ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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94話

 夜の暗闇の中。

 

 がっしゃ、がっしゃ、と。蒸気機関車が重厚な駆動音を立てて、列車が線路を走る。

 

 その先頭の機関車に最も近い、一号車にて。

 

 マリアンヌは、オープンサロン車両の座席の一角に腰掛け、窓の外を眺めていた。

 

 森の夜景が後方に駆け流れていく中、窓の桟に頬杖をつきながらほくそ笑む。

 

(全ては順調…機関車の操縦士は、必要な運転技術をプログラミングした魔導人形…リィエルとエルザも入念に拘束し、中央に設けた監禁用車両に押し込めてある……)

 

 マリアンヌの周囲では、学院の女子生徒達が和気藹々としている。皆、明日から始まる素晴らしい日々への期待に胸を膨らませているのだ。あの牢獄のような学校から逃れることができた…そんな解放感と安堵感が、女子生徒達を満たしていた。

 

(……この子達の人心掌握も完璧…後の事後処理も、魔導省側の特派員が上手くやってくれる手筈…そう、何の問題はないわ……)

 

 ただ、二つ気がかりなことがあると言えば。

 

(そういえば、哨戒していた子達が取り逃がしたジニーという子……)

 

 マリアンヌは学院に在籍する全ての生徒のプロファイルを把握している。どの生徒が蒼天十字団へスカウトするに相応しいか…それを入念に下調べしたからだ。

 

 もちろん、ジニーのプロファイルも、マリアンヌは完璧に把握しているのだが……

 

(彼女は一見、控えめに見えてその実、自意識とプライドが非常に高い子…報告を受けたような状況で、逃げの一手を打つような子じゃなかったはずだけど……?)

 

 それゆえ、そんな些細な疑問と違和感が、マリアンヌの脳裏を過ぎる。

 

(それに、あのジョセフィーヌという子も……)

 

 マリアンヌが一番疑問を抱いているのは、むしろジョセフのことだった。

 

(彼女…エルザと私の企みを知っていたし、私の過去も知っていた…彼女は何者だったのかしら……?)

 

 エルザがリィエルを狙っているのと、自分が何を企んでいるのかなど、エルザと自分しか知らないことを彼女は知っていた。

 

 もしかして、帝国宮廷魔導士団の者なのだろうか?

 

(でも、まぁ、関係ないわね…こうして出発してしまった以上、何も問題ない……)

 

 そう切り捨て、マリアンヌはジニーとジョセフィーヌについて考えるのをやめた。

 

(そう、全ては順調…順調なのだから……)

 

 山間をゆっくりと徐行運転する列車の窓の外には、深淵の闇が広がっていた……

 

 ……そしてマリアンヌは、列車の上空にドローンが飛んでいるということに気付いていなかった――

 

 

 

 ダカカッ!ダカカッ!ダカカッ――

 

 暗く深い森の闇の中、風を切って疾走する、蹄の音があった。

 

 ダカカッ!ダカカッ!ダカカッ――

 

 規則正しく地を叩くその音は、道なき道を、人の足にあり得ぬ速度で踏破していく。

 

 見れば、立派な駿馬が轡を並べて三頭――鬣を波立たせ、尾をうねらせ、その野性的で力強い筋肉をしなやかに隆起させて四肢を躍動させ、雄々しく森を駆け抜けていく――

 

「ハイヨーッ!」

 

「ハイッ!ハァッ!」

 

「イィヤァッ!」

 

 時折、上がる少女三人の威勢良いかけ声と、パァン!と木霊する鞭の音と共に。

 

 その三頭の馬をそれぞれ駆るのは、コレットとフランシーヌ、ジョセフの三人だ。

 

 三人とも見事な手綱捌きで、この暗い森の中を何の危なげもなく突き進んでいく――

 

「ぎゃ――――――ッ!?舌噛んだぁ!?」

 

「痛たたたた!?お尻が痛ーい!?も、もっとゆっくりぃ――」

 

 グレンとシスティーナ、コレットとフランシーヌはそれぞれを後ろに乗せながら、だ。

 

 コレットとフランシーヌ、ジョセフは、馬の体力を気遣わない限界酷使で森の中を疾走していく。

 

 無論、こんな無謀な道のりを、二人乗りで、ペース配分も考えずに走らせては、馬は長く保たない。

 

 やがて、当然の如く限界に達した馬の速度が、みるみる落ちかけた……

 

 まさにその時だ。

 

 しゅぱっ!前方に、黒魔【フラッシュ・ライト】の閃光が上がった。

 

 顔を上げて見れば、各々馬に騎乗した月組の生徒が三人、それぞれ未騎乗の予備馬の手綱を引いて前方に待機している――

 

「フランシーヌさんっ!お待ちしておりましたわ!」

 

「コレット姐さんっ!替えの馬よっ!」

 

「ジョセフィーヌの馬はこっちよっ!」

 

「サンクスっ!」

 

「おうっ!あんがとうなっ!先行組の皆!」

 

「レーン先生ッ!システィーナ、準備してくださいっ!」

 

「ああもうっ!またかよ!?俺は曲芸師じゃねえぞぉおおお――ッ!?」

 

 フランシーヌ達後発組が駆る馬が、先発組が用意していた予備馬とすれ違って――

 

 その瞬間、ジョセフは単独で、コレットとグレン、フランシーヌとシスティーナ、それぞれのペアが予備馬にすかさず飛び移って――

 

「ほな、行くでっ!ヘイヤーッ!」

 

「よっしゃ!行くぜっ!ハイヨーッ!」

 

「ハァ――ッ!」

 

 間髪入れずに打たれた鞭に、三頭の新しい馬がかっ飛ぶように猛然と駆けだした。

 

「ああもう!流石だな、貴族のお嬢様達とアメリカ人め!乗馬はお手のもんってかーッ!?」

 

 グレンがしっかりとコレットの背に抱きつきながら、悲鳴を上げる。

 

「ちょ――先生、ちょっと!?それ抱きつき過ぎ――ひぃ!?」

 

 フランシーヌの背に掴まり、システィーナもおっかなびっくりだ。

 

(うるさい二人組だなぁ……)

 

 そんな二人の様子を呆れながら見るジョセフ。

 

「しっかし…まさか、こんな手段で列車を追いかけることになるとはな……ッ!?」

 

 通常、二人乗りの馬を悪路で走らせれば、速度、持久力共に、馬のパフォーマンスはがくりと落ちてしまうものだ。

 

 だが、先発組が一人乗りで馬を駆って、同時に予備馬を連れて先行し、速度で劣る二人乗りの後発組が先行した予備馬へ次々と乗り換えて進めば、結果的に馬のパフォーマンスを高く保ちながら、長距離を素早く移動することが可能になる。

 

 言わば、この馬リレーで、グレン達は列車を追いかけているのだ。

 

 今や、負傷したジニーと、彼女を治療するルミアを除いた月組の生徒全員が、手分けして、学院内にいるありったけの馬を集めて先行し、グレン達が突き進む要所要所に、予備馬を待機させている。

 

 おかげで、グレン達はもの凄い速さで、移動しているのだが……

 

「それにしたって、いくらなんでも馬で鉄道列車に追いつけるわけないじゃない!それに、こっち、なんか線路の方向と全然、違うんですけど!?」

 

 森の木々が激流のように後方へ流れ、激しく上下する視界の中、システィーナが叫く。

 

「そりゃ、確かにまともに追いかけたら、追いつけねえわな!」

 

「でも、この辺りでしたら、追いつける可能性があるんですの!」

 

「それは一体、どういう――」

 

「今は黙って、ついてきてくださいましっ!」

 

(まぁ、何故なのかは大体、わかるけど……)

 

 こうして。

 

 フランシーヌとコレットの言うがままに、グレン達が何度も何度も、先発組が用意した予備馬に乗り換えつつ、森の中を走り続けて…峠を越えて……

 

 ひたすら走り続けて……

 

 …………。

 

 ……やがて。

 

 不意に、森が終わり――視界が開けた。

 

 月明かりの下、眼下にはかなり急勾配に下る草原の斜面が広がり――遠くに複雑に起伏する丘や山、湖、鬱蒼と茂る別の森が見える。

 

 そして、それらの間を縫うように、線路が緩く蛇行して敷かれており……

 

「……ビンゴ」

 

「あっ!」

 

 線路に従い、列車が奥から手前へ、ゆっくりと走ってくるのが見えた。

 

「嘘…追いついた…?いえ、追い越したの!?」

 

「どーうどうどう!ははは、つまりこういうことさ!」

 

 コレットが手綱を操作し、馬を回頭させながら、言った。

 

「こっち来る時もそうだったろ?この辺りは帝都から学院まで真っ直ぐ一直線ってわけじゃねえ。色んな障害物が多くて、列車は帝都まで大きく蛇行、迂回して進むんだ」

 

「おまけに、土地の起伏も激しくて、結構、徐行運転も多いのですわ」

 

「そうか!ここは、手つかずの自然が多く残る湖水地方だったな!」

 

 コレットの後ろで、グレンが合点がいったように叫んだ。

 

「ええ、そうですわ!ゆえにこの辺りの地形を熟知して、十分な乗馬の技量で、上質の馬を駆り、近道を行けば、馬でも充分追いつけるのですわ!」

 

 無論、地理の知識、馬の質、乗馬の技量…それだけでは成し得ない。

 

 この快挙は、月組の生徒一同が、派閥も何もなく、ただ一つの目的を達成しようと一致団結できたからこそ、成し得た奇跡だ。

 

 ほんの少し前まで、事あるごとに派閥に分かれて衝突していた少女達が協力…グレは不覚にも思わず胸がじんと来てしまい、その勢いのまま叫んでいた。

 

「ナイスだ!フランシーヌ、コレット!お前ら、超愛してるッ!」

 

「そ、そんな、先生、愛してるだなんて…わたくし、女ですのに……」(赤面)

 

「ア、アタシ、まだ、心の準備が……」(赤面)

 

「……え?あ、いや、その…そんなマジに受け取られても……」(汗)

 

「……何やってるんですか……」(呆)

 

「とにかく!」(怒)

 

 妙に苛立ったシスティーナが、強引にグレン達の妙な雰囲気の会話を打ち切った。

 

「……ほな、ウチは先に行っとくで」

 

 呆れながらため息を吐いていたジョセフはそう言い、手綱を捌いて、馬を駆け出した。

 

「二人とも!線路に沿って走る列車の進行方向に上手く回り込んで!先生と私が列車に飛び移るからッ!」

 

「へーいへいっ!了解だ!しっかり掴まってろよッ!」

 

「承りましたわッ!ハイヨーッ!」

 

 ジョセフの後に続くように、再び、手綱を捌くコレットとフランシーヌ。

 

 ばっ!馬が再び駆け出す。

 

 かなり急勾配な斜面を、巧みな手綱捌きで、迷いなく一気に駆け下る――

 

「うぎゃ――――――ッ!やっぱ怖ぁ―――――いッ!?」

 

「ひぃえええええええええ――ッ!?」

 

 哀れなグレンとシスティーナの悲鳴が、眼下へとエコーしていくのであった。

 

 

 

 

 列車の進行方向…線路の先へと回り込むように馬が走る。

 

 列車と馬の距離は徐々に縮まっていき…やがて、両者が並走する形となった。

 

 流石に並走すれば、馬は列車の速度には敵わない。

 

 グレン達の横で、連結された列車の車両が、どんどん馬を追い抜いていく……

 

「くっ…間に合うか……ッ!?」

 

「もうちょっと、もうちょっとだけ近づいて…ッ!二人とも――ッ!」

 

 すでに、列車は全車両の半分以上が、前方へと通り過ぎていた。

 

 フランシーヌとコレットが馬を操作し、徐々に列車側へと寄っていく間にも……

 

 一つ…また一つ…と、車両がグレン達を前方へ追い越していき……

 

 ついに、最後尾の車両がグレン達を追い越そうとしていた…その時。

 

「今だッ!白猫ッ!行くぞッ!」

 

「≪疾≫ィ――ッ!」

 

 グレンが【フィジカル・ブースト】を一瞬、魔力全開にして、システィーナが【ラピッド・ストリーム】による『疾風脚』を起動して――馬の背に脚を立て――

 

 跳んだ。

 

 二人は天上の月を背に、空を舞い――

 

「っとおうッ!」

 

「――はっ!」

 

 ずだんっ!だんっ!

 

 並走する列車、その最後尾車両の屋根上に上手く着地するのであった。

 

「ナイス着地です。二人とも」

 

 屋根上には先に行っていたジョセフが、すでにそこにいた。

 

「わ、我ながら無茶苦茶やってるわ……」

 

 猛烈な風が髪と服を後方に綱ひかせる中、ぞっと青ざめるシスティーナであった。

 

「そうだ、フランシーヌとコレットは――ッ!?って…あれ?」

 

 システィーナが気付けば。列車に並走して走っていた二頭の馬が徐々に遠ざかっていくのが見えたが…その背に二人の姿はない。

 

 と、次の瞬間。

 

 ずだんっ!だだんっ!

 

 システィーナの背後で音がした。

 

「よっし!全員、上手く飛び乗れたなッ!?」

 

「行きますわよ、先生、システィーナ、ジョセフィーヌ!」

 

 なんと、コレットとフランシーヌまで、列車の屋根の上に飛び移っていたのだ。

 

「まぁ、来るとは思ってたわ」

 

「ちょ――なんで貴女達まで!?」

 

「ったく、水臭ぇこと言うなよ、システィーナ」

 

「ここまで来たら毒喰わば、皿まで…わたくし達も先生達とご一緒いたしますわ」

 

「どうして…?危険かもしれないのに……ッ!?」

 

「そりゃ、先生とシスティーナとジョセフィーヌも一緒だろ」

 

 怒り半分呆れ顔なシスティーナに、コレット達が反論する。

 

「それに、アタシ達だって、何も伊達や酔狂で首を突っ込もうってわけじゃねえよ」

 

「ジョセフィーヌの情報によると…結構な数の聖リリィ魔術女学院の生徒達が、マリアンヌ学院長側についているのでしょう?」

 

「本当にアンタら三人だけで足りるのか?露払いがいるんじゃねえか?」

 

 確かに一理ある。戦いにおいて数の差はやはり大きい。

 

「せ、先生…?どうするの……?」

 

 それゆえに、判断に困ったシスティーナがグレンへ縋るような目を向けた。

 

 ジョセフは判断は任せるという目でグレンを見る。

 

「…………」

 

 グレンはしばらく腕組して押し黙っていたが…やがて、フランシーヌとコレットの二人を真っ直ぐ見据え…そして、問いを投げた。

 

「……お前達は何だ?」

 

「!」

 

「……言ってみろ、フランシーヌ、コレット…お前達は一体何者だ?ただの『魔術使い』か?それとも…『魔術師』か?」

 

 すると。

 

 フランシーヌとコレットは、二人して顔を見合わせ…そして……

 

「『魔術師』ですわ!」

 

「『魔術師』だぜ!」

 

 二人同時に、力強い笑顔で、はっきりと、そう答えたのであった。

 

「よし!」

 

 グレンが満足そうに、にやりと笑う。

 

「なら、行くぞ、お前ら!リィエルとエルザを助けて、マリアンヌをボコって、思春期こじらせちゃった痛い連中に、きっつーい教育をかましてやるぜっ!」

 

「話はまとまりましたか?」

 

 ジョセフは屋根に何か見たことない物を置き、グレンに振り返る。

 

「ああ、この二人を入れてリィエルとエルザを取り戻すぞ、ジョセフィーヌ」

 

「了解。では、先陣をきらせてもらいますぜ」

 

 ジョセフはそう言うと装置みたいなものを起動し始める。

 

「ねぇ、ジョセフィーヌ…それ、何なの?」

 

 見たこともない物体をフランシーヌとコレットと一緒に興味深そうに見ながら、システィーナが問う。

 

「さーて、皆さん。これからしばらくは何も聞こえなくなるから、気ぃつけてな」

 

 ジョセフは振り返り、にやりと笑いながらそう言い、装置を起動した。

 

 

 

 どぉおおおおおおんッ!

 

「な、何事ですかッ!?」

 

 後方から響いてきた衝撃音に、ゆったりくつろいでいたマリアンヌが慌てて叫んだ。

 

「た、大変です、マリアンヌ学院長ッ!侵入者です!」

 

 すると、その車両に、後方車両の方から数名の女子生徒達がなだれ込んでくる。

 

「なんですって!?一体、どこから!?どうやって!?」

 

 マリアンヌは思わず、耳を疑った。

 

「その…最後尾の車両から、いつの間にか侵入してきた変な連中が――」

 

「各車両に配置されていた私達の仲間を次々と制圧し、現在こちらに向かっています!」

 

「エルザとリィエルを返せ、とか叫んでいます!」

 

 恐らく、取り逃がしたジニーの情報で追いかけてきた者がいたのだろう。

 

 それしか考えられない。

 

 だが――

 

「ば、馬鹿な…一体、どうやって鉄道列車に追いついたっていうの……ッ!?」

 

 一つ考えられるの可能性は、馬をに乗り継いで追いかける馬リレーだが…派閥同士の軋轢に囚われたあの学院の連中に、そんなチームワークができるはずもない。

 

 だが、こうして追いつかれているのが事実である以上、恐らくは――

 

「くっ…すぐに侵入者を取り押さえなさいッ!」

 

 なんとか気を取り直したマリアンヌが、キンキン声で即座に指示を飛ばす。

 

「後方車両は個室席車両が多いわ!狭い場所じゃ数の利が生かせない!各車両で待機する生徒達を集め、連中をオープンサロン車両へとおびき寄せ、数で圧殺しなさいッ!」

 

「は、はいっ!」

 

「わかってるの!?この一件が失敗したら、貴女達はまた、あの息が詰まってしまうような学院に逆戻りなのよ!?いい!?」

 

「「「「はいっ!」」」」

 

 マリアンヌの活を受け、女子生徒達がぞろぞろと後部車両の方へと駆けていく……

 

「くっ…ここまで来て……」

 

 列車の揺れる音と共に、徐々に遠くから近付きつつある戦いの気配。

 

 計画の思わぬ躓きに、マリアンヌは忌々しげに毒突くのであった。

 

 

 

 

 






ここいらで。

9章はあと一、二話で終わると思います。

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