その頃…がらーんと閑散した二年次生月組の教室内にて。
「………………」
ぽつーん、と。リィエルが一人、教科書を開いて、にらめっこしていた。
それは、とても珍しい光景であった。
平時ならば、リィエルは何はなくとも、ルミアとシスティーナが居る場所へ、親鳥の跡を追う雛鳥のようにちょこちょことついて行くものなのだが……
この時のリィエルは、なんと自分の意思で一人になっていたのである。
(わたしには…やらなきゃならないことがあるから)
リィエルは教科書と一生懸命にらめっこしながら、ぼんやりとそんなことを考える。
そう。今回の短期留学…自分の我が儘で。グレンとシスティーナとルミアとジョセフを、巻き込んでしまったことを、リィエルは密かに負い目に感じていたのだ。
だから、リィエルは決めたのである。
あまりグレン達に頼らず…自分の力で、今回の試練を乗り越えようと。
(わたしのせいで、ここに来たのに…ルミアも、システィーナも、ジョセフも、このクラスのみんなと一緒に、授業中も休み時間も、ずっと戦闘訓練をしてる…すごい)
ぺらり。リィエルが教科書をめくる。熱心に教科書の文面を目で追う。
(そして、その戦闘訓練の真ん中には、いつもグレンがいる…グレンも先生の仕事、頑張っている…すごい)
初日こそ、このクラスのグレンに対する感情は、敵意にも似た嫌な感じのするものだったが、今では全然そんなことはない。どうやら、皆、グレンを好きになったらしい。
それは…きっと、グレンが真面目に先生の仕事を頑張ったからなのだろう。
(……ん。みんな、頑張ってるから…わたしも頑張る。グレンと、ルミアと、システィーナと、ジョセフが安心できるように……)
ふと、リィエルは手の教科書の表紙に目を向けた。
(この教科書は、グレンが選んでくれたもの…わたし、あまり頭良くないけど…ちゃんと読めば、きっと、わたしの力になってくれる……)
『いいか!?お前は基礎知識がガタガタだから、とりあえず、この本に目を通しておけよ!?わかったな――って、あの二人が来たぁああああ――ッ!?退散!』
先日、妙に慌てた様子で本をリィエルに押しつけるなり去って行ったグレンの言葉を、リィエルは思い出す。
(ん…グレン。わたし、頑張る。頑張って、リューガク?成功させて…システィーナやルミアやジョセフ…そして、二年次二組の皆と…また、一緒にあの教室で過ごす)
そして、その決意を胸に、リィエルは再び教科書の文面を追う作業に戻った。
普段、眠たげなその目はいつになくぱっちりと開いている。
まるで戦場に立った時のような極限的集中力がリィエルの意識を支配する。
ぺらり。本の文章を左上端から右下端までしっかりと目を通し、ページをめくる。
(……ん。すごい。グレンがくれたこの本…読めば、読むほど、力がついていくような気がする…勉強って、もしかして面白い……?)
心の底から、ふつふつとやる気が沸いてくるのがわかる。こうして一歩一歩、着実に前に進めば、いつか自分もシスティーナ達に勉強で追いつけるのかも……?
リィエルがそんなことを思っていた、その時であった。
「あ、あの…リィエル?」
おずおずと、リィエルに語りかける者がいた。
眼鏡をかけた小柄な少女…エルザだ。
「何?邪魔しないで。今、わたし、勉強中」
リィエルが素っ気ない視線をちらりと、エルザに送る。
「あ…ごめんね…で、でも、その……」
言いづらそうに、エルザがもじもじする。
「何?」
「え、ええと…本が上下逆さまなんだけど……?」
エルザの指摘に、リィエルがしばらくの間、手元の本をじっと見つめ……
「……気付かなかった」
のそのそと本を元に戻す。
「え、ええー…?本を逆さまにして、前から順繰りに頁をめくって読んでたってことは…要するに最後の頁から逆向きに読んでたわけで…ひょっとして、リィエル、今まで、ずっと読んでなかったの……?」
「そんなことない。ちゃんと、グレンの言ったとおり、目を通してた」
「じゃあ、本の内容はちゃんと理解できているの……?」
そんなエルザの問いかけに。
リィエルは、じっと真っ直ぐエルザを見つめ、堂々と答えた。
「ん。全然、わかんない。これ、なんの本?」
「…………」
「……でも、大丈夫。なんか…すごく、力、ついてる気がする」
ふんす、と。眠たげな無表情ながら、どこか得意げに、リィエルが胸を張る。
いかにも、褒めて褒めてオーラが滲み出ている。
「……そ、それ…一番、駄目な勉強だよ……」
最早、エルザは曖昧に苦笑いするしかなかった。
「……駄目なの?」
「うん、勉強した気になっているだけで…何もリィエルの力になってないと思う」
「……そう…困った……」
エルザの指摘に、リィエルが、しゅん…と落ち込んだように肩を落とす。
「……でも…頑張らないと…わたし……」
のそのそ、とリィエルがどこか悲壮な様子で、再び教科書を読み始める。
「ええと、呪文の基礎…?ブンポー…?コーブン…?節、分解して…表意ルーンと…表音ルーンを…むぅ…難し…くー…くー…すぅ…すぅ……」
ものの十数秒で船をこぎ出し、可愛い寝息を立て始めるリィエルであった。
「……はっ!だめ…ちゃんとやらないと…でも、普通に読むと眠くなるから…やっぱり逆さまに読む…でも、それだと内容わからないし…むぅ、困った……」
みるみるうちに、眉間に皺を寄せていくリィエル。傍から見れば、一人漫才のようにしか見えないが、どうやら本当に困って、途方に暮れているらしかった。
「あはは…リィエルって、やっぱり面白いね」
そんなリィエルに、エルザが微笑みかける。
「ねぇ、リエイル…もし、本当に頑張るつもりだったら…私と一緒に勉強する?わからない所があったら、私、わかる範囲で教えてあげるよ」
「!」
屈託のない笑みを見せてくれるエルザを、リィエルはじっと見つめる。
エルザ。ひょうんなことを切っ掛けに、この留学中に出会った新しい人間。
なんだかんだリィエルにとっては、グレン達を通さずに作った初めての知り合いだ。
ライツェル・クルス鉄道駅では助けてくれたし、留学先のこの聖リリィ魔術女学院内においても、留学生活に戸惑うリィエルを何くれと気にかけ、世話を焼いてくれる。
正直、リィエルはこのエルザという少女が嫌いではなかった。
だが……
「…………」
「……リィエル?」
かつてのリィエルは、兄代わりに依存していたグレン以外の、誰に対してもまったく興味がない少女であった。
最近は少し変わり、ルミアやシスティーナと仲良くなり、彼女らを通してジョセフなど二年次二組のクラスメート達にも徐々に慣れていった。興味も出てきた。
だが、あくまでルミアとシスティーナに、おんぶにだっこ状態だったがゆえである。
もし、一人だったら、リィエルは今でもクラスで独りぼっちだったであろう。
今だってルミア達なしに、クラスメート達と接するのは、少し抵抗感があるのだ(まぁ、ジョセフの場合は時たま破壊行為を起こすリィエルのストッパーになっているのだが)。
リィエルが短期留学を最初、頑なに拒絶した理由はまさにそういうことだ。
このままじゃ駄目なのは、リィエルもなんとなくわかっていた。いつまでもグレンやルミア、システィーナに依存しきって…それでいいのかと、薄々思っていた。
常に前へ向かって歩き続けているグレン達。このままではいつか、自分は取り返しがつかないくらい、彼らに置いて行かれてしまう…そんな気がしていたのだ。
――ははは、本当にそう思うんなら…そうだな、今回の留学先でルミア達に頼らず、友達の一人か二人でも作ってみろよ?そうしたら、あいつらも少しは安心できるさ――
この学院への道中、グレンが言った言葉が、不意にリィエルの胸中に蘇る。
だから、これは好機だ。リィエルは勇気を出して、一歩前に進もうと思った。
今までなら、ルミア達が側にいなかったら、とても言えなかった台詞を……
「……ん。わかった…勉強…教えて……」
ぼそぼそ、と。リィエルは消え入るように呟くのであった。
俯きがちなその顔は、まったくいつもと同じ、眠たげな無表情。だが、内心、心臓をばくばくさせ、石像のように緊張しながら、精一杯の勇気を振り絞ったのである。
「……その…よ…よろしく…ええと…エル、ザ……」
子虫の羽音より小さい呟きだが、その言葉はエルザにしっかりと届いたらしい。
「!」
リィエルの返答に、エルザは一瞬、目を瞬かせて。
やがて、にっこり笑って、リィエルの手を取った。
エルザの行動に、戸惑ってしまうリィエル。だが、気分は悪くない。
エルザの温かな微笑みを見ていると、なんだかこちらも温かくなってくる。
……案ずるより、生むが易し。世の中とは、大抵そんなものなのであった。
大勢の人々で賑わう、聖リリィ魔術女学院の食堂にて。
システィーナにルミア、フランシーヌにジニー、コレットにジョセフを筆頭に、大勢の少女達がグレンを取り囲んで、わいのわいのと賑わっていた。
おのおの、思い思いの昼食をトレイに載せ、きゃぴきゃぴと食事に勤しんでいる。
グレンの右隣の席にはシスティーナ、左隣の席にはルミア、ルミアの左隣にはジョセフ。
正面の席には、フランシーヌ、ジニー、コレット。
「おほほ…最初から、こうしてレーン先生を囲んで、皆さんで一緒に食べればよい話でしたわ」と、フランシーヌ。
「あっはっは!しゃーねぇな!今日はそれで勘弁してやるよ!」と、コレット。
「そうよね!やっぱり皆で食べると美味しいもんね!」と、システィーナ。
「一緒に食事をすると、なんだか皆との距離が縮まった気がするね」と、ルミア。
……全員、目が全然笑っていない。
ばちばち、と互いに互いを視線で火花を散らして牽制しあってる状態だ。
因みに、ジョセフとジニー以外、ぷすぷすと、真っ黒焦げになっている。これは最早、収拾がつかないと判断したジョセフが、【ショック・ボルト】を稲妻のように上から落として強制終了させた時に、真っ黒焦げになっただけである。
まさか、システィーナとルミアに対し、これをやるとはジョセフも思っていなかった。
「……わーい、夢に描いたハーレムだぁー…全っ然、嬉しくねえ……」
何かもう食べる前からお腹一杯で、頭を抱えるしかないグレンであった。
「……胃が痛ぇ…白猫やルミアまで一緒になってなんなんだ……?」
「人気者は辛いですねー」(棒)
「人気者な先生は大変ですね」(棒)
うなだれるグレンを、ジョセフとジニーがまったく感情の籠らない声で慰める。
「完全に他人ごとだな、お前ら。っていうか、ジョセフィーヌ。お前、最近素っ気なさすぎない?」
「完全に他人ごとですよ。だって、巻き込まれたくないですもん」
「完全に他人ごとですから」
恨めしそうなグレンに対し、ジョセフとジニーはどこまでも素っ気ない。
「ですが…まぁ、これでも先生には感謝しています」
「……?」
「へ?」
不思議そうなグレンとジョセフに、ジニーがちらりと目配せする。
その先には……
「しっかし、システィーナ。お前ってマジで強ぇなぁ…ホントに同い年の学生かよ?」
「何よ、貴女達だって、どっちかっていうと学生離れしてるじゃない」
「フランシーヌさんとコレットさんはその…やっぱり息が合ってなさ過ぎなんじゃないかな…?それぞれ自分勝手に動きすぎっていうか……」
「くっ…コレット、後で付き合いなさいな…連携の練習ですわよ……」
「そうだな…確かにこのまま、こいつらにやられっぱなしってのは性に合わねえ……」
システィーナやコレット達の、そんな懇談が聞こえてくる。
「ん?こいつら…ひょっとして、案外、仲良くなってんのか……?」
グレンが意外そうに目を瞬かせる。
「先生のおかげで、学院史上最悪と名高いうちのクラスも、少しはましになるかと」
「どういうことだよ?」
妙なことをいうジニーに、グレンがその真意を問う。
「……そういうことか」
ジョセフが合点がいったのか、言葉を続ける。
「結局、所詮、この学院に存在する『派閥』っていうのは、ウチの学院よりもかなり閉鎖された空間で、型に嵌められることを強制された井の中の蛙なお嬢様達が、自分の特別性…アイデンティティを保つために作った、傷の舐め合い…所謂、オママゴト集団ってわけです」
「ほう?」
「まぁ、考えてみれば仕方ないですよ。上流階級ではありがちですが、皆、世間知らずですし、家のしきたりやしがらみなど、否応なしに自由を制限されてしまう立場です。将来すら自分で中々自由に選べません。特に爵位持ちの貴族ときたらもう…跡継ぎ以外の女性は、嫁ぎ先なんて親の勝手で決められることなんてザラですよ。それらの状況に当然、反発したくもなります。ならばせめて、この狭い世界の中だけでは、自分達の『力』は特別なんだ、と。群れて粋がるのも道理ですよ。ね、ジニーさん?」
「…………」
爵位持ちの貴族の場合、長男坊や跡継ぎの女性以外は、次男、三男坊などはまだある程度自由だとしても、それ以外の女性達は、高貴な青い血筋を残すためと言われ、親が勝手に縁談をまとめることも珍しくない。
スペンサー伯爵家など恋愛結婚できる貴族は帝国内では少数派である(というのも、スペンサー家があまりにもフリーダム過ぎるというのもあるのだが)。
元はといえ上流階級層出身であり、連邦にいた時、母から聞かされた内情を知っているジョセフの言葉には説得力があった。
「ご名答です。ですが…貴女達にプライドを見事にへし折られたおかげで、粋がってるだけじゃ『本物』には勝てない。『本物』にはなれないって、皆、大なり小なり気付きました。貴女が教えた『魔術師』の在り方…”自分の願望や目的のために、世界の理すら曲げる傲慢で罪深い人種、それゆえ自由”…も、ただ家や周囲に甘えて、流されて、そうするしかないと思って生きていた彼女らにとっては、目から鱗でしたでしょうしね」
「…………」
「急には変わらないでしょうが、この『派閥』間の争いも徐々に緩和していくんじゃないですかね?…結局、皆、思春期の至りみたいなもんですし」
「……ジニー、お前、いくつだよ?ちょっと老成しすぎじゃね?」
「放っておいてください」
呆れるグレンに、少しむっとするジニーを余所に。
「はぁ…でも、リィエルはどこに行ったのかしら?」
フォークでくるくるパスタを巻き取りながら、システィーナが呟く。
「そうだね…せっかく、こうして皆と一緒に食事してるんだもの…リィエルもいれば良かったのに……」
「リィエルって、あの青いのか?お前らのオマケみたいなやつ」
コレットがテーブルに肘をついてライ麦パンに豪快にかぶりつきながら、反応する。
「……あそこにいる、あいつじゃねえのか?」
「えっ!?どこ!?」
コレットが指さした先には――
「あっ!リィエル……」
「エルザも……」
向こう側のテーブルで、リィエルとエルザが並んで食事を摂っているのが見えた。
「……勉強、教えてくれてありがとう、エルザ。これお礼…苺タルト」
「あっ…ごめん、リィエル…私、苺が苦手で…ちょっと無理かも……」
「そうなの?…エルザ、可哀想……」
「そ、そんな、この世でもっとも不幸な人を見るような目で見られても……」
「大丈夫…わたしがエルザの分まで苺タルト、食べるから……」
「……リィエル、すっごく目がきらきらしてる……」
ここからは何を話しているかは聞き取れない。
だが、エルザはにこやかで、リィエルも満更ではなさそうだった。
「おい、見ろ、フランシーヌ……」
「ええ。エルザ…そう…貴女もそんな風に誰かと笑えるのですね」
そんなリィエルとエルザの様子に、どこか安堵したようにフランシーヌが呟く。
「そう言えば…エルザって、二つのグループに分かれて群れてる貴女達の中では、いつも独りね?…何?ハブ?引くわー」
「そういうのよくないと思うな…仲良くしようよ」
ジト目でフランシーヌ達を睨む、システィーナとルミア。
「うっわ、そんなことするなんて…これは雷を落とすしかないっぽい」
左手の人差し指を上に向けるジョセフ。
「おい…いじめかよ、てめえら。俺に対する狼藉千万はまだしも、いたいけな少女いじめるとか、マジ激おこなんですけど?」
ぱきぱきと指を鳴らし、はぁ~っと拳に息を吐きかけるグレン。
「ち、違ぇよっ!?別にアタシ達がハブってんじゃねえよっ!?」
「その通りですわ!あの子が私達から勝手に距離を取ってるんですわっ!そもそも、いじめなど、弱きを守る貴族にあるまじき行為ですわっ!」
すると、コレットとフランシーヌは慌てて弁明を始めた。
「あいつ、前期の途中から、アタシ達のクラスに編入してきたんだけどさ……」
「もちろん、わたくしもコレットも、それぞれの派閥に誘いましたわよ?派閥の戦力増強のために!」
「お前ら、ホント、ぶれないのな…昔から」
「だけど…なんかなぁ…あいつ、いつも、アタシ達の誘いをのらりくらりとかわして…いつも一人で、ぽつんと寂しそうにしてるっていうか……」
「成績優秀、品行方正。誰に対しても礼儀正しく、人当たりはいいのですけど…どこか他者に対して一枚、壁を作っているっていうか…優しい一匹狼といいますが……」
「だから、驚いているのさ。エルザのやつが、あんな風に誰かとつるむなんてな」
そんなフランシーヌ達のエルザに対する風評に、ジョセフは意外だなと物思う。
(エルザがぼっち?見た感じ、そうは思えないんやけど……)
エルザは確かに大人しめな少女だが、社交的で、友達も多そうに見えたのだ。
現に今、リィエルに対する振る舞いからは、ぼっちという印象はない。
仮にそうだとしても、なぜ、あえてリィエルなのか?あんなコミュ障娘よりルミアやシスティーナなど、もっと親しみやすい留学生組はいたはずなのに。
まぁ、それはたまたまリィエルと気が合った…と言ってしまえばそれまでなのだが。
それと、ジョセフは同時にある違和感を感じていた。
(なんで、前期の途中という中途半端な時期に……?)
ジョセフも、前期の途中でアルザーノ帝国魔術学院に編入されたが、それは連邦の留学生としてであり、背後に連邦軍がいるからだ。
対して、エルザはそういうバックになる組織はありそうに見えない。
中途半端な時期に来たな、と。ジョセフは思っていた。
「実はあの子…少し心に問題を抱えていまして」
「……問題?」
「なんつーか…ちょっと見てて可哀想になってくる問題でさ…どうやら、そのせいでアタシ達に遠慮しちまってるみてえなんだ…別にきにしねえってのに」
「これ以上は、私達の口から言うのは、はばかられますね」
エルザが心に抱える問題。他者を遠ざける理由。
気にはなるが…詮索すべきではないのだろう…本人が語ってくれるまでは。
(あるいは…ガルシアに彼女の過去の経歴を探らせるか……)
楽しんでいる彼女達には悪いが、今回のリィエルの短期留学は怪しすぎる。
無関係だとは思うが…一応、エルザの経歴を調べる必要がある、とジョセフは心の中でそう結論した。
「ジョセフ君、どうしたの?顔が怖いよ?」
すると、ジョセフから何かを感じ取ったルミアが誰にも聞こえないようにジョセフの耳元で囁く。
「……杞憂であればええんやけどな……」
「……え?」
「んにゃ、何でもない。こっちの話」
ジョセフは、何もないような顔で心配そうな表情のルミアにそう言う。
「ま…何はともあれ、ああして誰かと一緒に笑えるんならいいかな?」
「ええ、ちょっと安心しましたわ」
安堵したように微笑するコレットとフランシーヌ。
場に穏やかな空気が流れるが……
「はっ!実は、お前らが派閥勧誘にしつけぇから、ドン引きしてるだけなんじゃね?」
グレンが茶化すように言って、その空気を遠慮なくぶち破る。
「うぐ…それは否定できねえけどよぉ……」
「あ、あんまりな言い方ですわ……」
「だが、なんつーか…まぁ、良かったよ」
凹むコレットとフランシーヌに、グレンはにやりと笑いかけた。
「お前ら、最初はとんでもねえ不良娘かと思ったんだが…案外、気のいいやつらじゃねえか。嫌いじゃねえぜ?そういうの」
すると。
ぼっ!ぼっ!途端、フランシーヌとコレットの頬が真っ赤になって――
「そっ!?そんな――ッ!わ、わたくしのことを好き、だなんて!?」
「ちょ、ちょ、待ってくれ、先生!アタシはまだ15だぞ!?早いって!?女同士だし――何より、アタシまだ心の準備が――」
「だから、お前ら、いちいち重いわぁああああああああああああ――ッ!?『嫌いじゃない』で、そこまでいくか、フツーッ!?」
「……なんなんだ、フランシーヌ達とシスティーナ達のこの対照的な差は……?」
「……ん?なんか言った?ジョセフィーヌ」
「いえ、なんでもございません。システィーナさん」
システィーナが半ば般若みたいな表情で振り向いたので、ジョセフはさっと我関せずという態度を取ったのであった。
そんなこんなで。
開始当初こそ波乱万丈で、暗雲立ちこめているように思われた留学生活。
クラスの派閥抗争が落ち着いてからは、何もかも順調であった。
今回はここいらで。