ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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84話

 

 

 

「……それで、この一節の呪文が、ここに入ることによって、件の心理法則に従い、魔術式の…ここだ、この部分を増幅して物理作用力が……」

 

 そして、どこか気まずい空気の中、始まったグレンの最初の授業。

 

 聖リリィ魔術女学院のカリキュラムに従い、グレンは黒板上にチョークで呪文と魔術式を書き連ねながら、懇切丁寧に、呪文の構文解説を行っていく。

 

 いつも通り、魔術の初心者なら容易に理解できるように、魔術の上級者ならより理解が深まるように…流石はグレンの首をいつも皮一枚で繋いでいる素晴らしい授業だ。

 

 だが――

 

「これは…酷い……」

 

 一方、システィーナ達と中央最前列の席についていたジョセフは顔を引きつらせながら、周囲を見渡す。

 

 マリアンヌの説明を聞いていたから多少は想定していたが、今、見ている光景は想定以上に酷かった。

 

 これ、ハースケ先生とかだったら、髪の毛全部抜け落ちるだろうなというレベルの酷さ。

 

 今、月組の教室内では、四十人近いクラスの女子生徒達が半々くらいに分かれ、それぞれ教室の左右に寄り集まり、それぞれとある生徒を中心に二つの集団を作っている。

 

「おーっほっほっほ!中々良いお味ですわ!わたくしに相応しい一品ですわね!」

 

 向かって教室の右側。フランシーヌを中心とした『白百合会』の集団。

 

「よっしゃ、いい引きっ!チップを十枚レイズだぜっ!」

 

 向かって教室の左側。コレットを中心とした『黒百合会』の集団。

 

 フランシーヌ達は、ティーセットや三段トレイに載った茶菓子を山のように用意し、詩集を片手に優雅なティータイムを満喫しつつ、雑談に華を咲かせており……

 

 コレット達はコレット達で、賭けトランプや賭け戦戯盤で大盛り上がりだ。

 

(なに…これ…?これって、もう……)

 

 どれぐらい酷いのかというと……

 

「ってか、今、授業中だぞ!?お前ら、何やってんだ!?学級崩壊とか、授業拒否とか、もうそんなレベルじゃねーぞ、なんだこれ!?」

 

「もうっ!『黒百合会』っ!さっきからうるさいですわよ!あと、先生も!」

 

「ああ!?うっせえのは、てめえら『白百合会』だろ!?あと、先生もなっ!」

 

 グレンを完全にオマケ扱いして、フランシーヌとコレットはお互いに因縁をつけ始め……

 

「うるさいのは、お前ら全員じゃああああああああああああああああ――っ!?」

 

 がたぁああああんっ!

 

 グレンが必殺固有魔術【教卓ちゃぶ台返し】を披露するほどであった。

 

 しかし、そんな派手なことをやっても、フランシーヌ達もコレット達も、グレンをガン無視して、言い争い、小競り合いを始める。

 

「よーしっ!そこに直れ、お前ら!全員、お尻ペンペンの刑――」

 

 こめかみをひくつかせたグレンが、指を鳴らして間に割って入ろうとするも……

 

「「「「「「「「「「部外者の貴女は黙ってくださいっ!」」」」」」」」」」

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ――っ!?」

 

 一斉に飛んできた、電撃、突風、水撃、空気衝撃、冷気、熱風の雨あられに、グレンがもみくちゃにされながら吹き飛ばされ、ごろんごろんと元の場所に戻ってくる。

 

 最早、舐められている…とか、そういうレベルの話ですらなかった。

 

「だ、大丈夫ですか!?先生っ!」

 

「はぁ…はぁ…ああくそ、もう!少々、インテリぶってヒネたやつが多いけど、アルザーノ帝国魔術学院の生徒がいかに真面目な模範生で、教師にとってありがたーい連中だったか、身にしみてきたぜ……」

 

 ルミアに助け起こされたズタボロのグレンが、半眼でうめく。

 

「……生徒が真面目に授業を聞いてくれない…逆に先生も、教師が真面目に授業をやってくれなかった生徒の気持ちが少しはわかったかしら?…今さらですけど」

 

 中央最前列の席で、頬杖をついてジト目なシスティーナがぼそりと言う。

 

 恐らく、まだジョセフが魔術学院に来る前、グレンが来たばかりのことを言っているのだろう。

 

「ぐ…マジですんませんでした……」

 

 グレンは我が身を振り返り、頬を引きつらせるしかない。

 

 とはいえ、この状況は生真面目な優等生の代表格たるシスティーナにとっても怒り心頭ものらしく、握り拳をぶるぶる振るわせ、暴発を今か今かと待ち構える状態だ。留学生という外様な立場でなかったら、とっくの昔に行動に出ているであろう。

 

 ジョセフもこれはひどい光景に見えて、一体、どうやって単位とか取ってるんだ?とか、上流階級層の中でもアホな連中じゃないのか?と、もう、なんだか、とりあえず呆れて物が言えない状態だった。

 

 そう。

 

 グレンが一時的に受け持つことになったこの二年次月組は…フランシーヌとコレット…白百合会、黒百合会の両トップが同時に在籍し、そのニ派閥の中核を構成するメンバー達がぎっちり詰め込まれた、両派閥間抗争の最前線だったのである。

 

「ったく…おい、責任者出せ…誰だ、ンなクラス分けしやがったアホは…?いや…むしろ、産業廃棄物を一纏めにしたかったのか……?」

 

 と、その時である。

 

「……そ、その…申し訳ありません、レーン先生…せっかく、わざわざ遠いところからいらしてくださったのに……」

 

 中央最前列の一角に腰かけるエルザが、しゅんと肩を落として言った。

 

 なんと、エルザまでもこのクラスの一員だったというから驚きだ。

 

 偶然とは恐ろしい。

 

「いーよ、いーよ。お前が謝ってもしゃーねえ」

 

 はぁ~~っと、深いため息を吐くグレン。

 

「しかし、エルザ…お前は俺の授業を呑気に受けてていいのか?俺が言うのもなんだが…こういうのって、付き合いってもんがあるんじゃねえの?」

 

 グレンはちらり、と二つのグループに分かれる集団を流し見る。

 

「あ、はは…えと…私はその…どちらの派閥にも所属してないから……」

 

 少し寂しそうに、エルザが言う。

 

「私、実は魔術師としては、落ちこぼれなんです……」

 

「え?そうなん?」

 

 グレンが意外そうに、エルザの手元の板書を見る。

 

 グレンの授業の要諦を要領よく、丁寧に纏めており、生真面目さが窺える。

 

 控えめに見ても、上から数えた方が早い優等生のオーラが感じられるのだが……

 

「だから、こんな私が皆の中に入るのは、なんだか悪い気がして……」

 

「はぁ?そりゃ一体どういうことだ?お前、何言って……?」

 

 思わずグレンが、深入りしようとすると。

 

「人には色々あるものです。余計な詮索は野暮ですよ、レーン先生」

 

 そう言って窘めたのは、フランシーヌの侍女、ジニーであった。

 

 先日、列車内でグレン達に助言してくれたジニーも、エルザと同じく中央最前列付近の席につき、グレンの授業を聞いていたのである。

 

「……ま、お前の言うことももっともか」

 

 確かにグレンとエルザはまだ出会ってから日も浅い。

 

 ジニーの言うことももっともだと思い、エルザへの詮索を早々に切り上げる。

 

「それにしても、ジニーさんよ…これ、なんとかならへんの?お宅のアホお嬢だけでもなんとかならへん?」

 

 ジョセフはこのクラスの惨状を見渡す。

 

 どうやら騒ぎは収まったようだが、見るも無惨な学級崩壊っぷりは、相変わらずだ。

 

「無理です。私が言って聞くようなら、前任の先生はあんなことは…よよよ」(棒)

 

 完全な棒読みの他人事、演技百パーセントで、ジニーが両手で顔を覆ってみせる。

 

「マジで…見た感じ不良っぽい黒百合の連中はともかく、アホお嬢とそのお仲間は、学院内における秩序を重んじる派閥じゃなかったっけ……?」

 

「ええ、重んじてますよ?なにせ、白百合会は、今のこの時間を『朝のお茶会』の時間だと伝統的に定めているのですから。白百合会に所属する人で、それに従わない人は秩序を破壊する『悪』になります」

 

「ワーオ、なにその狂気っぷり」

 

「そもそも、白百合会に属する生徒達は、この学院の授業をほとんど受けません。カフェや図書室、中庭などで、自分達が独自に招いた”優秀な”家庭教師を囲み、いつも皆で優雅(笑)に、お勉強会(笑)を開いています」

 

「ん?待てよ?それ単位取得とかどうしてるん?」

 

「白百合会は、そのお勉強会で単位が取れることを学院側に認めさせており、もう、やりたい放題です。そして、そのお勉強会のスケジュールは、実に時間や規則に厳格で、そのあたりが秩序(笑)らしいです」

 

「あ、一番アカン秩序だ、それ。下手な不良より性質悪い……」

 

 最早、呆れてため息すらでないジョセフである。

 

「ったく、変なやつばっかだな、この学院…しかし、エルザ同様、ジニーも俺の授業、聞くんだな?お前、一応、立場的に白百合会のメンバーじゃねーのか?」

 

「いや、だって、もったいないじゃないですか」

 

 本当にそう思っているのか否か、よくわからない棒読みでジニーが言う。

 

「うちのクラスの連中、エルザさんと私以外、誰も聞いちゃいませんけど…レーン先生の授業、すごいレベル高いですし。ぶっちゃけ、あのアホお嬢どもが囲んでる家庭教師連中なんかと比べものになりませんし。…聞かなきゃ損です」

 

「本当に、そうですよね!私も驚いてしまいました!」

 

 ジニーの他人事みたいな物言いに、エルザが少し興奮気味に同意する。

 

「アルザーノ帝国魔術学院の方々は、いつもこのような素晴らしい授業を受けているんですか?なんだか羨ましいです」

 

「あ、あはは…そう?」

 

 つい、自分が褒められたかのように嬉しくなってしまうシスティーナであった。

 

「ええ、それには同意ですね。うちの学校は基本、貴族の教養として魔術が身につけばいい的なとこあるんで、先生みたいに根本的な本質を丁寧に解く……」

 

 誰に対しても興味なさそうなジニーが珍しく饒舌になりかけた…その時である。

 

「ジニーッ!何をやっているんですの!?早く、お茶のお代わりを持ちなさいっ!」

 

 教室右側からフランシーヌのキンキン声が上がり……

 

 ちっ…ジニーが露骨に舌打ちしつつも……

 

「はっ!只今参ります!お嬢様!」

 

 即座に忠犬モードに切り替わり、立ち上がる。

 

「なぁ、お宅さん…よく、あんなアホお嬢に付き従ってるな……」

 

「……ま、あんなのでも幼い頃から苦楽を共にした姉妹みたいなものですから。別に嫌いじゃないです。時たま…いえ、しょっちゅう、ウザいですけど」

 

 無表情をほんの少し苦笑の形に歪める。

 

「さて、連中に関してですが、こんなクラスに配属された時点で運がなかったと諦めてください。まぁ、あれで根っこは悪い連中ではないですから、関わらず放置しとけば害はありません。なあなあで行くことをお勧めします」

 

 そんなありがたくもないアドバイスを残して…ジニーは去って行った。

 

「はぁ、ホンマに彼女も大変やなぁ……」

 

 普段からわかってはいたが、あのドジっ娘ツインテールお嬢があのアホ縦ロールお嬢に比べたら、いかにしっかりしているのか。これを見ると改めて痛感する。

 

「しっかし、なぁーんとかしねぇとなぁ、この状況……」

 

 目下の大問題は他でもない、リィエルのことだ。

 

 リィエルがアルザーノ帝国魔術学院の落第退学を回避するには、この留学先で授業を受け、一定の単位を修得することが必須条件だ。

 

 だが、このままでは授業そのものが成立しない。テストもできないし、出席表のサインすら集まらない。授業が成立しなければ、当然、単位も取得できない。

 

 このクラスの惨状をなんとかしない限り、リィエルの落第退学は最早、必然だ。

 

「……どうするんですか?」

 

 システィーナが不安げにグレンに問う。

 

 グレンはしばらく、口元で掌で覆いながら、静かに熟考し……

 

「俺にいい考えがある!」

 

「あ、駄目なフラグが即行で立ちましたね」

 

 自信満々などや顔をするグレンに、システィーナがため息を吐いた。

 

「ふっ、何を馬鹿なことを…今から試すのは、セリカ直伝の問題解決なんだぞ?」

 

「えっ、アルフォネア教授の?」

 

 セリカ=アルフォネア。人外とされる第七階梯の魔術師にて、元・帝国宮廷魔導士団特務分室の最強執行官と評されたナンバー21≪世界≫。自他共に認める大陸最強の魔術師――即ち、世界最強クラスの賢者だ。

 

「と、いうことは…ひょっとして期待持てるのかしら……?」

 

「おう!あのセリカの唯一の愛弟子たる俺に任せろ!」

 

「……うん、なんだろう。絶対、教授のことだからアレだな……」

 

 そう誇らしげに胸を張る今日のグレンは、なんとも頼もしく見えた。

 

 ……ジョセフは、それをジト目で流し見る。

 

「ふっ…刮目せよ!あのセリカが四百年かけて培った大いなる智慧…万難をねじ伏せる魔法の一手…それは……」

 

「……ごくり…それは……?」

 

 グレンは太陽のような笑顔のまま、数秒間、しっかりもったいぶってためて……

 

 そして…ぶちんっ!

 

「強硬手段じゃあああああああああああああああああああああ――っ!」

 

 突然、グレンがブチ切れ、大騒ぎする女子生徒達の方へ猛ダッシュする。

 

「どおおおおおおおおおっせぇえいいやぁああああああああああああああ――ッ!」

 

 どがっしゃぁああああああああんっ!

 

 猛ダッシュからの砲弾ような水平跳び蹴りで、フランシーヌ達が取り囲むティーセットや茶菓子の三段トレイを派手に吹き飛ばし――

 

「あああああぁたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた――ッ!」

 

 ばばばっ!ばばばばばばば――っ!

 

 ハリケーン・グレンは続いて、コレット達の手にある雑誌やトランプなどの遊具を、神速で駆け抜けながら、残像が踊るような挙動でひったくりまくって回収し――

 

「――ほぉうぉっあぁあああっちゃぁあああああああああああああああああ――ッ!」

 

 水が流れるような動作で、窓の外へと放り捨てていた。

 

 放物線を描いて飛んでいく『授業中に相応しくない物品』の数々……

 

「ふぅい~~、きぃ~もてぃいいぃ~~~~ッ!」

 

 グレンは額の汗を拭いながら、何かをやり遂げたような、とても良い笑顔だった。

 

「!?!?!?!?!?」

 

「……すげぇ。やりやがりました……」

 

 目を白黒させるエルザに、唖然として呟くジニー……

 

「「「「…………………………」」」」

 

 流石に、教室中の全ての生徒が、この事態には呆然とするしかなく……

 

「授業中は静かにね☆」

 

 グレンは再び教壇に立ち、笑顔で生徒達へと振り返って、サムズアップであった。

 

「……知ってた」

 

「……まぁ、わかってた。…だって、アルフォネア教授直伝でしたもんね」

 

「あ、あはは……」

 

 頭を抱えて突っ伏すジョセフとシスティーナに、苦笑いしかないルミアである。

 

「あ、あ、貴女っ!?これは一体、どどど、どういうつもりですの!?」

 

「おい、てめぇ。先生よぉ…これ、どう落とし前つけるつもりだ、ああ、こらぁ?」

 

 そして案の定、フランシーヌとコレットが肩を怒らせ、殺気立つ取り巻きを引き連れ、グレンに迫るが……

 

「えー、つまり、この構文を分解整理するとだな、呪文の各基礎属性値の変動は……」

 

 それをガン無視で授業を再開しているグレンの図。

 

「人の話を聞きなさいぃいいいいい――っ!?」

 

「人の話を聞けぇええええええええ――っ!?」

 

 やはり、人を煽ることに関しては、世間知らずなお嬢様連中より、グレンの方が何枚も上手のようであった(まったく褒められたものではないが)。

 

 ていうか先生、煽りに関しては、第七階梯もんでしょ……

 

「まったく…アルザーノ帝国魔術学院からやってきた臨時教師が何か知りませんが…どうやら貴女には、教育が必要なようですわね!」

 

「おい、先生よぉ?教えてやろうかぁ?誰がこの学院の支配者なのかをなぁ?余所モンがあまりデカい顔してんじゃねえぞ?…ああ?」

 

 世間知らずのお嬢様であるがゆえに、煽られ耐性のないフランシーヌとコレット。

 

 コレットが鋲付き手袋を嵌めた手でグレンを強引に振り向かせて、その胸倉を掴み上げ…フランシーヌが抜き放った細剣を首筋に当てた。

 

 たちまち一触即発の緊張が、クラス中を支配していく――

 

 

 

 





今回はここで。

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