら、なんとも言えない苦い表情でバーナードが応じる。

 

「帝国宮廷魔導士団には、様々な実戦部隊や研究室、部署が存在するが…なかでも特務分室は魔術絡みの案件を秘密裏に処理するという精鋭中の精鋭…言わば、団における武の最右翼じゃ。イグナイト家の次期当主として、イヴちゃんはその室長を拝命しておる。この人事はまぁ…帝国軍の伝統っていうか、しきたりみたいなもんじゃ」

 

「ええ、特務分室の室長、執行官ナンバー1≪魔術師≫は代々、イグナイト家の出身者が務める…そうなっているらしいですね」

 

「じゃが、彼女は実は父親が平民の娘に産ませた私生児でな…事故で魔術能力を失った嫡出子の姉に代わり、次期当主に繰り上がった」

 

「!」

 

「知っておろうが、最古参の大貴族であるイグナイト公爵家は化石のように凝り固まった貴族主義。平民の血を引く私生児のイヴちゃんに対する父親や一族の風当たりが、いかに厳しいものじゃったか…クリ坊には想像つくまいて」

 

 頭を掻くバーナードは渋面だ。当時のイヴを思い出しているのかもしれない。

 

「ああ見えて、彼女は必死なんじゃよ。なんとか自分という存在を一族に認めてもらいたくて…とにかく手柄を欲した。昔の彼女は、少々夢見がちじゃが心優しい子でな…じゃが、認められようと気張っているうちに、いつの間にか鉄の女になってしもうた」

 

「そんなことが……」

 

「あの娘っ子は、立場に押し潰されまいと必死に強がっているだけなんじゃ。あの他者に対する攻撃的で威圧的な態度は、彼女自身の弱さの裏返しなんじゃ。だから、わしはどうにも、あの娘っ子を放っておけんで……」

 

 と…その時だ。

 

「……止めて。バーナード」

 

 ドーマーウィンドウ――傾斜する屋根から突き出すように設けられた屋根窓、それを覆う小さな屋根に背を預け、腕を組み、脚を交差させて佇んでいたのは――

 

「私は私よ。家のことなんか…父や一族のことなんか…関係ないんだから……」

 

「イヴ。何故、来た?お前の担当は会場内の筈だが?」

 

「大丈夫よ。領域内の警戒は怠ってないわ。それよりも……」

 

 アルベルトの叱責に、イヴが不機嫌そうに鼻を鳴らし、クリストフを一瞥する。

 

「……そろそろではなくて?クリストフ」

 

 そして、イヴがクリストフへ注意を促すと。

 

「ええ、今…来ました!結界に反応があります!」

 

「……おおっとぉう、ついにわしらの出番かいな!?」

 

「…………」

 

 一同の間の空気が一気に重く、鋭くなる。

 

「敵影、三。座標などの敵に関する諸情報は――ここに」

 

 クリストフが握りしめている魔晶石を親指で弾き、他の三人へ渡す。

 

 その魔晶石には、クリストフが結界から得た情報が記録されているのだ。

 

「……把握した」

 

 魔晶石内に記録された敵情報を表層意識野に高速展開した三人は、瞬時に状況を把握する。

 

「さて、どう対処しようかの……?」

 

「敵は三手に分かれています。こちらの損耗を最も少なく押さえる確実策は、三人一組で行動し、敵に一人ずつ対処することですが……」

 

「駄目よ、そんなの。一人に対処している間に、他の二人がここに来るわ。なら、私が相手せざるを得ない。私の予定が狂うじゃない。嫌よ、そんなの」

 

 イヴがそんな風に割って入る。

 

「私が差配してあげるわ。≪星≫は北の敵を、≪隠者≫は西の敵を、≪法皇≫は東の敵をそれぞれ対処しなさい…なに、できるでしょう?貴方達なら」

 

 自身の指揮手腕に微塵も疑いなしと言わんばかりの横柄な態度であった。

 

「うーん、それなんじゃが…クリ坊は単騎での戦闘には向いておらん。集団戦でこそ力を発揮するタイプ。あまり無茶はさせたくないんじゃが……」

 

 バーナードが苦い顔をするが。

 

「いえ。確かに、それが最も効率的なのは事実です。それでいきましょう」

 

 クリストフは神妙な表情でイヴの差配を肯定していた。

 

「……そう。任せたわよ。私の頼もしい仲間達」

 

 そう、ことさらにわざとらしく強調するイヴに背を向け、

 

「はぁ~、中でキャワイイ女の子達がキャッキャウフフしとるのに、わしらは空気の読めんバカ共とドンパチかい…せめて敵が美人の女の子じゃといいんじゃが……」

 

 バーナードが心底面倒臭そうにぼやいて立ち上がり……

 

「……死ぬなよ」

 

 アルベルトが一瞥することもなく、素っ気なくそう言い捨てながらクリストフの肩を叩き、屋根の端へ向かって歩き去り……

 

「ええ、皆さん、ご武運を祈ります」

 

 クリストフが薄く微笑んで。

 

 アルベルト、バーナード、クリストフがその場で散開し、夜の闇にその身を躍らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 





今回はイリノイ州です。

人口は1280万人。州都はスプリングフィールド。主な都市にシカゴ、スプリングフィールド、ピオリア、ロックフォード、クワッドシティーズ(アイオワ州に跨る4つの都市の愛称)です。

愛称はリンカーンの州です。21番目に加入しました。

中西部では人口最大、かつ民族構成が最も多様化した州です。

イリノイ州からは3人の大統領が選ばれており、エイブラハム=リンカーン、ユリシーズ=グラント、そして前大統領であるバラク=オバマです。しかし、イリノイ州で生まれた大統領はロナルド=レーガンのみです(リンカーンはケンタッキー州、グラントはオハイオ州、オバマはハワイ州出身です。因みに、レーガンはカリフォルニア州知事を務めて大統領になっています)。

州の成分はシカゴが8割、その他が2割という、日本で言えば神奈川県横浜市みたいな州です。

シカゴ郊外は農地も広がり農業も盛んで、ミネソタなどと共に国内有数のとうもろこし、大豆地帯ですが、世界で初めて遺伝子組み換え食品を正当化した州としても話題になりました。

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