ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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グレンが月組に自己紹介する時になぜか「俺の名は」じゃなくて、「俺のターン」って書こうとしていた今日この頃(頭の中に社長が出てきたに違いない)。


83話

 

 

 お嬢様グループ同士の抗争という謎のカオスから、這々の体で逃げだしたグレン達。

 

 ジニーのアドバイス通り、後方車両の方へ延々と席を探して進んでいく。

 

 そして、ようやく個室席の一つを確保できたグレン達が腰を落ち着け、一息を吐いた。

 

 帝都から聖リリィ魔術女学院まで数時間の旅だ。

 

 昼前に帝都を発ったので、夕方頃、聖リリィ魔術女学院に到着する予定である。

 

 システィーナもルミアも当初こそ、エルザとの会話に華を咲かせていたものの、なにぶん彼女達にはフェジテからの長旅の疲れがある。

 

 そして、眠気を誘う、列車の心地よい揺れ。

 

 次第に、システィーナもルミアも口数が少なくなっていき……

 

「すー…すー……」

 

「……んん…ん……」

 

 やがて、いつの間にか、二人は寝入ってしまっていた。

 

「ぐがー…ぐがー…ぐがー……」

 

 グレンもやかましいイビキを立てながら、即行で眠りこけており……

 

「すぅ……」

 

 ジョセフも今まで慣れない女性姿で緊張しておいたが、リラックスできたのか、静かに窓に頭を預けるように寝ていた。

 

 そして、時間は飛ぶように流れ……

 

 やがて、グレン達を乗せた鉄道列車は、森を過ぎり、峠を越え、湖を迂回し…聖リリィ魔術女学院へと到着していた。

 

 聖リリィ魔術女学院は、湖水地方リリタニアに設置された私立の全寮制魔術学院だ。

 

 四方を山や森、湖に囲まれているとう外界から隔絶された立地、そして男子禁制という制度は、変な虫を嫁入り前の娘につかせず、安心して預けることができる天然の箱庭として、主に上流階級層の子女御用達の魔術学院である。

 

 グレン達にとっては、見知らぬ土地、新たなる場所。

 

 明日から、聖リリィ魔術女学院で過ごす日々が、始まるのである――

 

 

 聖リリィ魔術女学院に到着したグレン達は、とりあえず当初の予定通り、駅前に用意されていた来賓客用の寄宿舎で一夜を明かすことになった。

 

 

 そして――次の日の朝。

 

 本日から登校のため、寄宿舎を出て、学生敷地内を歩き始めると……

 

「うわぁ……」

 

 眼前に広がる光景に、ルミアが目を丸くしていた。

 

 昨日は暗くてよくわからなかったが、学院敷地内…特に鉄道駅前周辺から、聖リリィ魔術女学院本館校舎へと続く大通りにかけて、なんと、書店に飲食店、花屋、オープンカフェにヘアーサロンなど、学生に必要な様々な店が優雅に並んでいたのだ。

 

 無論、店員は全員女性だ。

 

 綺麗に舗装された道路、建ち並ぶ鋭角屋根の建物、店の軒先に下がる看板の意匠、路傍に咲き誇る色とりどりの花、道路に並ぶ街路灯の意匠…どれ一つとっても非常に洗練されたお洒落なものであり、想像以上に華やかな光景がそこには広がっていた。

 

「すごいね…学院の敷地内にこんな街があるんだ……」

 

「……びっくりした」

 

 この時はリィエルも、物珍しそうに周囲をきょろきょろしている。

 

「規模は小さいみたいだけど、お洒落で素敵な町並みよね?雰囲気がすごくいいわ。…うーん、私もこんな学校に通ってみたいなぁ……」

 

 すっかり上機嫌なシスティーナが、楽しそうにそんなことを言うが……

 

「けっ…息が詰まりそうだぜ。帰りてー」

 

「これは、確かに先生に同感かな……」

 

 グレンが、いかにも嫌そうに、不機嫌そうに言い捨て、ジョセフは少し複雑そうに言う。

 

「すぐこれなんだから…まぁ、この雰囲気は、確かに先生やジョセフには似合わないですけど」

 

 野暮な物言いで水を差すグレンに、システィーナがため息を吐くが……

 

「バカ、そんなんじゃねえよ。お前、気付かなかったのか?」

 

 グレンが頭の後ろで手を組み、苦い表情で応じる。

 

「この学院…周囲は深い森に、湖、山…鉄道列車なしに脱出はほぼ不可能…ここは外界から完全に隔絶された陸の孤島じゃねーか」

 

「!」

 

 システィーナが思わずはっとする。

 

「……辺境の地に作られた全寮制のお嬢様学校。世俗の穢れを病的なまでに排除した、無菌培養の温室世界。…こりゃ、こんなお洒落さを演出してもなー…数週間ならまだしも、三年もいるなんて、気がどうにかなりそうって」

 

 ジョセフは学院敷地内の風景を見て、そう言う。

 

 システィーナは昨日の列車の中の光景を思い出す。

 

 帝都から聖リリィ魔術女学院へ向かう列車は、大勢の生徒達で溢れていた。

 

 つまり…それだけ、生徒達が学院の外へ出ていたということだ。皆、この学院から出たかったのだ。たいした長さの休暇でもなかったというのに。

 

「昨日の白百合とか黒百合とか…ジニーさんとやらが言う派閥抗争がなんであるのか…とか、思ったんだが。こりゃ、上流階級ならではの闇があるのかもしれへんな……」

 

「………」

 

 どう返していいかわからず、システィーナが押し黙ってしまう。

 

 こうして、一同が等間隔に街路樹が並ぶ瀟洒な道を進んでいると。

 

 やがて、グレン達の前に、まるで貴族の城館のような、立派で華やかな、聖リリィ魔術女学院本館校舎の偉容が現れるのであった。

 

 

 

 聖リリィ魔術女学院校舎にやってきたグレン達は、早速、学院長室へと通される。

 

「ようこそ、遠路はるばる我が校においで下さいました、皆さん」

 

 学院長室でグレン達を迎えたのは、年の頃、四十前後の、人の良さそうな女性であった。聖リリィ魔術女学院の学院長マリアンヌである。

 

「帝国が世界に誇る魔術の学び舎と名高きアルザーノ帝国魔術学院…そのような所から優秀な生徒や、高名な講師の方々を、この度、我が校にお招きできて大変光栄ですわ」

 

 にっこりと、嬉しそうに笑って挨拶するマリアンヌ。

 

「なにせ、我が校はこのような閉鎖的な空間にあります。余所の学生や講師の方が、この学院に新しい風を吹き込んでくれること、期待してますわ」

 

「まー、あんま期待されても困るんだが…まぁ、それよりも……」

 

 グレンは探りを入れるように言った。

 

「なんで、うちのリィエルに短期留学のオファーなんざ、出したんだ?」

 

「はて…なぜ?とは」

 

 不思議そうに、マリアンヌが小首を傾げる。

 

「ええと…今回、我が校はオファーを出して余所の魔術学院から、短期留学生を特別に受け入れることになったのですが…その際、我が校の本部事務局教育支援部の事前調査によれば、リィエルさんは、我が校に受け入れるに相応しい優秀な生徒だと聞き及んでいたので…何か問題でもあるのでしょうか?」

 

「………」

 

 きな臭ぇ。押し黙るグレンの表情は雄弁にそう語る。

 

 ジョセフもマリアンヌの言葉に釈然としない表情だった。

 

(惨憺たる学業成績に、日々の器物損壊。リィエルがこんなお高く止まったお嬢様学校に相応しくない人物であろうことは、ちょっと調べたらわかるはずや。それならシステイナーナやウェンディ、テレサ、ルミア、リン、アネット、ベラ、キャシーなど…特にシスティーナやウェンディなど、リィエルよりも相応しい生徒はいたはずや)

 

 まぁ、ウェンディにオファーが来なくて良かったと今は思っているが。

 

 それらの女子生徒達をすっ飛ばしての、リィエルの短期留学のオファー。

 

 きな臭さは拭えなかった。

 

(少なくとも、今回は天の智慧研究会絡みの可能性は限りなく低い。それならルミアを指名して、他の生徒達の同行を拒否すればいい話だし、仮にリィエルを骨抜きにして、ルミアを狙おうにも自分が『Project:Revive Life』の成功例、イルシアを基にした魔造人間だとリィエルがわかった今、サイネリア島のような手口は通用しない)

 

 そう、今回は天の智慧研究会絡みではないと見ていいだろう。

 

(だが…なんなんだ、この女学院長は……)

 

 ジョセフはマリアンヌを見る。

 

 一見、人の良さそうな女性ではある。そうではあるのだが……

 

(この女学院長から発せられる微かな雰囲気…あの時のバークス、レオスに似ているこの雰囲気は…なに……?)

 

 バークス=ブラウモンは、グレン率いる二組の『遠征学修』先のサイネリア島中央部にある、白金魔導研究所の所長にして、天の智慧研究会に寝返り、ジョセフとアルベルトによって始末された男。

 

 レオス=クライトスは、クライトス伯爵家の御曹司であり、クライトス学院の優秀な講師であり、軍用魔術の研究者であり、システィーナの幼馴染であり…そして、ジャティスに投与された『天使の塵』の犠牲者となった男。

 

 彼らのその時の雰囲気と似たような感じが、この女学院長から微かに感じているジョセフ。

 

 ジョセフがそんなことを考えていると。

 

「それよりも、大変申し訳ありませんが…レーン先生」

 

 マリアンヌがグレンに言った。

 

「今回、リィエルさん達アルザーノ帝国魔術学院の留学生を受け入れ、同時に、レーン先生に受け持っていただく予定のクラスについてなのですが……」

 

「んあ?なんかあるんすか?」

 

 どうにも歯切れの悪いマリアンヌの物言いに、眉を見初める顰めるグレン。

 

「ところで…レーン先生は、我が校の伝統たる『派閥』についてご存知でしょうか?」

 

「それって、白百合とか黒百合とかのアレっすか?いや…詳しくは」

 

 急な話の転換に、首を傾げるグレン。

 

 すると、マリアンヌが気まずそうに説明を始める。

 

「元々、聖リリィ魔術女学院は、嫁入り前の上流階級層の令嬢に対し、その地位に相応しい作法・教養を身につけさせることを目的として発足した学校です」

 

 アルザーノ帝国では、魔術、剣術、拳闘、乗馬、学問…これらは貴族の五大教養とされている。人の上に立つ者は文武両道たれ、が古典的な帝国貴族の伝統だ。

 

 因みに、連邦では独立当初はこれらの伝統は根付いていたが、競争社会の中での下層階級からの台頭、既存の上流階級の没落など、まるで世代交代のような現象を繰り返した結果、これらの五大教養は最早形骸化している。

 

「……ふうん。国の根幹を支える魔術の基礎研究、魔術師の育成を目的としたアルザーノ帝国魔術学院と性質が違うってわけっすね?」

 

「ええ。そのための閉鎖的な空間、厳格なる規則、硬直したカリキュラム…そして、学院内の生徒の全てが上流階級層出身…そんな特殊な環境が助長したのでしょうね…生徒達の『派閥』形成を」

 

「……ほう?」

 

「学院のほとんどの生徒達は、クラス分けや年次とはまた違った『派閥』という特殊なグループへ、伝統的に所属しています。無論、これは学院側が公認した正式な組織ではないのですが…我々学院運営側はこれを無視できません」

 

「……だろうな。『派閥』を構成する生徒達は、帝国内でも力ある有力貴族や豪商の娘…上流階級層出身者だからな」

 

 もし『ねぇ!パパ、お願ぁい!』を、とある統一した意思の下に一斉に行えば……

 

(うはぁ、確かに厄介やな~。連邦とは違い、帝国ではこれがまぁ効果があるからなぁ……)

 

「はい。元々、息が詰まるような閉塞感をお互いに慰め、励まし合っていこうという生徒同士の交流会、相互自助会のようなものから発足したらしい『派閥』ですが…今では『派閥』の学院側に対する影響力は、学院運営方針に口を出せるほどに強いのです。大規模な有力派閥には、むしろ学院側の方が逆らえない…そのような状況なのです」

 

「おいおい…大丈夫なのか?この学院……」

 

(……絶対、大丈夫じゃないです。この学院……)

 

「そして、現在、この学院には、特に有力な派閥が二つあります。一つは『白百合会』。この学院でもっとも歴史の古い派閥にて、代々秩序と規律を重視してきた伝統派閥。そして、もう一つは『黒百合会』。近年、急速に成長してきた、自由を尊ぶ新興派閥です。このニ派閥は現在、この学院内における主導権を巡って、完全に対立状態にあります」

 

「なんか、こっちの学校も色々と大変そうっすね」(棒)

 

 まったく、興味なさそうなグレンの図。

 

「ええ、嘆かわしい限りですわ。最近はそういった派閥問題の他にも、我が校の一部の女子生徒達が、ウィジャ盤の集いや降霊会などのオカルティズムに傾倒している、怪しい新興宗教団体や謎の魔術組織に密かに通じている例や噂もありまして……」

 

「あー、この学院の閉鎖的体質も、そろそろ限界に来てるんじゃねっすか?それ……」

 

 控えめに言ってヤバイ。グレンが頬を引きつらせ、そんなことを呟いた。

 

「……で?それはともかく…それが一体、どうしたんですか?」

 

「ええと…以上の話を踏まえまして…レーン先生、貴女の担当するクラスはその…少々、問題があるクラスでございまして……」

 

「……問題?どういうことですか?」

 

 

 

「あぁ~なるほど…あのマリアンヌという学院長が歯切れ悪く説明するわけだ」

 

 ……早速、始まったグレンの最初の授業にて。

 

 隣に座っている今にも怒りが爆発しそうなシスティーナを、ルミアと一緒に宥めながら、ジョセフは内心、早く帰りたいと頭を抱えていた。

 

 

 

 聖リリィ魔術女学院は三つの学年と、花・月・雪・星・空の五つのクラスで構成されている。先刻のマリアンヌとの会見後、グレン達は早速、リィエル達を受け入れ、グレンが臨時担任を引き受けることになった二年次生月組へとやってきたのだが――

 

「えーと、俺の名はレーン=グレダス。今日から、お前らの勉強を短期ではあるが見ることになった臨時講師だ。よろしくな!」

 

「はーい、アルザーノ帝国魔術学院から来ました、ジョセフィーヌ=ロートリンゲンです。よろしくお願いしまーす」

 

「システィーナ=フィーベル。アルザーノ帝国魔術学院からやってきました」

 

「ルミア=ティンジェルです。短い間ですが、皆さん、どうかよろしくお願いしますね」

 

「……リィエル=レイフォード」

 

 生徒達の前で、グレン達がそんな定番の自己紹介をするも……

 

「あ、あるぇー……?」

 

 しーん。

 

 新しい仲間、新しい教師がやって来て、普通ならばそれなりに盛り上がるはずの場面だというのに、どうにも月組の生徒達の反応は冷ややかで鈍く……

 

(あ、これはもう嫌な予感しかせんわ……)

 

 ジョセフはもう帰りたいと内心、さめざめと泣きながら思っていた。

 

 

 

 


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