ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

80 / 230
79話

 

 そんなこんなで。

 

 グレン達は逃げたリィエルを追って、学院校舎本館、別館、付属図書館、中庭、学院会館、魔術競技場…学院内のありとあらゆる施設を探し回るのだが……

 

「くそ…見つからねぇ……」

 

 探し回った果てに辿り着いたここは、学院敷地内に設けられた礼拝施設――チャペルだ。聖エリサレス新教、即ち帝国の国教を奉ずるこのチャペル内は、厳かな空気に満たされており、並ぶ長椅子には、信心深い生徒達が祈りを捧げる姿がぽつぽつとある。

 

 グレンは、そのチャペル内の長椅子の最後列に、ぐったり身を預けて休憩中であった。

 

「ひょっとして…リィエル、もう、学院外に出ちゃったのかな……?」

 

 グレンの隣に腰掛け、不安げにルミアが呟く。

 

「……だとしたら、お手上げだな。フェジテは広い」

 

 グレンが半ば諦めたように周囲を見渡す。

 

「主は言いました。汝、汝の隣人を汝が如く愛しなさい。赦しなさい……」

 

 奥の祭壇前にある講壇では、僧服姿の牧師が聖書を開き、生徒達へ説法を行っていた。

 

「で、でも、先生!今のリィエルは、私の家に住んでいるんですよ?」

 

 システィーナがそう主張する通り、リィエルは、最近、とあることを切っ掛けに、システィーナの住むフィーベル邸に下宿するようになっていた。

 

「夜になったら、きっと戻って来ますって!」

 

「どうだろうな…あいつの留学に対する嫌がり方はどこか尋常じゃなかった…大人しく帰って来てくれるかどうか……」

 

 グレンがため息交じりにかぶりを振る。

 

「リィエルは帝国宮廷魔導士団特務分室の執行官ナンバー7≪戦車≫や。あの見た目で戦闘能力は常人を超えてるし、生存術も超一流。その気になれば、補給なしで野生で延々と生き延びれるはず。だから、この場合、逃げられたらもう始末に負えないわ」

 

 ジョセフは諦めたように、長椅子に身を預ける。

 

「……ったく、どうすりゃいいんだよ…このままじゃ、あいつ、マジで退学になんぞ」

 

 グレンが掌で顔を覆って、頭上のステンドグラスを仰いだ…その時だ。

 

 丁度、牧師の説法が終わったところらしい。

 

 参拝していた生徒達が全員、チャペルからおずおずと出て行き……

 

 かつん…説法を行っていた牧師が靴音を立てて、グレンの傍らへやって来ていた。

 

「おりょ?」

 

 ジョセフはその牧師が誰なのか気付いた。

 

(ふーん…なるほどねー。だとしたら――)

 

「……なんだよ?説法や入信の勧誘なら余所を当たりな。俺は無神論者……」

 

 その時――グレンは気付いた。

 

 僧服の牧師が目深に被っている鍔広帽の下に光る、鷹のように鋭い眼差しに――

 

「……って、お前ッ!?あ、アルベルトか!?」

 

「「えっ!?」」

 

 グレンの上げた素っ頓狂な言葉に、システィーナとルミアも思わず牧師を凝視する。

 

「おお~、≪星≫さんじゃありませんか~」

 

 ジョセフはそう言いながら、顔を綻ばせながら見上げる。

 

「ふん」

 

 すると、牧師は野暮ったい牧師服と帽子を、ばっ!と一瞬で脱ぎ捨て…いつもの宮廷魔導士礼服姿になった。まるで手品のような鮮やかさだ。

 

「いつものことながら…それ、どうやってんだよ?」

 

「久しぶり…という程でもないな。先の社交舞踏会以来か。さて……」

 

 正体を現したアルベルトが、鋭く突き刺すように、咎めるようにグレンを見据える。

 

「今回のリィエルの一件だが…お前がついていながら、何て様だ」

 

「し、知ってたのか…面目ねぇ……」

 

「お前達に話がある。…少し待ってろ」

 

 そう言い捨て、アルベルトは踵を返し、チャペルの奥へと向かう。

 

(ん?俺もなのか?)

 

 これはどちらにしても、帝国内の問題なのでは?と、ジョセフは思いながら、待つ。天の智慧研究会絡みなら、すでにリィエルを篭絡させることはできないから、前みたいに狙っても無駄だからだ。

 

 そこはアルベルトがほんの数刻前、生徒達に説法を行っていた祭壇前の講壇だ。

 

「……?」

 

(あー、やっぱり……)

 

 ジョセフ以外、皆が不思議そうに見守る中、再び講壇に立ったアルベルトは、裏側から講壇の中へとおもむろに手を突っ込んで…ずる~~っと、何かを引っ張り出す。

 

「「えええええ――ッ!?」」

 

 途端、目を丸くして驚くルミアとシスティーナ。

 

「ん――っ!んん~~っ!」

 

 その何かの正体は…なんと、リィエルであった。

 

 三つの光のリング形法陣で、頭、胴、足を魔術的に拘束されたリィエルの身体が、アルベルトの腕の先に、後ろ襟首を掴まれてぶら下がっている。

 

 どうやら、アルベルトの黒魔儀【リストリクション】に、完全に捕まったらしい。

 

 今のリィエルは、自分の意思では指一本動かせないような有様であった。

 

「リィエルを手際よく取り押さえるその手腕は流石、と言いたいが…もうちょっと、マシな監禁場所なかったの?元・司祭サマ。ちょっと神様に喧嘩売り過ぎじゃね?」

 

「ふん、信仰など、とうの昔に捨てた」

 

 呆れたようなグレンのツッコミに、アルベルトが指を打ち鳴らして、術を解く。

 

 リィエルの身体を縛めていた光のリングが消える。

 

「……さて。頭は冷えたか?リィエル」

 

 アルベルトが、解放したリィエルを床に下ろし、淡々と問いかける。

 

「むぅ……」

 

 リィエルは観念したのか、ぷくぅ、とふて腐れたように頬を膨らませ、膝を抱えて不服そうにその場へ座り込んだ。

 

「それでは、皆で話をしよう。無論、リィエルの今後について、だ」

 

 そして、アルベルトの音頭で、関係者達による相談が始まるのであった。

 

「なぁ、軍の上層部に話を通して落第退学を握り潰せないのか?なんとか敵対派閥と交渉できねーのか?元とはいえ王女の護衛なんだぞ?」

 

 早速、グレンがそう提案するが……

 

「無理だな。抑も建前上、王女は既に王室籍を剥奪された『平民』だ。『王女』の護衛という建前は通用しない。通すべきではない」

 

 アルベルトが淡々と、事実だけ並べ立てて切り捨てていた。

 

「そして、反国軍省派は、自分達の息がかかった者を、来期からリィエルの代わりに王女の直近の護衛として学院へ編入させる心算だった。女王陛下に対する如何にも透いた媚び売りだが…それ故に、連中が交渉で落第退学を取り下げることは無いだろう」

 

「ああもう!流石、政治屋共だな、クソうざってえ!地獄でやってろ!」

 

 グレンは、両手で頭をガリガリかきむしるしかない。

 

「それと、連中は『黒い悪魔』の排除にも乗り出していた。手柄を独占するには連邦軍は邪魔だからな」

 

「はぁ!?なんだそりゃ!?」

 

 グレンは反国軍省派がジョセフの排除を図っていたと聞き、驚愕する。

 

「結果…これは失敗した。リィエルのような成績不振などの攻撃材料が見つからなかったのと、これを察知した連邦政府からの『会話』でな」

 

「……そ、そうか…まぁ、連邦政府に『会話』されたら、そうなるわな」

 

 グレンはそれを聞いた瞬間、ほっと安堵する。いざ、何かあった時にジョセフがいないのはかなり痛いからだ。

 

 アルベルトとグレンが言っている『会話』とは、自国民が不当に扱われた場合、連邦政府が懸念を示すことがほとんどなのだが、場合によってはヤクザまがいの脅しをしてくることもある。

 

「……と、いうことは…リィエルの方は…つまり、なんだ……?」

 

「リィエルが落第退学を回避するには、聖リリィ魔術女学院のオファーを受け、短期留学で実績を上げるしかない…正攻法で突っぱねるしかない、という事だ」

 

 わかってはいたが、改めて確認したその事実に、グレンは深くため息を吐いた。

 

「……おい、話は聞いたか?リィエル。覚悟を決めろ」

 

 だが、リィエルはその能面にはっきりと影を浮かべ、ルミアとシスティーナの後ろに、ささっと隠れてしまう。今にも泣き出してしまいそうな表情であった。

 

「……やっぱり、いやだ…行きたくない……」

 

「わからんやつだなぁー…何度も言ってるだろ?このままじゃお前……」

 

 グレンが呆れたように、こめかみを押さえ、リィエルを諭そうとするが。

 

「先生、少しは察してやってください」

 

 このタイミングでリィエルの肩を持ったのはジョセフだった。

 

「はぁ?何言ってんだ、お前」

 

「リィエルに短期留学させるのは、酷な話ですよ」

 

「……なんで?ていうか、ホント今日のお前どうしたんだ?『思い立ったら、まず突貫』って呆れているお前らしくねーぞ?こんなのどうせ、ただの我が儘……」

 

 グレンが眉を顰めて反論しようとするが。

 

「先生は忘れたのですか?リィエルは…見た目以上に”幼い”んですよ?」

 

「ッ!?」

 

 ジョセフの指摘にグレンがはっとしたように押し黙る。

 

「リィエル。お前が短期留学を拒む理由をきちんと言え。…皆にわかるようにな」

 

 アルベルトが淡々と促すと……

 

「……わ、わたし…は…グレンや、ルミアや、システィーナと離れたくない…一人になるのが…怖い…だ、だから……」

 

 絞り出すようなリィエルの言葉に、グレンは後頭部を殴られたような衝撃を覚えた。

 

 アルベルトが軽く嘆息しながら言葉を続ける。

 

「リィエルは『Project:Revive Life』の世界初の成功例。かつて、天の智慧研究会の暗殺者だったイルシア=レイフォードの肉体と精神を複製して生み出された魔造人間だ」

 

「………」

 

「この世に生を享けてまだ日は浅く、その浅い日々すら、戦いの世界で生きてきた時間の方が長い。抑も受け継いだイルシアの精神そのものが異常な環境で生きた、普通ではないものだ。肉体的には十四、五歳の少女かもしれんが…リィエルはまだ”子供”だ」

 

 思わずグレンが、苦々しい顔でリィエルを見やる。

 

「そんなリィエルにとって、先生やルミア、システィーナ、そして他のクラスの連中は、心の拠り所…『依存』対象なんです。一時的にとはいえ、頭ごなしにそこから離れろってのは、生まれたばかりの赤ん坊から母親を奪うようなもんです。…察してやってくだせえ」

 

 ジョセフとアルベルトの正論過ぎる指摘に、グレンはぐうの音も出ない。

 

 確かにそうだった。最近のリィエルが、日向の世界であまりにも普通に過ごしているから…いつの間にか、グレンは失念していたのだ。リィエルの潜在的な幼さを。

 

 かつて、自分の心の拠り所を、亡き兄に重ねたグレンに『依存』していたリィエル。『遠征学修』の一件で、リィエルは確かに精神的な成長を果たし、自分の生きるべき道を探そうと決意し、おっかなびっくり前に一歩を踏み出した。

 

 だが――それだけで、どうして『もう、リィエルは大丈夫』…などと勘違いしてしまったのか。そんな決意をしたところで、依存心や精神的幼さは急に消えはしない。人の心の成長は、当たり前のことだが、それなりの時間を要するのだ。

 

 誰かに依存するのは別に悪いことではなく、成長の過程で誰しもが通る普通のことだ。

 

 そんな幼いリィエルが、いつか精神的に独り立ちできるように、見守り、導き、支えてやることが、教師たる自分の仕事だったはずなのに……

 

「……はぁ…俺もまだまだってことか……」

 

 こんなことで凹まされるあたり、なんだか俺も真っ当に教師やってんなぁ…と、苦笑しながら、グレンはリィエルを振り返る。

 

「悪かったな、リィエル。お前の意見も聞かずに、無理強いしようとして」

 

「ん……」

 

「だが、どうする…?実際問題として、短期留学をしねーと、本当に落第退学になっちまうぞ…?うーん……」

 

 再び、振り出しに戻った問題に、グレンが頭を抱えていると。

 

「あの、先生…私に考えがあるんですけど……」

 

 ルミアがおずおずと進言する。

 

「なんだ?」

 

「その…私とシスティも、リィエルと一緒に、聖リリィ魔術女学院へ短期留学する…というのはどうでしょうか?」

 

「あっ!それはいい考えね!それならリィエルも安心できるんじゃない?」

 

 システィーナも名案とばかりに、ぽんと手を叩いて同意する。

 

「それに、お前達がいれば、支えになるから、勉強もなんとかなるし、何よりもルミアの護衛もある…なるほどね。考えたなぁ」

 

「うん、リィエルは私の護衛なんだし…だったら、私も一緒に行った方がいいかなって」

 

「……何か、もの凄く間違ってるような気もするが…まぁ、確かに」

 

 ルミアの言葉に、グレンが呆れたように肩を竦める。

 

「だが、可能なのか?そんなことが……」

 

「可能だ」

 

 そして、グレンの質問に、アルベルトが即答していた。

 

「それが護衛効率上、上策だと軍の上層部は判断した。それに上層部としても、元・王女の直近護衛という特権は自分達の手に維持したい所なのだ。故に≪隠者≫の翁が既にその工作に動いている。王女とフィーベル、そして『黒い悪魔』――スペンサーにも、間もなく短期留学のオファーが来るだろう。実は今回、俺がお前達の前に姿を現したのは、その通達のためだ」

 

「……ん?」

 

 それを聞いた瞬間、ジョセフは目を点にして硬直する。

 

「そ、そうだったのか!いやぁ、仕事早ぇなぁ!そゆことは早く言えって!」

 

 グレンが明るい表情で、リィエルに振り返る。

 

「ちょちょちょちょちょ!?≪星≫さん、今さらりと俺の名前言わなかった!?」

 

 ジョセフは慌てたように、なんで自分の名前が入っているのか、アルベルトに問い詰める。

 

 アルベルトはそれを肯定するかのように無言を貫く。

 

「そういえば、言っていたような……」

 

「でも、確かあそこって……」

 

 システィーナもルミアもアルベルトの真意がわからず、困惑している。

 

「いやいやいやいやいやッ!そりゃ、確かに過去に女装して潜入した任務もありますよ!けど、今回のは件の組織絡みじゃなさそうですし、帝国政府同士の問題でしょう?そこに連邦の者が入るって――」

 

「その件だが、今回の任務に限り、お前は帝国宮廷魔導士団特務分室の指揮下に入れさせてもらった。安心しろ。そこは上層部が連邦軍の上層部と話をつけてある」

 

「安心できるかぁ――ッ!?」

 

 ジョセフは頭を抱えながら、そう叫ぶ。

 

「良かったな!ルミアとシスティーナと…ジョセフ…?も一緒だぞ!これなら大丈夫だろ?」

 

 だが……

 

「……グレンは?グレンは来ないの?」

 

 リィエルの表情はまだどこか暗い。手を伸ばし、グレンの袖をそっと握りしめる。

 

「わたし…グレンも一緒じゃないとやだ……」

 

「……俺?…いや、流石に、俺は無理だろ……」

 

 縋るような上目遣いのリィエルに、グレンが苦い顔をする。

 

「だって…聖リリィ魔術女学院って、男子禁制の女子校だぞ?男は敷地内にすら入れないってわけ。こればっかりは工作とかで、どうこうなるもんじゃねえし、ジョセフみたいに女装できるわけじゃねえし……」

 

「いや。グレン、お前もアルザーノ帝国魔術学院から派遣された臨時講師として、リィエルに同行して貰う」

 

 不意に、アルベルトが訳のわからないことを言い始めた。

 

「はぁ!?お前、何言ってんだ!?無理に決まってんだろ!?俺、男だぞ!?」

 

「案ずるな、既に手は打ってある――」

 

 アルベルトがそんな事を言った――その時である。

 

 ちゅどぉおおおおおおおおんっ!

 

 チャペルの壁が突如、外側から魔術によって爆破され――

 

「や!呼ばれて、飛び出てジャジャジャジャーンッ!」

 

 壁に開いた大穴の向こう側に、真夏の太陽のような笑みを浮かべた女がいた。

 

 翻る豪奢な金髪、息止まる魔性の美貌、妖艶なる魅惑の肢体を誇るその美女の名は――

 

「セリカ!?」

 

 つい最近、学院に復帰した魔術教授にして、グレンの師匠、そして大陸最高峰の魔術師たる第七階梯――セリカ=アルフォネアであった。

 

 

 

 

 

 

 






今回はここいらで。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。