ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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86話

「さて、向こうは、どれくらい保つかな?」

 

 ジョセフはそれぞれ散開した競技フィールドを高みの見物とばかしに、眺める。

 

 システィーナ側は、リィエルを前衛とした、三角陣形。

 

 フランシーヌ側は、ジニーとコレットを前衛とした逆三角陣形。

 

 どちらも、三対三のパーティー戦ならよくある定番の陣形だ。

 

「まずは先陣を切りなさい、ジニーッ!」

 

「はっ!援護よろしくお願いします、お嬢様!」

 

 フランシーヌの指示が飛び、ジニーが、たたっ!と疾く軽やかに地を駆ける。

 

 助走から跳躍、空中での身を捻って前転し、着地。白魔【フィジカル・ブースト】で増幅された身体能力による、獣のようにしなやかな動きで、リィエルの前に立つ。

 

 そして、リィエルに向かって、左右二本の短剣を構えるジニー。

 

 ジニーとリィエル。彼我の距離、約数間。三足。

 

「ほう、ジニーのやつ、近接格闘戦は相当な腕前やな」

 

 ジニーが披露した体術に、ジョセフは感心したように呟く。

 

 これが、システィーナやルミア相手なら、かなり厄介な存在になるのは間違いない。

 

 これが、システィーナやルミア相手なら、の話だが。

 

「ふふ、残念でしたわね、レーン先生。我が校の教育方針は文武両道。貴女の学校のように机にかじりついてお勉強ばかりしている軟弱者ばかりではないのですわ」

 

「さて、リィエル…だっけ?あの青いカカシみたいなやつ、どうすんのかね?」

 

 嘲弄するような笑みを浮かべるフランシーヌとコレット。

 

 そして、競技フィールドの外野では……

 

「きゃーっ!フランシーヌさーんっ!?」

 

「ジニーッ!そのお上りさん達をこてんぱんにしてくださいましーっ!」

 

 取り巻きの生徒達が、きゃあきゃあと大はしゃぎで声援を上げており……

 

「リィエル……」

 

 エルザが胸元で手を合わせ、心配そうにリィエルを見つめている。

 

「ふーん。あの構え…東方の『シノビ』の構えだな……?」

 

 ジョセフはジニーの方を興味深そうに見、構えを見て一人で呟く。

 

 正直、ジョセフはジニーに対し興味を持っており、フランシーヌとコレットに対してはそこまで興味がなかった。

 

「へぇ~まだウチらと同い年なのに、こりゃかなりの使い手だぞ…恐らく、師の教えを上手く吸収しているんやろな。ただね~」

 

 ジョセフは低く構えながらぼけ~っと眠そうに突っ立ているリィエルの隙を窺っている様子を見ながら。

 

「だからこそ、ジニーはわかってしまうかもね。自分とリィエルの実力差を」

 

 現に、軽快なステップを踏みながら、隙を窺っているジニーは、一見隙だらけというより、隙そのものでしかないリィエルに対し――

 

「……あ。無理」

 

 それなりの使い手なのだろう、対峙することで彼我の実力差を瞬時に察したらしく、ジニーは、額に微かな脂汗を浮かべ、半眼で呻くこととなった。

 

「あの…リィエルさん…貴女、一体、何者なんです?」

 

「ん。リィエル」

 

「い、いえ…そういうことではなく……」

 

 今、自分はとんでもない怪物の前に立たされている。

 

 その事実に、能面のジニーが珍しく動揺を色濃く浮かべ、尻込みするしかなく……

 

「何をやっているのです、ジニーッ!とっとと仕掛けなさいなっ!」

 

 後方で上がるフランシーヌのキンキン声に、ジニーはもう嘆息するしかない。

 

「……なるほど。レーン先生が貴女には本気出すなと仰ってましたが…実にありがたいですね。それでは…少しばかり胸を貸して頂きましょうか」

 

「ん。わたし、胸、ないけど」

 

 次の瞬間。

 

 シュバッ!残像する速度と挙動、超前傾姿勢でジニーが滑空するように突進。

 

 リィエルの足下を鋭く切り払うと見せて、不意にその姿が霞と消える。

 

「はぁあああああああ――っ!」

 

 その刹那、消えたジニーは上下逆さまの体勢で、リィエルの頭上の空間にいた。

 

 天高く跳躍してからの、地に落ちる稲妻のような奇襲。

 

 学生とは思えない卓越した身体能力と体術に、その場の誰もが目を見張る。

 

 だが、しなる鞭のように繰り出されたジニーの二本の短剣、交差する銀光二閃は――

 

「ん」

 

 ふらり、と。見向きもせずに身体を揺らすリィエルにかすりもしない。

 

「くっ――」

 

 攻撃を空振ったジニーは、空中で即座に身を捻って回転し、着地と同時に、左手を軸にした旋風のような下段回し蹴りを放つ――

 

 ――が、すでにリィエルは、ちょこん、と間合いの外に一歩下がっている。

 

 ジニーは空振りした蹴りの勢いすら利用して、再び体勢を立て直し、その場から素早く跳び離れ、短剣を構え直す。

 

「いや、実際見てみたら、学生離れした体術なこって……」

 

 ジョセフはジニーの一連の動作を見て、思わず半眼になる。

 

「ただ、やっぱりここは実戦経験の差だろうな。リィエルの方が一枚上手や」

 

 ジニーとリィエルが一言二言交わした後、ジニーが再びリィエルへと攻めかかっていく――

 

「ジニーッ!貴女、一体、何を遊んでいるんです!?」

 

 苛立ちを隠そうともせず、フランシーヌがヒステリックに叫ぶ。

 

 ジニーは息吐く暇もない手練の連続攻撃で、苛烈にリィエルを攻め立てている。

 

 唐竹、袈裟斬りから反転、逆袈裟、左に薙ぎ、回転して逆風の一手――

 

 その様はまさに、吹き荒ぶ旋風のようだ。

 

 だが、リィエルは、その猛攻をのらりくらりと避け続けている。めまぐるしく立ち位置が変わるのはジニーだけで、リィエルは初期位置からほとんど動いていない。

 

「……う、嘘……」

 

「じ、ジニーは、近接格闘戦だけならコレット姐さんにも匹敵するのに……」

 

 この意外な展開に、外野の女子生徒達は唖然としており……

 

「凄い……」

 

 エルザも目を丸くして、リィエルを凝視している。

 

「くぅ…あの子ったら!」

 

 ぎりぎりと腰の細剣の柄を握りしめ、忌々しそうに呻くフランシーヌ。

 

 ジニーが敵陣深く切り込んで攪乱し、フランシーヌが遠くから魔術で決める…それがフランシーヌの想定していた勝ち筋だが、リィエルに思惑を破られている形だ。

 

「まぁ、こうなるよな」

 

 この展開を、ジョセフはさも当然のように眺める。

 

「今まで戦場に身を置いていたやつが、例え優秀な師に技を教え込まれ、驚異的な身体能力を持っている生徒に、そう簡単に攻撃を通させるはずがない」

 

 苛烈に攻撃を続けるジニーから苛立っているフランシーヌに視線を向ける。

 

 このまさかの展開にやや取り乱していたものの、気を取り直したらしくフランシーヌとコレットはシスティーナ、ルミアに攻撃を開始する。

 

 いかにも得意げに、黒魔【ショック・ボルト】の呪文を一節で唱える。

 

「≪雷精の紫電よ≫――ッ!」

 

 フランシーヌの指先に電光が宿り、それが矢となって放たれようとしていた……

 

 まさに、その時であった。

 

「≪霧散せり≫ッ!」

 

 パァンッ!先んじて、鋭く飛んできた黒魔【トライ・パニッシュ】が、フランシーヌの呪文を打ち消していた。

 

 対抗呪文によって打ち消された呪文は、魔力の粒子となって雲散霧消する。

 

 見れば、向こう側でシスティーナが左手の指を構えて、こちらを見据えている。

 

「……、ふふっ!中々、速い対抗呪文ですわね!けど、これならどうです!?」

 

 システィーナの鮮やかな打ち消しの手並みに、一瞬呆気に取られるフランシーヌだが、すぐに気を取り直し、さらに呪文を唱える――

 

「あー、これはもう……」

 

 そんなことで始まった、システィーナ達とフランシーヌ達の魔術戦の応酬を見ながら、ジョセフはこの勝負はもう決したと思い始めた。

 

 なにせ、実力の差が違い過ぎる。

 

「先生、これ、もうウチの出番は……」

 

「……ないな」

 

「ですよねぇ~」

 

 ジョセフはそれもそうか、と思いながら、眺めていた。

 

 そもそも、システィーナ、ルミア、リィエルはもうある意味学生離れしている。

 

 リィエルはもちろん現役の軍人であるから、まず学生レベルでは勝負にならない。例え、ジニーみたいに学生離れした体術と身体能力を持っている生徒でも、実戦経験の差が物を言う。

 

 ルミアは、たしかに戦闘向きではないし、単体だったら与しやすいが、常に天の智慧研究会に狙われており、いつでも死ぬ覚悟ができている者の精神ほど怖いものはない。それは、どんな状態になろうが呪文を唱えきってしまうということをこの場合は意味する。

 

 そしてシスティーナは、まだヘタレなところはあるものの、今までグレンやアルベルトなどと一緒に相手してきた狂人共と戦ってきたため、最初の頃より精神面、技量面共にかなり成長している。ジョセフから見ても異常なまでに。

 

 こんなある意味普通ではない学生に、学生の中では上だからという普通の学生が挑んだところで勝負は既に決まってるようなものだった。

 

 もう、自分の出番はないと思ったジョセフは、立ったまま目を閉じ、寝ることにした。

 

 

 

 ――それからしばらく呪文の応酬があって。

 

 システィーナとルミアの連携の前に苦戦するフランシーヌとコレット。

 

 ついに焦れたコレットがふらふらとジニーの攻撃を躱し続けているリィエルを横槍をいれるべく、魔闘術の真似事でシスティーナの【ショック・ボルト】を躱しながらリィエルの背後から攻撃をしかけ――

 

 結果、ルミアが予めこっそり呪文を唱えた置き地雷型の魔術罠――黒魔【スタン・フロア】に引っかかり致死判定を喰らい――

 

 それに驚愕し、我を忘れ、完全に意識がコレットへ向いてしまった瞬間を狙われ、システィーナが放った【ゲイル・ブロウ】を喰らい場外判定負け――

 

 そして――

 

「まだ、やるの?」

 

 リィエルがジニーへ、ぼそりと告げる。

 

 ジニーもリィエルも表情自体は互いに涼しげだが、肩で息を吐き、汗だくのジニーとは裏腹に、リィエルは汗一つつかず、息一つ乱していない。

 

 そして、三対一というこの状況――最早ひっくり返っても、ジニーに勝ち目はない。

 

 それこそ、ジョセフ並みじゃない限り。

 

「くっ……」

 

 だが、ジニーは無言で、リィエルに向かって飛びかかろうと、低く構え……

 

「はーい、そこまでー」

 

 ぱんぱん、と手を打ち鳴らして、グレンは試合の終了を告げていた。

 

「……ん?もう終わりました?」

 

 途端、立ちながら眠っていたジョセフが、目を覚ます。

 

「巻き込んで悪かったな、ジニー。だが…もう、いいだろ?」

 

 グレンが、無表情ながら不服そうなジニーに目配せすると……

 

「ま、そうですね。降参します。あー、疲れた」

 

 途端、ジニーはいつもの調子に戻り、手をばたばたさせてぼやいた。

 

「ま、文句なしに、俺達サイドの勝ちだな!」

 

 ここぞとばかりに、フランシーヌとコレットにどや顔を向けるグレン。

 

「うぅ…そんな…このわたくしともあろう者が……」

 

「く、くそっ…嘘だろ…こんな…ごほっ……」

 

 一方、フランシーヌとコレットは地面に這いつくばって打ちひしがれていた。二人とも呪文のダメージで、まだ起き上がれないようだった。

 

 だが、それ以上に二人とも敗北のショックが大きいようだ。なにせ、その試合内容はお世辞にも接戦、善戦とは言えない。終始、相手に手玉に取られ続けた惨敗、完敗だ。

 

 そして……

 

「嘘、そんな…フランシーヌさんが…あんなにあっさり……?」

 

「こ、コレット姐さんが…手も足も出ないなんて……?」

 

 ざわざわざわ…そんな驚天動地な試合結果を目の当たりにした女子生徒達は、皆一様に色濃い動揺を浮かべて、互いに顔を見合わせていた。

 

「さて…と。次」

 

 グレンがそんな女子生徒達の群れを振り返る。

 

「「「「……えっ?」」」」

 

 途端、女子生徒達の表情が青ざめ、引きつった。

 

「いや、だから、次。次の試合だよ。我こそは~って思う三人は、早く前に出ろ。それともまた俺が指名してやろうか?んー?」

 

 悪鬼のように底意地悪く凄むグレン。

 

 ぶんぶんぶんっ!女子生徒達は涙目で首を振っていた。

 

 なにせ、クラス最強の三人があっさりあしらわれたのだ。勝てるわけがない。

 

「ったく、いっちょまえに粋がってる割にゃ、プリンメンタルだな…まぁいい。なら、とりあえず、お前ら、あそこで転がっている二人をここに連れてこい」

 

「「「「は、はぃいいい――ッ!?」」」」

 

 そんなこんなで、取り巻きのお嬢様達はあっさりと長いものに巻かれて。

 

 グレンの前に、未だまともに動けないフランシーヌとコレットが引っ立てられる。

 

 二人を連れてくるや否や、ささっと二人から離れていく薄情な取り巻き達……

 

「さぁて。お前ら…よくもまぁ、散々うっちゃらかしてくれたなぁ……?」

 

 そして、グレンは手をバキボキ鳴らしながら、フランシーヌとコレットを見下ろした。

 

「ひ、ひぃ……ッ!?」

 

「な、なんだよぉ……ッ!?」

 

 自信を完膚なきまでに打ち砕かれ、もうすっかり弱気になってしまった哀れな二人。

 

 そして、自分達が今までにこのグレンに対し、どういう態度だったか…思い出す。

 

「ま、待ってくれよ、先生!?アタシが悪かった!悪かったって!」

 

「じ、ジニーッ!?わ、わたくしを助けなさいっ!」

 

「あー、自分、無理っす。すんごい疲れたんでー、ま、死にはしないっしょー」

 

「ジニィイイイイ――ッ!?ていうか貴女、キャラ変わってません!?」

 

「もう、演技するのもしんどいです、今は色々と」

 

「演技!?」

 

 そんなやり取りを無視し、グレンは指を鳴らして眼下のフランシーヌ達へ凄んでいく。

 

「さあて、と。人を舐めきったクソ生意気なお前らに教育タイームといこうか…覚悟はいいな?」

 

「ひいいいいいいッ!?やめてぇ!助けてくださいまし――ッ!?」

 

「待ってくれよぉ!?わ、私に手を出すと、パパが黙ってないぞ!?本当だぞ!?」

 

「生憎なぁ…俺、この学院の関係者じゃねーの。お前らのパパーどもがこの学院でいくら力を以持っていようが関係ないね、割とマジで」

 

 グレンの鬼のような形相を前に、フランシーヌとコレットは怯えて涙目で抱き合う。

 

「それに、さっき約束したよなぁ…?俺達が勝ったら、俺の言うことをなんでも一つ聞いてもらうって…さて、どんなことをしてもらおうかなぁ…げっへへへへ……」

 

「「あわわわ……」」

 

 グレンが二人に向かってまた一歩詰め寄り、二人は身体を震わせて縮こまり……

 

 そして、その瞬間、いきなりグレンの頭上に稲妻のような電撃が落ちてきた。

 

「ぎゃぁああああああああああああああああああああ――ッ!?」

 

 それはもう、全身の骨が見えるほどの威力。

 

 実はこれは【ショック・ボルト】の出力を弄り、上から落ちるように改造されたもので、こんな芸当ができるのは一人しかいない。

 

「お…お前、何やって、くれるんじゃ…ジョセフ……」

 

「あ、ごめんなさい。なんか手が滑っちゃいました」

 

 てへ♪と片目を閉じるジョセフに対し、お前、絶対わざとだろ、と。恨めしそうにジョセフを見る黒焦げになったグレン。

 

「さーて、と。まぁこのアホ講師はすぐに復活するから…まずはフランシーヌ、かな?」

 

「は、はいぃいいいーーッ!?あ、貴女達にも謝ります!謝りますから、乱暴しないで!」

 

 さっきの威力を間近に見てしまったせいか、ジョセフに対してさらに怯えるフランシーヌ。

 

「いや、ビビり過ぎだろ…まぁ、それはそうとして…アンタ、感情が、顔と動作に出過ぎ。あれじゃ何やっても無駄や」

 

 ため息を吐きながら、ジョセフはフランシーヌにそう言う。

 

「すみません!すみません!…、…へ?」

 

 先程のグレンと同じようなことをされるものだと身構えていたフランシーヌが、きょとんとする。

 

「魔術戦ってのは、彼我の練度・戦力が伯仲していれば、いかに相手の手の内を冷静に読み切るか…これ、メッチャ重要。魔術師ってのはな氷のような判断力が要求されるんやで?アンタみたいに、思い通りに進まなかったからって、苛立ちを表したり、相手の予想外な一挙手一投足にいちいち感情を露わにして、動揺しているんじゃ、ぺちぺち打ち消されて反撃喰らってお終いや。そもそも魔術師ってのは相手の不意を突く予想外の切り札を隠し持ってて当たり前やからな。騎士みたいにクソ真面目やないんやで?」

 

「は、はぁ……?」

 

 拍子抜けしたように、目を瞬かせるフランシーヌ。

 

「あ、あの…そ、それだけ…なのですか?レーン先生もですけど、貴女は私達の態度にお怒りには……?」

 

「んー?怒ってるよー?」

 

 途端に、ジョセフの背後から、どす黒いオーラが纏い始める。

 

 思わず、システィーナとルミアが脂汗を垂らして頬を引きつるくらいに。

 

「いやー、今ウチね、めっちゃフラストレーション溜まっててな、今、発散させたいねんな。もうそれこそ、学院敷地外までぶっ飛ばしたいくらい。ねえ、アホお嬢様ぁ?」

 

「ひぃいいいっ!?すみませんっ!」

 

 黒いオーラを纏いながら、蛇が睨んでくるような目のジョセフに、フランシーヌが頭を抱えて縮こまる。

 

「まぁ、先生もウチらも思っているところはあるねんけど…多分、先生は『デキの悪ぅーいお前さんに、さっきの一戦の立ち回り、何が悪かったか教えてやってんの。オーケイ?』って言うと思ったから、代わりにウチが代弁しているわけ。まぁ、こいつは黙らせないとダメだと直感的に感じたからお眠させたんやけど」

 

「う、うぅ…ご指摘…どうもありがとう…ございます……」

 

 凹むフランシーヌを放置し、次にジョセフは、呆気に取られるコレットへ目を向ける。

 

「次。アンタ。えーと、コレット。単純にバカ過ぎ。魔術師失格や、このアンポンタン」

 

「うぐっ……」

 

「あんな露骨に突っ込んでどうするん?そりゃ、あの状況だったら、三対二にしたほうがええに決まってる。だからこそアカンのよ。これ、裏を返せば敵さんもそれを避けたいと考えてるはずや。それなのに、素直に突っ込んじゃって…アンタ、戦戯盤弱いでしょ?」

 

「な!?アンタ、なんでそれを知って……ッ!?」

 

 頬を引きつらせて驚くコレットに、ジョセフはやっぱりと言わんばかしに、嘆息して続ける。

 

「不利な状況を変えたかったら、まず相手の意表を突くことを考えてみ。安易な道に飛びつくな。魔術師に必要なのは力じゃない。力を効果的に運用する知恵や」

 

 そして、続いてジョセフは、遠くで我関せずと涼しげな表情のジニーに振り返る。

 

「ジニーもジニーやで。あれ、下手したらジニーだけでも勝てたかもしれないんやで?だって、リィエルは攻撃禁止だから、要はシスティーナとルミアを倒せばいい話。アンタの身体能力ならリィエルを放置してこの二人に対して近接格闘戦に持ち込めば、倒すことはできたはず。なのに、なんでリィエルに固執したん?ましてや実力差があると痛感していたにも拘わらず……」

 

「ッ!?…そ、それは……」

 

 一瞬、ジニーは言葉を詰まらせ、それから冷めた目で淡々と言った。

 

「ジョセフィーヌさん。貴女にはきっと理解できないでしょうが…私にも『シノビ』の一族の技を継ぐ者として、誇りというものがありまして……」

 

「んなもん知らんわ。勝てないなら、とっとと退け。別の手段を考えろ。目的は何だったん?リィエルに勝利するんじゃなかろ?誇りだろうがなんだろうが、目的を見失ってる時点で話にならんわ」

 

 あまりにもばっさり切り捨てられ、ジニーは絶句してしまう。

 

「この学院に在籍する以上、アンタも一応、魔術師や。魔術師にとって、実力的に相手に及ばないこと、それ自体は恥やないと思う。一番最悪なんは、それをわかっていながら、何も手を打たないこと。これは恥や」

 

「……ご高説、痛み入ります」

 

「……と、まぁ以上が先生がアンタらを見て、ウチに話していたことや」

 

 そして、ジョセフは黒焦げになって気絶しているグレンに蹴りを入れ、叩き起こす。

 

「ぐふぉあっ!?ちょ、おま!?【ショック・ボルト】といい、蹴りといい、俺に何か恨みでもあるのか!?」

 

「うるさいですね、それよりも、ダメだし終わりましたよ?先生が思っていること全部話しましたから」

 

 蹴りを入れられたところを抑えながら、グレンは、押し黙る月組の女子生徒達を見回して、言った。

 

「痛てて…まぁ、ダメ出しはジョセフィーヌから聞いたとして…お前らは根本的に勘違いしてんだよ。魔術なんてただの無色の色だし、魔術師なんて結局どこまでいっても自分の願望や目的のために、世界の理すらねじ曲げる傲慢で罪深い人種だ。それゆえに自由でもあるんだが…とにかく、真理探究や誇り高さは魔術師の在り方の一つに過ぎず、魔術はそれを求める手段の一つに過ぎん」

 

「………」

 

「結局、魔術師にとって魔術はカードの一枚に過ぎねーんだ。魔術、剣術、体術、はたまた財力とか権力とかでもいい…力の性質を問わず、今の自分の手持ちのカードの切り方を、目的達成のために最大限工夫をする知恵者こそが、魔術師なんだが……」

 

 すると、グレンは周囲を見回し、呆れたように肩を竦めてみせた。

 

「お前ら、貴族の義務だか力だか知らんが、いっちょまえにご大層な御託並べ立てたところで、単なるチンピラと一緒なんだよ。魔術という普通よりもちょっと強い武器を与えられて、いい気になってるだけの『魔術使い』のチンピラ。そこに『魔術使い』を『魔術師』たらしめる『知恵』がどこにもありゃあしねえ」

 

「……うっ……」

 

「あまつさえ、『魔術』の力を持つ自分達を妙に特別視して、自分が見えなくなってて…『魔術』を『使う』どころか、『魔術』に『使われてる』んだよ。確かに、ウチのガッコにゃ、お勉強ばっかのモヤシっ子は多いがな…少なくとも、俺が教えている連中は、お前らと違って、正しく『魔術師』だぜ?」

 

 自分達の中でカリスマ的存在であり、もっとも強かったフランシーヌとコレット。

 

 彼女ら二人が、グレンが教えていた生徒達に手も足も出なかった…その事実に、女子生徒達はすっかり自信を失って消沈し、俯いてしまっていた。

 

「……さて。お前らは言ったな?俺に教わることなんか何もねえって」

 

 頃合いだな…と、グレンがほくそ笑みながら、言葉を続ける。

 

「断言してやる。俺ならお前達を『魔術師』にしてやれる」

 

 すると、俯いていた生徒達が、はっと顔を上げて、グレンを注視する。

 

「俺がこっちにいられるのは短い期間だけだが…その間でも『魔術師』のなんたるかくらいは教えてやれる」

 

「せ、先生……?」

 

「ま、興味がないやつは、別に俺の授業に参加なんかしなくていい。ただ、俺の邪魔だけはすんな。お茶会や喧嘩やゲームがしたいなら教室じゃなくて余所でやれ。別に止めはしねえよ、勝手にしろ。だが……」

 

 グレンはにやりと笑い、堂々と宣言した。

 

「少しでも俺の話を聞いてみたいと思った奴は歓迎するぜ?本当の魔術ってやつを教えてやるさ」

 

 そんなグレンの無駄に尊大で男前な物言いに。

 

 ざわざわざわ…女子生徒達がグレンを見る目の色を変え、ざわめいていく。

 

「な、なんていう御方…あんな不遜な態度だったわたくし達を許して……?」

 

「デカ過ぎる…今までの先公は皆、アタシ達に迎合しようと媚びを売るか、押さえつけようと高圧的になるか、卑屈になって無視するか…そんなんばっかだったのに……」

 

「こんな御方…初めてですわ……」

 

 出会った当初の、侮蔑に満ちていた目は何処へやら。

 

「「「「せ、先生……」」」」

 

 今や、クラスの全員が、すっかりグレンに対する心酔の眼差しとなっていた。

 

「チョロいなぁー…流石、世間知らずの箱入りお嬢様ども……」

 

 ただ一人、ジニーが冷め切った半眼で、呆れたようにボヤいてはいたが。

 

「すごい…先生、あっという間に、このクラスの生徒達の心を掴んだね!」

 

 そんな様子を見守っていたルミアが、まるで自分のことのように嬉しそうに言った。

 

「まさか、先生は最初からこの展開を狙って…?だ、だとしたら……」

 

 システィーナがグレンへ、尊敬するような眼差しを向けかけるが……

 

「バーロ、んなわけあるかい。見ろ、あのにへらにへらしてる顔」

 

 不意に、ジョセフがジト目になりながらそう言い、グレンの顔を見るように指を差す。

 

 女子生徒達からの(ジニーを除いて)心酔するような視線に、当のグレンは、緩んだ顔で、にへえらにへらと嫌らしく笑っており……

 

「ううん…そうね。あれは絶対、ロクでもないこと考えている顔だわ」

 

 システィーナの眼差しは一瞬で冷め、ゴミ捨て場の生ゴミを見る目となるのであった。

 

 そして。

 

「あの…せ、先生……」

 

「……先生よぉ……」

 

 フランシーヌとコレットが、潤んで熱っぽい目を、真っ直ぐグレンへと向ける。

 

「ふっ…なんだい?俺…こほん、私に何か用ですか?」

 

 グレンはここぞとばかりに、爽やかな淑女オーラを発揮する。

 

「その…今までのわたくし達の無礼な態度…本当に申し訳ありませんでした……」

 

「ごめんな、先生…その…どうか許してくれよ……」

 

 もじもじ、と。顔を赤らめながらそっぽを向き、人差し指を合わせてそんなことを、ぼそぼそと呟く二人の図。

 

「教育とはまず、生徒の未熟を許し、認めるところから始まり…教育者の怒りとは、生徒達への愛ゆえにのみ振るわれなければなりません。…皆がすでに反省し、悔いている以上、もう私に怒る理由などありませんわ」

 

「キモッ!?」

 

「うわ、キモチ悪ッ!?」

 

 女言葉でにこりと微笑むグレンに、システィーナとジョセフがジト目で毒づくが……

 

「「「「せ、先生……♥」」」」

 

 フランシーヌやコレット、その他大勢の女子生徒達はもう、めろめろだった。

 

「先生…どうかお願いがありますわ、わたくし達にどうか教えを……」

 

「ああ、そうだ…どうかまだまだ未熟な私達を指導してくれ……」

 

(まぁ、なんやかんや言って、このまま派閥争いもなくいけば……)

 

「わたくしの派閥――『白百合会』で!」

 

「アタシの派閥――『黒百合会』で!」

 

 フランシーヌとコレットの言葉が、何か決定的に食い違っていた。

 

「………」

 

 ジト目の状態で硬直するジョセフ。

 

「……ん?」

 

 たちまち嫌な予感に襲われ、額に脂汗を浮かべるグレン。

 

「……あら?コレット…今、何と仰いました……?」

 

「はて…何か妙な台詞が聞こえたなぁ…?フランシーヌよぉ……?」

 

 途端、バチバチと目と目で火花を散らし合うフランシーヌとコレット。

 

 それに従い、たちまち二手に分かれて、にらみ合う女子生徒達。

 

「コレット…蒙昧な貴女に、理解できないのは仕方有りませんが……」

 

 ぐいっと。フランシーヌがグレンの右手に取りつく。

 

「レーン先生は、わたくし達の派閥を教え導くべき人です。彼女は、洗練された高貴なるわたくし達の師にこそ相応しい人……」

 

「お、おい……?」

 

「はっ!バカ言ってんじゃねえよ、フランシーヌ」

 

 ぐいっと。コレットがグレンの左手に取りつく。

 

「レーン先生こそ、アタシ達のヘッドになる人だぜ?アタシ達は、先生みたいなやつにならついて行ってやってもいい…いや、ついて行きたいんだ!」

 

 ぐいぐいぐいぐい……

 

「痛たたたたたッ!?」

 

 そして、二人はグレンの左右の腕を掴んだまま、綱引きみたいに引っ張り始める。

 

「んな……ッ!?」

 

 そんなグレンの様子に、システィーナが頬を引きつらせ……

 

「レーン先生!そのような女とお付き合いされてはなりませんっ!わたくし達だけを見てくださいましっ!わたくしのお姉様となってくださいましっ!」

 

「先生!そんないけ好かない女とは手を切ってくれっ!アタシ達と一緒につるもうぜ!?アタシと義姉妹の契りを交そうぜ!?なっ!?」

 

「お前ら突然、重過ぎるわ!?って、痛だだだだだだだだ――ッ!?」

 

 と、そこへ――

 

「皆さん!フランシーヌさんに加勢しましょう!」

 

「コレット姐さんを助けるのよッ!」

 

 それぞれの派閥のメンバー達が、大挙して左右に分かれ、フランシーヌとコレットの背中へ数珠繋ぎのようにつながり、列を作っていき……

 

 ぐいぐいぐいぐいぐいぐいぐいぐいぐいぐいぐいぐいぐいぐいぐい――ッ!

 

「馬鹿ヤロォオオオオオオオ――ッ!?それは洒落にならーん!?裂けちゃう!?」

 

 ……危険だから絶対、真似してはいけない大綱引き大会が開催される。

 

「あ、あ、≪貴女達・いい加減に・しなさい≫ぃいいいいいい――ッ!?」

 

 そして、妙に苛立ったシスティーナが、呪文を喉が割れんばかりに叫び上げ――

 

「「「「「きゃああああああああああああああああああああ――ッ!?」」」」」

 

「なんで俺まで!?」

 

 いつにも増して壮絶な突風が、グレンや生徒達をまとめて吹き飛ばすのであった――

 

(拝啓、二組の皆様。お元気ですか?今、ここはものすごいカオスなことになっております)

 

 一方、ジョセフはそれを無になって眺めながら、心の中で呟いていた。

 

 

 

 

 




長くなったけど、今回はここまでで。


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