ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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75話

 

 

 

 学院敷地の東端。敷地をぐるりと囲む鉄柵付近に植林された雑木林の中にて。

 

 会場から辛うじて逃れた一同は、その暗がりの中で息を潜めていた。

 

「ふぅ…とりあえずはなんとか撒いたようじゃが……」

 

「まずいですね。学院内の人間は皆、『魔曲』の支配下に置かれているみたいです」

 

 茂みの陰に身を潜めながら、クリストフが雑木林の外の様子を窺う。

 

 外は、人形のように虚ろな表情の学院関係者達がひっきりなしにうろうろしている。

 

「学院内は、最早、完全にザイードの領域ですね」

 

 こんなに遠く離れているというのに、微かだがしっかりと聞こえてくる『魔曲』の演奏に、クリストフが顔をしかめた。どうやらただの『音』ではないらしい。

 

「どうしますか?やはり…学院敷地内から町の方へと逃げますか?」

 

「……いや、どうも完全に『魔曲』の支配下に置かれた楽奏団の奏でる『魔曲』の威力は、それまでと比べて段違いに強いようだ」

 

 先程、瞬時に己が魔術を『魔曲』に封じられた記憶を振り返り、アルベルトが言う。

 

「となると、今、奴の【呪われし夜の楽奏団】を町の外へ出せば、たちまち町中の人間が奴の支配下となり、完全に詰みになるのか…うっへぇ下手したら、完全武装の海兵隊とドンパチする羽目になるぞ、それ」

 

「奴と決着をつけるなら、ここ学院敷地内しかないってことかのう……」

 

 難しい表情で、バーナードが眉間にしわを寄せる。

 

「そうなるでしょうね…しかし、あの『魔曲』の演奏が届く限り、私達は殆どの魔術を封じられています。そして、今はまだ会場突入前に施術した精神防御が効いていますが…それも、時間の問題…早く手を打たないと、そのうち、私達デルタのようにしっかりとした精神防御はともかく、急造の精神防御しか施していない特務分室の皆さんは『魔曲』に意識を乗っ取られてしまいますわ」

 

「ぐっは、それは地獄になるわ……」

 

「……ん。つまり、考えても仕方ない」

 

 リィエルががしゃりと大剣を肩に担いで、ずかずかと雑木林から出ようとする。

 

「……突貫する!」

 

「するな」

 

 暗がりの月明かりの下へ、リィエルが飛び出した瞬間、アルベルトが手を伸ばして、リィエルの尻尾のような後ろ髪を引っ掴み……

 

 ぐいっ!と引っ張ると、軽いリィエルの身体が、まるでヨーヨーのように茂みの中へ、びゅんっ!と引っ張りこまれた。

 

 デルタの五人は見つかったのではないのかと思い、ライフルを構える。

 

「え、ちょ…み、見つかってない!?今のセーフかの!?なあ!?」

 

「い、いえ…幸運にも大丈夫だったみたいですが…あ、危なかった……」

 

 引きつった表情で、ほっと冷や汗を拭うバーナード&クリストフであった。

 

「ねぇ、ジョセフ」

 

「……≪戦車≫のリィエルか……?」

 

「何時もあんな感じなの?」

 

「思い立ったら、まずは突貫だからなあいつは……」

 

 そのリィエルを見て、ジョセフに聞くダーシャに、ジョセフは呆れながらそう言う。

 

 そんな、結構ぎりぎりだった状況とは裏腹に……

 

「ぐすっ…ひっく…うぅ……」

 

 少し離れた場所では、ルミアが声を押し殺して、静かに涙を流していた。

 

「な、泣くなよ……」

 

「ルミア……」

 

 そんなルミアの姿に、グレンもシスティーナもおろおろするしかない。

 

「そりゃ、せっかくの社交舞踏会を台無しにされて悔しいのはわかるが……」

 

「……違うんです。私の…私のせいなんです…全部……」

 

「はぁ?」

 

「本当は…私、薄々わかってたんです。先生が私に何か隠そうとしてるって…きっと社交舞踏会の裏で…私達のために…何かを為そうとしているんだって……」

 

 ルミアが泣き声でそう呟いた瞬間、グレンが呆気に取られて硬直する。

 

「でも…私、先生に甘えてしまいました…気づかないふりをしてしまいました…先生なら、きっといつものようになんとかしてくれるだろうって…先生が私に何も打ち明けないなら、きっと大丈夫、私が口を挟む問題じゃない、それでいいんだって……」

 

「ルミア…お前……」

 

「だって!」

 

 ルミアは涙に濡れた目で、必死にグレンを見上げてくる。

 

「ずっと…ずっと、楽しみだったんです…ッ!先生が強引に私を誘ったのが切っ掛けだったけど、それでも今日という日が楽しみだったんです…ッ!子供の時から憧れてた夢が…どうしても諦めきれなかった…ッ!何かあるのかもしれないけど、先生ならきっとなんとかしてくれるって…そう思いたかった……ッ!」

 

 グレンは嗚咽しながら告解する少女をただ、黙って見下ろすしかない。

 

「私は…廃嫡された王女です…いつ、この国から切り捨てられてもおかしくありません…いつ、敵の組織に殺されてもおかしくありません…だから…いつかやってくるその時、後悔しないように…ああ、短かったけど素敵な人生だったなって、笑えるように…ただ、思い出が欲しかった…先生と、システィと、リィエルと…クラスの皆と…心の中で輝く宝物のような思い出が欲しかった……」

 

 ルミアの悲痛な独白に、その場の誰もが言葉を失うしかない。

 

 ただ、一人を除いて。

 

「でも…私は――」

 

「……それすら望んではいけなかった…なんて言ったら、ぶん殴るぞ、ルミア」

 

 ルミアの言葉を遮ったのは…ライフルを雑木林に向けてままのジョセフだった。

 

「ジョ、ジョセフ、君……?」

 

「ったく、お前、先生の意地っ張りぶりを甘く見過ぎだっつーの。もし、お前が社交舞踏会中、何か問い詰めたとしても…先生はどーせ最後まですっ惚けてたよ。そうするって心にきめてたんでしょ、先生?」

 

「あ、ああ……」

 

「それに、楽しみやったんやろ?邪魔されたくなかったんだろ?それの何が悪いんや?そんなの望むことが罪なら…俺はどうなるんやって話。詰んだ人生送ることになるわ。そんな世界、滅ぼしちゃる」

 

 ジョセフがそう言い切ると、グレンはため息を吐き、ぽんとルミアの頭に手を載せ、微笑みながら、優しく言う。

 

「ジョセフの言う通りだ。望むことが罪なら、そんな世界は狂ってる。滅んじまえ。それに、言ったろ?俺はお前の味方だって。世界中がお前の敵になっても…俺は、俺だけはお前に味方してやるって。なんつーか、お前は生い立ちのせいか、狙われている立場を気負っているせいか、普段から無理して物分かりよく振る舞いすぎてんだよ……」

 

「……ッ!?」

 

「ま、たまにはそんな可愛い我が儘もありだ。そもそもお前はまったく、なーんにも悪くねぇし。お前は、俺達大人の不甲斐なさと敵組織の空気読めなさを憤慨してりゃ、それでいいんだよ…だから、泣くな…お前が責任感じる必要は何一つねえんだよ……」

 

「せ、先生…う、うぅ…うわぁああああん……」

 

 ルミアはグレンに抱きつき、幼子のように泣いた。

 

「……はは、大人びちゃいるが…まだまだ、ガキだな」

 

 グレンはそんなルミアの頭を優しく撫でるのであった……

 

 そして。

 

「つか、美少女にあんなふうに泣きつかれるとか、マジで羨まし過ぎるんじゃけど?撃っていいかの?なぁ?あやつ、撃っていいかの?」

 

「バーナードさん…空気読みましょうよ……」

 

 ジト目でグレンに銃を向けるバーナードを、クリストフが苦笑いで宥め――

 

「ジョセフ?女の子にぶん殴るなんて言っちゃダメよ?」

 

「……はい。すんませんでした……」

 

 ダーシャのどす黒いオーラの前に、ジョセフは縮み込む。

 

 そんなバーナード達に、グレンが振り返り、どうどうと言い放つ。

 

「さぁて、お前ら。いっちょ、やってやろうぜ!我らが姫君はハッピーエンドがお望みだとよ?支配された連中を一人残らず、傷つけることなく、ザイードを討つ」

 

「かぁ~~ッ!可愛い女の子の前だとすぐこれじゃ!現金なやつ!」

 

「ははは、簡単に言ってくれますね、先輩。わかってるんですか?僕らはすでに敵の術中ですよ?一体、どうやって?」

 

 だが、バーナードもクリストフも、その答えはわかってると言わんばかりの表情だ。

 

「決まってるだろ?あおつらえ向きに、敵はどっかの誰かさんと似たような戦法なんだ…なら、やることなんて決まってるさ」

 

 そして、グレンは腕組みをして押し黙っていたアルベルトの方を向いた。

 

「おい、やるぞ?アルベルト」

 

「是非も無い」

 

 そして、二人は傍で見ている者には不思議なやり取りを始める。

 

「で、どこからやる?」

 

「フェジテ南東のグレンデル時計塔の上からならば、学院の敷地内をほぼ一望できるだろう。あくまで『音』という特性上から予想される『魔曲』の効果範囲、そして現在地点から移動にかかる時間も計上すれば、其処が一番現実的だ」

 

「なら、俺は北の迷いの森だ。多分、アウストラス山の南側の斜面のどっかになる。きっとお魔側からも見えるはず。問題は距離だが――いけるか?」

 

「……誰に物を言ってる?」

 

「はは、違ぇねえ」

 

「この状況で適任の相方は…フィーベルか。借して貰うぞ。使い物になるのか?」

 

「それこそ誰に物言ってんだよ?俺の自慢の教え子だぞ?」

 

 そして、グレンは不敵に笑い、アルベルトは素っ気なく鼻を鳴らした。

 

「……そういうことか」

 

「どうやら…話はまとまったようじゃの」

 

「そうですね。僕らはグレンさん達のフォローに全力で回りましょう」

 

「ん。わたしにはよくわからないけど」

 

「いや、わからないんかい……」

 

「ああ、俺もわからん」

 

「でしょうね……」

 

 不敵に笑うジョセフと、訳知り顔でバーナードとクリストフが頷き…リィエルがきょとんと頷き、フランクが突っ込み、ティムは爽やかに思考を放棄し、ホッチンズが呆れる。

 

「それと…ポルゴフ一等書記官は領事館に避難を。あそこなら安全ですので」

 

「わ、わかった」

 

 ダーシャの指示に、外交官――ポルゴフは頷く。

 

「え?わ、私も…?いや、そもそも貴方達は一体、何をするつもり……?」

 

 まったくわけのわからないシスティーナが一人、目を点にする。

 

 そんなシスティーナの両肩に、グレンが手を置いて、真摯に見つめる。

 

「いいか、白猫。俺達は――」

 

 だが、何かグレンが説明しようとした、その時だ。

 

 がさささっ!

 

 グレン達が潜む雑木林へ、ついに大勢の傀儡達が踏み込んで来て――

 

 身構えるグレン達に真っ直ぐ向かってくる。

 

「ちぃ――打ち合わせる時間すらくれねえか!?」

 

「え?え?え?」

 

「いいか、白猫、よく聞け!お前はアルベルトと行け!そして――」

 

 

 

 

「さて…どこに逃げようというのかな……?」

 

 夜の学院校舎内をザイードが悠然と歩く。その周囲を、楽器を構えた楽奏団が『魔曲』を演奏しながら取り囲み、ザイードについていく。

 

 そして、その音に引き寄せられ、続々と集まってくる学院内の生徒達。

 

 まるで東方で語られる百鬼夜行のようなその異形の光景。

 

 『魔曲』で支配した全ての人間が、ザイードの手足であり、目、そして人質なのだ。

 

 その『魔曲』の有効射程距離は、学院敷地内を全てカバーしている。

 

 いかなる策を弄しても、逃げ切れるはずがなく、負けるはずもない。連中が町の方へ逃げてくれれば、さらにしめたものだ。町中の人間を操って完全勝利だ。

 

 そして、そんなザイードの目達が、敷地の北の方で、とある集団を捉えた。

 

 校舎本館を挟んだ向こう側から、ざわりと微かな喧騒が聞こえてくる。

 

 支配した人間達の視覚を通して、グレン達がルミアを連れて猛然と走ってる姿が、ザイードの脳内に送られてくる……

 

「ほう?北…迷いの森へ逃げ込むつもりか?町へ逃げ込むより賢明だとは言えるが…馬鹿め、なんと往生際の悪いことよ」

 

 ザイードが指揮棒を振り上げる。

 

 それに誘導されるように、付き従う人間達が進路を変えた。

 

 

 グレン、リィエル、バーナード、クリストフの四人が、ルミアを守るように四方を固め、学院内の道を、北へ北へと駆けていく。

 

「先生!三時方向、数、四!」

 

 ジョセフは木の枝の上から、ザイードに操られた人間達の動きをグレン達に報告し、援護射撃している。

 

 特務分室がルミアの周辺の護衛に対し、デルタは射撃を活かしての、援護射撃。

 

 報告した後、ジョセフは素早く目の前の生徒を撃ち、意識を刈り取る。

 

 撃ち漏らした生徒達が、獣のごとき俊敏な動作で、散発的に襲い掛かってくるが――

 

「はぁあああ――ッ!」

 

 グレンが駆け抜けるままに、掴み掛かってくる生徒の腕を取り足を払って、転がし……

 

「ほいほいっと。すまんのう、若人諸君」

 

 バーナードが瞬歩で生徒の背後を取り、とんっと軽い手刀を首筋に打ち込んで、意識を優しく刈り取り……

 

「邪魔」

 

 リィエルが片手で軽く突き飛ばして、ぽーんと吹き飛ばす。

 

「ザイードがこちらに気付きました!追ってきます!」

 

 クリストフは、社交舞踏会が始まる以前から、学院敷地内に張っていた索敵結界に注力し、敵の様子を窺っている。

 

 ほとんどの魔術を封じられた今、予め学院敷地内に張っていたクリストフの索敵結界とホッチンズのドローンがグレン達の生命線だった。

 

『了解!こちらで出来る限り削る』

 

 デルタはグレン達に生徒が接近する前に、非殺傷弾を撃ち込んでいく。

 

『こちら≪ノースカロライナ≫。≪星≫とシスティーナ=フィーベル、ポルゴフ一等書記官は学院敷地内を脱出。ポルゴフ一等書記官は領事館に、残りの二人は時計塔に向かった。ノーマークだったことから、狙いはあくまで王女であるとみられる』

 

「了解した」

 

『そっか!そりゃありがてえなッ!そのまま監視頼むぜ、二人とも!』

 

「さらに二時方向、三人来ますッ!」

 

『あ~らよっとッ!』

 

 そんなこと言い合いながら、グレン・ジョセフ達はひたすら学院敷地内を、北の迷いの森を目指して駆け抜けていく……

 

「六時方向、四人…姉さん、手前二人を。俺は奥の二人を」

 

『了解。いつでも撃てるわ』

 

「3、2、1…お休み」

 

 三秒後に一斉に撃ち、四人の意識を刈り取る。

 

「ちょっと、数多すぎやしないかね?」

 

『ホンマ、一体、何人出席してんねんッ!?』

 

『そりゃ、これ、確か帝国政府の高官とかも来る大規模なパーティーなんだろ?って、さらに三人、来るッ!』

 

『だぁああああ――ッ!来過ぎや!もう閉店でございます、お客様ッ!』

 

 通信機越しにフランクとティムの声が聞こえてくる。

 

(確かに、これはちょ~っとヘヴィーだな…まぁ、連中はルミア狙いだからな……)

 

 ジョセフが内心、そう思っていた、その時。

 

『西、距離四百メトラ!敵影三、こちらに向かって真っ直ぐ進行中!このままだと約二分後に、第一種戦術距離まで接近しますっ!』

 

『おうおう、連中、来よったかいっ!まったく予想どおりじゃなあッ!』

 

 駆け抜けざま、踊りかかってきた生徒四人の意識を、舞い踊るように、手刀で刈り取りながら、バーナードが叫ぶ。

 

『残念ながら、ルミアちゃんっ!わしらはここでいったん、お別れじゃっ!』

 

 バーナード、クリストフ、リィエルの三人が、グレンとルミアから離れ、西に向かって猛然と駆けていく。

 

『頼むぞ、じじいっ!無茶はすんなよ!?足止めするだけでいいんだからな!?』

 

『わぁーっとるわい!ヒヨッコがいっちょまえに人の心配するない!それよりも、ルミアちゃんにちょっとでも怪我させてみい!?後でぶん殴るからのう!?』

 

『ルミアさん!グレン先輩の指示に従ってください!大丈夫です!その人、普段でも土壇場でも頼りないですが、土壇場の土壇場くらいになると、やる人ですから!』

 

『……グレン、ジョセフ。お願い…ルミアを守って…私も頑張るから』

 

『さて、グレンさんよ。あとはアンタが本気を出す土壇場の土壇場になるまでは援護するさかい』

 

「お客さんがまた来たで。接近する奴は全員、撃ちまくるで」

 

 そして。

 

 グレンとルミア、ジョセフ、フランク、ティム、ダーシャ、ホッチンズはさらに北へ――迷いの森へと突入し。

 

 バーナード、クリストフ、リィエルの三人は西から迫る脅威へと立ち向かう。

 

 

 

 




 

ここいらで良かろう。

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