短いけど、ラストです。
……全てが終わった後で。
「てっめぇ、ふざけんなよッ!?」
アルベルトとジョセフと再会したグレンの第一声は、それであった。
「お前の狙撃が俺の頬を掠めただろうがッ!?アレ一歩間違ってたら、俺、死んだんじゃね!?」
「死んだろうな」
「死んでましたね」
胸倉を掴み上げてくるグレンに、アルベルトが厳めしい表情のまま、アルベルトの隣にいたジョセフはさも当然と言わんばかりに、しれっと返す。
「はぁ!?なんじゃそりゃ!?おま、何でそうあっさり、さもありなんと!?」
「馬鹿が、不用意に射線に入ったお前が悪い」
「ンだとぉッ!?」
「そもそも、お前は何故、あんな場所に敵をおびき寄せた?あの山にはもっと狙撃に適した場所が無数に在った筈だ。狙撃する此方の身にもなって欲しいんだがな」
「かぁ~~ッ!?どーして、テメェはそう昔から――」
野良犬のように吠えかかるグレンと、それを冷たくあしらうアルベルトの図。
「こんのド畜生め!俺、やっぱ、お前のこと、嫌いだわ!」
「奇遇だな、俺もだ」
ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向き合う、そんなつんけんした二人の様子を前に……
「あの二人…息が合ってるんだか、合ってないんだか……」
「あはは……」
システィーナはジト目で呆れたように肩を竦め、ルミアは曖昧に笑うのであった。
「んじゃ、俺はとっとと撤収しましょうかね……」
ジョセフはそそくさとグレン達の元を離れる。
「え?もう行くの?」
「そりゃ、俺は社交舞踏会に欠席しているんだからなー。それに、この服装で来るのは流石にな……」
「あ、そうか……」
流石にこの服装で会場に入るのは、拙いよシスティーナさん。
「あの…ジョセフ君」
ジョセフが立ち去ろうとした時、不意にルミアが呼び止める。
「ん~?」
「その…今日はありがとう。守ってくれて……」
「……それは先生に向けて言う言葉やで?」
ルミアのお礼に、ジョセフは少し笑いながらそう言い。
「フィナーレ・ダンス、楽しんでき。ルミア」
ジョセフは手をひらひらさせながら、そう言って立ち去った。
と、そんな一幕はさておき。
ザイードの指揮権を破壊し(ついでに右手も)、無力化した時点で、潮時を悟ったグレイシアとセドは撤退し、イヴも正気を取り戻した。
無論、『魔曲』に操られた学院内の生徒達や楽奏団員も我に返り……
「あるぇー?…なんで…俺達、こんなところにいるんだ……?」
「えーと…確か、もうすぐフィナーレ・ダンスが始まる…ところだったよね……?」
ザイードに操られていた時の記憶はやはり、まったく無いようであった。
狐につままれたような夢見心地で、ふらふら学院へと戻っていく。
特務分室は、無事に何の被害もなく、敵の中核の一人を捕獲――そんな歴史に残る偉業を成し遂げることに成功したのである…表向きは。
実際はデルタがザイードの暗殺手段を特定、介入し、なんとかなったのだが、デルタは手柄を全部特務分室にやったのである。
ただし、その見返りにザイードの取調べでは、連邦は帝国の取調べに同行でき、情報を共有することができたのである。
デルタにしてみれば、手柄よりも情報、つまり実を取ることができたので、帝国軍が目論んだ情報の独占、それをカードにした今後の連邦との外交で優位に立つ目論見はものの見事に崩れ去った。
戦いの後、問題となったのは、中断された社交舞踏会をどうするかである。
当然、あんなことがあったから中止――といきたいのは山々だったが。
生徒達に操られていた時の記憶はなく、その直前までの盛り上がった楽しい記憶しか残っていない。ゆえに、生徒達は憑かれたように社交舞踏会の会場へと集い、コンペ優勝カップルによるフィナーレ・ダンスを、今か今かと待ちわびた。
どうも、一度『魔曲』が深層意識野に深く入った者は、しばらくの間、夢でも見ているような、酒に酔っているような、自覚のない特殊な精神状態になるらしい。
生徒達は、自分達が先程まで北の森の中にいた、という記憶さえ、すでにあやふやになっていた。今まで舞踏会が中断されていた…それすら、覚えていない者もいる。
その前後の事実関係すら、術者の都合の良いように無意識の内に捏造させる…違和感を覚えさせない…これまで数々の大物の暗殺を成し遂げておきながら、その手段の正体をまったく帝国側に掴ませなかった『魔曲』の恐るべき威力であった。
幸い、事態に無関係の人間としては唯一、生徒会長のリゼが無事であった。
『先輩は――精神を守って、できれば音も遮断して、ここから動かないでください!』
今夜は何かがおかしいと薄々察知していたリゼは、システィーナが残した言葉通り、控室内に精神防御と音声遮断の結界を張り、そこに待機。難を逃れていたのだ。
学院内に残された戦いの痕跡の隠蔽工作も必要だったため、放心状態のイヴに代わって現場指揮を取ったバーナードが、やむなくリゼにある程度の事情を明らかにし、社交舞踏会を何事もなかったかのように再開することを要請する。
元々の聡明さもあって、リゼはすぐさま事の真相と自体を把握、バーナードの要請通り社交舞踏会の再開を急がせた。
無論、誰も覚えていない空白の時間を不審に思った者も中にはいただろう。だが、残った『魔曲』の力がそれに対する違和感を薄れさせ、忘れさせていく。
リゼの音頭で再開された社交舞踏会を、参加者達は夢見心地な気分で、こちらが拍子抜けするくらい、あっさりと受け入れていた。
そして――
社交舞踏会が全て終了した後。
ジョセフは学院の制服姿で門の前で壁に寄り掛かるように立っていた。
参加者達が終わって着替えてから帰路につく中。
「ウェンディ」
ジョセフに呼びかけられたお嬢様は、びくりと、肩を震わせ、ジョセフの方を振り向く。
「ジョセフ!?どうしてここに……?」
「お前、ビビり過ぎだろ…たまたま通りかかっただけだよ。たまたま」
ジョセフはそう言うと、手を差し出す。
「ほら、荷物持つよ。家まで送ってやる」
「あ、ありがとうございます…では、参りましょうか」
ジョセフはウェンディからスーツケースを受け取り、一緒に帰路につく。
それからは、舞踏会での他愛ない会話が続いていた。
あれから、何度かナンパされた話とか、そういうものだ。
そして、ダンス・コンペでは――
「……盛大にコケるって、お前…やっぱりやると思っていたよ」
「うるさいですわね!?わたくしだって好きで転んでいるわけではなくってよ!」
「そうですか、そうですか~。いやー、やっぱ『期待』を裏切らなかったね~」
「やっぱり、『期待』という意味はそう言う意味でしたのね……」
「まぁ、それもある」
「そこは、否定してくださいましッ!」
ジョセフがあっけらかんとした表情でそう言うと、バシバシ腕を叩くウェンディ。
「まぁ、『妖精の羽衣』は来年に持ち越しだな」
「ま、まぁ、今回はシスティーナも優勝で負けましたし、来年はシスティーナよりも先に『妖精の羽衣』を着用してみますわ!」
「そうか、頑張れよ」
そう息巻くウェンディに、ジョセフは興味なさそうにそう言うが。
「何言ってるんですの?貴方も来年は参加させてもらいますわよ!」
「はい?」
突然のウェンディの宣言に、ジョセフは目を点にして硬直する。
「だから、来年はわたくしと貴方がパートナーを組んで参加するって言ってるんですの!」
「い、いやいやいやいやッ!なんで!?まだウチ参加するとは言ってないよ!?」
「これは強制ですわ!貴方に拒否権はありませんわ!Yesかはいしかありませんわ!」
「なに、その理不尽な強制参加は!?」
「いいから、貴方はわたくしと組むんですのッ!組んでわたくしに『妖精の羽衣』を着用させるんですのッ!」
「すんごい、我儘だな!?」
「貴方はわたくしの我儘に応える義務がありますわッ!」
「わけわからないよ!?」
たちまち、二人の間でギャーギャーと騒ぎが勃発し、冷え込む闇夜に反響する。
街路灯の淡く儚げな光が、そんな二人いつまでも見下ろしていた。
はい、次から八巻です。