ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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93話

 ――と、そんなマリアンヌ達の様子を。

 

(やれやれ…大変なことになってしまいましたね……)

 

 ジニーが息を潜め、駅前広場に面した道の角の物陰から窺っていた。

 

 マリアンヌが出した炎がジョセフと周囲に倒れている女子生徒達を襲った後、これまで居合の構えをとっていたエルザは炎を見た瞬間、パニック状態になり、拘束され、マリアンヌから腹に蹴りを入れられて意識を失っていた。

 

(宴もたけなわなのに、リィエルさんとエルザさんがまだ帰ってこない。皆で手分けして学院内を探していたのですが…まさか、こんなことになっているなんて……)

 

 ジニーが脂汗を流しながら、駅構内へと入っていくマリアンヌ達の様子を観察する。

 

 読唇術で察するに、マリアンヌ達はこれから鉄道列車にリィエル達を積み込み、そのまま帝都へ出発するらしい。

 

 見れば確かに、この時間帯には有り得ないはずの蒸気機関車の影が、闇に紛れてゆっくりと駅構内へ進入しつつあった。音がまったく立たないのは、この辺りの線路一帯に、音声遮断の魔術が何かが予め施してあったのだろう。

 

(ジョセフィーヌは…いや、多分彼女のことです、そんな簡単にやられたりとかはしないでしょう。直前に何か呪文を唱えていましたし)

 

 ジニーはまだ火が盛んに燃えている所を見ながら、そう思う。

 

 さっきの【ショック・ボルト】の多重起動をしていたのを見た限り、彼女はシスティーナやルミアよりも実力は上だとジニーはそう認識した。

 

(それよりも、『Project:Revive Life』とか、蒼天十字団とか、眉唾ですが…どのみち、これは完全に私の手に余る案件…そもそも多勢に無勢が過ぎます……)

 

 マリアンヌを取り囲む四十人近い生徒達の数に、ジニーはそう冷静に判断を下した。

 

(レーン先生に一度、報告しに戻るべきですね……)

 

 ジニーが踵を返し、その場をそっと立ち去ろうとした――その時だった。

 

「ふぅん…妙なデバガメっ娘がいるじゃない……?」

 

 不意に背後にかけられた声に、ジニーがぎくりと硬直した。

 

 物陰から、路地から、細剣などで武装した女子生徒達がぞろぞろと現れる。

 

 この状況的に、もしかしなくてもマリアンヌの手の者だ。

 

 総勢、十二名。気付けばジニーは、周囲を完全に取り囲まれていた。

 

(……未熟。あまりの事態に動転してて、接近に気付かなかった…シノビ失格です)

 

 見れば、聖リリィ魔術女学院の中でも、指折りの実力者として知られる生徒…フランシーヌやコレットにも匹敵すると噂されるような連中が、ちらほらと散見される。

 

 一対一ならば、そう負けはしないが…この人数差はあまりにも厳しい。

 

「……そんなに、この学院が嫌ですか?敷かれた線路の上を行くのが嫌ですか?」

 

「当然でしょう?嫌にきまっているじゃない」

 

 ジニーの侮蔑するような問いかけに、女子生徒達は口々に言った。

 

「ふん…今の状況を変える力もなければ、努力するでもない。そもそも、変える度胸すらないくせに願望だけは一人前なんですね?…何?政府秘密機関の構成員?笑わせますね、子供の妄想ですか?思春期こじらせすぎでしょう、バカバカしい」

 

「何とでも言いなさい、ジニー。貴女のご主人様も似たようなものでしょう?」

 

 思わず言葉に詰まってしまうが、今は問答している場合じゃない。

 

 一刻も早く、この状況をレーン先生に伝えなければならない。

 

 じり…退路を見つけださんと、ジニーが一歩下がると……

 

「あら?逃げるの?ジニー」

 

 敏感にその気配を察した女子生徒達が、口々に挑発するように言った。

 

「いつも貴女、言ってるじゃない?一族の誇りがー、とか。生き恥がー、とか」

 

「敵に無様に背を見せるくらいなら、誇り高く華々しく戦って散るんじゃなかった?」

 

「貴女の覚悟ってその程度なのかしら?ふぅん…東方のシノビ?だが、なんだか知らないけど…貴女の一族ってあんまりたいしたことないのねぇ……?」

 

「ぐ…この……ッ!」

 

 その侮辱に思わずジニーの思考が沸騰し、後先考えない突撃をしかけるが――

 

 ――勝てないなら、とっとと退け。

 

 ――誇りだろうがなんだろうが、目的を見失ってる時点で話にならんわ。

 

 ふと、胸裏に蘇ったジョセフの言葉が、ジニーの冷静さをぎりぎりで繋ぎ止める。

 

「……お言葉ですが」

 

 がり、と。ジニーは歯を食いしばって屈辱を飲み下す。己が未熟をこそ憎む。

 

「今の私は、誇り高きシノビであると同時に…一応、魔術師でもあります。悪いですけど、逃げの一手を打たせていただきます。貴女達の思惑通りにはさせない」

 

「あははっ!意外ね!?そう、やってみなさいな…できるものならねぇッ!」

 

 こうして、人知れない路地裏で――

 

「押し通ります――はぁあああああああああ――ッ!」

 

「きゃっははははははははは――ッ!遊んであげるわぁ!」

 

 ジニーと、ジニーを取り囲む女子生徒達の、剣撃と魔術が炸裂するのであった。

 

 

 

 一方、駅前広場では。

 

 燃え盛る炎がジョセフと倒れた女子生徒達を飲み込んでいたが――

 

 その時、炎は突然、内側から風がぶわっ!と、吹かれ、四方八方に霧散した。

 

「ふぅ…なんとか間に合ったわー」

 

 炎を霧散させたジョセフは、周囲を見渡し、倒れている女子生徒達の状態を確認する。

 

 大丈夫だ。皆、生きている。

 

 炎がジョセフ達を襲った際、ジョセフは矢継ぎ早に【フォース・シールド】を倒れている女子生徒達ごと展開し、難を逃れたのだ。

 

「さて…と」

 

 ジョセフは周囲を見渡し、駅構内に入る。

 

 すでにマリアンヌ達はいない。恐らく、鉄道列車で帝都に向かったはずだ。

 

「ふむ。まだそう遠くは行ってないはずや」

 

 ジョセフは、マリアンヌ達がリィエルとエルザを連れ去って、帝都に向かったとわかると、ひとまず、グレンに報告をしに、オープンカフェに向かう。

 

 マリアンヌにつき従っている連中はなんとかなるものの、マリアンヌが持っていたあの古剣の正体がわからない以上、危険である。

 

 そう判断しての行動だった。

 

 ジョセフはオープンカフェに戻ろうと学生街を駆けると。

 

「ジニー?」

 

 ジョセフは前にいた女子生徒に気付く。

 

 その姿は、見るも無惨に全身傷だらけで、疲弊しているジニーであった。

 

「……ジョセフィーヌ……?」

 

 ジョセフの気配に気づいたジニーは、こちらを振り返る。

 

「……大丈夫…じゃないな」

 

 ジョセフはジニーに駆け寄り、身体を支えるように肩を貸す。

 

「あの一部始終、見てたよな?」

 

「ええ…早く…レーン先生に…報告、を、げほっ……ッ!?」

 

「もういい。喋るな」

 

 ジョセフはジニーを担ぎながら、オープンカフェに向かう。

 

「それにしても…無事で、良かったです…あの炎を見た時は…もう…駄目だと……」

 

 この時のジニーはいつも能面で感情がわからないが、この時は安堵の表情を浮かべていた。

 

「……そんな簡単に死なんよ。」

 

 あれは危うく死にかけたけどな。と内心思いながら、ジョセフは言う。

 

 実際、あの炎をまともに受ければ、灰すら残らなかっただろう。

 

「向こうにはウチの幼馴染がいるんや。そいつを遺して死ねんよ」

 

「ふふ…幼馴染ですか……」

 

「ああ、アンタのアホお嬢とは多分気が合いそうな、ドジお嬢やけどな」

 

「それは…確かに、気が合いそうですね……」

 

 お互いそれぞれ、世話を焼いているお嬢様のことをそう言い合いながら、やがて。

 

「……そろそろ、着くで」

 

 ジョセフは、明かりがついているオープンカフェが見えてくる。

 

 ジョセフはそのままグレン達の所へ向かう。

 

 

 

 

 話は少し遡って――

 

「ったく、あいつら、どこ行ったんだよ……?」

 

 一通り聖リリィ魔術女学院敷地内を回って、元の送別会場のオープンカフェに戻ってきたグレンがため息を吐いていた。

 

「多分、リィエルとエルザさん、一緒に居るはずなんだけど……」

 

 グレンの隣に佇むルミアも心配そうだ。

 

 今、学院敷地内を、グレンの担当クラスの生徒達で手分けして捜している。

 

 とはいえ、だだっ広い学院敷地内は、月組の四十名前後で探すには少々広過ぎる。

 

「あー、駄目だ駄目だ、見つからねえなぁ……」

 

「寮や校舎の方には居ませんでしたわ」

 

 そうこうしているうちに、コレットやフランシーヌら月組の生徒達も戻ってくる。

 

「おう、お前ら、悪いな」

 

「いいってことよ、先生。今日で最後だからな!」

 

「短い間とはいえ、共に日々を過ごした仲間ですしね」

 

 コレットとフランシーヌが笑う。

 

 つい二週間前、あれほど激しく争い合っていた間柄が嘘のようだ。

 

 無論、未だ両派閥間で子供のじゃれ合いみたいな喧嘩はあるが…派閥同士の軋轢は、徐々に緩和しつつあるようであった。

 

(それはさておき…あいつら、マジでどこ行ったんだ?)

 

 いくらなんでも、戻ってくるのが遅すぎる。おかしい。

 

 元より、マイペースなリィエルだが、今はエルザがついているのだ。せっかくの送別会が開かれている状況で、そう勝手な真似をするとは考えがたい…のだが。

 

(……なんだ…?この胸騒ぎは……?)

 

 あのコミュ障なリィエルに、なぜか最初から仲良くしてくれたエルザ…彼女に覚えていた微かな違和感が、不意に、この不自然な状況下で再び鎌首をもたげてくる。

 

 そんなグレンの心中も露知らず……

 

「ねぇ、ひょっとして…リィエルとエルザさん…二人とも…アレじゃない?」

 

 システィーナが、井戸端で噂話しているオバチャンのような笑みを浮かべている。

 

「……アレ?…ってなんだよ?」

 

「も、もうっ!?先生ったら!アレはアレよっ!言わせないでよっ!」

 

 ばしばしグレンの背中を叩くシスティーナは頬が紅潮し、テンションがおかしい。

 

「だってさぁ、あの二人、あんなに仲が良くてさぁ…私達が妬けちゃうくらい、いつも一緒でさぁ…もう、私の鋭敏で精度抜群の恋愛センサーにビビッと来たわね!」

 

「鋭敏で精度抜群のセンサー……?」

 

 得意げなシスティーナの言葉に、ルミアが曖昧な苦笑いを浮かべる。

 

「うん、そのセンサーはきっと自分には効かないんだよね?うん、わかる」

 

「え?何のこと?ルミア。…まぁ、それはともかく!」

 

 意味不明のルミアの言葉に、システィーナが怪訝そうな顔をするが、すぐに気を取り直し、グレンへと指を突きつける。

 

「あの二人はきっと、好き合っているに違いないわ!きゃーっ!」

 

「アホか。女同士で何言ってんだ」

 

「わかってないわね!人を愛する気持ちの前に、性別の差なんて些細な――」

 

「小 説 の 読 み 過 ぎ だ」

 

 セメント対応のグレンに、システィーナがムキになって反論しかけると――

 

 がたんっ!がっしゃああああんっ!

 

 突然のけたたましい物音に、その場の一同がその物音がした方向へ一斉に振り返る。

 

 隅の屋外テーブルを、倒れた勢いで派手にひっくり返したその少女と、慌てて支えようとしているその少女は――

 

「はぁー…はぁー…やれば、できるもの…で、げほっ…ごほっ……ッ!?」

 

「せやから、無茶すんなって言うたやろ。ほら、肩を貸しちゃる」

 

「ジニーとジョセフィーヌッ!?」

 

 見るも無惨に全身傷だらけで、ぼろぼろに疲弊しきったジニーと、彼女を担いでいたジョセフであった。

 

 ジョセフはジニーを長テーブルの上にそっと寝かせる。

 

「今、戻ったのか…って、なんだこりゃ!?お前ら、何があった!?」

 

「じ、ジニーッ!?ああっ、酷いッ!し、しっかりしてくださいましっ!」

 

 フランシーヌが今にも泣きそうな表情で、ジニーへと駆け寄りジニーを助け起こす。

 

「ああ、ジニーッ!お願い…ッ!わたくし、貴女がいなくなったら……ッ!」

 

「大丈夫ですよ、お嬢様…この程度じゃ人は死にません…大分、こっぴどくやられましたがね…まぁ、無様に逃げ回った甲斐があったってもんです……」

 

「ルミア!法医呪文を!」

 

「はいっ!」

 

 グレンの指示を受け、ルミアがジニーへと駆け寄る。この状況にもまったく動揺を見せず、丁寧に呪文を唱え、ジニーの怪我を癒していく……

 

「いえ、レーン先生。私の治療は後回しです…そんなことよりも――」

 

「ああ、いい、ウチが話す。お前は大人しくルミアから治療を受けとき」

 

 ルミアの癒しの手をそっと払い除けて身を起こそうとするジニーを、ジョセフがそれを制止する。

 

「先生。問題発生や」

 

「……何があった?ジョセフ」

 

 グレンは、ジニーを制止したジョセフから衝撃の事実を聞く――

 

 …………。

 

 ……。

 

「マリアンヌ学院長と…エルザが…リィエルを…?嘘……」

 

「この学院の一部の女子生徒達まで…?くそ…マジかよ」

 

 ジョセフから聞いた情報に、システィーナとグレンは絶句するしかない。

 

「魔導省の極秘魔術研究機関、蒼天十字団…軍属時代、俺も噂程度にゃ聞いたことあったが…まさかマジ話だったとはな……ッ!?」

 

「先生。確実に言うと、マリアンヌがエルザにリィエルを捕縛するように唆したんです」

 

「な…ッ!?エルザを唆して…なぜ……ッ!?」

 

 さらに絶句するグレンにジョセフは耳元で囁く。

 

「エルザは二年前に両親を亡くしています。暗殺者によって斬り殺されたんです」

 

「……ッ!?マジかよ」

 

「エルザの両親を殺した暗殺者の名は…イルシア=レイフォード」

 

「!」

 

 イルシアの名を聞いたグレンが目を見開き、ジョセフを見る。

 

「おい、ジョセフ…それって、まさか……」

 

「イルシアはもうこの世にはいないのはわかっています。ですが、エルザはイルシアがシオン諸共ライネルに殺害されたのを知りませんでした。マリアンヌはこの状況を利用した」

 

「『イルシアがリィエルと名乗ってこの学院に来る』…マリアンヌはそうエルザに言ったんだな?」

 

 グレンがそう推測すると、ジョセフは頷く。

 

「その偽情報をエルザに話し、復讐心を焚きつけ、行動を起こさせた。リィエルの不自然な短期留学のオファーはまさそういうことだったのです。マリアンヌの狙いはリィエルだったんです」

 

 ジョセフの話を聞いて全てを察したグレンが、拳を握り固める。

 

「な、なんだか…話が突然、壮大過ぎてついていけませんわね……」

 

 フランシーヌを筆頭とする月組生徒達は、唖然とするしかない。

 

 ジョセフは話をした後、物思う。

 

(蒼天十字団…魔導省の極秘機関で天の智慧研究会に繋がっていると噂されている機関。これはおそらく本当なのだろう)

 

 帝国政府と天の智慧研究会は、帝国有史以来の不倶戴天の敵同士で、一年前は連邦最大の都市、ニューヨークで同時多発テロを起こしている

 

 そもそも、だ。

 

 世界指折りの国力を持つアルザーノ帝国が、なぜ、たかが一魔術結社に有史以来、ずっと翻弄され続けてきたのか?今や帝国の六倍という世界最大の国力を誇るアメリカ連邦の加勢があるにもかかわらず、だ。

 

 帝国各地で常に容易く暗躍する、天の智慧研究会の外道魔術師達…その時点でおかしい。

 

 最早、そういうことしか説明がつかない。

 

「――いや、今はそんなことより、リィエルだ」

 

 しばらく考えていたらしいグレンが、頭を振り、これからの方針を思索し始める。

 

「先生…リィエルさん達を助けるなら、急いで下さい……」

 

 ルミアの法医治療を受けるジニーが、怪我の痛みを堪えながら言った。

 

「学院長達は、列車庫の鉄道列車を奪い、つい先刻、出発しました……」

 

「なっ…もう出発しただと!?」

 

「すみません、ウチもすぐ向かったんやけど…炎の攻撃に身動きが取れへんくて、その隙に逃がしてもうた……」

 

「すみません、先生…私も包囲網の突破に手間取ったせいで…間に合わな……」

 

「いや、お前らのせいじゃねえ…むしろ、よく情報を持ち帰った…しかし……」

 

 出発されてしまった以上、列車が相手ではもう間に合わない。仮にグレンが白魔【フィジカル・ブースト】を、魔力全開で身体能力を強化して、追いかけても…だ。

 

 そもそも、白魔【フィジカル・ブースト】は、ごく短時間の戦闘パフォーマンスを高めるための術だ。無駄な魔力消費と肉体負担を避けるため、戦闘中でも常時かけっぱなしというわけではなく、細かくスイッチをオンオフして使用するものだ。

 

 本来、持久的な長距離移動をするための術ではないのである。そんな使い方すれば、あっという間に魔力が枯渇してしまうし、肉体が負荷に耐えられない。ルミアの能力を使っても同じだ。もし、追いつけるとしたら――

 

「……白猫。お前、疾風脚(シュトロム)で、先行する列車を追いかけて俺を運べるか?」

 

「ご、ごめんなさい…疾風脚(シュトロム)の制御は…まだ、私一人で跳ぶのが精一杯で…先生と一緒に飛んだら、きっとどこかで失速して挽肉になっちゃう……」

 

 申し訳なさそうなシスティーナに、そうか、とグレンが無念そうに呻く。

 

 帝都行きの列車に乗った…ということは、恐らく帝都のどこかで、魔導省の裏側の連中と落ち合うつもりなのだろう。

 

 そうなったらゲームオーバーだ。魔導省は、帝国内においては国軍省に並んで力を持つ有力省庁…なにより政府側の人間だ。この下手に味方側なのが災いする。

 

 もしそうなれば…リィエルとエルザの足取りは、もう一生掴めないだろう。

 

 グレンはジョセフを見るが、意図を察したジョセフは首を横に振る。

 

 特務分室も、デルタも今は、天の智慧研究会絡みで忙殺されており、加勢は頼めない。

 

 グレンはだったら、大使館に配属されている連邦海兵隊を…と考えるが、止めた。非現実的すぎる。

 

 そもそも、いくら帝国と連邦が友好国であるとはいえ、外国の軍隊が駅に乗り込んで封鎖するなんてしたら、連邦と帝国の国際問題に発展する。そんなこと連邦の大統領が許可なんてするはずがない。

 

 それに、騒ぎになったら、魔導省とマリアンヌは破滅するが、リィエルも『Project:Revive Life』の唯一成功した魔造人間だとバレる恐れもある。そうなったら、リィエルも破滅だ。

 

 俺としたことが、なんて様だ…グレンがそう懊悩していると。

 

「いや、先生…まだ、手はあるぜ……」

 

「ええ、そうですわね。わたくし達、全員が力を合わせれば…あるいは」

 

 コレットと、フランシーヌが、そんなことをグレンに言ったのであった。

 

「まぁ、ちょっと前までなら無理だっただろうけどな…今なら……」

 

「そうれすわね…私達が協力するなんて、かつてはありえないことでしたから……」

 

「お前ら…?一体、何を言って……?」

 

 わけがわからず訝しむグレンに……

 

「決まってんだろ?私達の仲間を、ここにいる私達全員で助けるって言ってんだよ!」

 

「『白百合会』の皆さん、もちろん、協力してくれますわよね!?」

 

「『黒百合会』の皆!このまま、あいつらを見捨てるわけねえよな!?」

 

 そんな、フランシーヌとコレットの煽りに……

 

「「「「もちろんですわっ!」」」」

 

 その場に集う月組の生徒達全員が、一斉に声を張り上げる。

 

 最早、『白百合会』も『黒百合会』も関係ない。同じクラスの仲間を助ける…そのただ一つの目的の下に、一致団結するのであった。

 

「お、お前ら……」

 

 共に手を取り合って沸き立つ少女達を前に、呆気にとられるグレンに。

 

「さぁ、先生!」

 

「一緒に、エルザとリィエルを助けてやろうぜ!」

 

 フランシーヌとコレットが、力強く微笑みながら、手を差し伸べる。

 

 

 

 ――長い夜が――始まろうとしていた。

 

 

 






今回はここいらで。

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