ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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85話

 

 ――そんなクラスの雰囲気に、敏感に反応する者がいた。

 

(……なに?こいつら。…ひょっとして、グレンの敵?)

 

 今の今まで、興味なさそうに眠たげだったリィエルだ。

 

(……だったら、許さない。…斬る。グレンの敵は、わたしの敵)

 

 放っておけば、すぐ一人、手綱を手放した戦車のように暴走するリィエルである。

 

 今回も、その至極単純な行動原理に則って……

 

「……≪万象に希う・我が腕に・剛毅なる刃を≫……」

 

 十八番の高速武器錬成呪文を、ぼそりと口走る。

 

 錬金術の【形質変化法】と【根源素配列変換】を応用して、瞬時に超高品質の武器を錬成する…忍び込んだ先の、いかなる状況下においても適切な武器を調達・運用できるこの術は、とある組織の暗殺者が好んで使う【隠す爪】と呼ばれる暗殺魔術である。

 

 リィエルは、最早息を吸うようにできるそれを、いつものように起動する。

 

 虚空より光の粒子が寄り集まり、リィエルの右手にいつもの大剣を形成していき……

 

(とりあえず、グレンをいじめるこの変な人達…みんな、ボコる)

 

 システィーナもルミアも、今はグレンの動向にはらはらとしており、この時ばかりはリィエルが暴走する気配に気付けなかった。

 

 ジョセフは、この気配に気付き、「手を出すな」と睨み付ける。

 

 だが――

 

(……関係ない。みんな、ボコる)

 

 ストッパーが充分に機能しなければ、最早リィエルは放たれるだけの矢だ。

 

 留学先で留学生によって引き起こされる凄惨な傷害事件――リィエルが留学初日で送還処分という大快挙を成し遂げようとした――まさに、その時である。

 

「リィエル…どうしたの?」

 

「あ」

 

 一歩踏み出しかけたリィエルの前に、エルザが立っていた。

 

「なんだか、少し怖い顔してるよ?…大丈夫?」

 

 気遣うように小首を傾げてくるエルザの姿に、思わず毒気を抜かれたリィエルは、高速武器錬成を解除する。形成されかかっていた大剣が光の粒子と解けていく。

 

「……ちょっと怒ってた。…皆が、グレンをいじめるから」

 

「そう…リィエルはレーン先生が大好きなんだね?」

 

「ん。好き。だから、わたしはグレンを守る。グレンをいじめる皆をやっつける。だから…どいて、エルザ」

 

「そうなんだ…でも、リィエル。もう少しレーン先生を信じてみない?」

 

「!」

 

「私はまだ、先生とはほんの少ししか付き合いがないけど…なんとなく先生が凄い人だって、私にもわかるよ。きっと先生には何か考えがあるんじゃないかな……?」

 

「………」

 

 エルザの言葉に、リィエルが押し黙る。

 

「今、問題を起こしたら、リィエル、きっとこの学院を追い出されちゃうよ?そうなったらレーン先生はきっと悲しむだろうし、それに……」

 

 エルザはリィエルを真っ直ぐ見つめ、微笑みながら言った。

 

「……せっかく、こうして貴女と出会えて、同じクラスにもなれたのに…いい友達になれるかもって思ったのに…私は、やだな、そんなの……」

 

 すると、リィエルはしばらくの間、そんなことを言うエルザを、まるで珍獣か何かのように、じっと感情の読めない目で見つめ……

 

「……ん。わかった。エルザの言うとおりにする。…グレンを信じる」

 

 おずおずと浮かしかけていた腰を落ち着ける。

 

 そんなリィエルに、エルザはにっこりと笑うのであった。

 

 

 

 そんな、密かなリィエル初日追放処分の危機とは裏腹に――

 

「大体、アルザーノ帝国魔術学院ってアレだろ?軟弱ガリ勉ヤロー共が群れ集まってるド田舎学校だろ?そんなトコの講師に教えてもらうことなんかねえんだよ!」

 

「同感ですわ。わたくし達は貴族、高貴なる者の義務として弱き民を守る確かな『力』が必要なのです。そして、『魔術』はこの世界でもっとも強く偉大なる『力』…つまり、高貴なるわたくし達にこそ『魔術師』という崇高な肩書きが相応しいのですが……」

 

 コレットとフランシーヌが、口々に嘲弄の言葉をグレンへと投げつける。

 

(はぁ~~~~~~~~~)

 

 やっぱ、こいつらアホどころか、大馬鹿野郎だとジョセフは内心ため息を吐く。

 

(こんな連中に守られる民の気の毒さといったらもう……)

 

「要はアンタら、アルザーノ帝国魔術学院でやってる『魔術』ってのは、卓上のママゴトなんだろ?実戦的じゃねーんだよ。屁の役にも立たねえ」

 

「わたくし達に必要なのは『力』、そして『力』ある『魔術師』になるための、より洗練された授業なのですわ。ご理解いただけたら、邪魔しないで頂きたいものですわね」

 

 対するグレンは無言。言わせたい放題だ。

 

(あぁ、『井の中の蛙』とはまさにこの事か)

 

「そもそもレーン先生。貴女、なんなのですか?そのまるで殿方のような服装と言葉遣い…それだけで、この格式高い学院の講師には相応しくない証左ですわ!」

 

「おまけにあのイモ臭ぇ四人組…アルザーノなんちゃらってのは、あんなのしか居ないわけ?もう雰囲気がね、根暗っぽいっつーか、庶民臭ぇっつーか、イケてねえ。ド田舎でベンキョーばっかやってるとああなんのかねぇ?あー、やだやだ……」

 

 そんなフランシーヌとコレットの言葉に同意するように、取り巻き達も、グレンやシスティーナ達を遠巻きに眺めて、くすくすと小馬鹿にするように笑い始める始末である。

 

(あー、流石は『箱入りお嬢様』やな……)

 

「こ、この人達…ッ!いい加減に――」

 

 鼻で笑うジョセフ。

 

 流石に我慢できなくなったシスティーナが立ち上がった…その時だ。

 

「クックックッ……」

 

 グレンが不敵な笑いを浮かべ…グレンの胸倉を掴むコレットの手を左手で軽く取り、グレンの首筋に当てられたフランシーヌの細剣の刀身を右手で摘まみ……

 

 次の瞬間。

 

「あ、あれっ……?」

 

「な…ッ!?あ、貴女…いつの間に……ッ!?」

 

 胸倉を掴むコレットの手は外され、フランシーヌの細剣はグレンに奪われていた。

 

 グレンは奪った細剣をフランシーヌへ放り返し、乱れた胸元を整えつつ、言った。

 

「なるほど、なるほど、『力』ねぇ…まぁ、いいんじゃね?まったくオススメはしねーが、欲しけりゃ、好きにすりゃいいさ…だっはっはっはっ!」

 

「な、何がおかしいんですの!?」

 

 投げ返された細剣を慌てて受け止めながら、フランシーヌがいきり立つ。

 

「いや、何…そこまで『力』に固執する連中が、与えられた銃の使い方だけは必死に練習するくせに、その運用法や戦術、はたまた銃の機構を理解して、より高威力の大砲を自作することには目が向かないなんて…なんつーか、お前ら、中途半端だなぁ…と」

 

「仰っている意味はわかりませんが…侮辱されたってことはわかりますわ」

 

「おい、アンタ…この状況で、随分といい度胸じゃねえか…ああ?喧嘩売ってんのか…?買うぞ?」

 

 クラス中の白百合会、黒百合会の生徒達の間に、剣呑な空気が流れ始めるが……

 

「ふっ…なら試してみるか?」

 

 それを見てとったグレンは、不敵で大胆な笑みを崩さず、すかさずそんなことを言う。

 

「お前らが今、バカにしたアルザーノ帝国魔術学院…そこの『役に立たない授業』と『田舎臭い連中』の実力がいかなるものか…試してみるか?」

 

 グレンの思わぬ言葉に、システィーナ、ルミアがはっと息を呑み、ジョセフは特に驚くことなく、いつも通りの表情でグレンを見る。

 

「丁度、次の授業は『魔導戦教練』…一対一の決闘戦じゃ味気ねーし、複数同士で戦う軍団戦じゃこっちは戦術単位を組めるほど頭数がねえ。てなわけで、俺の教え子とお前達とで、三対三のパーティー戦…ってのはどうだ?」

 

 パーティー戦。それは魔術戦の戦闘形式の一つである。

 

 魔導兵戦力を軍団規模で安定運用するため、戦術単位を構成する魔導兵の役割を明確に分けて、個々の戦力を一律規格化して行う魔導兵団戦とは違う。

 

 パーティー戦は、単純な魔術戦能力、チームワーク、咄嗟の柔軟性や判断力…パーティーを構成する個々の実力が、大きく物を言う戦闘方式だ。

 

「万が一、こいつらがお前らに負けたら、俺は即この学院を出てってやる。だが、勝ったら、お前らには俺の言うことをなんでも一つ聞いてもらおうか…どうだ?」

 

 一体、何を企んでいるのか…どこか嫌らしい表情で、挑発するように言うグレン。

 

「それともなんだぁ?負けるのが怖いかぁ?ぐっへっへっ……」

 

「ちょ、ちょっと、先生!?何を勝手に――」

 

 システィーナが慌てて割って入るものの……

 

「レーン先生…貴女、随分と吹きますわね…いいでしょう!ここまで言われて退くのは貴族の名折れ、受けて差し上げましょう!」

 

「はっ!後悔すんなよ!?テメェ!」

 

 すでに状況は、もう後に引けない状況になっており……

 

「ああ、もう…どうしてこうなるのよ……」

 

「あはは……」

 

「まぁ…こっちのほうがどっちにしろ動くから、いいんじゃね?」

 

 システィーナは深いため息を吐き、ルミアは曖昧に笑い、ジョセフは大きく伸びをするのであった。

 

 

 

 そして。

 

 聖リリィ魔術女学院敷地内にある、広々とした運動場――森を切り拓いて整地され、柔らかな芝生が一面に張られたその場所に、月組の関係者一同が全員集合する。

 

「それでは、これから『魔導戦教練』の授業を始めまーす」

 

 女子生徒達のなんとも険悪な視線が集まる中、グレンがふてぶてしく宣言する。

 

「ああもう、肩身が狭いなぁ…どうして、あんな喧嘩を売るような真似を……」

 

「でも…おかげで、クラスの生徒達は皆、先生の授業に参加してるよ?」

 

 システィーナが居心地悪そうに身じろぎし、ルミアがくすりと笑う。

 

「じゃあ、そのために先生はわざと皆を煽ったっていうこと?どうかなぁ…?半分くらい素だと思うけど…不安だわ……」

 

 システィーナはため息を吐くしかない。

 

「まぁ、でも、システィーナにとっては、こいつら楽勝なんじゃない?」

 

「うーん、まぁ、それはそうだけど……」

 

 ジョセフのこの余裕の言葉に、システィーナはそう答える。

 

「では、先生。ルールの確認ですわ」

 

 そして、フランシーヌが不敵な笑みを浮かべて、グレンに言った。

 

「三対三のパーティー戦。方式は非殺傷系呪文によるサブスト。模擬剣や徒手空拳のよる近接格闘戦もありとしますわ。降参、気絶、場外退場、もしくは致死判定をもって、その術者の脱落とする…よろしいでしょうか?」

 

 サブストとは、学生レベルの模擬魔術戦でよくあるルールだ。

 

 学生用の非殺傷系の攻性呪文のダメージを、類似した殺傷系の攻性呪文のダメージに置き換えて致死判定を行う…というものである。

 

 例えば、サブスト・ルール下では、非殺傷呪文である【ショック・ボルト】は、効果範囲が酷似している殺傷呪文【ライトニング・ピアス】と見なされるので、それを何の魔術的防御もなしに素受けしたら、致死判定を受けることになる。

 

「ああ、それでいいぜ」

 

 特に珍しくもないパーティー戦ルールだったので、グレンは適当に聞き流すが……

 

「あと、もう一つ。…この勝負、たとえ非殺傷系の呪文でも…炎熱系の呪文だけは使用禁止でお願いしますわ」

 

「炎熱系呪文なし……?」

 

 妙な追加ルールに、グレンが訝しむように眉根をひそめた。

 

 確かに、炎熱系呪文は非殺傷系呪文の中では特に威力が高い。『非殺傷』と名がついてはいるものの、まともに喰らえば、軽度の火傷ぐらいの危険はある。もちろん、法医呪文があれば、痕を残すことなく綺麗に治癒することは可能だが……

 

(うーん、火傷を恐れている…といえばそうなのだろうが……)

 

 ジョセフは炎熱系呪文禁止のルールを追加する前に、フランシーヌがエルザをちらりと見ているのを、見逃さなかった。

 

 そして、グレンの怪訝な表情などつゆ知らず、フランシーヌが居丈高に宣言した。

 

「形式こそ違えど、これはある意味、魔術師同士の『決闘』…レーン先生、貴女のような品性の欠片もない下劣な輩、すぐにこの学院から叩き出して差し上げますわ!」

 

「まぁ、万が一にでも、お前らが勝てたらな!?ぎゃーはっはっはっは――っ!」

 

 頬に手を当てて大笑いし、さらに煽っていくスタイルのグレンであった。

 

「……まったく、大人げないんだから……」

 

 そんなグレンの様子を、システィーナがため息を吐きながら呆れたように眺めている。

 

「てか、先生。ウチは出さなくていいんですか?」

 

 そんな中、ジョセフが不満そうに呟く。

 

「ん?そりゃ、お前が出たら、瞬殺になっちまうからな。それなら、白猫とルミアとリィエルで当たらせたほうがいいだろ?」

 

「まぁ、そうですけど……」

 

 ジョセフは、システィーナとルミアとぼ~っと突っ立ているリィエルを見た。

 

 帝国宮廷魔導士団、特務分室所属の執行官ナンバー7≪戦車≫のリィエル。

 

 ジョセフを除けば、システィーナ達のような学生レベルの模擬魔術戦では、反則的な存在だ。

 

「ていうか、リィエルはどうするんです?本気出したら、虐殺だし、大怪我負わす可能性がありますよ?」

 

「ああ、それならな…あー、そうそう、こちらからも追加ルールな。このままじゃ一方的に過ぎるから、お前らにハンデをやるよ。…おい、リィエル。お前は相手への攻撃禁止な?」

 

「「なっ!?」」

 

 グレンの物言いに、フランシーヌが目を剥き、コレットがこめかみをひくつかせる。

 

 システィーナも唖然と、グレンに目を向ける。

 

「お前は突っ立ているだけでいい。てか、近接格闘戦ありのルールで、お前が本気出したら、マジでただの虐殺だし。むしろ絶対、本気出すなよ?絶対だかんな!?」

 

 グレンの言葉を受け、ちらりとフランシーヌ達を興味なさそうに一瞥するリィエル。

 

「ん、わかった。なんか弱そうだから、手加減する」

 

「んな!?チビ助が…舐めやがってぇ……ッ!?」

 

 そんなリィエルの、さも事実で当然と言わんばかりの率直な物言いに、すこぶるプライドを傷つけられたらしい。コレットが鬼のような形相でリィエルを睨むが……

 

「……?」

 

 なぜ睨まれるのか理解できないリィエルは、眠たげに小首を傾げるだけだ。

 

「ちょ、ちょっと、先生!?大丈夫なんですか!?」

 

 課せられた思わぬハンデに、システィーナが慌ててグレンへと駆け寄る。

 

 そして、ひそひそと、グレンへと耳打ちする。

 

「た、確かに、リィエルが本気出したら、勝負になりませんけど…となると、実質的に戦力になるのは私とルミアだけなんですよ!?それってつまり、私達が落とされたら、負けってことじゃないですか…これじゃ、いくらなんでも……」

 

 不安げに瞳を揺らすシスティーナ。

 

「もし、私達が負けたら…リィエルの進退が……」

 

「……は?…お前、何、言ってんの?」

 

 だが、グレンは呆れたように、頭をかきながら言った。

 

「あのな…お前らが、今さらあいつらレベルに負けるわけねえだろ?」

 

「……えっ?」

 

 ……そうこうしているうちに、いよいよ三対三のパーティー戦の準備は整った。

 

「まずは、わたくし達がお相手、務めさせていただきますわ」

 

「どうも」

 

「ちっ…なんで、このアタシが、白百合会の連中と組まなきゃならないんだよ?」

 

 フランシーヌ、ジニー、そしてコレットの三人が、システィーナ、ルミア、リィエルの前に、十数メトラ程の距離を空けて立っていた。

 

「仕方ありませんわ。レーン先生、直々の指名です。一応、この授業はあの御方が仕切ってらっしゃるので」

 

「はっ…どういうことだい、先生よぉ?まさか自分達側を少しでも有利にするため、チームワークの不和でも狙ったかぁ?」

 

 鋲付き手袋を嵌めた手を合わせたコレットが、挑発的な笑いをグレンへ向ける。

 

「だとしたら、セコいなぁ。はっ…それがアルザーノ帝国魔術学院流かい?」

 

「いーや、ちゃうちゃう」

 

 グレンがジト目で、心外な、とばかりに手を振る。

 

「俺の見立てじゃ、お前ら三人が、このクラスで一番強いからだよ」

 

「ほう?アンタ、中々、見る目あんじゃ……」

 

「だから、最初に纏めてコテンパンに叩いとけば、後が楽だろ?」

 

 びきびきびき。グレンの遠慮ない物言いに、フランシーヌもコレットもこめかみに青筋を立てていく……

 

「おい、フランシーヌ…派閥の因縁は後回しだ。まずは、あのお上り共、あの三人組ともう一人あの生意気そうな女をボコって、この先公を黙らせようぜ……」

 

「……同感ですわ」

 

「……先生、これ万が一負けたら……」

 

「まぁ、そん時はお前が暴れ回ってこい」

 

「りょ」

 

 そして、グレンの試合開始の合図と共に、対峙する白線で区切られた競技フィールド内に散開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







ここいらで良かろう。

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