ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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80話

 

 

 

「お前、復帰早々何やってんだよ!?今、神様に喧嘩売るの流行ってんのか!?」

 

「話は聞いたぞ!まぁ、私に任せな!」

 

 呆気に取られる一同に構わず、セリカは大股でグレンへ向かって歩いて行く。

 

 そして、セリカは、豊満な胸の谷間から取り出した小瓶に口をつけ、その中身を口内に含み――いきなりグレンを両手で抱きしめて拘束し――

 

 少し踵を浮かせて背伸びをして、グレンへと顔を近づけ――

 

 ずっきゅううううんっ!

 

 そんな空耳と共に、セリカはグレンへ何の躊躇いもなく、接吻していた。

 

「な、な、な、な、なぁああああ――ッ!?」

 

 途端、システィーナが顔を真っ赤に火照らせて、素っ頓狂な声を上げる。

 

「き、き、キス!?キスだなんて!?ずる…不潔ですッ!いきなり何やってるんですか、、アルフォネア教授~~ッ!?あわ、あわわわわわわ――」

 

「~~~~ッ!?(うわぁ……)」

 

 一方、ルミアも顔を真っ赤にして、両の掌で顔を覆い、その指の隙間から濃厚に唇を重ね合う二人を、穴が開くほどしっかりと凝視していた。

 

「お前ら、とにかく落ち着け(あと、システィーナ。お前、さっきズルいといいかけただろ……)」

 

 たっぷり三秒の硬直の後……

 

「――ぷはッ!?げほっ!?」

 

 思考の空白から我に返ったグレンがセリカを振りほどく。

 

「て、テメェ、いきなり何しやがる!?今、俺に一体、何を飲ませた!?」

 

「大丈夫、大丈夫!痛くないからな~?≪陰陽の理は我に在り・万物の創造主に弓引きて・其の躰を造り替えん≫――ッ!」

 

 ぱちん、と指を鳴らしながら、セリカが得意げに呪文をすらすら唱えると――

 

 ――その異変はすぐに起こった。

 

「ぐ、ぐお…な、なんだ!?」

 

 ばちばちと紫電が弾け、グレンの全身から煙が立ち上り始め…その身体のあちこちからメキメキと妙な音が響き始めた。

 

「か、身体が熱ぃ…ッ!?お、おまけになんか…変な…うぐぁあああ――ッ!?」

 

 がくん、と。苦しげに表情を歪め、膝をついてしまうグレン。

 

「せ、先生!?一体、どうしたんですか、先生っ!?」

 

「離れていろ。…まぁ、見てな」

 

 慌てて駆け寄ろうとするシスティーナの腕を、セリカが掴んで引き留める。

 

 そうしている間に、グレンの姿は立ち上る煙にすっかり覆われて見えなくなり…メキメキメキメキと不自然な音は鳴り続け…やがて……

 

「がぁあああああああああああああああああああああああああ――ッ!?」

 

 固唾を呑んで見守るしシスティーナ達を余所に、グレンを包む煙はゆっくり晴れていく。

 

「げほっ、ごほっ…一体、何なんだよ?セリカ、お前、妙な悪戯やめろよ……」

 

 やがて、グレンが嫌そうに煙を振り払いながら、再び一同の前に姿を現す。

 

 だが――システィーナも、ルミアも、ジョセフも、そして、あの何事にも動じないリィエルさえも…煙の中から現れたグレンの姿に、目を瞬かせて唖然としていた。

 

「……ん?何だよ、お前ら?俺の顔に何かついてるか…って、なんだ?俺の声、さっきから妙に甲高いな?風邪でも引いたか……?」

 

 困ったようにグレンが頭をかくと、妙にほっそりした指に長い髪がさらりと絡まった。

 

「な、なんだこりゃ?髪がいつの間にか、こんなに伸びて…?なんか変だな?」

 

「あ、あのぉ…貴方、グレン先生…?ですよね……?」

 

 妙な事を聞いてくるシスティーナに、グレンが訝しむような表情を向ける。

 

「はぁ?お前、一体、何言ってんだ?俺が俺以外の何に見えると……」

 

 そう言いながら、グレンが自分の胸を叩くと……

 

 ぽにょん。普段はない感触が、そこにあった。

 

「……はい?」

 

 グレンが自分の胸部を見下ろす。

 

 シャツを布下から窮屈そうに押し上げる丘陵が二つ、そこにある。

 

「ふむ、俺の固有魔術【戦闘力想定眼】が計測するに…戦闘力はルミアとほぼ互角…87ってところかな?いやぁ、我ながら中々――って、何ぃいいいい――ッ!?」

 

 グレンが目を剥いて、自分の胸を両手で掴み、揉み上げる。

 

「なんじゃこりゃああああああああああああああああ――っ!?オパーイッ!?」

 

「ちょ!?先生ったら、何揉んでるんですか!?女性の胸を無遠慮に揉むなんて、そんなこと許され――あ、あれ!?で、でもこの場合はいいの!?」

 

 混乱するシスティーナを放置し、グレンは一同に背を向けて、股間に手を伸ばしていく。

 

(あ、あれぇ~。なんか、嫌な予感が――)

 

「さぁ、次はスペンサー。お前の分もあるぞ!」

 

「ですよねぇ――ッ!」

 

 セリカがもう一つの小瓶を胸の谷間に挟みながら、ジョセフに向かってくる。

 

「まぁ、お前には選択肢をやろう。グレンみたいに私に接吻されるか、自分で飲むのか。さぁ、選ぶがいい!」

 

「……じゃあ、自分で飲みまーす」

 

 相手がセリカ=アルフォネアである以上、避けられないと悟ったジョセフの表情は…『無』だった。

 

 ジョセフはセリカの胸の谷間に挟んである小瓶を、ひょい、と取り、口に含む。

 

「――はーい。いつでもいいですよー」

 

「何か棒読みになっているし、無になっているが…まぁ、いい――」

 

 そして、セリカはさっきのと同じ呪文を唱え――グレンのと同じような現象が現れ、ジョセフの身体にもメキメキと不自然な音が響き渡る。

 

 そして、ジョセフが煙がら姿を現したら――

 

「……ほぉ、これは…まんまエヴァだな……」

 

 ジョセフの姿を見たセリカはかつて親交があった女性の名を出して、目を見開いていた。

 

「……そりゃ、どうも……」

 

 ジョセフはやはり普段とは妙に甲高い声で言う。

 

 腰まで届く茶髪の髪に、顔形にオッドアイ――確かに、母親と似ていた。

 

 戦闘力はエヴァとは違い、システィーナとウェンディのちょうど中間あたりだったし、身長はだいたいテレサと同じだった。

 

「ぎゃ――ッ!?本来、ないべきものがあって、あるべきものがねぇええ――ッ!?って、ぎゃぁあああああ――ッ!?ジョセフが女になってやがるぅうううう――ッ!?」

 

(うるせぇ――ッ!)

 

 その時、自分の身体に起きた異変を確認するや否や、グレンは一回、ジョセフが女体化している姿を見て絶叫するが、セリカに神速で詰め寄った。

 

「セリカ、てめぇ、一体、俺に何をしたぁ――ッ!?」

 

「変身魔術、白魔【セルフ・ポリモルフ】を応用して、お前を女にした!」

 

 こともなげにそう応じ、とてもいい笑顔でサムズアップ・セリカ。

 

「良かったな!これでお前も聖リリィ魔術女学院に臨時講師として…ぷっ…くっくっ…お、お前ら、なかなか美人じゃん!?あっはははははははははははは――っ!」

 

 そして、グレンとジョセフの姿を天辺からつま先まで眺め、腹を抱えて大笑いするのであった。

 

「協力、感謝する。元・特務分室の執行官ナンバー21≪世界≫のアルフォネア女史」

 

「テメェの差し金かッ!?」

 

 グレンがアルベルトの胸倉を掴み上げて吠えかかる。

 

「吠えるな。元より、上の作戦通りだ。お前とスペンサーは女性に変身して、リィエルと共に聖リリィ魔術女学院へと派遣される」

 

「ふっざけんな!?ナチュラルに俺を巻き込むんじゃねええええ――ッ!?」

 

「因みに、この作戦立案者は、特務分室の室長≪魔術師≫のイヴ=イグナイトだ」

 

「あのアマぁあああああ――ッ!?いつか絶対、泣かすッ!」

 

 ぎゃんぎゃんと喚き散らす女体化グレンと、素っ気なく受け流すアルベルト。

 

 傍から見ると、もう、男女の痴情のもつれにしか見えなかった。

 

「はぁ…うるさいな~……」

 

 ジョセフはグレンが最近親バカになってきているセリカに、問い詰める姿を見ながら、自分の身体を見下ろしていた。

 

 【セルフ・イリュージョン】とは違い、張りぼてではないため、身体が少し重く感じる。まぁ、そのうち慣れるだろうが。

 

 両腕は義手のままでこちらは問題なく動かせる。

 

「多分、腕力とかも幾分か落ちているはずだから、そこらへんも――」

 

 ジョセフが呟いていた、その時。

 

 後ろから、細く白い手が現れ、女体化したジョセフの胸をむぎゅっ!と揉む。

 

「――ッ!」

 

 ジョセフは突然、現れた両手と今まで感じたことのない変な感覚にビクっとする。

 

「……むむむ」

 

 背後から声が聞こえたので、振り返ると、そこにはシスティーナが背後からジョセフの胸を揉みしだいていた。

 

「……何やってんの?システィーナさん」

 

「なんで、私よりも大きいのよッ!?」

 

「………」

 

 知らんがなッ!とジョセフは思いながら、システィーナの両腕を振りほどく。

 

 振り返るとぐるぐると涙目で混乱しているシスティーナの姿がそこにあった。

 

「兎に角、グレンも同行する。これで問題ないな?リィエル」

 

「ん。問題ない。グレンも一緒に来るなら……」

 

「問題大ありだっつーのッ!?」

 

「そ、そ、そ、そうですよ!問題大ありですっ!?だって、そのっ、先生が女性になったら、わ、私、困りますッ!だから、早く元に戻してくださいっ!だ、大体、許せませんよ!そ、その、二人とも、私よりも胸…ッ!大き――」

 

「あの…システィ?ちょっと、落ち着こう?ね?」

 

「さっきから、何言ってんだ?お前……」

 

 ぐるぐるの涙目で混乱しっぱなしのシスティーナを、ルミアとジョセフが苦笑いで宥める。

 

 その場は、段々と泥沼の様相を呈して来るが……

 

「まったく…少しは察しろ、グレン。俺が単なる嫌がらせで、お前に変身する事を強要すると、本気で思うか?」

 

 アルベルトはが予想以上に深刻な目をしていることに気付き、グレンが言葉に詰まる。

 

「い、いや…それは……」

 

「まぁ、半分は嫌がらせだが」

 

「うおーい!?お前、段々、いい性格になってきやがったなぁ!?」

 

 目を血走らせて吠えかかってくるグレンをスルーし、アルベルトが淡々と本題に入る。

 

「さて、今回の一件…お前は妙だと思わなかったか?」

 

「……妙?」

 

「リィエルの落第退学処分…これは、今の帝国政府上層部の勢力争いの状況を考えれば、あり得なくはありませんが…リィエルが落第退学処分になった途端の、この短期留学のオファー……」

 

「こっちは偶然にしちゃ都合が良すぎる…ってことか?」

 

 静かに頷くアルベルトに、たちまち、その場へ重苦しい空気がのしかかる。

 

「リィエルは『Project:Revive Life』…かつての帝国魔術界の最暗部であり、天の智慧研究会すらも一枚絡んだ禁呪の成果だ。今回の一件、単なる上層部の勢力争いとは、また別の思惑が動いているのかもしれん」

 

 すると、グレンが面倒臭そうに、頭をかいてため息を吐いた。

 

「……ったくよぉ…そう聞いちまったら、俺も同行せざるを得ないじゃねーか」

 

「頼む。今、俺達は天の智慧研究会の足跡を追うのに忙殺されているのでな」

 

「ああ、前回の『社交舞踏会』の件から少しは進展があったんだっけ?ごくろうさん」

 

(そういや、そうだったな……)

 

 やれやれ、とグレンは諦めたように肩を竦めるのであった。

 

「グレン……」

 

 そんなグレンに、リィエルがどこか親鳥に縋る雛鳥じみた目を向ける。

 

「はいはい、じゃーねーなってな。今回は、可愛い妹分のために。一肌脱いでやるよ」

 

 グレンは苦笑を零し、リィエルの頭をわしわしと撫でてやるのであった。

 

「ん…ありがとう…ルミアとシスティーナも、ジョセフも……」

 

「え?あ、うん、大丈夫だよ?だって、リィエルのためだもん」

 

「なぁーんか、放っておけないのよね、貴女。世話の焼ける妹っていうかさ」

 

「まぁ、ウチは今さら変えてもらっては困るし」

 

 ルミアとシスティーナは屈託なく笑って、ジョセフは苦笑交じりに、そう応じる。

 

「でも…となると、週末、ウェンディ達と一緒に歌劇鑑賞する予定はキャンセルかな」

 

「そうだね。留学に備えて色々と準備しなくちゃだし……」

 

「ちょっと残念だけど…ま、仕方ないわね。リィエルのためだし!」

 

 特段、気にした風もなく、そんなことを話すシスティーナとルミアだが……

 

「………」

 

 リィエルは、そんな二人を、どこか陰がある表情でじっと見つめていた。

 

「……しかし、これ、どうすっかな?女装じゃなくて、完全に女になってるし…いや、まぁ、いつかは元に戻るだろうし……」

 

 ジョセフは準備とかどうするか考えた時、これ、どないしよ…と思う。

 

(いや、だって、女装した時はそこまで気にしていなかったけど…これ、下着とか大丈夫か?テレサ並みとは言え、背まで縮んでいるからなー……)

 

 男物を持って行くにしても、いざ、見られたらそれはそれで面倒だし……

 

 別に女装の時は、それで良かったのだが……

 

 だからといって、女物を履くのか?それはそれで…恥ずかしい。

 

「……?どうしたの?ジョセフ君」

 

 段々とどんよりしてくるジョセフに、ルミアが問いかける。

 

「いや、なんもないわ……」

 

「?」

 

 マジでどないしよ…ジョセフが人知れず、内心頭を抱えている中、ルミアは不思議そうに首を傾げる。

 

「ヒョオオオオッ!?漲 っ て き た ぜぇえええええ――ッ!?ビバッ!短期留学ッ!やぁあああああってやらぁああああああああああああああああ――」

 

「……≪とりあえず・吹っ飛べ≫」

 

 そんなジョセフとは他所に、セリカに何か唆されたグレンがハイテンションになり、ジト目で、ぼそりと呪文を呟いたシスティーナに。

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああ――ッ!?」

 

 巻き起こる凄まじい突風に、グレンがいつものように空高く吹き飛ばされ、頭上のステンドグラスを突き破っていく。

 

 煽るだけ煽ったセリカは、お腹を抱えて、必死に笑いを堪えているのであった。

 

「……ジョセフ君、良かったらジョセフ君の準備手伝いたいんだけど、いいかな?」

 

「え、えーと…うん、そうだねぇ……」

 

「ふふっ、せっかくの別嬪さんなのに、もったいないよ?」

 

 ジョセフはルミアに押し切られるように、こくり、と頷いていたのであった。

 

 ……『無』になって……

 

 

 

 

 






ここいらでよかろうかな

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