ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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90話

 

 そして――

 

 留学も、あっという間に十四日目。

 

 グレンは前日の授業で行った筆記試験の結果を、月組の生徒達へ返却していた。

 

「お、アタシ、結構、成績上がってんじゃん!」

 

「わたくしも、前回と比較して、かなり伸びてますわ……」

 

 グレンの指導の下、順調に成績を伸ばした生徒達が喜びに沸き立つ中。

 

 答案用紙を受け取るや否や、リィエルが、トコトコとグレンのもとにやってくる。

 

「……ほめて、グレン」

 

 答案をグレンの前に掲げるリィエル。

 

 その点数は100点満点中の65点。お世辞にも好成績…とは言い難いし、これがどこまで持続するのかはわからないが…今までのリィエルからすれば、格段の進歩だ。

 

「……よくやったな」

 

 わしわし、とグレンがリィエルの頭を撫でる。

 

「ん……」

 

 気持ちよさそうに、目を細めるリィエル。

 

「ねぇ、グレン…わたし、頑張った」

 

「ああ…わかるさ」

 

「エルザのおかげ」

 

「そうだな…あんがとな、エルザ」

 

 グレンが席に腰掛けて微笑ましそうにリィエルを見つめるエルザを見やる。

 

「いえ、そんな…私は頑張るリィエルのお手伝いをしただけですから」

 

「いや、お前がいなけりゃコイツはこんなに頑張れなかっただろうよ。俺がいくら指導してもここまで伸びたことね―のに…ははっ、教師の自信、なくなっちまうなぁ」

 

 グレンがそんな風に、肩を竦めておどけてみせるが。

 

「違いますよ、レーン先生」

 

 穏やかな笑みを浮かべて、エルザが答えた。

 

「リィエルは、今まで勉強に本気になれなかっただけみたいです。でも、今回は皆さんと対等に在ろうと、自分の居場所を守ろうと必死だった…それだけですよ」

 

「そうか…あのリィエルがねぇ……」

 

 ほめて、ほめて、と。

 

 眠そうながら、どこか得意げにシスティーナやルミア、ジョセフへ答案を見せているリィエル。

 

「やっぱ…ここに来て、良かったのかもな」

 

 そんな微笑ましいリィエルの姿を目で追いながら、グレンが感慨深く呟いた。

 

「さて…と」

 

 グレンが気を取り直して、教壇に立ち、手を叩き、注目を集める。

 

「今日の授業はもう終わりにすっか。知ってのとおり、白猫にルミア、リィエルにジョセフィーヌ…こいつらがお前らと一緒にいられる時間も後、わずかだ。まぁ、くっせぇ言い方になるが、思い出作りだ。残りの時間は、クラス全員でマグス・バレー大会とでもするか」

 

 マグス・バレーとは、魔術を使ったバレーボールのような球技である。アメリカ連邦から伝来されたバレー・ボールを、魔導大国であるアルザーノ帝国が魔改造!!劇的ビフォーアフター!!をしたこの球技は、帝国の魔術学院に通う魔術師の卵達にとっては、わりとポピュラーなレクリエーションであった。

 

 途端、きゃあああ、と黄色い声を上げ、盛大に沸き立つクラスの生徒達。

 

「おおおおおっ!さっすが、先生っ!話がわかるな――ッ!」

 

「結構なことですわ!黒百合の皆さんをぼこぼこにして差し上げましょう!」

 

「おい、お前ら!白百合の連中なんかに絶対負けんじゃねーぞっ!?」

 

「……どうして、お前らはその二派で対決することが前提なんだ…まぁ、いいや」

 

「……まぁ、ええじゃないですか。最初みたいに険悪な雰囲気ではなく、どちらかというと、じゃれてるみたいなもんですよ、今は」

 

 こうして。

 

 グレン達は連れ立って教室を出て行き、意気揚々と外の運動場へと向かう。

 

「…………」

 

 だが、そんな中…エルザが一人、そっと人知れず一同の流れから離れて……

 

「おっと、どこ行くんだよ、エルザ」

 

「そうですわ。まさか、この期に及んで抜けるなどと、無粋なことは仰りませんわよね?」

 

 そんなエルザの前に立ち塞がる者がいた。フランシーヌにコレットだ。

 

「あ……」

 

「今日くらい。いいじゃないですか、エルザさん」

 

「ええ、たまには皆で一緒に遊びましょう?」

 

 システィーナやルミアも、エルザのもとへやってくる。

 

「大丈夫、大丈夫。いざ何かあったときは、『熱盛』がフランシーヌとコレットに対して発動させるから、心配せんくてもええで?」

 

「あ、あれだけは…やめてくださいまし……」

 

「あ、あれは…めっちゃ痺れるから、やめてくれよぉ、ジョセフィーヌ……」

 

 ジョセフが微笑みながら『熱盛』という単語を聞いた瞬間、フランシーヌとコレットががくがくと震えながら、互いに肩を寄せ合う。

 

「ほら、喜びのあまり、震えているやろ?」

 

「これをどう見てどう感じたら、喜んでいると思いますのっ!?」

 

「どこからどう見ても、喜んでねえよっ!?」

 

 途端、ニッコリと言うジョセフに突っ込むフランシーヌとコレット。

 

 すると、エルザは目を伏せ、困ったように俯いてしまう。

 

「で、でも…私は…貴女達の輪に入れる資格は……」

 

「あのですね、エルザさん。今まで何度も言い続けてきましたが…誰も気にしていないんですよ、貴女の問題なんて」

 

 気付けば、ちゃっかりとジニーもいる。

 

「気にして、勝手に遠慮しているのは貴女だけです。それに…貴女のお友達は、貴女と一緒に遊びたがっているようですよ?」

 

「……え?」

 

 ジニーの目配せに、エルザが振り返ると。

 

 そこには、ちょこん、とリィエルが佇んでいた。

 

「エルザ…どうしたの?行かないの?」

 

「い、いえ…でも、私は、その……」

 

「わたし、エルザと一緒に遊びたい…だめ?」

 

「……リィエル……」

 

 リィエルは、エルザを、じっと真っ直ぐ見つめ続けている。

 

 まるで、子供が母親にお菓子をおねだりするような、リィエルの無垢な目に。

 

 エルザは、しばしの沈黙の後、やがて根負けしたように、くすりと微笑んでいた。

 

「……そう…ですね…わかりました…今日くらいは……」

 

 そんな生徒達の様子を遠巻きに眺めながら、穏やかに微笑みグレン。

 

 今回の留学は全てが大成功――

 

 この時のグレンは、それを固く信じて疑わなかったのである。

 

 

 …………。

 

 ……その夜。

 

(……本当に正しいのだろうか?私は……)

 

 学生寮の、薄暗く何もない、殺風景な自室にて。

 

 その少女はベッドに腰掛け、己が瞳を刀の刃に映し、一人自問していた。

 

(あの子は…本当に、私の『炎の記憶』の中に住むあの悪鬼なの?あれじゃまるで…皆に追いつこうと、皆と一緒に在ろうと、ただ一生懸命頑張っているだけの……)

 

 ぶんぶんと頭を振るい、少女はそんな甘い考えを無理矢理に追い出そうとする。

 

「……ううん、違う、私。思い出しなさい、あの日の屈辱を…憎しみを……ッ!」

 

 そうだ、私はあの子を倒さねばならない。私は今まで、そのためだけに生きてきた。

 

 そうだ、あの子は所詮、凶悪な犯罪者。そして――父の仇だ。

 

 倒さねばならない。絶対に倒さねばならない。報いを、法の裁きを、受けさせる。

 

 あの子に打ち克って――ようやく、私の人生は始まるのだ。

 

 だが、思い出せば思い出すほど、記憶の中のあの少女と、あの子が重ならない――

 

 いや、そもそも。

 

 私の『炎の記憶』の中に住むあの彼女は…本当にただの悪鬼だっただろうか?

 

 だって、最後の瞬間、彼女は――……

 

「…………」

 

 少女の疑問にも、問いかけにも、己が瞳を映す刀は応えてはくれない。

 

 刃の中の瞳は、迷いと困惑の色に揺れている。

 

 少女がそんな風に悶々としていた…その時だ。

 

「……まさか、とは思うけど」

 

 そんな少女へ、真夜中の来訪者――学院長マリアンヌが嘲弄するように、言った。

 

「貴女、彼女と接していくうちに、彼女のほだされたのではありませんよね?それは困るわ…だって、私には貴女しか頼れる子が……」

 

「……冗談言わないで下さい」

 

 少女がぼそりと言った――その瞬間。

 

 思わず息を呑むマリアンヌ。

 

 少女の刀の切っ先が、気付かぬうちに、己が喉元に突きつけられていたのだ。

 

「彼女には、あくまで上っ面の信頼を築くために近づいただけです」

 

 切っ先をマリアンヌへと向ける少女が苛立ったように呟き、その凛と珠散る刃の如き瞳でマリアンヌを突き刺す。

 

「今の今まで、ずっと彼女の側で、彼女の身体の動きを、呼吸を読んでいました。彼女の実力は…見切りました。確かに彼女は強敵ですが…私なら勝てます」

 

 鋭い瞳でマリアンヌを射貫いたまま、少女はそう宣言する。

 

「予定通り、明日、仕掛けます。貴女も手筈通りにお願いします」

 

「……ふ、ふふっ…流石、あの人の娘ね。期待してるわよ…エルザ」

 

 そんな、動揺を押し殺すようなマリアンヌの言葉に。

 

 少女は、刀を鮮やかな手つきで鞘に納め……

 

 ポケットから眼鏡を取り出し…それを目元にかけた。

 

「……覚悟してください、リィエル…いえ、イルシア=レイフォード……」

 

 そう呟く、エルザの言葉は。目は。

 

 思わず背筋が凍り付いてしまうほど、ぞっと冷たかった。

 

 

(やれやれ、相変わらず扱いにくい子…私の道具にしか過ぎないくせに……)

 

 マリアンヌは、決意の呪詛を零すエルザの背中を、冷めた目で眺めている。

 

(でも、まぁ…いざとなったら、私にはコレがあるし…この子程度、どうとでもなるわ…だから、ふふっ…精々、私の役に立ってちょうだいな、エルザ……)

 

 そうほくそ笑むマリアンヌの腰には、一振りの古びた剣があった。

 

 その剣の鍔には――古代文字でこう刻まれている。

 

 

――『(ファレム)』、と。

 

 

 

 

 

 短期留学も十五日目。ついに最終日。

 

 すっかり日も沈んだ夜。聖リリィ魔術女学院敷地内にある、学生街。

 

 その一角に構えられたオープンカフェにて。

 

「「「「カンパーイ!」」」」

 

 飲み物が入ったカップを掲げる少女達の姦しい声が響いていた。

 

 表通りに面した屋外テーブルを借り切って、グレンが担当した二年次月組の生徒達がそこに集い、グレン達の送別パーティーを行っていたのだ。

 

 各々のテーブルには、フィッシュ&チップスやソーセージなどの手軽に摘まめるパーティー料理から、ケーキにクッキーなどのお菓子、ジュースにワインにティーセットなどの飲み物が山と並んでおり、即興で開かれたパーティーの割には非常に豪華であった。

 

「なんつーか…あっという間だったなぁ……」

 

 主賓席の一角に腰を据えたグレンが、テーブルに肘をついて頬杖をつき、感慨深げにエビのフリッターを摘まんでいる。

 

「ふふ、リィエルの短期留学が成功して…本当に良かったですね」

 

 グレンの左隣に座るルミアが、まるで自分のことのように、嬉しそうに笑った。

 

 結局、なんだかんだでフランシーヌやコレット達が心を入れ替え、グレンの行う授業に真面目に出席したため、リィエルが短期留学先で受けた授業がきちんと成立。

 

 そして、リィエルの努力の甲斐もあって、見事、リィエルは必要単位を取得。リィエルはアルザーノ帝国魔術学院の在籍資格剥奪を免れたのである。

 

「そういや、リィエルの退学は取り消しになったんですか?」

 

「ああ、先日、俺達の学院へ、リィエルの課外単位取得証明書を速達で送ったんだが、その結果が早速、セリカから通信魔術で返ってきたぞ。リィエルの落第退学は取り消しだと」

 

「そうなんですか!?良かった!」

 

「セリカのやつ…面子を潰された反国軍省派の連中の悔しそうな間抜け面に、それはそれは、大層大笑いしたそうな」

 

 容易に思い浮かぶその光景に、システィーナはジト目の呆れ顔、ルミアは苦笑いだ。

 

「まぁ、連中、ウチも消しにかかってましたからね。国軍省には面子を潰され、連邦政府にも目をつけられましたから、発言力も相当減るでしょうね」

 

 ジョセフはざまあみろと言わんばかしの表情でフィッシュ&チップスを摘まむ。

 

「ところで…そのリィエルはどこ行ったんだ?」

 

 ふと、グレンが周囲を見渡す。

 

 この送別パーティーの主賓の一人であるリィエルの姿が見あたらないのだ。

 

「あれ…?そう言えば…さっきまでそこの席にいたのに……」

 

 ルミアもきょとんとして、リィエルの姿を探す。

 

「リィエルなら、さっき、エルザさんと一緒に、散歩に行ったわよ?」

 

 すると、システィーナが、そんな風に口を挟んだ。

 

「エルザと一緒に?」

 

「ええ。…まぁ、リィエルはこの学院の人達の中では、特にエルザさんと仲良かったしね。帰る前の最後の夜、二人で積もる話もあるんじゃないかしら?」

 

「……確かにな」

 

 なにせ、リィエルにとってエルザは、システィーナ達のように、他人から手を差し伸べられてできた友達ではない。初めて自分から他者に関わろうとしてできた友達なのだ。

 

 ある意味、エルザはシスティーナ達以上に特別な存在といえるかもしれない。

 

(……まぁ、大丈夫だとは思うが……)

 

 ジョセフはなにか胸騒ぎを覚えながら、ガルシアの調査結果はまだかと考えていると。

 

「先生~~ッ♥」

 

「楽しんでくれているかい!?」

 

「うおっ!?」

 

 グレンの背中へ体当たりするかのように抱きついてくるフランシーヌとコレット。

 

 この送別会を企画した二人が、空気の読めないエントリーを果たすのであった。

 

「よよよ…もう、レーン先生とお別れだなんて…嗚呼、先生がこのままこの学院の先生になっていただけるのなら、どんなに良いことでしょうか……」

 

「先生!またいつか来てくれよ!?また、私達に色々教えてくれよ、な!?」

 

「お、おう…また、いつかな……」

 

 これ見よがしに、グレンへ絡みつき、べたべたしてくる二人のお嬢様。

 

「あ、貴女達ぃ~~ッ!?」

 

「むむむ……」

 

 たちまち不機嫌になるシスティーナとルミアに、グレンは冷や汗を流すしかない。

 

 ジョセフに助けを求めようとしたのだが、ジョセフは巻き込まれまいとすでに距離を取っており、ジニーの所に避難している。

 

「でも、レーン先生の身体…結局、元に戻りませんでしたね……」

 

「男の身体になっちまうなんてな…それ、昔の魔術実験の後遺症なんだろ?大変だよなぁ…帰ったら、きちんとした法医師に診てもらえよ?」

 

「あ、ああ…そうだな…早く、元の女の身体に戻りたいなぁ~~」

 

 誤魔化し笑いを浮かべるグレン。真実がバレなくて本当に幸いである。

 

 ……だが。

 

「で、でも…わ、わたくしとしては…そ、その…レーン先生は…あの…男性の身体のままでも…良いかな…なんて思ったりしてですね……」

 

「……あ、ああ…そう…かもな…なんつーか、その、先生…あれだ…結構、かっこいいじゃん……?」

 

 フランシーヌとコレットが、頬を赤らめさせて、急にしおらしくなり……

 

「も、もしですよ!もしの話!も、もし…レーン先生が本当に男性だったら…その、わたくし…ひょっとしたら…レーン先生のこと…す、…好……」

 

「惜しいよなぁ…なぁんで、レーン先生って、女なんだろうなぁ…先生が男だったらさ…アタシ…きっと、アンタに…ほ…惚れ……」

 

「は、はい……?」

 

 アカン。その何かヤバイ雰囲気に、グレンが頬を引きつらせた…その時。

 

 がたたーんっ!

 

 こめかみをビキビキひくつかせたシスティーナとルミアが立ち上がり…… 

 

「貴女達ね!いい加減にしなさいよ!?先生に迷惑でしょ!?」

 

「ふふふ…ねぇ、二人とも…先生にくっつき過ぎじゃないかな?ね?」

 

 グレンにべったりなフランシーヌとコレットを強引に引きはがしにかかる。

 

「な、何をするんですの!?貴女達!」

 

「アタシ達は先生にお別れ言ってんだ、邪魔すんじゃねえよ!?」

 

「度が過ぎてる気がするんだけど!?いいから離れなさいっ!」

 

「きぃ~~っ!私と先生の逢瀬を邪魔するなら、容赦しませんわよ!?」

 

「おう!システィーナにルミア!帰る前に最後の勝負といくかぁ!?」

 

「望むところよッ!ルミア、援護お願いするわ!」

 

 システィーナ&ルミア vs フランシーヌ&コレット。

 

 いつものように、たちまち壮絶なる魔術戦が始まり――

 

「止めてぇえええ――ッ!?ボクのために争わないでぎゃぁあああああああ――ッ!?」

 

 いつものように、流れ呪文に被弾し、グレンが吹き飛ぶ。

 

「はぁ…こいつら、ホント、仲が良いですね」(もぐもぐ)

 

「せやな……」(もぐもぐ)

 

 そんな、いつもの様子を、ジニーとジョセフは我関せずとばかりにケーキをぱくつきながら、呆れたように眺めているのであった。

 

 

 

 






今回はここいらで。

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