ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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92話

「……遅かったか」

 

 ジョセフは駅前広場に着くなり地面に突っ伏して吐いているエルザと、血だまりの中で倒れ伏しているリィエルを交互に見やり、舌打ちした。

 

 見た感じ、リィエルは酷そうに見えるが、まだ呼吸はしているようだ。

 

「……さて、エルザ。結論から言うが…彼女はイルシアではなく、リィエルや」

 

「な…何を…言って……」

 

「イルシアはすでにこの世にはいない。兄と行動を共にしていたかつての仲間に殺されてな」

 

「……う、嘘よ……」

 

 エルザは顔は真っ青だが、刀を杖代わりにし、ジョセフを睨み付ける。

 

「そもそも…貴女は、何者なんですか…なぜ、イルシアがこの世にいないと……?」

 

「……アンタ、軍学校にいたんだってな?」

 

 エルザの質問には答えず、ジョセフはエルザに語りかける。

 

「まぁ、ちょいと調べたんやけどな、アンタは軍人であった父に尊敬し、父のような軍人を目指していたんやな。でも、今はここにいる」

 

「……な、なんで、それを……?」

 

「最初これを知った時、あれほど父のようになりたいと思っていた少女がなぜ、辞めて聖リリィ魔術女学院に編入したのか、まったくわからなかった」

 

 ジョセフは訥々とエルザに語り続ける。

 

「けど、だんだん調べていくうちに理由がわかった。あれ、エルザの意思で辞めたんやなく、辞めさせられたってことに」

 

「……ッ!」

 

「恐らく、父がイルシアに殺された後やろ…親戚がハゲタカのように集まり、財産など全てを奪い去っていった。違うか?」

 

「…………」

 

 エルザは黙ったままジョセフを睨み付ける。

 

「そして、アンタの母は貴族の令嬢やったから、政略結婚の道具として扱われ、軍学校をやめさせられ、ここに押し込められた…まぁ、酷いもんだ」

 

 ジョセフはそう言うと、拳銃を下ろし、エルザを真っ直ぐ見つめる。

 

「散々やったな…家族を失い、親戚からはロクでもない扱い、まさに転落の人生…こういう状態から抜け出すために、イルシアを倒したいという思いは私もわかる。てか、そう思わないほうがおかしいわ」

 

「……だったら……ッ!」

 

「でもな、エルザ。もうイルシアはいないんや。さっきも言ったが組織に粛清されたんだ。兄と一緒に。だから、もう復讐は果たせない」

 

「何を言っているんですッ!?いまここに倒れているのはイルシアでしょう!?」

 

「だから、彼女はリィエルやって。イルシアに似ているがな…彼女は訳あって帝国軍が保護してたんや。そして、戦力として使えると判断した軍は彼女を実戦に投入した」

 

 未だにイルシアだと思い込んでいるエルザに、ジョセフは何度も言い聞かせる。

 

「さて、本題に入ろうか。そんな時に、アルザーノ帝国魔術学院に退学危機に陥っている生徒がいた。それがリィエルだった。国軍省を面白く思っていない反国軍省派は、学院に在籍していた国軍省の者、つまり、リィエルを排除するために動いたんだ。まぁ、利権争いだ」

 

「…………」

 

「これに乗じてリィエルを狙っている黒幕はアンタにこう持ち掛けた。『貴女の両親の仇、イルシアがリィエルと名乗ってこの学院に来る』と」

 

 ジョセフがエルザの様子を見ながら、言葉を続ける。

 

「イルシアが死んだことを知らないアンタは、ある取引に乗った。それはリィエルを捕獲すること。見返りは…『貴女を軍学校に戻してあげる』と言われたんでしょうね……」

 

「な…あ、貴女…一体、どこまで……」

 

(やはりそうだったか)

 

 ジョセフはエルザの心理状態から推測通りだと確信した。

 

「そして、まずはリィエルを見極めるために接近。魔導戦からジニーとの手合わせを見て、リィエルを見極めていた。同時に、少しでも油断させるため、上っ面の関係を構築しようとリィエルに親身になっていた」

 

「ほ、本当に…何者、なんですか…?貴女は……」

 

「まぁ、これは食堂でコレットの話を聞いていなかったら、見過ごしていたな~。だって、今までフランシーヌ達を避けていた人がリィエルに対してはやけに積極的なんだもん。違和感は感じていたわ」

 

 ジョセフの言葉に、エルザは口をぱくぱくさせている。

 

 フランシーヌやコレットを筆頭にグレンを巡って騒動に巻き込まれていたため、こちらに目を向けている余裕はないだろうとエルザは思っていたのだ。

 

 それが、見ていないようで見られていたのだから。

 

「さて…と。そこでだ…今回の黒幕は誰なのか考えたんだが……」

 

 ジョセフは締めの言葉に入る。

 

「国軍省と反国軍省派との利権争いに乗じ、リィエルをここに来させるように短期留学のオファーを出した人物」

 

 ジョセフはゆっくりと下ろしていた拳銃を――

 

「そして、エルザにリィエルをイルシアと偽り、復讐心を刺激して唆した人物」

 

 両手で構え――

 

「その人物は――」

 

 エルザではなく、他の方向に構え――

 

「――貴女ですよね?」

 

 ジョセフは拳銃を構えた先にいる人物に言う。

 

「――貴女がエルザに取引を持ち掛けリィエルを捕獲するように仕向けたんですよね?マリアンヌ学院長」

 

 と、その時。

 

 ぐしゃ。エルザの眼鏡を無惨に踏みつぶす音が響く。

 

「な……」

 

「ご苦労様、エルザ」

 

 いつの間にか、その人物はそこにいた。

 

 エルザに向けて嫌らしい表情をしている女は――マリアンヌだった。

 

 その周囲に、無数の女子生徒を引き連れ、佇んでいる。

 

 マリアンヌに付き従う少女達は、一年次生だったり、三年次生だったりと、所属クラスや年次共にバラバラで、共通点がまったくなかった。

 

「……ごめんなさいね?もうすっかり暗くて、足元が見えなくて、貴女の眼鏡をつい踏んじゃった。…やっぱり拙かったかしらぁ?」

 

「くっ……」

 

 無残に割れてしまった眼鏡から、エルザは憎々しげにマリアンヌへと視線を移す。

 

 そして、精一杯、平静を取り繕って、言った。

 

「別に…また買い直せば済む話です。それよりも……」

 

「ええ、わかってるわよ」

 

 マリアンヌがさっと手を振り上げると、周囲の女子生徒達が無言で動き始める。

 

 倒れ伏すリィエルに、封魔の術【スペル・シール】を付呪し、頑丈なロープでリィエルの身体をきつく拘束していく。

 

「うふふ…ようやく、この子を確保できたわ…貴女のおかげよ、エルザ」

 

「ふん…別に貴方のためにやったわけではないです。…それよりも、約束は守っていただけるんでしょうね?」

 

「……貴女を、軍学校に戻すって話かしら?」

 

「ええ、そうです。私が重犯罪者のイルシアを倒し、捕らえたなら…貴女は私を、軍学校に戻す手配をする…そういう約束でした」

 

(やはり、そうだったか……)

 

 ジョセフはやはりと推測通りだと確信する。

 

 マリアンヌとエルザは叔母と姪の関係だ。

 

 それも、もう二度と見たくないという最悪の関係である。

 

(だが、エルザ…その約束は……)

 

 ジョセフはわかっていた。マリアンヌの正体を。

 

「ええ、もちろんよ、エルザ…貴女はすぐにでも軍学校に戻してあげる……」

 

 そして、マリアンヌはそんあエルザに、にっこりと笑って答える……

 

「……なぁんて、言うと思った?貴女って本当に馬鹿ねぇ」

 

 ……まるで嘲弄するかのように。

 

「な……ッ!?それは一体、どういう……?」

 

 と、その時だった。

 

 エルザが杖代わりにしていた刀を、再び構え直す。周囲を鋭く警戒する。

 

 周囲の女子生徒達が、エルザに向かって細剣や魔術を構えているのだ。

 

「……一体、どういうつもりですか?マリアンヌ」

 

「エルザ…貴女はしきりに、リィエルという少女を帝国法に基づいて処断することを主張しますが…そんなこと、できるわけないでしょう?」

 

 エルザの問いに答えず、マリアンヌはにたりと嗤ってそんなことを言った。

 

「あ、貴女は一体何を言って…?貴女は反国軍省側の人間でしょう?アルザーノ帝国魔術学院における利権的に、リィエルという少女が邪魔…ゆえに排除したかった…利害が一致していたからこそ、私は大嫌いな貴女の提案を呑み、今回の一件に協力した…過去と名前を偽って、帝国軍に在籍している彼女の不正を暴くために!」

 

「あーら、そうだったかしら?」

 

「惚けないでください!そのために、貴女は私にイルシアの情報を持ってきた!外界から隔絶されたこの学院に、短期留学という形でイルシアをおびき寄せ、私は彼女の身柄を押さえた!法廷で彼女の罪を立証するために!違うのですか!?」

 

「あははっ、馬鹿ねぇ、エルザ。リィエル=レイフォード…彼女を法廷で告発することなんか出来ないわ。無駄なのよ、そんなことは」

 

「……は?」

 

「彼女は別に不正などしてないわ。元・天の智慧研究会の暗殺者…それを織り込み済みで帝国軍は彼女を飼っているんだもの。少しでも戦力が欲しい帝国軍が、首輪をつけて飼い馴らした彼女を今さら手放すわけないじゃない?彼女を告発しても無駄よ?どうせ握り潰されるだけだわ」

 

「……ッ!?」

 

 そんなマリアンヌの物言いに、エルザの瞳に烈火が宿った。

 

「話が違います…ッ!だったら貴女は何がしたかったの!?私に妙な取引を持ちかけ、イルシアと戦わせて、イルシアを拘束し――一体、何のつもりなんですかッ!?」

 

「彼女を欲しがっている連中がいるのよ…実験サンプルとしてね」

 

(……そういうことか)

 

「……は?実験サンプル?」

 

「帝国政府魔導省の極秘魔術研究機関…蒼天の十字団(ヘヴンス・クロイツ)

 

 ジョセフが呟く。

 

 蒼天の十字団(ヘヴンス・クロイツ)。ジョセフから漏れたその言葉に、エルザが失笑する。

 

蒼天の十字団(ヘヴンス・クロイツ)…?は、はは…マリアンヌ、貴女、正気ですか?」

 

 それは一昔前、帝国で流行った都市伝説の一つだ。

 

「魔導省の特別予算枠…『Project:Revive Life』や『Project:Frame of Megido』などの禁呪法を、女王陛下にすら極秘で今も研究開発し続けているという帝国魔術界の最暗部…そんな機関が、本当に存在すると本気で思っているのですか?」

 

「……本当に存在するとしたら?」

 

 マリアンヌが背筋の凍りそうな笑みを浮かべる。

 

「現在、帝国政府は、国軍省や強硬派議員を筆頭とする『武断派』と、魔導省や穏健派議員を筆頭とする『文治派』がそれぞれ一大勢力を築いているわ。けれど、隣にレザリア王国という狂信者どもの国が、常に帝国の併合を狙っており、大洋を挟んだ大陸にアメリカ連邦という最近偉そうにしているヒヨッコ国家が帝国を自分の最前線基地にしたいと狙っている昨今、富国強兵路線を行く帝国では、多大なる予算を優遇されている国軍省、『武断派』の発言力はとても大きい…おまけに国軍省には、国内最強の魔導士が集う帝国宮廷魔導士団も存在する…帝国の基幹を支える魔術を統括しているはずの魔導省の連中は、どうにもこれが面白くない」

 

「…………」

 

「なら、どうする?国軍省の連中が手が出るような、替えの利かない魔導技術を開発できたら?特に、死者を疑似的にでも蘇らせるような…そんな魔術があれば…常に戦力消耗に頭を悩ませている国軍省…ひいては帝国軍はどう出ると思う?それがたとえ、表に出せない禁断の術であっても…実際にあれば、魔導省に頭を下げるしかないわよね?ほら、あっという間に立場が逆転するわ……」

 

(なるほどね…だからリィエルなのか)

 

 ジョセフはマリアンヌがリィエルを狙う理由がようやくわかった。

 

 となると、マリアンヌはリィエルの正体を知っている。

 

「まさか…『Project:Revive Life』……ッ!?」

 

「ご名答。表向きは女王陛下の勅令で凍結したプロジェクトだけど、裏では密かに…ふふっ、別に珍しくもない、どこにでもよくある話ねぇ」

 

「嘘です!そんなのあるわけない!蒼天の十字団(ヘヴンス・クロイツ)なんて、ただの都市伝説……ッ!」

 

「エルザ…マリアンヌは元・蒼天の十字団(ヘヴンス・クロイツ)の研究員や」

 

「な……ッ!?」

 

 ジョセフから漏れた言葉にエルザは絶句するしかなかった。

 

「マリアンヌは昔、やらかして組織を追放されている。そして、聖リリィ魔術女学院の学院長に封じられた。しかし、蒼天の十字団(ヘヴンス・クロイツ)に戻ってくるチャンスが湧いてきた」

 

 呆気に取られるエルザ。それをあざ笑うマリアンヌ。

 

「それが、イルシア…リィエル=レイフォードの捕獲。それを手土産にすれば蒼天の十字団(ヘヴンス・クロイツ)に戻れる…だから、お前にリィエルをイルシアだと偽りの情報を手に話を持ちかけ、リィエルを無力化するように唆した。後は簡単や。自分はそのリィエルを連中に持ち帰る…そういう算段や」

 

「そ、そんな話がありますかッ!?」

 

 エルザが腕を振って否定する。

 

「なんで、イルシアを捕らえたら組織に戻れるんですか!?仮に事実だとして、『Project:Revive Life』の再開発を目論む蒼天の十字団(ヘヴンス・クロイツ)がどうして、イルシアを――」

 

 そこまで、言いかけて…エルザは、ふと気付いた。

 

 ――ち、違う…わたしじゃ…ううん…でも、イルシアは、わたしでもあって……

 

 ――ねぇ、エルザ。話をしたいの。わたし…あまり頭よくないから…うまく伝えられるかどうかわからないんだけど…イルシアについて……

 

 先刻、エルザが、リィエルをイルシアだと責めた時。

 

 なぜか、リィエルはそれを完全否定するでもなく…でも、どこか他人ごとで……

 

 まるで自分以外に『イルシア』という少女がいたような…そんな口ぶりだった。

 

「……嘘…まさか…そう、なの…?リィエル…あ、貴女は……」

 

 エルザは自分が思い至ったことに、呆然とする。とても信じられないが…蒼天の十字団(ヘヴンス・クロイツ)がリィエルを欲しがる理由なんて、それくらいしか考えられないのだ。

 

「エルザ…よく聞け。リィエル=レイフォードは『Project:Revive Life』の唯一の成功例…イルシアの兄シオン=レイフォードがイルシアを元に完成させた魔造人間や。お宅らの狙いはリィエルを研究サンプルにしたい。そうやろ?マリアンヌさんよ」

 

「ご名答。ええ、その通りよ」

 

 マリアンヌが悪魔のように嗤った。

 

「リィエル=レイフォード。彼女は天の智慧研究会が完成させた『Project:Revive Life』で、イルシアを元に創られた魔造人間なの。これから『Project:Revive Life』を形にしたい蒼天の十字団(ヘヴンス・クロイツ)にとっては、喉から手が出るほど欲しい研究サンプルよねぇ……」

 

 エルザはここでやっと自分がやったことは正義でもなく、復讐、敵討ちすらでもなく、最後まで自分を傷つけたくないと言っていた少女に対する、最低最悪の狼藉だと気付いた。

 

「そ、そんなの…嘘です…ッ!大体、リィエルが『Project:Revive Life』で誕生したなんて、そんな情報、一体、どこから……ッ!?」

 

「さぁ?蒼天の十字団(ヘヴンス・クロイツ)と天の智慧研究会は昔から協力関係だったーみたいなことを噂で聞いたことあるけど、その関係じゃない?ま、情報の出所はどうでもいいわ。私にとって重要なのは、リィエルを捕獲すれば、蒼天の十字団(ヘヴンス・クロイツ)に復帰できる…それだけよ」

 

「この…人でなし……ッ!」

 

「そして――もちろん、貴女にもご同行願うわよ、エルザ。それと、ジョセフィーヌ」

 

 マリアンヌが獲物を狙う蛇のような目で、エルザとジョセフを交互にねっとりと睨み付ける。

 

「な……ッ!?」

 

「当然でしょう?貴女達はもう秘密を知っちゃったんだし…まぁ、最初から貴女も捕らえて連れて行く気だったから、べらべら話したんだけど…あなたの戦闘技術は『Project:Revive Life』を推し進める観点からでも魅力的だしねぇ」

 

(……だろうな……)

 

 ジョセフはそうだろうと物思う。

 

 そもそも、マリアンヌはエルザとの約束なんて守るわけがない。

 

 蒼天の十字団(ヘヴンス・クロイツ)はエルザの言う通り、巷では都市伝説として語られている。

 

 実在しているのに、都市伝説扱いなのは、その存在を知ってしまったほとんどの人達は実験サンプルにされるなり、この世から”消されている”のだから。

 

 秘密を話している時点でただで帰すなんてそんな都合の良い話なんてない。

 

 まぁ、ジョセフはそれを織り込んでいるのだが。

 

「……私の剣術が!?な、なぜ!?」

 

「だって、そうでしょう?元々、『Project:Revive Life』は、死者を疑似的に復活させることで、替えの利かない戦力の再生をコンセプトとしているのよ?どれだけ、生前の戦闘技術を再現できるか…そこが要諦よ?なら、貴女も『Project:Revive Life』の再生素体として素晴らしいじゃない、エルザ。なにせ、貴女はリィエル同様、その若さですでに完成された天才剣士なのだから!」

 

「あ、貴女は……」

 

 ジョセフは今のマリアンヌの姿があの男と重なって見えた。

 

 『遠征学修』の遠征先であったサイネリア島中央部にある白金魔導研究所。

 

 その所長であり、裏では異能者を片端から攫いまくり実験サンプルにしていた外道。

 

 まさにバークス=ブラウモンにそっくりな人物だった。

 

「……許せない…そんなことのために、この私を利用して…食い物にしてッ!貴女達は、いつもそうだッ!この私から何もかも奪っていく!家も、財産も、誇りも、あまつさえ、技さえも――これが許せるかッ!叔母上ぇええええ――ッ!」

 

「あはっ!貴女の許しなんて要らないわ!さっさと大人しく捕まってちょうだい!」

 

 マリアンヌがあごをしゃくると。

 

 女子生徒達が無言でエルザとジョセフの包囲網を狭めていく。

 

「あ、貴女達…今の話、聞いてなかったの!?なぜ、こんな女のいいなりに――」

 

「あら?彼女たちは自ら望んで、私に協力しているのよ?」

 

 動揺するエルザを、マリアンヌがどこまでもあざ笑う。

 

「私に協力してくれたら、蒼天の十字団(ヘヴンス・クロイツ)の構成員に加われるように口を利いてあげる――皆、それであっさり転がったわ」

 

「な…ッ!?う、嘘でしょう……?」

 

 信じられないとばかりにエルザが周囲を見渡すが…みんな、本気の目だ。

 

「何も息詰まっているのは、貴女達のクラスだけじゃないの。この学院に在籍している生徒達は、決められた将来、閉塞した空間…みんな、息が詰まってウンザリしているの。自由が欲しい。人とは違う何者かになりたい…そんな願望を抱えてね」

 

「な、なんてことを……」

 

(まぁ、そうだろうと思ったよ)

 

 だが、エルザもジョセフもそんな彼女たちの心情が、理解できなくもなかった。

 

 聖リリィ魔術女学院はお嬢様学校。貴族や豪商など上流階級層の娘が、それに相応しい教養を嫁入り前に身につけるために入学させられる学校。己が未来を切り開くために入学するアルザーノ帝国魔術学院とは、性質がまったく違う。

 

 卒業後の将来に自由はなく、家を継ぐか、政略結婚の道具とされるか…ほとんどの者達が先の見えた人生、行き詰った閉塞感に大なり小なりあえいでいるはずだ。

 

 マリアンヌの誘惑は、そんな枯れた生徒達の心にさぞかし甘く響いていたことだろう。

 

 伝説的な政府の極秘機関。その一員になれる――他の何者でもない特別な自分になれる――それは、現状を自分の力で打破する力もなければ、気概もない、諦観の沼で溺死仕掛けていた者にとっては、蜘蛛の糸のようなもの…希望そのものだったはずだ。

 

 だが――

 

「屑が」

 

 突然、ジョセフがマリアンヌへ唾棄するかのように、鋭く冷たく吐き捨てた。

 

「……は?」

 

「聞こえへんかったか?だったら、もう一回言うてやる。≪屑が≫」

 

 今度はマリアンヌにはっきりと聞こえるように吐き捨てる。

 

 瞬間、ジョセフの周りに【ショック・ボルト】が複数出現し、ジョセフを包囲していた女子生徒達の首筋に当てる。

 

 首筋に当てられた女子生徒達は意識を刈り取られ、人形のように地面に倒れ伏した。

 

「な…ッ!?く、屑ですってぇ……ッ!?」

 

 ジョセフから侮辱するような言葉を吐き捨てられたのが癪に障ったのか、先程まで余裕の表情だったマリアンヌの顔がみるみる真っ赤になっていく。

 

「そんな下らない研究のために、リィエルとエルザが実験サンプルになるなんて、イルシアもシオンもエルザの親父さんも浮かばれんな」

 

「く、くだらない…研究ですってぇ……ッ!?」

 

 ジョセフの容赦のない言葉は、確実にマリアンヌの逆鱗に触れたらしい。

 

「ぷ、プロ、『Project:Revive Life』がッ!くだ、下らないですってぇ――ッ!?」

 

 完全に激怒しているマリアンヌに、ジョセフは冷ややかに言い捨てた。

 

「だって、『Project:Revive Life』って、素体を作るのに、何人も犠牲にしなきゃいけないんやで?リィエルなんて成功するまでどれくらい無関係の人間を犠牲にしたと思う?まぁ、アンタのことや、今度はそこの生徒達も生贄にするんやろうけど」

 

 自分が生贄にされる。それを聞いた瞬間、無意識にうちに恐れ、エルザから一歩下がってしまう女子生徒達。

 

「だ、だから、何なのよ…いくら犠牲になろうが、この素晴らしい魔術の礎になれただけ――」

 

 この時、ジョセフは不意に、バークスの言葉を思い出す。

 

 ――偉大なる魔術師たる私のために身を捧げることができたのだぞ?寧ろありがたく思って欲しいくらいだ――

 

「もう、ええわ。黙れ」

 

 途端、ジョセフは氷点下に達するような目でマリアンヌを睨み――

 

 素早く拳銃を構え、引き金を引く。

 

 狙いは頭ではなく、左手。

 

 放たれた銃弾は、そのままマリアンヌの左手に向かうが――

 

 ぼっ!不意に、マリアンヌの前に炎が現れ、着弾する前に銃弾が燃え尽きた。

 

(――詠唱済みの炎熱系攻性呪文?)

 

 だが、その呪文起動には何の布石もなかった。

 

「ふ、ふふ…銃などという玩具で私を倒せると思って?」

 

 マリアンヌのあざ笑うその姿に、ジョセフはマリアンヌの腰に吊っていた古剣を見る。

 

 よく見れば、左の逆手が柄を掴んでいる。

 

(さっきのは、あの剣からか……?)

 

 ジョセフが訝しくその剣を見ると。

 

「……はぁ、本当はリィエルとエルザを捕獲して連れて行くって話だったけど、貴女も相当な上質みたいだし研究のサンプルにしてあげようかと思ったんだけど……」

 

 マリアンヌが剣を鞘から引き抜き――

 

「でも、いいわ。貴女はここで焼かれて死になさいな」

 

 ジョセフは炎を打ち消してやろうと、【トライ・バニッシュ】を詠唱しようとするが。

 

「!」

 

 途端、ジョセフは目を見開く。

 

(いや、違う。この熱量…予唱呪文を作成可能なC級を軽く超えている。恐らくB級呪文クラス――)

 

 ジョセフは舌打ちをし、【トライ・バニッシュ】を中断する。

 

 ジョセフの読みが正しければ、この炎は打ち消せない。

 

(間に合うか、これ――)

 

 そして、ジョセフは矢継ぎ早に呪文を唱え――

 

「死ねぇえええええええええ――ッ!?」

 

 同時に、巨大な炎がジョセフと周囲に倒れている女子生徒達を飲み込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 





今回はここまで。

読んだ限り、マリアンヌは女版バークス=ブラウモンのような印象がするんですよねぇ……厳つい身体ではないんだろうけど。

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