ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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73話

 

 その頃――

 

「突然、手伝わせてしまってごめんなさいね、システィ」

 

「あ、いえ。気にしないでください、リゼ先輩」

 

「役員達には常日頃、書類はきちんと整理しろと口を酸っぱくして言っているのですが」

 

 システィーナと生徒会長リザが、社交舞踏会が開催されている学生会館に設けられた一室――運営委員会控室にいた。

 

 ダンス・コンペ決勝戦が終わった後、リゼの求めに応じて、システィーナはルミア達といったん別れ、この部屋でリゼのちょっとした仕事を手伝っていたのである。

 

 その控室は、色々な書類やら運営スケジュールやら人員配置の貼り紙やらでごった返して雑然とし、人はシスティーナとリゼを除いて全員出払い、閑散としていた。

 

「毎年の事だけど、いつもいつも人手が足りなくて……」

 

「あはは、でも、今年は大成功じゃないですか、先輩」

 

 嫌な顔一つせず、システィーナが散らばった領収書などの書類を手早くまとめていく。

 

「きっと、先輩や皆が、一生懸命頑張ったおかげですって!」

 

「そうね、そう言ってもらえると幸いだわ」

 

 くすくすと笑うリゼ。

 

「……ところで、。決勝、見ていましたよ?惜しかったわね、システィーナ」

 

「あ、ダンス・コンペのことですか?あはは、やっぱり中途半端な覚悟で挑んでもダメですねぇ。真剣に『妖精の羽衣』を着たかったルミアと、なんとなく着たかった私じゃ、やっぱり勝負になりませんでした……」

 

「……ふふっ、貴女はもう少し、自分に素直になることが…内なる心の声に、静かに耳を傾けることが肝要よ。これは先輩としての助言」

 

「……?それってどういう…?あ、整理終わりました、先輩」

 

 ちょうど書類整理を終え、システィーナが席を立つ。

 

 まるで、その話題から逃げるように。

 

「ありがとう。本当にごめんなさいね?急げば今からでもフィナーレ・ダンスには間に合うと思うわ。ほら…今、ちょうど前奏が始まったみたいだし」

 

 苦笑いするリゼの言う通り、会場の方から、楽奏団の奏でる演奏が聞こえてきた。

 

「あ、じゃあ、私、行きますね?親友の『妖精の羽衣』姿…しっかり目に焼き付けなきゃ!」

 

「ふふ、行ってらっしゃい」

 

 リゼに促されて、システィーナがその場を立ち去りかけた…その時だ。

 

 床に楽譜が散らばっているのが目に入った。

 

「あれ?先輩…これって……?」

 

 それを嘆息しながら拾い集め始めるリゼ。つい手伝ってしまうシスティーナ。

 

「これはね。今回の社交舞踏会で使った楽曲の楽譜の原本よ。そう、今、楽奏団が奏でているものとまったく一緒のものだわ」

 

「あ、そうなんですか…これを演奏してたんですね……」

 

「ええ。今年の社交舞踏会の成功は、この楽譜のおかげと言っても過言ではないわ」

 

「……どういうことですか?」

 

 不思議なリゼの言い回しに、システィーナが思わず問い返す。

 

「ふふ、これね。とても素晴らしい編曲がなされているの。聞いていると知らず知らずのうちに、心が沸き立つような…さりげないけど、そんな編曲」

 

「あ、そういえば、今年の楽曲『シルフィード』にしては何か違うなって思ってたんですけど…そうだったんですか…編曲されてたんですね……」

 

 合点がいったように、システィーナがリゼの手元の楽譜を覗き込む。

 

(そういえば、ジョセフが「たまたま聴いたけど、なんか気持ち悪い」って言っていたけど、全然そんなわけないじゃない。まったく、なんで、あんな失礼なことを――)

 

 システィーナがそう思った…その時だった。

 

 楽譜を覗き込んでいたシスティーナの表情が突然、強張った。

 

「え――ッ!?なんで!?」

 

 そう叫ぶとリゼの手から楽譜の束を突然、猛烈な勢いでひったくる。

 

「システィーナ?」

 

 目を瞬かせるリゼを放置し、システィーナはこの部屋の隅に置いてある自分の鞄に飛びつき、中から分厚い紙の束を引っ張り出す。それは、学院の付属図書館から借りて、すでに穴が開くほど読み込んだ魔術論文…学院の魔導考古学教授フォーゼルの最新作だ。

 

 その論文の紙束を破らんばかりの勢いで激しくめくっていき――とあるページと、楽譜を穴が開くような勢いで交互に凝視し、見比べていく――

 

「――やっぱり!?何なの、この編曲!?絶対何かおかしい……ッ!?」

 

 そして、システィーナがリゼに切羽詰まった表情で詰め寄って――

 

「先輩、聞いてくださいっ!確信はないけど、お願いがあるんです!先輩は――」

 

 目を瞬かせて呆気に取られるリゼへ、一方的に指示をまくしたてた後。

 

 システィーナは控室を飛び出した――

 

 会場を目指し、廊下を慌てたように駆け抜けるシスティーナ。

 

「早く…早く、先生に知らせないと…ッ!凄く、嫌な予感がする…ッ!具体的に何が起こるかなんて、わからないけど…ッ!凄く、嫌な予感がする……ッ!」

 

 あの向こうの十字路に交差した廊下を右に曲がった先に、会場がある。

 

 今はこの学生会館の無駄な広さが、ただただ恨めしい。

 

(こういう時に、ジョセフがいてくれたら……ッ!)

 

 ぞじて、こういう時にタイミングが悪いことにいないジョセフに対しても、なんでこんな時にいないのよ、と恨めしい気持ちだった。

 

 そして、システィーナが角に差し掛かった、その時だ。

 

 左側の通路から、突然、男が一人、ふっと姿を現していた。

 

 足早に会場の方へと足を運ぶ、その全身黒尽くめの男の正体は――見紛うはずもない。

 

「――あ、アルベルトさんッ!?」

 

 名を呼ばれ、ふと立ち止まったアルベルトが、鋭い眼差しでシスティーナを一瞥する。

 

「……フィーベルか。こんな所で会うとは奇遇だな」

 

 帝国宮廷魔導士団特務分室所属、執行官ナンバー7≪星≫のアルベルト。グレンの軍時代の同僚で、魔術絡みの事件を秘密裏に処理する帝国軍特殊部隊屈伸のエース。

 

 どうして、そんな人が、こんなところに?

 

 だが、アルベルトがここにいるその事実で――システィーナの疑惑が確信に変わった。

 

「お、お願いします、アルベルトさんッ!私の話を聞いてくださいッ!ひょっとしたら…今からとんでもないことが起こるかもしれないんです!子供の戯言って思うかもしれませんけど……ッ!」

 

 そう言って、システィーナは、手の楽譜を掲げ、必死の形相で訴えかける。

 

 アルベルトはそんなシスティーナを鋭い目で監察し…やがて、その表情に何かただならぬものを鋭敏に感じ取ったらしい。

 

「……話せ」

 

 そう、短く淡々と、システィーナを促すのであった――

 

 

 

 ――。

 

「――以上がフィーベルからの情報だ。如何思う?翁」

 

『どうもなにも、それで大・確・定じゃわいッ!外の連中の仕掛けがやけに消極的だった気がしたのは、そういうことかッ!?』

 

 アルベルトが宝石型の通信魔導器で手短に情報を仲間達とジョセフらデルタに伝えると、たちまちバーナードの焦燥と驚愕の叫びが返ってくる。

 

『くうー、やられたッ!『黒い悪魔』の推理通り、まさか、そんな手で来よってたとは!?こりゃもう、わしらも危ないぞ!?いつ、それに絡め取られちまうか…時間の問題じゃぞッ!?』

 

『おいおい、おっさん!?洒落にならんこと言わへんといてや!ただでさえ面倒なことになっとるのに』

 

 バーナードの言葉に、フランクがうんざりしたように叫ぶ。

 

「わかっている。だが、王女は完全に敵の術中だ。早急に連れ戻す必要がある」

 

『わかった!とりあえず、そっちは任せたぞい!こちらも準備しとく!おい、デルタの連中はいつ着くんじゃ?』

 

『あと三十秒で正門前に着く。そっから一分で学生会館に向かう』

 

『――アルベルトさん、バーナードさん、フランクさんッ!こちらクリストフですッ!』

 

 そんな中、クリストフが三人の通信に、割って入った。

 

「クリストフ。どうだ?其方の様子は――」

 

『駄目です。捕らえたザイードとローレンスの二名が気絶させられて、転がされていますが…イヴさんの姿はありません。そして、そのシスティーナさんという方の情報通りのものが、部屋に設置されていました。恐らくは――』

 

『ああ、そうじゃな…ああもう、どうしてこうなった……』

 

「俺達全員が読み違えていたのだ。そのザイードとローレンスはシロ…組織と何の関係もない一般市民だ。『黒い悪魔』の言う通り、予め件の術によって操られ、自分達が組織の刺客であると思い込まされ、そのように振る舞わされていたに過ぎない…心の黒幕によってな」

 

『なるほど…イヴちゃんが勘違いするわけじゃわい……』

 

『せめて、イヴさんが事前に黒幕の存在について…ザイードと名乗らされ、操られていたクライトス校の少年カイト、そしてその後ろで何者かが糸を引いているという情報…それを予め僕らと共有してくれたら…ッ!多少に騒ぎになろうとも、デルタと協同で対処できたら…ッ!最悪、僕達とグレンさんとの間に直通の通信ラインを許してくれたら……ッ!』

 

『ああ、グレ坊と連絡取れんのが痛すぎるわい……ッ!』

 

 今、思えば、イヴがグレンとアルベルト達との間の通信ラインを否定し、自分が一括して二方面の情報を管理することに拘ったのは…グレンとアルベルト達に黒幕の情報が流れることを懸念したためだろう。デルタと協同であたることを拒否し、特務分室単独に拘ったのも。全ては己一人で戦果を独占するために――

 

『情報も共有されていなくて、通信ラインも連携を妨げるような管理方法。それでお宅らは今回の任務を考えたのか?杜撰過ぎやろ…呆れて物が言えん』

 

 あまりにも杜撰なその実態に、フランクは呆れ返る。

 

 アルベルト達は何も言い返せなかった。

 

 フランクが呆れるのも無理はない。クリストフの言う通り、情報を共有できれば、通信ラインを硬直化させずに連携をしやすいようにすれば、デルタのようにザイードの暗殺の手口を解析して臨めばこんなことにはならなかっただろう。

 

 要は、イヴが戦果を独占したいがために、今回の作戦は非常に杜撰なものになってしまったのだ。

 

 その結果が、このザマである。敵を徹底的に解析し、作戦を立てるデルタから杜撰と言われても仕方がなかった。

 

『ま、今さらあーだこーだ言っても仕方ないしな。これから突入して学院会館に向かう。一分で到着する』

 

 フランクはそう言い、通信を切った。

 

「≪ジョージア≫の言う通り、今さら言っても始まらん。俺達兵隊は与えられた戦場で最善を尽くすだけだ」

 

『……そうですね』

 

「翁、クリストフ。二人共、臨機応変に動けるよう頼む。俺達は只でさえ敵に後れを取った。此処から先は…最早、一片の予断も許されない」

 

 頷くような雰囲気が返ってくると共に、アルベルトが通信を切った。

 

「まさか…社交舞踏会の裏側で、そんなことが進行していたなんて……」

 

 その傍らでひたすら萎縮していたシスティーナは、先ほどアルベルトから聞かされた真実に、顔を青ざめさせて震えていた。

 

「じゃあ、先生が強引にルミアをダンスパートナーに誘ったのって…ルミアを守るために…?だから、あんなに必死に…?ジョセフが参加しなかったのは…締め出されたから…?なのに、私は…そんなこととはつゆ知らず、先生の邪魔ばかりして……ッ!」

 

「……気に病むな、フィーベル。お前は何も悪くない」

 

 悔いるように頭を抱えるシスティーナに、アルベルトが淡々と言う。

 

「今回の一件、悪がいるとするなら、それは敵組織と…そして、この状況を利用して戦果を挙げようとした俺達だ。お前は俺達を外道と憎んで罵倒する正当な権利がある」

 

「そんな……」

 

 なんとも複雑な気分で押し黙るシスティーナ。

 

「だが、今はそれよりも恥の上塗りで言うが…帝国軍法第六章、緊急特例四号条項に従い――…いや、無粋だな。フィーベル、頼みがある。力を貸してくれないか?」

 

「わ、私……ッ!?」

 

「既に状況は詰んでいると考えていい。王女の命は既に敵の手中にある。最早、俺達だけではどうにもならん。覆すには…お前の力が必要だ」

 

 途端、システィーナの身体が震えてくる。この状況でアルベルトに協力するということは…まず、間違いなく戦いに巻き込まれる、ということだ。

 

 天の智慧研究会の外道魔術師との、壮絶なる戦いに…命のやり取りに……

 

「無論、お前の任意だ。強制はしない。俺は手持ちのカードで最善を尽くすだけだ」

 

 恐怖が、緊張が、焦燥が、システィーナの身体を支配していく。

 

 以前もこんなことがあった。アルベルトに助力を要請されて――

 

 あの時は、身体が震えて、泣いて喚いて、まったく動けなかったが……

 

 でも、今は。

 

「……わ、私に、できることがあるんですね……?」

 

「そうだ」

 

「だったら…ッ!わかりました…や、やります!私にできることを……ッ!」

 

 がくがくと膝を笑わせながらも、システィーナは真っ直ぐアルベルトの目を見て…震える声でそう言い切ったのであった。

 

「”士別れて三日なれば刮目して相待すべし”――当方の諺だが…成る程。確かに」

 

 アルベルトは、その常に他人を拒絶するかのような氷の表情を、その時だけはほんの微かに緩めて…踵を返して会場へと向かう。

 

「……行くぞ。ついて来い」

 

「アルベルトさんッ!?で、でも、私は一体何をすれば……ッ!?」

 

 慌ててその背を追うシスティーナ。

 

「フィーベル。お前は、シルフ・ワルツの八番は踊れるな?」

 

「……え?シルフ・ワルツ…八番……?」

 

 そして、アルベルトのあまりにも意味不明な言葉に、システィーナは眼を瞬かせた。

 

 

 

 

 

「クソ、なんでこんな時に嫌な予感が当たるんや……」

 

 アルザーノ帝国魔術学院敷地内にて。

 

 ジョセフ達は正門近くでジープを停め、現在学院会館に向かっている。

 

 全員それぞれにはライフルを構えている。

 

 これからルミアを救出するため、敵を射殺するため…ではなく弾倉内には非殺傷弾が装填されているピダーセン・カートリッジをボルトと交換していた。

 

 ピダーセン・カートリッジ。一人当たりの火力を向上させるために、白兵戦にも対応できるように開発されたこのカートリッジは、一発撃ったらその度ボルトを引いて銃弾を再装填しなければいけないのに対し、ピダーセン・カートリッジはボルトと交換することにより、ボルトアクションライフルは、半自動小銃に手軽に変わってしまう優れものだった。

 

 因みに、なぜ非殺傷弾なのかと言うと。

 

「会場の中には、幼馴染がいるんや。殺したくないし、死なせたくない。それだけじゃない、あそこにはうちのクラスメートがいるんや。だから――」

 

 ジョセフが必死の形相でフランクに懇願していたからだった。過去の戦争のことを知っていたフランク達は、それで非殺傷弾に切り替えたのだ。

 

 ただ、ザイードを無力化するためにカートリッジの下には実弾が装填されていた。これでカートリッジからボルトに交換する時、弾倉内に銃弾を装填せずに射撃可能な状態にできる。

 

 学院敷地内はすでに深夜なのか、静まり返っていた。灯かりも学生会館には明かりが漏れているが、それ以外は真っ暗だといってもいいぐらい暗かった。

 

 やがて一同は学生会館に着く。中はまだ演奏中だ。

 

 ジョセフ達は事前に精神防御をかけて敷地内に入ったが。

 

「これは…ジョセフの言う通り、確かに気味が悪いわね」

 

 扉から漏れ出てる曲を聴き、ダーシャが顔を顰めながら呟く。

 

「配置についた。お宅らは今どうなっている?」

 

 フランクが通信でアルベルト達に問いかける。

 

『着いたか…わしらは今、≪星≫の合図待ちじゃわい。グレ坊と王女の意識を取り戻さなきゃならんからな』

 

『ええ。そちらは、今どこに?』

 

「正面の扉に待機している。お宅らの合図で俺達も突入する」

 

『了解。じゃが、誰も殺すんじゃないぞ?ザイードはなんとしても捕らえたいし、他の連中は操られている。殺したら、グレ坊がそれを許すまいて』

 

「了解。合図があるまで待機する」

 

 そう言って通信を切ると、ジョセフ達に待てと手信号で伝える。

 

 ジョセフ達はそれを見て、頷くのであった。

 

 

 

 

 

 

 






今回はアイオワ州です。

人口315万人。州都はビスマーク。主な都市はファーゴ、ビスマークです。

愛称は鷹の目の州です。29番目に加入しました。

アイオワの意味は、インディアン部族の言葉で「眠たがり」という意味らしいです。

アイオワ州法によってアメリカ合衆国大統領選挙の前哨戦である大統領候補指名党員選挙を、全国に先駆けて行うことが定められています。そのため、アイオワ州は大統領選挙の際は世界的に注目されます。

なお、アイオワ州党員選挙にて敗北した候補者が大統領に就任した例は少なく、「アイオワを制する者が大統領選挙を制する」とまで言われています。

元々、アイオワ州や五太湖や中北部、中南部の大部分はフランスのヌーベルフランス、もしくはフランス領ルイジアナという植民地に属していましたが、ナポレオン戦争中、アメリカがルイジアナを買収したことにより、アメリカ領となりました。


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