ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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74話

 指揮者の指揮棒がゆらゆら動いている。

 

 それに合わせて、楽奏団が一心不乱に演奏してる。

 

 そして、今夜の出席者達が皆、踊っている。

 

 優雅に、しなやかに――

 

 ふわり、ふわりと、今宵の最後となるはずのダンスを踊る――

 

 最後の余韻溢れる雰囲気が、きっとそうさせたのだろう。

 

 グレンとルミアのダンスをじっと見守っているうちに…会場中の人々が、誰からともなく、自然に隣人の手を取り合って…一組、また一組と踊りだしたのだ。

 

 今は、会場中全ての人間が、手と手を取り合って踊っている。

 

 来賓も、運営側の人間も、誰も彼も例外なく、音楽に身を任せ踊っている。

 

 皆一様に、ゆらゆらと揺れるように、音楽に身を任せている。

 

 なんという心地良さ、なんという一体感。

 

 まるで会場中の人々の心が一つに溶け合ったかのよう。

 

 今宵は――間違いない。

 

 全ての参加者にとって、人生最高の夜に違いなかった――

 

(……おかしい)

 

 グレンはルミアのダンスをリードしながら、心の奥底で微かな警鐘が鳴っているのを感じていた。

 

(……何か…おかしい……)

 

 それは、いつ頃から、グレンの心を支配していただろうか?

 

 ごくごく最近だったような気がする。よくよく考えてみれば…今夜の社交舞踏会が開始された時点から、そうだったような気もする。

 

 どこか、意識に一枚膜が張ったような感覚。熱に浮かされたかのような夢心地。

 

 それはあまりにも心地良くて…思考に靄がかかっている。

 

 だが、会場を支配する楽曲だけは、グレンの心に深く、深く入り込んでくる――

 

(……具体的に何がおかしいのか…さっぱりわかんねえけど…でも、やっぱり、何かおかしい…一体…何が……?)

 

 グレンはダンスの振り付けのまま、すっとルミアを引き寄せる。

 

 グレンに身を預けてくるルミアは、やはり夢見るように蕩けた表情だ。

 

 そして、伝統の『妖精の羽衣』姿のルミアは――本当に夢のように美しかった。

 

(……まぁ…いいや…どうでも……)

 

 きっと、酔っているのだろう。

 

 この会場の雰囲気に。この会場を支配する音楽と舞踏に。

 

 そして――この腕の中の美しい少女に。

 

 皆が皆、等しく酔っているのだ。

 

 だって、ここは、まるで夢の中の楽園そのものではないか――

 

 いつまでも、この心地良い陽だまりのような世界に身を任せたい。

 

 このままずぶずぶとこの世界に沈んでいきたい。

 

 グレンの心の奥底の警鐘とは裏腹に、自然にそんな気分が浮かんできて……

 

 グレンが、全ての思考を投げ出して、この世界に身を委ねようとした……

 

 その時だ。

 

 

 

 ぴしり、と。

 

 

 

 視界の端に、グレンの胡乱な意識を突く、不快な何かが写った。

 

 遠くにあってなお、強烈にグレンの視界の端に焼け付く銀色――

 

「………?」

 

 グレンがその意識の不快感を覚えた方向を見やる。

 

 その視線の先――会場の隅の方で。

 

 なぜか、システィーナとアルベルトが――手を取り合って、ダンスをしていたのだ。

 

 その姿が、妙に、グレンの心をざわつかせる。

 

 心地良いぬるま湯にどっぷりと浸かったグレンの心に、水を差す。

 

 なにせ――

 

(お前ら…なんで、シルフ・ワルツの八番なんて…踊ってんだ……?)

 

 そう。今、会場を支配しているのは『交響曲シルフィード第七番』。

 

 ゆえに、システィーナ達のその動きの不協和音ぶりといったら、ない。

 

『先生、今すぐシルフ・ワルツの第八番を踊ってください!≪星≫さん達がやっているように。早くッ!』

 

 そして耳に仕込んでいた、ジョセフから貰った、通信機からジョセフのまくしたてたような声が聞こえてくる。

 

(ジョセフ…?お前まで…一体…なんなんだ……?)

 

 目障りすぎるし、耳障りすぎる。おまけにシスティーナの銀髪は目立つのだ。どうしても無視できない。

 

 あいつらは完成され、一体化したこの世界を蝕み、破壊する癌だ――

 

(やめろ…やめてくれ…ッ!この心地良い世界を…一体化した世界を壊すな…乱すな…やめてくれ…ッ!頼む――)

 

 だが。

 

『先生ッ!今すぐ八番を踊ってくれやッ!でないと、アンタがルミアを殺しちまう。先生が、皆が浸かっている世界は楽園でもなんでもない、楽園という名の地獄やッ!せやから、早く踊ってくれッ!』

 

(――違う…そう、じゃねえ…そうじゃねえだろ、グレン=レーダス……ッ!)

 

 胡乱の海に沈みかけていたグレンの意識が、その不協和音と通信機から聞こえてくる声に、微かに浮上する。

 

 ルミアをよく見る。ルミアは頬を赤らめ、穏やかな笑みを浮かべてはいるが…完全に、意識此処にあらず、心此処にあらず、だ。

 

 見渡せば、会場中の人間がそう。

 

 一心不乱に踊る人間も、一心不乱に楽器をかき鳴らす楽奏団も。

 

 やはり…何か、様子がおかしい。

 

「お、おい。何か様子がおかしいぞ……?彼女はなんで突然私の手を…?何が起きてるんだ?おい、マクシミリアン、何か答えてくれ…マック……ッ!?」

 

 ただ一人、連邦の外交官だけはなぜか意識をはっきりしているらしく、突然のダンスに困惑している。

 

(……考えろ…考えるんだ…何がおかしいんだ…?くそ、わからねえ…俺達はただ、社交舞踏会を楽しんだだけじゃねえか…音楽とダンスによる一体感で生み出された、最高の夜だ…なのに、何がおかしいっていうんだ……?)

 

『先生ッ!エレノアの言葉を思い出してくださいッ!このままだと、拙いですってッ!』

 

 

 

 

 

 ――きっと、『妖精の羽衣』が彼女の美しき死装束となることでしょう――

 

 

 

 ジョセフの言葉で、不意に、エレノアの台詞が蘇る。

 

 

(そうだ…あれは…一体、どういうことだ……?)

 

 そもそも、おかしいといえば、あの台詞からして、おかしかったのだ。

 

(……なんで『妖精の羽衣』がルミアの死装束になるんだ?ルミアが『妖精の羽衣』姿になるには、決勝戦を勝たなければ…要するに、社交舞踏会が終わりに近づかなければ…ルミアが『妖精の羽衣』姿になることは、決してない……ッ!)

 

 つまり、それまでは安全…ルミアを『暗殺』する予定はなかったということになる。

 

 なんだ?社交舞踏会の最初と最後。その二つで一体、何が違う?

 

 別に『暗殺』をするならば、どのタイミングでもいいではないか。

 

 むしろ、終了間際など、もっとも警戒され、『暗殺』しにくいタイミングだ。

 

 なんで、わざわざ社交舞踏会が終わりになる頃まで、待たなくてはならなかった?

 

(その始まりと終わりでもっとも違うことといえば…それはその場の雰囲気だ……)

 

 今までの魔術学院の歴史の中でもあり得なかったらしいくらいの、この盛況ぶり。

 

 その空気は、舞踏会が開始され、時間が経つほどに、際限なく醸成されていった。

 

 なら。その雰囲気を醸成したものといえば、なんだ――?

 

 

 

 

 ――王女の命運を握るもの、それは…”目で見れば五つの階段であり、目を瞑れば概ね八つの階段であります。沿って走れば、その幽玄なる威容に、人は大きく感情を揺さぶられることでしょう”…そのこころは――?

 

 ――先生、あの曲は聴いていたら気味悪いんです。何か操られそうな感じでしたし――

 

 

 

 

(……、……、……まさ、か……?)

 

 不意に、グレンの思考の片隅で、閃光のように弾けた一つの答え。

 

 信じられない。信じられないが…そう、としか思えない。

 

(なら、そうか――あいつらが、あえて不協和音の八番を踊っている意味は――ッ!?)

 

 グレンがシルフ・ワルツ八番の裏に隠されたメッセージに、不意に気づいた、その瞬間だった。

 

 指揮官が――高々と指揮棒を振り上げた。

 

 それに応じ、楽奏団が激しく力強く楽器をかき鳴らし、一層、演奏を盛り上げる。

 

 楽曲の緩急の境目だ。これまでの落ち着いた雰囲気から一転し、一際強く盛り上がる曲調となり――会場の雰囲気が一変した。

 

(――ッ!?)

 

 不意に、グレンの身体がぐんと引っ張られるような感覚を覚えた。

 

 まるで、見えない糸で全身を雁字搦めに搦め取られ、それに引っ張られ、操られ、自分でも気づかないうちに、ジョセフの言う通り、楽しく、一心不乱に踊ることを強要されているような――そんな不快感。それこそが――グレンの覚えていた、違和感の正体。

 

 アルベルト達の八番を目にしてなかったら、この会場の雰囲気と気分に流されて、その正体に気づくこともなく、身を任せていただろう――

 

『シルフ・ワルツ八番を踊れッ!グレン=レーダスッ!』

 

(――ち、く、しょお……ッ!?)

 

 ジョセフの怒声でやっとはっきり自覚した今ですら、この空気に身を任せたくなる心地良い衝動。

 

(……た、頼む…セラ……ッ!俺に力を……ッ!)

 

 たん、たたた、たん。

 

 グレンが不意に、シルフ・ワルツ七番から転じ、別のステップを踏み始める。

 

 かつて≪風の戦巫女≫セラ=シルヴァースから伝授された、そのシルフ・ワルツ八番に酷似したその独特のステップは――

 

 だが、不意に、ルミアが猛烈にグレンを引っ張り、グレンのステップを乱す。

 

(な――ッ!?)

 

 なにせ、ルミアは淡々とシルフ・ワルツ七番を踊っているままなのだ。

 

 グレンが違うステップを踏めば、当然、挙動が噛み合わず、合わせて踊るルミアはグレンを引っ張てしまう形になる――

 

 だが、ルミアのその力は異常だった。

 

 男のグレンが、か細い少女であるはずのルミアに、完全に力負けしているのだ。

 

 そうしている間にも、グレンの心に侵食してくる会場の空気――

 

 もう、このまま、全てを投げ出して、この蕩けるように心地良い空気に、身を――

 

(く、そ、がぁあああああああああああああ――ッ!?)

 

 ――身を任せるぎりぎり一歩手前で踏みとどまり、グレンは強引にルミアを抱き寄せ、ルミアを振り回す形で、強引にセラのステップを踏んでいく。

 

 その瞬間――

 

「……ッ!?せ、先生!?」

 

 不意に我に返ったルミアが驚愕の表情で、グレンを凝視する。

 

「適当に俺の動きに合わせろ!いいなッ!?」

 

 戸惑うルミアを置き去りに、グレンがステップを踏み、独特なダンスを展開していく。

 

 シルフ・ワルツ七番で完成された会場に、グレンが刻むイレギュラーなダンス。

 

 それは、この会場に堅牢に構築された異界から、グレン達を守る結界となって――

 

 そして――

 

(間、に、合、えぇえええええええええええええええええええええ――ッ!)

 

 

 

 

 

 ――。

 

「演奏が終わった……?」

 

 会場の入り口で待機しているジョセフは、楽曲の終焉を確信する。

 

 だが、違和感はかなりあった。

 

 あれほどの賑やかな喧騒は、どこへやら。

 

 しん、と水を打ったように静まり返った会場。

 

 そこに通信機越しにグレンの荒い息が響き渡っていた。

 

「……ったく、心配かけさせやがって……」

 

 なんとか、意識を取り戻したグレンに、ジョセフは安心したかのように深いため息を吐く。

 

 これで、グレンがルミアを絞め殺すことは阻止できた。

 

 だが、まだ安心はできない。なぜなら、グレン達はなんとか脱っすることが出来たが、アルベルト、システィーナ、特務分室、デルタ以外の連中は――

 

「お?おっちゃんじゃん」

 

 振り向くと、そこには、≪隠者≫のバーナードと≪法皇≫のクリストフ、そして、リィエルがいた。

 

 リィエル以外はこうして顔を合わせるのは初めてだった。

 

「≪隠者≫と≪法皇≫ですか…こりゃまた、年の差がすごいもんで……」

 

「ふん、悪かったのう。これでも、わしはまだピチピチじゃわいッ!」

 

「「「「…………」」」」

 

「いや…おぬしら、そんな冷たい目で見るのやめてくれんかの……?」

 

 バーナードに突き刺さる冷めた視線。

 

「にしても、ようザイードが指揮者だってことがわかったのう。どうしてじゃ?」

 

「実はグレン先生と密かに連絡を取っていたんです。≪魔術師≫にバレないように」

 

 バーナードの問いに、ジョセフが答える。

 

「マジか!?うっはぁ~、それでか!?イヴちゃんの目をすり抜けるなんざ流石連邦じゃわい」

 

「だから、手口がわかったんですね…道理で」

 

 バーナードが驚愕し、クリストフは感心したかのように呟く。

 

「にしてもこれ、中にどんくらい人がいるんです?」

 

「まぁ、こんくらい広いとなると…数えきれないですね」

 

「……ですよねぇ」

 

 突入した時の光景を想像しながら、ジョセフはげんなりする。

 

(恐らく、先生達と外交官以外は全員、ザイードの支配下にある…カッシュもギイブルもウェンディも……)

 

 操られているグレン達以外のクラスの生徒達、関係者の状態を推測する。

 

(先生達が、突破するにはこれら全員の動きを封じる以外にない…だが、どうやる?)

 

 扉の向こう側から男の声――本物のザイードの声が聞こえてくる。

 

 ジョセフのほぼ推測通り、編曲したのはザイードであったこと。

 

 第八番を抜かしたのは、会場に仕掛けられた罠が、精神支配系の魔術なら、八番を踊った方が有効だということを懸念してのことだったこと。

 

 そして、これは『魔曲』という音楽に変換した魔術式で他人の心を掌握し、他人を操るという古代魔法――形はないが、魔法遺産の一種だとシスティーナが口を挟んでいる。

 

(なるほどな。一見突拍子もないことだが、魔術は『原初の音』に近い響きを持つ言語で深層意識野を改変、つまり音で自身の心に働きかけることで現実の法則へ介入する技術…音楽で人の心に働きかける魔術は、普通の魔術よりよほど魔術の原理に近い、魔術らしい魔術や)

 

 しかし、『魔曲』は通常の魔術が特殊な呪文発声術を必要とするように…こちらも特殊な演奏法が必要であるということ。

 

 それを、ザイードは右手の指揮棒で楽奏団を指揮することにより、その特殊な演奏法を、無意識の内に楽奏団に暗示か、催眠術か、それとも指揮棒で何らかの機能を持った魔導器なのかはわからないが、引かせることができるのだろうとアルベルトが言う。

 

 そして、ザイードは自身の家は代々、密かに『魔曲』の秘儀が石に刻まれた楽譜の魔法遺産という形で受け継がれており、その魔術理論的な理屈は分からずとも、その使い方・運用方法だけは、相当に研究され尽くしていたこと。

 

 ザイードの一族はおそらく、古代文明の時、当時の王朝の宮廷音楽家みたいなことをやっていたのかもしれない。

 

 そして、ザイードは七つの『魔曲』を奏でることで、その場にいるすべての人間の意識と記憶を掌握でき、それで『暗殺』をしてきたと手口を明かす。手口を明かすあたり余裕であり、事実、今はザイードが有利な状況だった。

 

(やっぱり、その方法で行っていたか……)

 

 ジョセフの推理通りだった。

 

 ザイードの術が決まってしまえば、その瞬間、暗殺は成功したにも等しい。

 

 自分で殺るか、操った連中で殺るか。その時の状況次第だ。

 

 これが、ザイードの暗殺手段。

 

 被害者の死因が一定していない原因。

 

 こそこそと密かに隠れ偲んで、隙をついて行う、それが暗殺。

 

 その常識と先入観を根底から覆す、大胆極まりない一手、だが、立派な暗殺であった。

 

(ん?待てよ?意識を支配することができるっということは……)

 

 ジョセフはまさかのことに冷や汗をかく。

 

 それが本当なら――

 

「なぁ、ジョセフ。これ、魔術は使えるのか?」

 

 後ろでティムが問いかける。

 

「……いや、無理です」

 

「なぜ?」

 

「ザイードは意識を支配することができると言いました。もしもう一回、それも一瞬の演奏をすれば、深層意識野を『魔曲』に支配されると思います。その状態で行使したら、何が起きるのかわかりません」

 

「マジかよ…じゃあ、こいつらには……」

 

「銃で対抗するしかありません。幸い、操られている人達も、魔術が使えないと思います」

 

 その瞬間、演奏を再開したのか、音が聞こえてくる。

 

「現に、≪星≫さんはまったく【ライトニング・ピアス】などを撃っていません。恐らく、深層意識野が支配されているのかと……」

 

 そうジョセフが言った、その時。

 

 扉の向こうから大勢の足音が聞こえてくる。音からしてグレン達に向かっているのは明らかだ。

 

「おいおい、このままじゃマズいぞッ!そろそろ突入した方が――」

 

「待て…まだ、合図はなっていない」

 

 焦るティムにフランクが待つよう指示を出す。

 

「≪隠者≫さん。これ、なんとかできます?」

 

「心配するな、ジョセ坊。こんな時のために事前に用意しとるわい」

 

「ジョセ坊って……」

 

「ま、合図があったら、扉を開けてくれ。後はわしがなんとかする。その後は皆でグレ坊達の援護じゃ」

 

「了解、了解。じゃ、俺が扉を開ける。おっさんが仕掛けた後、俺達は非殺傷弾でトリガーハッピーや」

 

 作戦を立てて、フランクは扉の前に立ち、構える。

 

 そして――

 

 ピュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ――ッ!

 

 耳をつんざくような甲高い音が会場に響かせていた。

 

「今じゃ!開けい!」

 

「どぉりゃぁああああああ――ッ!」

 

 バーナードの合図で、フランクが思い切り扉を蹴る。

 

 バァンッと、扉は勢いよく開く。

 

「ふむ?よし、大体、あの辺りじゃな?おっけ、把握」

 

 じゃきん、と撃鉄を引き上げる音が鳴り響き――

 

「さーて、このクソったれな演奏が、深層意識を侵食して、魔術起動を妨げるっていうなら――『この演奏を聴く前に成立させた魔術』には問題ないはずじゃのう!?」

 

 銃声、銃声、銃声、銃声。

 

 前方に展開したジョセフ達の後ろから、爆ぜる火薬の炸裂音が四つ響き渡り――

 

 ずん!グレン達を取り囲んでいた四方の生徒達が、まるで突然、その両肩に重荷でも載せられたかのように、くず折れて、その場に両手両膝をつく。

 

 そして、ポイ捨てされたマスケット銃――連邦軍ではとうの昔に廃れている――が、がしゃがしゃ床を叩く音が響いた。

 

 会場の人間の過半数が動きを封じられて膝をついたことで視界が開け、グレン達から見たら、入り口に八人組の姿が、ジョセフ達には中央舞台に四人組の姿が目に入る。それと端には連邦の外交官の姿も。

 

 その姿は――

 

「じじい!?クリストフ!?リィエル!?あと、ジョセフと…残りは誰だ!?」

 

「先生!早く、こっちへ来てください!援護します!」

 

「こっちです!外交官」

 

「今じゃ、グレ坊ッ!こっちへ来い!今は逃げるぞッ!こんなこともあろうかと以前、わしが作った特性『重力結界弾』が効いているうちになッ!」

 

「……いえ、その『重力結界弾』を実際に作成したのは僕なんですけど……」

 

 グレンに叫びながら援護射撃するジョセフ。外交官を確保し、入り口まで逃げるホッチンズ。

 

 四人の援護射撃で立っている残りの生徒達の意識を刈り取り、眠らせる。

 

 一方、後ろではどや顔のバーナードがマスケット銃を構えている隣で、クリストフが小さく嘆息する。

 

 恐らく暴徒鎮圧用の重力結界なのだろう。着弾位置を中心に、円形結界を展開し、その内部を超重力で押さえつける。殺傷力はなく…生徒達の動きを封じるには十分だ。

 

「だが、周囲の重力結界に囲まれてんだぞ!?重力下での訓練を受けた俺達ならともかく、白猫やルミアがこれを突破なんて不可能――」

 

「私は大丈夫よ、先生っ!これを見越して、ここに来る前に重力操作の魔術で、体重を十分の一にしてあったから!ルミアは――」

 

 と、システィーナが叫ぶと。

 

 リィエルが重力場などものともせず、強引にこちらへ単身突っ切ってくる。

 

「ルミア、助けに来た!」

 

「あ……」

 

 リィエルは、ルミアをかっさらうように抱き上げて、反転――

 

「いいいいいいやぁああああああああああああ――ッ!」

 

 裂帛の叫声と共に、そのまま重力場をものともせず、入り口まで走っていく。そこに小細工など一切ない。ごり押しで力づくの突破であった。

 

 そんなリィエルに、予め体重を落としていたシスティーナが身軽についていく。

 

「……マジかよ」

 

 リィエルの馬鹿力に驚くジョセフ。

 

「……ははは、すげぇな、あいつら……」

 

 苦笑いで呆れるグレンに。

 

「退くぞ、グレン。≪魔の右手≫のザイード…奴とは仕切り直しだ」

 

「あ、ああ……」

 

 重力場の中を、這いながら迫ってくる会場中の人間達を背に、グレンとアルベルトは特殊な体術を駆使し、結界と結界の境目を抜け、会場から脱出する。

 

「よし、全員来たな!アンタらは先に行けッ!俺達は応戦しながら後退する」

 

 グレン達が会場から脱出した後、ジョセフ達は、応戦しながら後退し、脱出する。

 

「ふん…逃げたか」

 

 まんまと獲物に脱出されたというのに、ザイードは余裕を崩さない。

 

「だが、逃げ場はすでにない…今や人が存在する場所は、全て私の支配領域なのだ」

 

 ザイードが指揮棒を振り上げ、グレン達の後を追う。

 

 背後の楽奏団が奴隷のようにザイードに付き従って歩き始め…よりいっそう、呪われた演奏を展開し始めた――

 

 

 

 

 






ここまででよかろう。

凄く長くなってるぅ~~~……

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