ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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71話

 

「――つまり≪魔の右手は≫に暗殺されている標的は演奏されている、しかも後半ぐらいで殺られているっていうことか?」

 

 ガルシアの報告を聞いたフランクはそう言った。

 

『はい。手口はまだわかりませんが、ほとんどの標的がその時間帯に暗殺されているんです』

 

「演奏している最中の暗殺…そんな中でどうやって暗殺したんだ?」

 

「刺殺は大勢の人混みでは、なんとかできるが、絞殺や撲殺は流石に難しいぞ」

 

「どうやって、撲殺、絞殺したんだか…誰も気付かない方法で…演奏をしている最中……」

 

 それぞれ、≪魔の右手≫ザイールがどうやって演奏中に暗殺したのか、推測するが中々出てこない。

 

(演奏中の暗殺、関係者はその時の暗殺直前、直後はあやふやになっている…だとしたら、≪魔の右手≫は関係者の記憶を空白させるような魔術を使って暗殺している。となると、≪魔の右手≫が主に使っている魔術は、精神系の魔術)

 

 ジョセフは今まで聞いた情報を元に、≪魔の右手≫の人物像を整理していく。

 

(精神系の魔術で関係者の記憶を空白にさせた後、刺殺、撲殺、絞殺している。しかし、なぜなんだ?なぜ、密室ではなく、会場のど真ん中で暗殺している?)

 

 ジョセフは≪魔の右手≫の暗殺方法に疑問を抱く。

 

 ≪魔の右手≫が直接手を下すならば、標的を精神的に操り、密室状態に誘導できるはずである。いや、むしろ関係者全員に魔術を掛けるよりも、そっちのほうが魔力の消費が少なく、短時間で済むはずだ。

 

 なのに、≪魔の右手≫はそれをやらず、わざわざ関係者全員に魔術を掛け、暗殺している。

 

(わざと効率的な方法で暗殺していないのはなぜ?…ふむ)

 

 ジョセフが顎に手を当てると。

 

『ジョセフ!おい、ジョセフ!』

 

 通信機から、グレンが切迫したような様子でジョセフに呼びかける。

 

「どうしました?先生」

 

 ただならぬ雰囲気にジョセフが身を起こし、応答する。

 

 そのジョセフを見た、四人が話を聞こうと、こちらに来る。

 

『先程、エレノアが俺の前に姿を現した』

 

「エレノア?あのエレノア=シャーレットが?」

 

『ああ、信じられないのもわかるが、本当に姿を現しやがった!』

 

「≪魔術師≫は知ってるんですか?」

 

『イヴのやつにも報告したが信じてもらえなかった。それどころか全てが自分の思い通りに終わると言っていやがる』

 

 苛立ちにも似た声が通信機の向こうから伝わってくる。

 

(エレノアが出てきた?なぜ?)

 

 それもグレンの前に。

 

「先生、エレノアは先生の前に出てきたのですか?ルミアは?」

 

 ジョセフはその時の状況を聞こうと、グレンに言う。テーブルの前にはダーシャが察してペンとメモ用紙が置かれている。

 

『俺のところだけだ。なぜかルミア達を一時的に立ち去るように暗示をかけてな……』 

 

「?ルミアを立ち去らせた?」

 

 ジョセフはエレノアの行動に疑問を持つ。

 

『ああ、しかも≪魔の右手≫はこの機を狙うことは決してないと言いやがった』

 

「どういうことだ?」

 

 エレノアの行動が意味不明である。

 

 もし、エレノアが出てくるなら、グレン達を立ち去れせ、ルミアを孤立状態にし、暗殺すればいい。なのに、それをやらずにグレンだけに姿を現したのはなんでだ?

 

(いや、それだけではない。イヴの索敵網をすり抜けて先生に接触できたということは……)

 

 エレノアには殺意がなかった。

 

「先生、エレノアはなんで姿を現したのかわかります?」

 

『やつは助言しにきたと言っていた。なんだって俺達が≪魔の右手≫の策略に嵌ってしまっているとな。このままだと「妖精の羽衣」がルミアの死装束なるってな』

 

(『妖精の羽衣』がルミアの死装束?)

 

 ジョセフはそれをメモに取りながら。

 

「その助言は?」

 

『”目で見れば概ね五つの階段であり、目を瞑れば概ね八つの階段であります。沿って走れば、その幽玄なる威容に、人は大きく感情を揺さぶられることでしょう”ってな。どういう意味かさっぱりわかんねぇ』

 

 ジョセフはグレンが言うエレノアのヒントをメモに書く。フランク、ティム、ホッチンズ、ダーシャはそれを見る。

 

「目で見れば五つの階段、瞑れば八つの階段……」

 

 ジョセフは復唱するように呟く。

 

「先生、これはこちらで調べておきます。それと≪魔の右手≫の暗殺する時間帯がわかりました」

 

『暗殺の時間帯がわかった!?マジか!?』

 

 今までの苛立ちから、グレンは食いついているのが伝わってくる。

 

「手口まではまだわかりませんが、今までの事件を調べてたら、行事の後半に標的は暗殺されているのです」

 

『後半に?どういう時だ?』

 

「演奏している途中で、フィナーレ直前です。その時間に集中しています」

 

『マジかよ…いや、まだ中盤だが…そろそろ後半にさしかかるぞ』

 

「はい。ですので、動くとしたら後半かと…先生何が起きてもルミアから目を離さないでください」

 

『そういえば、あれ以降ザイードを見てねぇ』

 

「ザイードと接触したんですか!?」

 

 今度はジョセフが食いつく。

 

『あぁ、予選一回戦突破の時な。少年でクライトス学院の人間に化けている』

 

「了解です。なんさま、警戒してください。連中が仕掛けるのはフィナーレ直前です」

 

『あぁ、了解だ。そろそろ切るぞ。イヴに勘づかれたら面倒だ』

 

 グレンはそう言うと、通信を切った。

 

「さて…ガルシア。もう一仕事お願いできる?」

 

『何でも』

 

「過去の事件の時に演奏していた楽奏団の指揮者を調べてくれ。できれば画像があったほうがいい」

 

『了解。早速調べるわ』

 

「ん?なんで楽奏団の指揮者なんだ?」

 

「さて…と、≪魔の右手≫。あんたは誰なんだい?」

 

 フランクの疑問を無視して、ジョセフはそう言って、コーヒーを飲んだ。

 

 その言葉とは裏腹にジョセフは嫌な予感がしていたし、ある疑念が生じていた。

 

「ホッチ。≪星≫さんと繋げられるように特務分室の通信回路をハッキングできる?」

 

 ジョセフはホッチンズに対し、依頼する。

 

 

 

 

 そして――

 

「がっはっは!よう生き残ったのう、クリ坊!偉いぞ!」

 

「痛たた!?い、痛いですって!?やめてください、バーナードさん!」

 

 月夜の下、特務分室の三人が無事に合流して。

 

 バーナードが、クリストフの背中をばしばしと叩いていた。

 

「……相変わらず無茶をする奴だ。グレンとは別ベクトルで世話が焼ける」

 

 アルベルトが法医呪文でボロボロになったクリストフの身体を淡々と癒していく。

 

「はは…アルベルトさんとバーナードさんがいなければ、こんな無茶はできませんよ」

 

「常日頃、戦況が不利になったら素直に退けと言ってあった筈だ。俺達が敗北していたらどうする?」

 

「……信じてましたから。貴方達があんな連中に負けるはずがない、と」

 

「ふん、甘いな。過度な信望は正確な判断力を曇らせる…減点だ」

 

 突き放すように厳しく堅い対応のアルベルトに、クリストフが苦笑いする。

 

「……終わったぞ。身体は動くか?…無理はしなくていい」

 

「ええ、大丈夫です。万全とは言えませんが、戦闘に支障ありません」

 

 少しふらついてはいるが、治癒を終えたクリストフが自力で立ち上がった。

 

「でも、本当にすみません。≪冬の女王≫グレイシアを、取り逃がしてしまいました」

 

「よいよい!若手は生き残るのが仕事じゃわい!」

 

「その通りだ。現にこの≪隠者≫の翁も敵を討ち漏らしたわけだしな」

 

「ちょ、おま!?今、ここでそれを言うか!?わしの威厳というものがな――」

 

 しばしの間、三人の間に、どこか戦場らしからぬ和やかな空気が流れる。

 

 互いの無事を喜び合う、殺伐とした戦場において、それでも時折花咲くこの一体感。

 

 だが、それも束の間、すぐに三人の間の空気が氷のように引き締まる。

 

「……さて、これで、どうなるでしょうか?」

 

「外の安全は確保した。中の方もこれで動きがあるだろう」

 

「うむ、ここから先は予測がつかん。常に臨機応変に動けるようにしとくしかあるまい」

 

 三人の相貌は、すっかり裏の世界を生きる魔導士のそれだった。

 

 月を見上げながら、アルベルトが物思う。

 

(俺達のほぼ完璧な勝利によって、≪魔の右手≫の…敵の計画には完全に狂いが生じた筈だ…イヴ=イグナイトの情報が正しければなの話だがな)

 

 ともすれば、ここまでは全てイヴの計画通り。

 

 ならば、イヴが≪魔の右手≫を絡め取るのは――時間の問題だ。

 

 だが、このままあっさりと終わってくれるのだろうか?

 

 終わるなら、まったくそれに越したことはないのだが…今となっては、バーナードとクリストフの相手が妙にあっさり撤退したのも気になる。

 

(さて、どうなる――?)

 

 見上げる月は、当然そんな疑問に答えてはくれなかった。

 

 

 

 

(もし、エレノアの助言が本当なら……)

 

 ジョセフはガルシアの報告を待ちながら、物思う。

 

(≪魔の右手≫の暗殺方法は……)

 

 いや、確かに暗殺らしくはないが、痕跡を残さないから立派な暗殺だ。

 

 だが、それなら全てが説明がつく。

 

(それに、それなら≪魔術師≫の眷属秘呪は…何の意味もなさない)

 

 嫌な予感はどんどん増していく――

 

 

 

 その一方で。

 

 一心不乱に踊るカップル達、盛り上がりに盛り上がる会場と人々、そしてそれを演奏で牽引する指揮者と楽奏団を、冷めた目で一瞥しながら――

 

(……ええ。今、外の三人は敗退したようです……)

 

 ザイード少年は会場の隅で念話魔術を使い、何者かと会話しているのであった。

 

『そうか…それは残念……』

 

 厳めしい男の声が、ザイード少年の脳内に反響し……

 

『……だが、予定通りだな』

 

(ええ、そうですね)

 

 返ってきた男の声に、少年は薄ら寒く笑う。

 

『帝国宮廷魔導士団…そしてイヴ=イグナイト…見事に我々の手の中で踊っている』

 

(協力してくれた三人には少々貧乏くじを引かせてしまいましたが……)

 

『構わん。必要経費だ』

 

 計画の成功を確信しているかのように、男の声は整然としている。

 

(デルタはどうします?連中も動くとは思いますが)

 

『連中が動いたところで、何もできまい』

 

(わかりました。それでは、僕は……?)

 

『そうだ。貴様は予定通り、例のポイントに来るのだ。それで全てのカタがつく』

 

 男から淡々とした指示が送られてくる。

 

『……そう、全てが、な』

 

(ええ、そうですね、わかりました…天なる智慧に栄光あれ……)

 

 心の中でそう唱えて。

 

 ザイード少年は、人知れず、賑やかな会場を、そっと後にするのであった。

 

 出入り口から会場を立ち去る瞬間。

 

 おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!

 

 ついにコンペ準決勝戦の結果が出たのか…会場が一際大きく沸き立っていた。

 

 

 

 

 

(≪魔術師≫の眷属秘呪は意味をなさない…なぜなら、この仮説の場合、≪魔の右手≫の殺意を捉えるのは困難だからだ)

 

 ジョセフははやる気持ちを抑えながら、推測していく。

 

(やつは、自分で手を汚すことなく、暗殺している。つまり、誰かに暗殺させていることになる。その場合、特定が困難や)

 

 それが一人とは限らない。複数で暗殺させている可能性すらある。

 

 今この時間は、向こうならダンス・コンペで決勝戦のはずだ。

 

 まだ、この段階では≪魔の右手≫は仕掛けてこない。

 

(仕掛けてくるなら、『妖精の羽衣』をルミアが着用した時、フィナーレ・ダンス直前に仕掛けてくる)

 

 エレノアが言っていた『妖精の羽衣』が彼女の死装束になるというのは、そういう意味なのだろう。

 

『解析が終わったわ』

 

 その時、ガルシアが解析が終わったと告げる。

 

「どうやった?」

 

『楽奏団の指揮者を調べてみたんだけど、まず楽奏団はそれぞれ別の楽団だったんだけど、ここにも共通点がありまして……』

 

「共通点?」

 

 一体、なんなのだろうか?

 

『それは、指揮者がどれも外部からの招聘で、同一人物なんです』

 

「外部からの人間?しかもどれも同一人物?」

 

 ジョセフはそれを聞いて、三日前の事を思い出す。

 

 確か、今回も外部の招聘……

 

『あと、運よく二枚ぐらい画像があったから、モニターに表示します』

 

 ガルシアがそう言うと、モニターに画像が表示される。

 

 それを見て、ジョセフは愕然とした。

 

 そこに写っている指揮者の姿形は――

 

「まさか…今回の『社交舞踏会』の指揮者……?」

 

 三日前、楽奏団の練習に指揮者として立っていた人物だった。

 

 今回の外部の指揮者の招聘、そして曲のアレンジ。

 

 第一番から第七番までしか演奏せず、第八番が抜けていること。

 

 そして、母、エヴァから聞かされた『大いなる風霊の舞』の言い伝え。

 

 そして、グレンが言っていたザイードとエレノアの助言。

 

「目で見れば五つの階段、瞑れば八つの階段……」

 

 もう一度、ジョセフはこれを呟く。

 

 ピアノを弾いているジョセフならこの意味はわかる。多分、楽譜には五線譜で表され、基本的に八つの音階を持つ。

 

 つまり、敵が仕掛けた最大の罠は――

 

 全てのピースがジョセフの頭で埋まり、完成した時。

 

 ジョセフは時間を確認する。

 

 時間は、すでにダンス・コンペが終わり、フィナーレ・ダンスの間を挟んでいる所。

 

 つまり、交響曲シルフィード第七番。

 

 シルフ・ワルツの第七番。

 

「……ッ!クソったれッ!」

 

 ジョセフは時間を確認した瞬間、脱兎の如く、椅子から立ち上がり部屋を出る。

 

「お、おい!?ジョセフ!?」

 

 フランクがいきなり飛び出したジョセフにびっくりしながら、呼び止めるが、ジョセフはそのまま飛び出した。

 

「くそっ!追うぞ!あいつ、何か分かったかもしれん」

 

 フランクも飛び出すのを皮切りに、残りの三人も部屋から飛び出していった。

 

 

 

 

 ジョセフが≪魔の右手≫の暗殺方法を特定した、その少し前に戻って。

 

 わぁああああああああああああああああああああああああああああ――っ!

 

 その時、社交舞踏会会場に、熱狂的な大歓声と拍手喝采が巻き起こっていた。

 

 二つの競技グループに分かれて行われていた準決勝戦が、今、終了したのだ。

 

 その会場中の注目と喝采の的、その中心にいたのは――

 

「やりましたね、先生!」

 

「……ふぅ…なんとかここまで勝ち上がったか……」

 

 心の底から嬉しそうに頬を上気させたルミアと、やや疲れたような表情のグレン。

 

 そして――

 

「どうやら…先生達とは決勝戦で雌雄を決することになりそうね!」

 

「ん」

 

 闘志を燃やすシスティーナと、相変わらず眠たげな無表情のリィエル。

 

 グレン&ルミア、システィーナ&リィエル。それぞれの競技グループを、トップで勝ち抜いたこの二組が、ついに決勝戦で争うことになったのである。

 

「ルミアも『妖精の羽衣』を目指して、一生懸命頑張ってきたんでしょうけど…でも、ここまで来たからには手加減はしないわよ?私、全力で優勝を狙うんだから!」

 

「うん。わかってるよ、システィ。私だって負けないよ?『妖精の羽衣』を着て素敵な殿方と踊るのが、私の子供の頃からの夢だったんだもの!」

 

「す、素敵な殿方ねぇ……?」

 

「システィこそ、遠慮しないで本気で来てね?じゃないと…ふふっ、私が先生を取っちゃうかも?ほら?『妖精の羽衣』を勝ち取った男女は……?」

 

 悪戯っぽくも不敵に笑うルミアに、システィーナが慌てる。

 

「うぐぐ…な、なんで、そこで先生が出てくるのか、わかんないけど…いいわ!そこまで言うなら、正々堂々と戦いましょう!どっちが勝っても恨みっこなしよ!?」

 

「うん!もちろん!」

 

 そして、来るべき最終決戦を前に、熱い火花を散らし合うルミアとシスティーナ。

 

「おーおー、あいつら元気だなぁー……」

 

「ん。二人は仲良し」

 

 グレンはやれやれと頭を掻き、リィエルがそれに素っ気なく同意する。

 

『それでは、決勝戦は小休止を挟んで三十分後に行います。皆様、今年の『妖精の羽衣』は一体、どちらの淑女の手に渡るのか…その結末を、どうかゆるりとお見守りください』

 

 魔術による拡声音響でそんなアナウンスが流れても、先程見事な演舞を見せたグレン達への賞賛の嵐と、その余韻による興奮は収まることを知らない。

 

 楽奏団の指揮者は、この盛り上がりを維持せんと指揮棒を振るい、楽奏団のメンバーは各々の楽器をかき鳴らし、盛大な演奏を再開していく。

 

 その演奏に糸を引かれるように、一時的に開放された中央舞台に続々と人々が集まり、再びダンスに耽っていく……

 

 そんな中。

 

「やったじゃん!先生!システィーナ!」

 

「ふ、ふん…まずはお見事と、お褒めいたしますわ」

 

 カッシュやウェンディを筆頭として、グレンのクラスの生徒達が、グレン達の元へわらわらと集まってくる。

 

「頼む、勝ってくれよ、システィーナ!このままじゃ先生を金銭的に乾せない!」

 

「おい、カッシュ。てめぇ、後で裏庭に来いや……」

 

「先生!こうなったら、何としても勝ってくださいまし!システィーナがこのわたくしをさしおいて『妖精の羽衣』を纏うなんて、そんな屈辱は――」

 

「……ウェンディ。あの、聞こえてるんだけど?てか、私、隣にいるんだけど?」

 

 わいのわいのと沸き立ち、盛り上がる生徒達は皆、興奮気味だ。

 

「凄いなぁ!システィーナもリィエルも!僕もそのくらい踊れたらなぁ」

 

「決勝、頑張ってくださいね、ルミア。貴女と先生に勝ったいただければ、本戦一回戦で貴女達に負けた私も誇らしいですから♪」

 

 グレン達に惜しみない激励を送るセシルにテレサ。

 

「……まったく、本当にバカ騒ぎが得意なクラスだよ、うちは…呆れるね」

 

「そう言いながら…お前、帰らないで今の今までここに残ってるのな」

 

 皮肉げに呟くギイブルに、カッシュがにやにやしながら茶々を入れ……

 

「……いいなぁ……」

 

 リンが少し離れた場所から、ルミアとグレンを見つめており……

 

「なぁなぁ!?決勝、どっちが勝つと思う!?誰の『妖精の羽衣』姿が見たい!?」

 

「俺は断然!ルミアちゃんに勝って欲しいぜ!」

 

「ああ、ルミアの『妖精の羽衣』姿を見たいよな!?」

 

「いやいや!俺はシスティーナだね!普段、口うるさいから気付かなかったけど…システィーナって実はめちゃくちゃレベル高ぇんじゃね!?」

 

「ああ、マジでシスティーナの『妖精の羽衣』姿も見てえよなっ!?」

 

「ぼ、僕は…リィエルの『妖精の羽衣』姿が見たい……」

 

「お、それも捨てがたいな!?でも、それルール的にオッケーなのか!?」

 

 その他、ロッドやカイ達を筆頭に、グレンのクラスの男子生徒達が、決勝の勝敗予想と誰の『妖精の羽衣』姿を見たいかで、大いに盛り上がっていた。

 

「ね、ねえねえ!リィエル!コンペ終わったらさ、その…私と踊ってくれない?」

 

「あ!アネット、ずっる~~いっ!」

 

「そうよ、そうよ!抜け駆けは禁止なんだからねっ!?」

 

「はぁ…リィエル…今夜の貴女、本当に素敵…まるで王子様みたい……」

 

「ああ…私、溶けそう……」

 

「!?!?!?!?!?」

 

 一方、クラスの女子生徒達に取り囲まれて、リィエルは珍しく目を白黒させている。

 

「……♪」

 

 そして、舞踏会が始まって以来、ルミアは終始、ご機嫌そうに笑みを零していて……

 

 グレンは、そんな生徒達を苦笑いで眺めている。

 

(……ったく、戦ってるアルベルト達や出れないジョセフにゃ悪いが…こういうのも悪くねえな……)

 

 正直、楽しかった。生徒達に混じってバカ騒ぎするのが楽しくて仕方ない。

 

 おっと、いかんいかん、気を引き締めねば。俺はまだ任務中なんだ。

 

 グレンがそんな風に気を取り直した…その時であった。

 

 耳に仕込んだ通信器を通して、イヴから信じられない報告がきたのは――

 

 ――。

 

(――なんだと!?終わった!?ザイードとその裏にいた黒幕を捕えた!?)

 

『だから、そう言ってるじゃない。何度も言わせないで欲しいわね』

 

 終わった。敵の陰謀が…ルミア暗殺計画が完全に潰れた。

 

 何一つ波乱なく、いつの間にか。

 

 あまりにもあっけない幕切れに、グレンはほっとするどころか逆に拍子抜けだった。

 

『だから、言ったでしょう?この私の指示通りに動けば、危険はないと』

 

(あ、ああ……)

 

『こっちは今から事後処理に入るわ。ご苦労様、グレン。貴方の役割は終わりよ。後は…そうね、可愛い教え子に『妖精の羽衣』でもプレゼントしてあげたら?』

 

 いちいち嫌みなイヴの物言いだが、グレンはまったく反論できず、押し黙るだけだ。

 

『ふふふ、これで帝国が連邦に対して、優位に立てる…あの連中が地団駄踏んで悔しがる顔を見てみたいものだわ』

 

 イヴは何やらそう言い。

 

『……それでは、良い夜を。グレン』

 

 そう言い残し、通信を一方的に切ってしまうイヴ。

 

(……本当に…終わった…のか……?)

 

 実際、イヴは黒幕を捕えたのだ。それに、外で待ち構えていた敵の外道魔術師達との戦いも、アルベルト達のほぼ完全勝利で終わったらしい。

 

 これで終わったと言わずして…一体、何を終わったと言えるのだろうか?

 

(……そ、そうか…終わったんだな…なんだ、俺の取り越し苦労かよ…イヴはいけ好かねえ女だが優秀なことには違いねぇし…それにアルベルト、じじい、クリストフ…あいつらもいるんだもんな…少々、俺、神経質になり過ぎてたかな……?)

 

 グレンは自分の周囲で大いに盛り上がって騒ぐ生徒達を一瞥し、ほっと息を吐く。

 

 息を吐いて…無事に終わったと。もう何も脅威はないんだと。

 

 きっと、今回の敵は思ったより大したことなかったんだと。

 

 そう思い込もうとする。自分で自分に言い聞かせる。

 

 だが――

 

 ――きっと、『妖精の羽衣』が彼女の美しき死装束となるでしょう――

 

 ――あの曲は…なんか違和感を感じるんです――

 

 エレノアとジョセフが残した言葉が――どうにも喉に刺さった魚の小骨のように、胸の奥に残っていて…抜けそうになかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここいらでよかろう。

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