ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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95話

 

 

 列車内に侵入したグレン達と、それを迎撃する女性生徒達が、列車内で激突していた。

 

「やぁああああ――ッ!」

 

 ここは通さぬと、女児生徒の一人が細剣を構えて、グレンに突撃してくる。

 

「ふ――ッ!」

 

 グレンが軽やかに身体を捌き、細剣で猛然と突きかかってきた女子生徒をかわす。

 

 すれ違いざま、その女子生徒の首筋に手刀を入れ、意識を刈り取る。

 

 間髪入れず、一人突出したグレンを狙って、車両の奥で隊列を組んだ女子生徒達が一斉に呪文を唱えた。

 

「≪雷精の紫電よ≫――ッ!」

 

「≪白き冬の嵐よ≫――ッ!」

 

「≪大いなる風よ≫――ッ!」

 

 雷閃が、凍てつく波動が、殴りつける突風が、グレンに激しく殺到するが――

 

「≪光輝く護りの障壁よ≫!」

 

 読んでいたとばかりに、システィーナがグレンの眼前へ展開した光の魔力障壁――【フォース・シールド】がそれらを全て遮断する。

 

「そ、そんな……ッ!?」

 

「今だ、チャンスだぜ――ッ!」

 

 一斉攻撃を完全に防がれた敵陣に走る動揺――それを見て取ったコレットが拳を構え、白魔【フィジカル・ブースト】を全開にし、一気に敵陣へと突進して行った。

 

「ば、バカ野郎!?コレット、おま――」

 

 グレンが制止するが、もう遅い。

 

 コレットの突進に、敵陣の女子生徒の一人が、にやりとほくそ笑んでいるのが見えた。

 

(……あいつ、罠張ってやがる!?)

 

 グレンが看破した通り、その女子生徒は罠を張っていた。

 

 通路の真ん中に密かに仕掛けた【スタン・フロア】。その女子生徒はコレットの無謀な特攻に合わせて、その床に仕掛けた【スタン・フロア】を起動しようとして――

 

「――えッ!?」

 

 次の瞬間、その女子生徒はコレットの姿を見失っていた。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!」

 

 なんと、コレットはその罠を踏む直前で、前方斜め上へ跳んでいたのだ。

 

 跳んだ勢いのまま、右の壁を三歩駆け登って、さらに跳躍。

 

 ぐるりと上下反転して、天上に着地、そのまま天上を蹴って――

 

 鋲付き手袋を嵌めた左手に白い冷気が漲り――それを気迫と共に振り下ろす。

 

「「「「きゃああああああああ――ッ!?」」」」

 

 拳打と凍気が渦を巻き、その一帯の女子生徒達を打ち倒し、凍えさせ、昏倒させる。 

 

「くっ…コレットぉおおおおおおおお――ッ!よくも――」

 

 運よく難を逃れた女子生徒が、慌ててコレットの背中へ左手を構えて――

 

「させませんわッ!そこ――≪雷――」

 

 フランシーヌが、コレットを援護しようと呪文を叩き込もうとした――その時。

 

 がたんッ!

 

「うぁああああああああああ――ッ!」

 

 突如、フランシーヌの背後――後方車両へ続く扉が開き、一人の女子生徒が怒声を上げて細剣を構え、フランシーヌの背中へ突進してくる。

 

 恐らく不意を突くため、透明化の魔術などで隠れていたのだろう。

 

「――ひっ!?」

 

 この予想外の一手は功を奏し、フランシーヌの思考を一瞬、空白にしかける。

 

 だが、フランシーヌはぎりぎりで思考の空白を堪え、パニックを抑えて――

 

「じょ、ジョセフィーヌッ!後ろを――」

 

 ジョセフに一瞬だけ目配せして、そのまま呪文を叫ぶ。

 

「≪雷精の紫電よ≫――ッ!」

 

 雷閃が飛び、コレットを襲おうとした女子生徒を打ち倒し――

 

「――あぐっ!?」

 

「だから、単純なんやって」

 

 背後からフランシーヌを襲った女子生徒は、ジョセフが詠唱済みの【ショック・ボルト】を時間差起動であっさりと制していた。

 

「ふぅ…ったく、お前ら、ひやひやさせやがる……」

 

 気絶したお嬢様達が周囲にごろごろと転がる中、グレンが額の汗を拭う。

 

「わかりやすい近道に飛びつくな、相手の意表をつけ…だろ?」

 

「常に氷の思考を。相手の予想外な一挙手一投足に動揺するな…でしたわね?」

 

 グレンに向かって、得意げな表情を向けるコレットとフランシーヌ(実際それを言ったのはジョセフなのだが)。

 

「ははっ、まぁまぁだな!及第点をつけてやるよ!」

 

 グレンもどこか誇らしげな笑みを、コレット達に向けると……

 

「あそこにいましたわ!これ以上、貴女達は進ませません!」

 

「なんとしても、ここで食い止めるわよ!?皆!」

 

 前方車両へと続く扉が開き、続々と増援が駆けつけてくるのが見えた。

 

「うっげ、団体様のお出ましだぁ……」

 

「お客様が待ちきれずに来ましたねぇ……」

 

 グレンがうんざりと、ジョセフが呆れたように、言う。

 

「でも、まぁ、掴みはオーケイって感じじゃね?先生」

 

「ですわね」

 

「よっし!お前ら、ここからが本番だ!いっちょ頼むぜッ!」

 

 グレンがそう宣言し、一同がこくりと頷くのであった。

 

 

 

 

 それからしばらく時間が経ち――

 

 列車内の戦いはさらに過熱していく――

 

 闘争の狂奔は、最早、留まることを知らないようだ。

 

「――ってか、人、多過ぎぃっ!?」

 

 ジョセフは個室席から半身、通路に乗り出し呪文を唱えながら、叫ぶ。

 

「これ、四十人前後…ジニーと戦闘していた哨戒組を入れて五十二人だとしても、これ、倍はおるで!?」

 

 こりゃマリアンヌのやつ、洗脳魔術を使ってるな、とジョセフは思いながら、女子生徒達に向かって、乱射する。

 

 鉄道列車の車両など、狭い所は一発ずつ正確に撃つよりも、乱射した方が効果的だ。

 

「フランシーヌ、コレット、ジョセフィーヌゥウウウウウ――ッ!」

 

 乱射で何人か倒した後、女子生徒達が怨嗟の声を上げながら、フランシーヌとコレット、ジョセフへ立ち向かって行く。

 

「ははっ!甘いぜッ!」

 

 迫り来る三人、三本の細剣を、コレットは巧みな拳捌きで叩き落とす。

 

 そのまま、蹴りを入れ、肘で殴り倒し、拳から漲る凍気で薙ぎ払い――

 

「≪雷精のし――≫」

 

 突出したコレットを狙って、後方で待機していた女子生徒達が、一斉にコレットへ攻性呪文を撃ち込もうとするが――

 

「≪虚空に叫べ・残響為るは・風霊の咆哮≫――ッ!」

 

 前衛のコレットを盾に、先読みで唱えていたフランシーヌの呪文が一瞬、速く完成。

 

 圧縮空気弾が敵陣へと弧を描いて飛来し――当然、コレットはすでに下がっており――

 

 ずんっ!

 

「きゃあああああああああああ――ッ!?」

 

「うあああああああああ――ッ!?」

 

 音波衝撃と空気振動で、群れ固まっていた女子生徒達が吹き飛ばされ――

 

 その衝撃で、車両全体が揺れて震えた。

 

「……ははっ、なんていうか…お前ら、最初の頃とは全然違うな」

 

 その様子をジョセフは初日の頃の二人の動きと今を比べて、今の二人の、最初の頃とは全然違う動きに感心したように呟く。

 

 こうやって見ると、確かに彼女達は『魔術使い』から『魔術師』として歩み始めたのかもしれない。

 

「くっ…この人達……ッ!?」

 

 ここはちょうど、列車の左半分が個室席で埋まっている車両だ。畢竟、戦闘は狭い廊下で行わければならないわけで、ここでは数の有利が生かせない。

 

 フランシーヌとコレット、ジョセフを圧殺しようと、いくら戦力を送り込んでも、流石は聖リリィ魔術女学院でも有数の実力者とアルザーノ帝国魔術学院からの留学生(実際は連邦軍の人間だが)、ことごとく返り討ちに遭う始末。

 

 ならばと、もっと広い場所に誘い出しても、彼女たちは乗ってくれない。

 

 女子生徒達が一旦、引こうと背後を見せた瞬間だけ、フランシーヌ達は嬉々として襲いかかってくるくせに、いざ広い場所に出ると、すぐに狭い車両へと撤退するのだ。

 

 おかげで、こうして続々と味方が集まってきているのに、一向にフランシーヌとコレットとジョセフの三人を押し切れない――

 

「フランシーヌッ!コレットッ!なぜ、私達の邪魔をするのですッ!」

 

 マリアンヌ側についた女子生徒達の一人――シーダが叫んだ。

 

「ああッ!?邪魔するに決まってんだろ!?≪雷精の紫電よ≫――ッ!」

 

「仲間を浚われて、黙って見ていられるわけありませんわ!≪大いなる風よ≫ッ!」

 

「くっ!?」

 

 シーダは個室席内に身を隠し、飛来してくる呪文をやり過ごす。

 

「エルザもリィエルも、そこにいるジョセフィーヌも、どうせ貴女達にとっては縁の薄い連中でしょう!?考え直しなさいッ!それよりも――貴女達も私達の仲間になりなさいッ!」

 

 呪文の応酬を続けながら、シーダが叫ぶ。

 

「私達と共に、行きましょう!蒼天十字団にッ!」

 

「はっ――ッ!?馬鹿も休み休み言え――」

 

「だって、貴女達も本当は、息が詰まっていたのでしょう!?」

 

 シーダの叫びに、一瞬、コレットとフランシーヌの動きが硬直する。

 

「貴女達だって本当は苦しかった!家に縛られ、学院に縛られ、自由は、自分の意思は何一つない!こんな状況、破壊したかった!何か自分は他者と違うと縋るものが欲しかった――だから、あんな『派閥』で粋がっていた!そうでしょう!」

 

 同じく個室席内に身を隠したフランシーヌとコレットが、苦い顔をして押し黙る。

 

 まさに、シーダの指摘は――図星だったのだ。

 

 それを好機とみたシーダがより一層、熱心に説得にかかる。

 

「だから、私達と一緒に行きましょう!蒼天十字団にッ!それで、貴女達が心底望んだ全てが、簡単に手に入るんですよ!?苦しみが解決するんですよ!?」

 

 沈黙。戦いの最中、ほんの一時、生まれた静寂。

 

(ま、あそこで息が詰まってたんや。その中で、その言葉は魅力的やな)

 

 ジョセフはその二人の様子を見るが、その表情に悲観はない。

 

(せやけど…ま、この二人なら大丈夫やろ……)

 

 なぜなら……

 

「お断りだ」

 

「お断りですわ」

 

 コレットとフランシーヌは二人同時に、そう力強く答えていた。

 

「な、なぜ――?」

 

「ああ、いや、確かに魅力的だ…実は、すっげぇ行ってみたいわ、正直」

 

「政府の秘密機関の研究員…もしくは、諜報員…なるほど確かに。家に縛られず、自由に、他の何者でもない、何かになれる…正直、とても心が揺れますわね」

 

「はは、やべぇな…ついちょっと前のアタシらだったら、のこのこついていったかも」

 

「ええ、本当に……」

 

「だ、だったら、素直に、私達と一緒に――」

 

「でも、駄目なんだよ、それじゃ!」

 

 コレット達から帰ってくるのはやはり、拒絶だった。

 

「同じなんだよ、結局!それは自分の力で掴んだものじゃねえ!」

 

「今と状況は何一つ変わっていないのです!しがらみのままに、何の目的もなく、学院の在籍し、さも自分は特別であろうと思い込もうとしていた今までの状況と、何一つ変わっていませんわっ!鳥かごの形が多少変わっただけですわ!」

 

「で、でも!だったら、どうすれば!?どうすればいいんです!?このままじゃ、私達の未来に希望は何一つないじゃないですかぁッ!?」

 

 シーダは泣きそうな顔で叫ぶ。

 

 結局、マリアンヌについた生徒達も…薄々わかってはいたのだろう。

 

 それは、違うんだと。自分達の選択は間違っているんだと。

 

 でも、それしか、そうするしか、彼女達には思いつかなかっただけなのだ――

 

「私は嫌だ!こんな人生、嫌なんです!?どうすれば――ッ!?」

 

「確かにな。私達は詰んでるよな…経済的に超恵まれている代わりに、自由がとてつもなく制限されている…はは、高貴なる者の義務(ノブレス・オブリージュ)ってやつだ、クソったれめ」

 

「それを、世間知らずのお嬢様の甘えだと言われれば、それまでなのですが……」

 

「でも、レーン先生が言ってたよ。魔術師ってのは結局、どこまでいっても、自分の願望のために、世界の理すら曲げる傲慢で罪深い人種なんだ…と」

 

「だが、それゆえに、誰よりも自由でもある……」

 

 三人に対峙する女子生徒達は、なぜかそんなフランシーヌとコレットの言葉に耳を傾けている。

 

 無視できない。まるでそれが救い主の言葉であるかのように。

 

「なぁ、お前ら。今の状況を変えたければ…『力』がいる。何物にも指図されず、自分の意思と選択で、生きていくには『力』がいるんだよ!」

 

「それは、おままごとの『派閥』や、与えられた『特別な居場所』じゃありません。自分だけの力で鍛え上げた、誰もが無視できない力、誰もが認めざるを得ない力……」

 

「魔術、剣術、権力、財力…力の性質は問わねぇ…一人で立つには力がいる」

 

「『魔術師』にとって、それらはカードの一枚。手段の一つに過ぎません。それらを、知恵で扱い、自ら望む道を敷くのが『本物』の『魔術師』――」

 

「なぁ、お前ら…生まれながらに不自由なアタシ達が、自由になりたいなら…一人で立ちたいなら…状況を打破したいなら…もう『本物』になるしかねえんだよッ!」

 

「群れ集まって、傷を舐め合っている場合ではないのです!痛みは伴いますが努力して、苦労して、知恵を絞って…『本物』になるしかないんですわッ!」

 

「要は何だ、アレだ!いつまでもガキみてえに甘えてるんじゃねぇえええ――ッ!?」

 

 まるで自分達にも言い聞かせるような、コレットとフランシーヌの叫びに。

 

 耳を傾けていた女子生徒達は打ちひしがれてしまったように、愕然とするしかない。

 

「まぁ…そういうこった」

 

 今まで、黙っていたジョセフが女子生徒達に畳み掛けるように語り掛ける。

 

「他人から与えられた『自由(フリーダム)』は一見、楽なんだが、結局自分の意思でできたものではないから他人に介入されて結局は操られてしまう。せやけど自分の意思で勝ち取った『自由(リバティ)』は楽ではないが、自分の力で勝ち取った『自由』や。そこに誰も、何人たりとも介入することは出来ない。例え実の両親であってもな」

 

 そう、世の真理は、答えは…いつだって、呆れるほど単純で残酷なのだ。

 

 自分がもっとも目を背けたい、歩きたくない、艱難と辛苦の道――

 

 一見、果てしなき遠道のようで…いつだって、それが、もっとも近道なのだ。

 

「まぁ、そういうこって…んじゃ、フランシーヌ、コレット。仕上げや、畳み掛けるで」

 

「よっしゃ!さぁ、行くぜ!勝負つけるぜ、フランシーヌッ!ジョセフィーヌッ!援護任せたぞ!」

 

「やらいでか!ですわ!」

 

 それを好機と見た、ジョセフとコレットとフランシーヌが、個室席から飛び出し、すっかり消沈して動きを止めてしまった女子生徒達の陣へ、一気に突進していく。

 

「とりあえず、頭を冷やしてこいッ!」

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!」

 

「はぁあああ――ッ!」

 

 その場の趨勢は――決したのであった。

 

 そして――

 

 

 

 

 機関車のすぐ後ろにつくオープンサロン車両の、第一号車内にて。

 

「くっ…使えない子達…流石は所詮、世間知らずのお嬢様ね!」

 

 マリアンヌが、遠見の魔術で観察する後方車両の戦況に歯がみする。

 

 その千里眼が見る敵は、フランシーヌとコレット、そして駅前広場で始末した筈のジョセフの三人に、マリアンヌが選りすぐりで選んだ将来有望だったはずの生徒達が、片端から倒されていっている。

 

「何よ、この子達…明らかに今までと違う……」

 

 フランシーヌとコレットの戦い方は、単純な技量そのものは以前と変わっていない。

 

 だが、その力の振るい方に明らかな変化がある。以前のように、ただ闇雲に、己を誇るように力を振るうのでない。目的を達成するため、己が切るべき手持ちのカードの内容を吟味し、的確に行使・運用する確かな知恵が根底にある。

 

 記憶によれば、聖リリィ魔術女学院では、貴族の教養としての『力』を教授できる教師は多くいるが、その『使い方』と『知恵』を教授できる教師はいなかったはずなのに。

 

「それに、ジョセフィーヌ…なぜ、彼女は生きているの?あの時、確かに始末した筈なのに…彼女は一体、何者なの!?」

 

 マリアンヌは遠見の魔術でジョセフが女子生徒達を軽々しく、まるで目にないようにさっさと倒していく光景を苦々しく眺めながら歯がみする。

 

 その時、窓越しに黒い物体が、鉄道列車と並走しているのをマリアンヌはようやく気付いた。

 

 そして、マリアンヌはそれを見て、目を見開く。

 

 並走していた物体は…ドローン。

 

 こんな機械を持っている国なんて、アノ国しかない。

 

 つまり――

 

「彼女は宮廷魔導士団ではなく…連邦軍の人間なの…ッ!?なんで、連邦軍の人間が紛れ込んでいるの!?連中は天の智慧研究会を壊滅させるために来たんでしょう…ッ!?なのに、なぜ……ッ!?」

 

 本来、来るはずのない連邦軍の人間が、ここにいるという事実に、マリアンヌは困惑するしかない。

 

 考えられるとしたら…だが、確かアルザーノ帝国魔術学院に在籍している人物は確か……

 

「それに、リィエル=レイフォードとエルザ=ヴィ―リフ…一体、どこへ消えたの?」

 

 嫌な予感を覚えて、二人を押し込めた車両を遠見の魔術で覗けば、なんと二人の姿がない。魔術で牢獄と化したはずの個室席内に、もの凄い力で引きちぎられた縄と、もの凄い力で蹴破られた扉があるだけだ。

 

 こんなアホみたいな真似が出来るのは…リィエル=レイフォードしかない。

 

 もともとあの個室席は、最初から魔術的な牢獄として作られたわけではないので、魔術でかけた縄や強化した扉には、その強度に限界はあるのはわかっていたが…まさか、こうもあっさり破るとは。完全にリィエルという少女の底力を見誤っていた。

 

「でも、百歩譲って、リィエル=レイフォードが脱走したとして…なぜ、リィエルはエルザまで……ッ!?」

 

 車両内の形跡から、リィエルがエルザも助けて連れて行ったのは明白だ。

 

 だが、なぜ、リィエルはエルザも助けて、連れていったのか?リィエルにとっては、エルザは自分を騙した憎むべき敵のはず。なのに、なぜ……?

 

「くっ…二人が列車内のどこかに隠れているのは間違いないはず…探して、この私が取り押さえれば……」

 

 だが――列車内のどこにも二人の姿はない。

 

 遠見の魔術でいくら探しても見つからない。一体、どこへ消えたというのか。

 

 そうしている間にも、後方の戦いの喧噪は、徐々にこの場所へと近付いてくるようだ。

 

「なぜ…どうして何もかも上手くいかないの!?どこで狂った…ッ!?一体、誰のせいでこうなった?一体、誰の――ッ!?」

 

 と、マリアンヌが苛立ち混じりに歯がみしていた…その時である。

 

 ガッシャァアアアアンッ!

 

 突然、車両後方の窓ガラスが外からぶち破られ、車両内に何者かが飛び込んでくる。

 

 その何者かを目の当たりにして――マリアンヌが唇を震わせ、叫んだ。

 

「そうよ、わかった…ッ!貴方よ…ッ!きっと貴方がいたから……ッ!」

 

 実は、マリアンヌは――その人物の正体を知っていた。

 

 アルザーノ帝国魔術学院から軍の手引きで、明らかにリィエルのお目付け役として赴任してくることになった臨時講師の正体を。その調べはついていたのだ。

 

 だが、しょせん三流魔術講師、ロクでなし魔術講師――自分の計画に支障なし。

 

 あまり強引に突っぱねても怪しまれるし、上層部の軋轢を煽る結果になる――そう判断し、ゆえに黙認。

 

 今、思えば――あの男がやって来ることこそを、全力で阻止すべきだったのだ。

 

 それが、今回の計画でマリアンヌが犯した最大のミスであった。

 

 あの男の存在が、フランシーヌやコレット達の意識を変えた。

 

 プライドの高いジニーに恥も外聞もない撤退を選択させ、計画が外部に漏れた。

 

 月組の生徒達に一致団結して協力され、連中をこの列車に導かれる羽目になった。

 

 連邦にも目をつけられ、今、こうして追い詰められる結果となった。

 

 エルザとリィエルが必要以上に、絆を築く結果となった。

 

 その些細なことの、積み重ねの結果が――

 

「全部、貴方のせいよッ!グレン=レーダスぅううううううううう――ッ!」

 

「はははっ!馬鹿騒ぎも終いにしようぜッ!ババァ――ッ!?」

 

 車両内に降り立ち、対峙したグレンへ――マリアンヌが絶叫するのであった。

 

 ――この学院に新しい風を吹き込んでくれること、期待しますわ――

 

 過去の自分の台詞が、この現状の自分に対する強烈な皮肉だった。

 

 

 

 






次でラストです。


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