ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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76話

 

 

「ふはははははははははははっ!どこに逃げようというのかね?」

 

 真っ暗闇の森の中、背後から哄笑が響き渡る。背後から無数の人々の気配が迫る。

 

 どこまでも追いすがる『魔曲』の旋律が森の木々の間を反響する。

 

「……そうだ…そのまま来い。≪魔の右手≫さん」

 

 グレンとルミアが追い立てられるように森の中を駆ける中、ジョセフは援護射撃しながら、呟く。

 

 相変わらずグレン達は魔術を封じられている。

 

 状況はすっかり、山狩りの体であった。

 

 状況は明らかに不利なのは明らかなのだが……

 

「……自身が有利だからこそ、気を引き締めなきゃいけないのさ。勝負は何が起きるのかさっぱりわからんしな…ザイードさんはそれができてるかな?」

 

 まぁ、ザイードが調子に乗って前に出てくるような状態に持ち込むのが、俺達の狙いなんだがな。

 

「先生。間に合いそうですか?」

 

『後、もう少しなんだが…ッ!間に合うか、これ……ッ!?』

 

「なんとか、間に合わせるようにしますよ。六時、四人お客さんが来ましたよ!」

 

 そう言うと、ジョセフは一人撃ち…残り三人も周囲にいる味方に悉く迎撃されていく。

 

『はははっ、お前ら、マジですげぇな…ッ!おかげで、少しはラクだわ…それでも、キツイけど……』

 

「この程度、朝飯前ですよ」

 

 そう言い合いながら、グレン達は山の中を一心不乱に駆ける――

 

「はぁ…はぁ…せ、先生……ッ!」

 

 不安げに揺れる瞳をグレンへと向けるルミア。

 

「大丈夫だ…ッ!信じろ、俺を…あいつらを……ッ!」

 

 こんな状況だというのに、どこか安堵を感じさせるグレンの力強い瞳と言葉に…ルミアは身を委ねていく――

 

『ちぃ――ッ!数が多すぎるだろ、これ…ッ!?流石にキツイぞ、これ!?』

 

 フランクの言う通り、社交舞踏会の出席者全員を相手にしているため、格上の練度を誇るデルタでも、捌くのがきつくなってきている。

 

 そのためか、撃っても、撃っても、撃っても、距離は縮まるばかりだ。

 

 このままだと追いつかれて、グレン達は殺されてしまう。

 

「耐えてくださいッ!もうすぐで終わりますから。≪星≫さんの狙撃で」

 

『≪星≫の狙撃って学院周辺にそんな最適な所が――』

 

『まさか≪星≫とあの銀髪の娘を組ませたのは…だから、時計塔なのか……ッ!?』

 

『はぁ!?あそこから!?距離が遠過ぎるぞ!?軽く四千はある』

 

 フランクの言葉にティムが信じられないとばかりに声を上げる。

 

「それができるのが、≪星≫さんとシスティーナなんですよ」

 

 だが、ジョセフは不敵に笑い、再びライフルを構え、狙いを定めていく。

 

 

 

 森をひたすら北進し、山の斜面を駆け上がるグレンとルミア。

 

 それを絶妙な配置で援護射撃していく、ジョセフらデルタの面々。

 

 時計塔の天辺を目指して疾駆するアルベルトとシスティーナ。

 

 迫りくる強敵に対し、決死の足止めをするバーナード、クリストフ、リィエル。

 

 そして――戦況は、ついに最終局面へと到達する――

 

 

 

 ――。

 

 

 

 びゅごお、びゅごお、びゅごお――

 

 フェジテでもっとも空に近い、遥か高き時計塔――その天辺。

 

 激しい夜風が吹き荒び、月の背後に負ったその場所で。

 

 システィーナは鋭角の屋根に掴まって、おっかなびっくりしていた――

 

 冷たい風にはためくスカートがどうにも気になり、手で押さえつけようとするが。

 

「ひゃっ!?」

 

 うっかり足を踏み外しかけ、慌てて屋根に掴まる。

 

 もうスカートは諦めるしかないようだ。

 

「あ、アルベルトさんっ!?こんな危ない場所に私を連れてきて…一体、これから何をするつもりなんですか!?」

 

 当のアルベルトは、ローブの裾とその長い髪を、ばさばさと風が嬲るに任せ、何の危なげもなく屋根のへりに立ち、遥か彼方を鋭く見据えている。

 

 もう、グレン達からは遠く離れてしまった。

 

 見渡せば、眼下の町並みはまるで真っ暗闇の深海の底のよう。前を見れば遥か遠く、夜陰と融解した地平線付近に、学院のものと思しき明かりが、幾つか小さく見える。

 

 距離にしてどのくらい学院から離れただろうか。三千…いや、四千は堅いだろう。

 

 こんな場所から、グレンやルミアを助ける何かができるとは――とても思えない。

 

 システィーナが、そう心を暗くした瞬間。

 

 アルベルトは――

 

「――狙撃する」

 

 信じられないことを言ったのだ。

 

「な――ッ!?」

 

 驚愕と衝撃に、システィーナの目が見開かれる。

 

 その驚きのあまり、つい、足を滑らせて落ちそうになってしまったくらいだ。

 

「そ、狙撃って…敵をですか!?こ、こんな場所から!?魔術狙撃で!?」

 

「そうだ。だが、この距離からでは万が一、戦術的な防御を構えられていては、頭や心臓を狙っても致命傷に為り難いだろう。故に、ザイードの指揮棒を狙う」

 

 ――この人は一体、何を言っているんだろう?

 

 この距離、この闇の中、あの微小の的…それを――狙撃。

 

 もう、システィーナには、アルベルトという人間がさっぱり理解できなかった。

 

「先程、確信した。ザイードはあの指揮棒で楽奏団の演奏を操っている。あの指揮棒は魔導器だ。破壊すればザイードは楽奏団を操れなくなり…無力化される」

 

「そ、それは…そうかもしれませんが…でも、指揮棒って…あんな小さい物をどうやって、こんな遠くから狙うんですか……?」

 

「フィーベル。お前が俺の目になれ」

 

「――ッ!?」

 

 アルベルトの思わぬ言葉に、愕然と硬直するシスティーナ。

 

「この距離、この闇、的の微小さ…俺は全意識を狙撃制御のみに集中する必要がある。遠見の魔術を同時起動する余裕は無い。簡易契約で一時的に俺の使い魔となり、俺と視覚同調しろ、フィーベル。お前の遠見の魔術による狙撃観測で、俺は奴を――撃つ」

 

「そ…そんな……」

 

「狙撃に関する詳細な段取りをする暇は無かったが…少なくともグレンは、ザイードを学院北の迷いの森の中へとおびき寄せている筈だ。あの森の中から、お前はザイードの姿を探し出して、その眼で捉えるのだ。無理難題は承知。だが、やれ」

 

「む、無理…私にはそんなの無理です…ッ!だって、北の迷いの森…それって大体、あの辺りにいるってことくらいしかわからないじゃないですか――ッ!?」

 

 システィーナが脂汗を垂らしながら、慄いた。

 

「どうやってこんな暗闇の中、あんな遥か遠い場所、しかも森の中にいる敵を探し出すんですか!?私の遠見の魔術と技量では、敵をとらえきる自信がありませんッ!も、もし…私が敵を捉えきれなかったらどうするんですか!?」

 

「ならば、グレンとお前の親友とやらが死ぬだけだ」

 

「――ッ!?そ、そんな…アルベルトさん、今からでも、先生の所に駆けつけて…そうよ、私達の『疾風脚』なら…ッ!もしくは、狙撃はジョセフ達に――」

 

「今からでは遅い。現実を把握しろ。そもそも、俺達はあの『魔曲』に近づけば無力化される。よしんば間に合ったとしても出来る事は何もない。それに、デルタは今、グレンから傀儡を守るのに手一杯だ。仮に狙撃するにしても、妨害を受ける恐れがあるのだ」

 

 アルベルトがシスティーナを鋭く、真っ直ぐ見据える。

 

「いいか。此処だ。『魔曲』が届かず、フェジテで最も狙撃に適した高所…この場所だからこそ――俺達が為せる事、為すべき事がある」

 

「~~~~ッ!?」

 

「フィーベル。お前は王女を救うと決意したのだろう?その為にグレンに教えを請い、力を培ってきたのだろう?今がその時だ。その覚悟は偽物か?」

 

「そんなことは…で、でも、私、自信が…、もし、私が敵を捉えられなかったら……」

 

 システィーナは震えていた。

 

 恐いからではない。ただ、その責任の重大さに恐れ慄いているのだ。

 

 そんな、システィーナに。

 

「フィーベル。俺は教師ではないが…一つ教授しよう」

 

 アルベルトが淡々と言う。

 

「今、グレンも、デルタも、俺の仲間達も、皆が必死に戦っている。俺達が己が命のチップを全て賭けている。特に翁やクリストフはお前とは初対面、『黒い悪魔』以外の仲間も同様だ。だが、グレンが信頼しているというその一点のみで、連中はお前に賭けた。俺達はその信頼に応えなければならない」

 

「わ、わかっています…ッ!だ、だから…ッ!絶対に成功させなきゃいけないのに…ッ!そんなことわかってますけど……ッ!」

 

「違う」

 

「――ッ!?」

 

 思わぬアルベルトの否定に、システィーナが呆気に取られる。

 

「人間は失敗をする。どんなに失敗が許されない状況でも…失敗は起こり得る。故に失敗をしない事が信頼に応える事ではない。どんな状況でも必ず起こり得る失敗の可能性に目を瞑り、成功のみを期待するのは、ただの盲信だ。信頼じゃない」

 

「じゃ、じゃあ……?」

 

「信頼に対する真の応えとは、責任という重圧に耐えて、行動を起こす事だ。己が為すべき事を見据え、逃げず、それに立ち向かう責任だ」

 

「――ッ!?」

 

「成功する可能性が0%なら、それを1%に引き上げる手段を考えろ。成功する確率が90%なら、それを99%にする方法を模索しろ。そして、行動するのだ。それが信頼に応えるという事だ。少なくともグレンは――あの男はずっとそうしてきた」

 

 システィーナにもわかる。だからこそ――結果が出るのだ。

 

 信頼に応えるとう重圧そのものに慄き、その達成の困難さに物怖じし、システィーナはその大切な途中経過――立ち向かうということをすっ飛ばしていたのだ。

 

「……わ、わかり…ました…ッ!やります……ッ!」

 

 己が臆病な心を叱咤し、システィーナが遥か彼方を見据える――

 

 そして、ゆっくりと遠見の魔術の呪文を唱え始めた。

 

 

 

 

「ぜぇ…はぁ…ぜぇ…はぁ…やっぱ、斜面は辛ぇなぁ……ッ!」

 

 鬱蒼と茂る、真っ暗闇の森の中。

 

 疲れ切ったルミアを背負いながら、グレンが木々の隙間を抜けていく。

 

 森は山のふもとに差し掛かり、グレンは緩やかな斜面を駆け上がっていく。

 

 背後では、複数の銃声と、迫る演奏。演奏。魔の旋律。

 

 そして、デルタの援護があるにも拘わらず、徐々に縮まってくる、無数の追っ手達の距離。

 

 追いつかれる――

 

「ちぃ――ルミア、目を瞑ってろッ!」

 

 そう判断したグレンは、閃光石を取り出し――それを投げ放つ。

 

 シュパッ!

 

 眩い閃光が、迫り来る追手の目をくらまし、ひるませ――

 

「せ、先生――」

 

「もう少しだ、頑張れッ!アルベルトと…白猫が必ずなんとかしてくれるッ!ジョセフ、もう少し、踏ん張ってくれッ!」

 

『あいよ、先生』

 

 ジョセフ達はグレン達の動きに合わせながら、後退しながら応戦している。

 

 グレンはルミアを励まし、さらに森の奥へ。

 

 再び、逃走劇と追跡劇が始まる――

 

 

 

 そして、グレン達から後方二百メトラ離れた地点では――

 

「ルーゼルくぅ~ん。ちょぉ~っと、お休みになりましょうね~」

 

 ジョセフは操られている人間達をグレン達に追いつかれないよう、撃ちまくっていた。

 

 操られたルーゼルを強制的に眠らせ、次に狙いを定める。

 

「あぁ~、アネットさんも、ベラさんも、キャシーさんも今は接近禁止令発令中で~すッ!」

 

 続けてくるアネット、ベラ、キャシーもルーゼル同様、強制的に眠らせる。

 

「くそッ!こりゃ、そろそろキツイぞ…まだか、まだなんか」

 

 ジョセフは射撃しながら、傀儡を捌きまくる。

 

 だが、いくら世界中の特殊部隊の中で世界最強の名を欲しいままにしていたデルタでも、多勢に無勢。流石に捌くのが厳しくなってきていた。

 

 現に、何人かが抜けてグレン達の元へ向かっている。

 

「そろそろ…だといいんだがな……」

 

 ジョセフは新たな弾倉を装着し、再び構える。

 

『ジョセフ、お前はザイードを無力化するため、狙撃位置につけ』

 

 フランクがそう言うと、ジョセフはそれ以上、聞くことはなく、狙撃位置につくため、グレン達の元に向かっていった。

 

 

 

 そして―― 

 

 

 

 魔術学院北の迷いの森。

 

 針葉樹に覆われた山の斜面に面した、とある一角に。

 

 岩肌が露出して、木に覆われていない、開かれた場所があった。

 

 延々と続く逃走劇の末――グレンとルミアはそのど真ん中に、追い詰められていた。

 

 周囲から山中に散らばった追手が、包囲を狭めてくる。

 

 まさに、絶体絶命。

 

 だが――

 

「よくぞ、ここまで粘った。だが…ここまでのようだな……」

 

「ぜぇ…ぜぇ…ぜぇ…そう、みてえだな……ッ!」

 

 なんと。

 

 あのザイードが、グレンの前にその姿を晒していたのだ。

 

 

 

 

(……ビンゴ)

 

 木の幹に寄り掛かるように枝の上に立っていたジョセフは、ザイードの姿を捉えていた。

 

(先生が、あんなに閃光石を無闇に使っていたのは、ザイードに場所を知らせるだけではなく、遠見の魔術を使っているシスティーナに位置を知らせるようにしていたため。それを狙撃に全意識を集中させている≪星≫さんが狙撃すればいいだけ。指揮棒をな)

 

 ちょうど木の幹が二手に分かれていたため、分かれ目にピダーセン・カートリッジからボルトに交換したライフルを置き、依託射撃の体勢を取る。今度は実弾だ。

 

(ザイードは自分の勝利を確信しているが…まぁ、無理はないか。四千メトラから狙撃されるなんて思いもしてないからな)

 

 だが、この世は一寸先は闇。

 

 何が起きてもおかしくはない世界。

 

 ザイードはあまりにも自分に有利過ぎたため、慢心していた。

 

 アルベルトから狙撃されることはないだろうと。

 

 そして、ジョセフからも狙撃されることはないだろうと。

 

(≪魔の右手≫さん。残念ながら、アンタの負けだ)

 

 ジョセフは静かに呼吸しながら二百メトラ先にいるザイードに狙いを定める。

 

 

 

「ったくよぉ…お前ら、天の智慧研究会…毎度毎度、ほんっとうにロクでもないよなぁ…ッ!マジでいい加減にしろよ、キレんぞ、こら!?」

 

「くくく…減らず口もそこまでだ……ッ!」

 

「ちぃ……」

 

 グレンがルミアを背中に庇うように、じりじりと右後ろに下がっていく――

 

 ザイードが下がるグレンに向き直り――

 

 

 

「嘘……ッ!射線が…空いた!?」

 

 ザイードがグレンに向かって身体の向きを変えたおかけで、ぎりぎり、辛うじて…針の穴のようなほんの微かな射線が生まれたのだ。

 

「なんでわかったの!?こっちの射線が空いてなかったことを……ッ!?」

 

「この絶好の機会に、俺がまだ一射もしていないからだ」

 

「――ッ!?」

 

「奴は一応、俺の狙撃の腕だけは信頼してくれているらしい。俺がまだ撃てないという事は、自身の立ち位置に問題が有ると、奴は経験則で察した」

 

 システィーナはもう、ただただ、驚愕するしかない。

 

 それはもう、相手を信じるとか信じないとかの話ではない。以心伝心の領域だ。

 

 対するアルベルトは、この展開は読んでいたといわんばかりに。

 

 呪文を――唱え始めた。

 

 

「≪万里見晴るかす気高き雷帝よ・――≫」

 

 

 

 一方、ジョセフも。

 

 呼吸を整えて、引き金に指を掛ける――

 

 

 

「さぁ、パーティーはフィナーレだ…グレン=レーダス。そして、エルミアナ王女」

 

「せ、先生……ッ!?」

 

 ザイードの周囲に侍る楽奏団が、楽器を構え――

 

 ルミアが不安げにグレンの後ろ袖を掴み――

 

「心配すんな、ルミア」

 

 グレンがにやりと笑って、ぽふ、とルミアの頭に手を置いた。

 

 そして、ザイードを真っ直ぐ見据え、不敵に口の端を吊り上げる。

 

「さぁて、ザイードさんよぉ…アンタはきっと自身の優位を微塵も疑っちゃいないんだろうが…一つ、忘れちゃいねえか?俺の後ろにはなぁ――」

 

 

 

 

 

(呼吸を止め、空気の流れを読む――)

 

 

 

 

「≪――・其の左腕に携えし天翔ける雷槍を以て・――≫」

 

 

 

 

「――最っ低にいけ好かねえが――」

 

「さぁ、奴らを殺せ――ッ!」

 

 グレンの呟きを無視し、ザイードが指揮棒を振り上げた瞬間。

 

「――最っ高に頼もしい『鷹の目』があるってことをなぁああああああ――ッ!?」

 

 それを合図に、グレンが地を蹴り、ザイード目がけて駆け出して――

 

 

 

 その瞬間――

 

(――今や)

 

「≪――・遥か彼方の仇を刺し射貫け≫」

 

 二百メトラ先のザイードに向かってジョセフが引き金を引き――銃弾がザイード目がけて飛翔していく。

 

 それと同時に、遥か後方で――アルベルトの呪文が完成していた。

 

 黒魔【ライトニング・ピアス】の術式と呪文に、アルベルト自身が独自の改変を加え、最早、固有魔術レベルにまで昇華された超・長距離狙撃用攻性呪文が発生する。

 

 その名も、黒魔改【ホークアイ・ピアス】。

 

 その指先から、眩い極光の雷閃が放たれた。

 

 

 

 時計塔の天辺から発せられた雷閃は――闇夜を鋭く、真っ直ぐ切り裂いた。

 

 流星のように翔け流れる一条の閃光。

 

 光速で翔けて。

 

 ――翔けて。

 

 銃弾が一条の火線となって。

 

 木の幹を掠りながら、針の穴を通すように、枝の隙間を抜け――

 

 ほぼ同時に雷閃がザイードが頭上に振り上げた指揮棒を――

 

 銃弾がザイードの指揮棒を握っている右手の甲を――

 

 

 

 ――雷閃は指揮棒の根元から、銃弾は右手の甲を、撃ち抜いていた。

 

 

 

 刹那、がくりと動きを止める、周囲の『魔曲』で操られた人間達。

 

 演奏がぴたりと止まる。ぽとりと地面に落ちる、折れた指揮棒。そして血飛沫。

 

「な――ッ!?」

 

 ザイードが一瞬、何が起きたがわからず、痛みを忘れるほど驚愕し、硬直する。

 

「わ、私の指揮棒が!?右手が!?い、一体、どこから――ッ!?」

 

 同時にその雷閃は、ザイードに向かって駆け出していたグレンの頬を掠め――

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!」

 

 それに構わず、グレンは地を蹴って、驚愕と激痛に震えるザイードとの距離を詰め――

 

 その拳を、ザイードの顔面に叩き込み――

 

「――ぁああああああああああああああああああああああああああ――ッ!」

 

 全身全霊の力をもって――その拳を振り抜く。

 

 そのグレン渾身の一撃をまともに受けたザイードは、容赦なく吹き飛んで……

 

 悲鳴を上げる間もなく、一瞬で意識を刈り取られたのである。

 

 終わってみれば…なんとも呆気なさすぎる幕切れであった。

 

 

 

 ……。

 

 二百メトラ離れた所にいるジョセフ。

 

「……タンゴ、ダウン」

 

 ジョセフは通信機でフランクに報告する。

 

『よくやった。あとは大佐に任せるとしよう』

 

 そう、本来はアルベルトの攻撃だけで良かったのだ。

 

 指揮棒を破壊すればいいのだから。

 

 だが、フランクが敢えてジョセフに狙撃の指示を出したのは、今後のザイードの取り調べで連邦が優先的に、または帝国の取調べに同行するための、いわばカード。

 

 ジョセフもそれをわかっており、何も聞かずに狙撃したのだ。

 

 あとは大佐の仕事だ。

 

 それに、誰も死なずに済んで良かった。

 

 全てが終わり、安堵のあまり泣きじゃくりながら、グレンに抱きつくルミアと、それを優しく撫でるグレンの姿を見つめながら、ジョセフは一息を吐くのであった。

 

 

 





次でラストです~

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