ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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96話

 

「まったく!ジョセフとフランシーヌとコレットをおとりに、自分達は列車の屋根伝いに移動して、黒幕を叩く…相変わらず無茶苦茶なんだからッ!」

 

 ひゅごぉっ!風を纏い、割れた窓から車両内に飛び込んできたシスティーナ。

 

 グレンの背後に降り立ち、呆れたように叫ぶ。

 

「別にいいだろ?おかげで、同じく屋根伝いに移動していたリィエル達とも合流できたんだし……」

 

「……ん」

 

 さらに二つの影が、巧みな体術を駆使し、窓から車両内に飛び込んでくる。

 

 リィエルとエルザだ。システィーナの解呪魔術によって、二人の魔術封印はすでに解かれている。リィエルは大剣を錬成し、エルザは刀を再召喚していた。

 

 合流後、ここまでの道中の情報交換で、すでにグレン達とエルザは和解済み。

 

 後は協力して、黒幕を打倒するだけ――

  

 一つの目的の下、四人が、憤怒と驚愕に震えるマリアンヌへと身構えるのであった。

 

「……四対一だぜ?流石に勝てるわけねえだろ?さっさと投降しろよ」

 

 グレンが勝ち誇ったようにそう宣言する。

 

 だが……

 

「ふ、ふふふ……」

 

 観念するでもなく、マリアンヌは不気味な笑いを零すだけだ。

 

「何がおかしいんだよ?」

 

「いえ…まさか、やれやれ…本当に、こういう事態になるなんてね……」

 

 すると、マリアンヌは腰に吊ってあった剣を、そっと抜いた。

 

 古風な意匠の長剣であった。

 

「いざという時、エルザへの牽制になるかと思って、持ってきたんだけど…本当に大正解だったわねッ!」

 

 その剣を頭上に掲げた――その瞬間。

 

 轟ッ!剣から炎が噴き上がり、マリアンヌの周囲を渦巻いた。

 

 明らかに只の炎ではない。圧倒的な火勢が放つ強烈な熱波が、十数メトラほどの距離を開けてなお、グレン達の肌を熱く痺れさせる――

 

「熱ッ!?な、なんだそりゃ!?」

 

 グレンが驚愕に目を見開く。

 

「今の炎、魔術を起動している気配がなかったぞ…ッ!?元々そういう機能を有している魔導器――いや、違ぇ!どっちみち魔導器を起動させた気配もなかった!」

 

 そもそも、そんなものの起動を、この近接格闘戦力がヤケクソ気味に充実した状況で、固有魔術【愚者の世界】を持つグレンが見逃すはずもない。

 

 グレンがマリアンヌが操る謎の炎に、戸惑っていると……

 

「まさか、その剣は…魔法遺産(アーティファクト)――炎の剣(フレイ・ヴ―ド)!?」

 

 その造形と特徴から、それに思い至ったシスティーナが愕然とする。

 

「『メルガリウスの魔法使い』に登場する魔将星が一翼、炎魔帝将ヴィ―ア・ドォル…彼が振るったという『百の炎』の一つ、炎の剣…ッ!どうしてそんなものが、こんなところに……ッ!?」

 

「あらあら…どうやら古代文明マニアの方がいてくれたようで説明が省けたわねぇ…まぁ、大体、その通りよ。この剣は炎を操る魔法遺産――」

 

 マリアンヌが嗤う。

 

「私ね、蒼天十字団の『Project:Revive Life』研究では、経験記憶・戦闘技術の復元・継承に関する術式の研究をやっていてね…その一貫として、古代の戦闘技術なども現代に再現できないか…?みたいなこともやっていたわけ」

 

「まさか――白魔儀【ロード・エクスペリエンス】の応用かッ!?」

 

 この世界には物品に眠る、記憶情報を再現・憑依させる儀式魔術がある。

 

「ええ、そうよ?確かにセリカ=アルフォネアのように、過去の英雄の戦闘技術を、ほぼ完全に再現する…なんてことは出来なかったけど。私はこの炎の剣から、不完全ながらも半永久的に戦闘技術を、この身に憑依させることくらいには成功したわ」

 

「な……ッ!?」

 

「この炎の剣…魔将星が振るったー、なんてのは、所詮、ロラン=エルトリアの御伽話に過ぎないでしょうけど、これだけの魔剣…古代では、きっと名のある戦士に振るわれたに違いない…そう思わない?ええ、アタリよ?」

 

 不意に、マリアンヌの姿が霞み消え――

 

「――ッ!?危ない、皆、下がって!」

 

 リィエルが反応、前に飛び出して――

 

 がきぃいいいんっ!刹那、響き合う壮絶なる金属音、噛み合った刃と刃。

 

 グレン達の目前で、リィエルとマリアンヌが剣と剣を交差させて、組みあって――

 

 次の瞬間、マリアンヌの剣から炎が噴き出した。

 

「――ッ!?」

 

 至近距離で噴き出した炎が、圧倒的火勢でリィエルを飲み込まんと――

 

「≪大気の壁よ・二重となりて・我らを守れ≫ッ!」

 

 ――すると、リィエルを瞬時に覆う、二重の空気障壁がそれを防ぐ。

 

 先読みで唱えていた、システィーナの黒魔改【ダブル・スクリーン】が、辛うじて、リィエルを飲み込まんとしていた炎を遮断する――

 

「野郎ッ!?」

 

 グレンが背中に隠していた拳銃を抜いた。

 

 抜き手も霞む早撃ち――三度のファニングで三発発砲。

 

 だが、マリアンヌは神速で跳び下がりながら、飛来する弾丸を華麗に剣で回し受け――

 

「ふふ、どうかしら…?私も中々やるでしょう……?」

 

 マリアンヌが水平にぴたりと掲げた剣の腹に、三つの弾丸が綺麗に並んで乗っている――そんな光景に、グレンが唖然とするしかない。

 

 ぼっ!剣から噴き上がる炎に、その弾丸は一瞬で燃え尽き――

 

 そして、マリアンヌはそのまま、全身に激しい炎を纏い――炎を弧状に放つ。

 

 その炎は生き物のように、たちまち天井を、壁を燃え広がり――

 

 グレン達の退路を完全に断っていた。

 

「……もう逃がさないわよぉ…?貴方達もあの忌々しいアメリカ人も、全員、程良くトーストして、実験サンプルにしてあげるんだから……」

 

(炎の結界か…?やべぇ、こいつ…絶対、強ぇ……)

 

 全てが燃え盛る炎の世界の中で、グレンが戦慄と共に全身冷や汗をかく。

 

 そして――

 

「はぁ…はぁ…はっ、あ…ッ!?うっ…あぁ……」

 

「エルザ!?」

 

 酷い脂汗を浮かべて青ざめたエルザが、その場で力なく蹲っていた。

 

 マリアンヌの行使した炎の力に、心的外傷が再発したらしい。

 

「おいおい…さっき、ちらっと話には聞いてたけど、ここまで酷いのか……?」

 

 豹変したエルザの様子に、システィーナとグレンはただただ驚愕するしかない。

 

「となると、俺達三人でやるしかねえか…行くぞ、お前ら!」

 

「は、はいっ!」

 

「ん」

 

 そして、グレン達がマリアンヌに立ち向かうために、一歩前に出る。

 

「り、リィエル……」

 

 床で過呼吸にあえぐエルザが、戦いに向かうリィエルの背中に言葉をかける。

 

「……その…ごめん…ね…私…やっぱり、足手まといで……」

 

「大丈夫、問題ない」

 

 素っ気ないが、力強い返答が返ってくる。

 

「エルザはわたしが守るから」

 

「……り、リィエル……」

 

 そして――震えるエルザが見守る中、最後の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

「オーケイ…大体、こんなもんか」

 

 一方、後方車両でフランシーヌとコレットで女子生徒達を片端から倒したジョセフは、辺りを見回す。

 

 お嬢様達は気絶しており、不意に三人を襲う連中もいない。

 

 一部が前方のオープンサロン車両に後退しているが、もう組織的な抵抗はできないだろう。

 

 後は、残りの女子生徒達を掃討し、マリアンヌの所へ列車の屋根伝いに向かったグレン達の元へ合流するだけだ。

 

「そいじゃあ、残りの往生際の悪いお嬢様を倒して、先生の所へ向かいましょうか」

 

 そう言い、ジョセフが次の車両に向かおうとした…その時。

 

「……どうしましたの?ジョセフィーヌ」

 

「いきなり止まって、どうしたんだ?」

 

 突然、ジョセフが立ち止まったので、どうしたのかと思っているフランシーヌとコレット。

 

 それを他所にジョセフはちらっと窓を流し見る。

 

 窓に映し出されているのは湖水地方の牧歌的な、なんの変哲もない風景。

 

 しかし、ジョセフが違和感を感じたのは、風景そのものよりも、風景が流れる速さだった。

 

 心なしか、なぜか段々と速くなっているのだ。

 

「なぁ、この列車…なんか速くなってきているんだが、これ大丈夫なんか?」

 

「え?た、確かに、言われてみれば……」

 

「なんか、段々と速くなっているような……」

 

 言われてみればと、二人は窓を見て、風景の流れが速くなっていることに気が付く。

 

(この機関車を操作しているのは、マリアンヌが必要な運転技術をプログラミングした魔導人形だ。魔導人形はプログラミングした通りにしかやらない。つまり――)

 

 こんな異常な速度を上げ方は、ありえない。

 

 だが、事実、異常な速度の上昇が起きている。

 

 ジョセフは、窓に向かい、前方の車両の様子を見る。

 

 ここから、先頭車両が見えるかどうかはカーブにさしかからないとわからない。

 

 だが、結論から言えば、カーブにさしかかることなく確認できた。

 

 なぜなら――

 

「……マジかよ……」

 

 ジョセフはそれを見て、脂汗を流していた。

 

 

 

 

 ジョセフが列車の異変に気付く、ほんの少し前の時間に遡り――

 

 溢れる緑の自然と地方特有の澄んだ空気、そして美しい湖……

 

 ここは、アルザーノ帝国湖水地方にある牧歌的な湖畔の村ラスール。

 

「な、なんだ……?」

 

 夜も遅いというのに、ラスールの村人達は家の外に出て、村のほとりのクレア湖を挟んで対岸に沿った鉄道列車の線路を凝視している。

 

 山間の遠くから木霊してくる汽笛と、蒸気機関車の機関音。

 

 一日に四度、村の傍を湖沿いに通過する蒸気機関車の雄々しい姿を、絶好のポジションで拝めるのが、この村の名物ではあるが……

 

「汽笛…?こんな時間に列車……?」

 

「変だな…今日の列車はもう終わったはずなのに……?」

 

 訝しんだ村人達が、いつも蒸気機関車が姿を現す、遠くの山峡を凝視している。

 

 やがて、村人達が何事かと見守っていると……

 

 いつものように、列車が山峡に顔を見せた…その瞬間。

 

 ぽっ!その山峡が不意にオレンジ色に明るくなった。

 

「な、なんだ!?」

 

 村人達が驚きに硬直している間にも、列車はいつものように線路を下り…ゆっくりと村に近付いてきて…いつものように湖の向こう岸を、湖沿いに走って行く。

 

 その姿は――異常だった。

 

「あ、あれは、一体……ッ!?」

 

「燃えているぞ!?列車が…燃えている!?」

 

 いつものように、湖の向こう岸を左から右へゆっくりと移動していく鉄道列車。

 

 その列車の先頭――機関車両は今、火だるまとなって燃え上がっていた――

 

 

 

「あっははははははははははははははっ!あっはははははははははははははははは――ッ!」

 

 列車内に響き渡るマリアンヌの哄笑。

 

 狂気のままに剣を振るえば、その剣先から超高熱の紅蓮の炎が噴き出し、うねりを上げて周囲をのたうち回る――

 

「≪光輝く護りの障壁よ≫――ッ!」

 

 システィーナが黒魔【フォース・シールド】を、一行の眼前に展開する。

 

 光の魔力障壁は、グレン達に迫る炎を遮断するが――

 

「あちちちち!?あちちちち!?熱い!?熱いって!?」

 

 遮断しても尚、その熱気はグレン達を焦がす。

 

「おい、白猫!?熱、遮断しきれてねえぞ、もっと出力上げろっての!サボんな!」

 

「これが限界よッ!」

 

 グレンの非難に、システィーナが悲鳴を上げる。

 

「あの魔法遺産の剣の出力がおかしいのッ!私のせいじゃないわッ!」

 

「ちぃッ!?しゃあねえなぁ!?」

 

 グレンが拳を握り固めて、矢継ぎ早に呪文を唱えた。

 

「≪守人よ・遍く弎の災禍より・我を護り給え≫ッ!」

 

 黒魔【トライ・レジスト】。対象に、炎熱・冷気・電撃の三属性エネルギーへの耐性を付呪する、対抗呪文だ。

 

 グレンはそれを自らにかけ――

 

「白猫、援護しろッ!」

 

「≪大気の壁よ・二重となりて・我らを守れ≫――ッ!」

 

 さらに、システィーナが唱えた、黒魔改【ダブル・スクリーン】――二重の空気障壁を纏って、マリアンヌへと一気に突進する。

 

 座標指定魔術である【フォース・シールド】と違って、【エア・スクリーン】、その改変呪文である【ダブル・スクリーン】は対象指定魔術。

 

 呪文の効力を纏ったまま、移動することが可能。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!」

 

 渦巻く炎の海を左右にかき分け、グレンがマリアンヌの懐へと飛び込み――

 

 走力を乗せ、鋭い右ストレートを繰り出す。

 

 が。

 

「あははははっ!?」

 

「な――」

 

 マリアンヌに体を捌かれ、あっさりとかわされる。

 

 泳いだグレンの無防備な身体へ――マリアンヌが返し刀、一閃――

 

 その壮絶な焔刃は、【ダブル・スクリーン】の空気障壁すら斬り裂いて――

 

「グレンッ!」

 

 ――間一髪。グレンが両断されようとしていたまさにその時、同じく飛び込んできたリィエルが間に合い、大剣でマリアンヌの剣を受け止める。

 

「いいいいいやぁあああ――」

 

 そのまま、強引にマリアンヌを押し返そうとするが――

 

 轟ッ!マリアンヌの剣から再び紅蓮の炎が噴き出し、のたうち暴れ始める。

 

「くぅ――ッ!?」

 

 一応、リィエルも自前の黒魔【トライ・レジスト】で炎熱耐性を得てはいるが、こうも至近距離で灼熱炎に炙られてはたまったものではない。

 

「た、≪大気の壁よ≫――ッ!」

 

 システィーナが咄嗟に、リィエルへ【エア・スクリーン】を張らなかったら、重度の熱傷に陥っていただろう。

 

 だが、その空気障壁も――

 

「しぃ――ッ!」

 

 マリアンヌの壮絶なる斬撃が、即座に斬り裂いて、霧散させてしまう。

 

 そして再び燃え上がり、渦を巻き、グレンとリィエルに襲いかかる炎嵐霧――

 

「て、撤退ぃいいいい――ッ!?」

 

 炎の津波に追い立てられ、グレンとリィエルが慌てて、システィーナのもとまで下がる。

 

「≪光輝く護りの障壁よ≫――ッ!」

 

 再び立ち上げる光の魔力障壁が、押し寄せる炎の津波を受け止める――

 

「熱い!?だから、熱いって!?何とかしろ、白猫ぉおおおお――ッ!?」

 

「無茶言わないでよッ!?だから、これが限界なんだってば!」

 

 近代魔術において、攻性呪文に対する基本的な防御の呪文として、常に挙げられる【フォース・シールド】、【エア・スクリーン】、【トライ・レジスト】の三呪文。

 

 それぞれ『万能で強固だが、脚が止まる、その場から動けない』、『万能で自由に動けるが、物理的な衝撃に弱く、消滅しやすい』、『自由に動け、魔力が続く限り永続的だが、効果は三属性だけ、損傷を軽微するだけ』と、それぞれに一長一短な特徴がある。

 

 マリアンヌの『炎の剣』は、それら防御呪文が抱える短所を、絶妙に突いてくる。

 

 派手さはないが、厄介極まりなかった。

 

「くっそ…【フォース・シールド】を張らされては、こうして脚を止められ、焦れて突撃すりゃ、【エア・スクリーン】を斬り裂かれ、とどめに【トライ・レジスト】を超える熱量を撃ち込んできやがる…地味に反則だな、おい!?」

 

 システィーナは【フォース・シールド】などの守りの対抗呪文を撃つのに精一杯で攻性呪文で反撃する暇はないし、そもそも、この中でもっとも魔力の高いシスティーナの【フォース・シールド】でなければ、マリアンヌの炎は防げない。

 

 グレンの三節詠唱では遅すぎる上に威力も低く、今のマリアンヌには通らない。

 

 リィエルには、そもそも攻性呪文という手段がない。

 

 近接格闘も、古代の英雄の剣技を憑依したマリアンヌの独壇場。

 

 炎の結界が車両を囲み、最早、撤退することも叶わない。

 

 完全に手詰まりであった。

 

「あっははははぁ…燃えろぉ…ッ!?燃えてしまえぇえええ……ッ!」

 

 マリアンヌが掲げる剣から、さらなる圧倒的火勢の炎が噴き出しては、渦を巻き、グレン達を飲み込まんと津波のように襲いかかってくる――

 

「あぢぢぢぢぢッ!?あづいって!?トーストになっちゃう!?」

 

「くぅうううう――ッ!?」

 

 グレンとリィエルが自身の【トライ・レジスト】に、システィーナが【フォース・シールド】にさらなる魔力を注ぎ込むが…最早、焼け石に水だった。

 

(クソッ!こんなならジョセフも連れてくりゃ良かったぜ……)

 

 もしジョセフがいたなら、まだなんとかなっただろうと、グレンは後悔する。

 

(っていうか、あいつ、どうやってこの炎を抜け出したんだ……ッ!?)

 

 こんな炎に閉じ込められたら、容易に抜け出すことはできない。

 

 ましてや、三人でも苦戦しているのに、一人だったらなおさら抜け出すのは極めて困難である。

 

 まだ、自分達には見せていない『何か』で切り抜けたのだと、グレンは思い、燃え盛る車両の中でマリアンヌと対峙する――

 

 

 

 

 

「マズいな、こりゃ……ッ!?」

 

 その一方後方車両では、ジョセフとフランシーヌ、コレットが残存する女子生徒達を倒しながら、先頭車両へと向かおうとするのだが――

 

 窓の方を見ると、風景が激流の如く流れている。列車の速度がどんどん加速し始めているためだ。

 

 車両の揺れはそれにつれて、左右上下に激しく揺れ始め、時折、跳ねるように上下している。

 

 そのためか、狙いがつけにくく、前に進むのも難しくなっている。

 

「きゃあッ!?」

 

 ジョセフの隣にいたフランシーヌが立ち上がったが、激しい揺れによろめき、ジョセフに向けて倒れる。

 

「うぉっと」

 

 ジョセフはそんなフランシーヌを受け止める。

 

「なぁ、ジョセフィーヌ……」

 

「こ、こままじゃ……」

 

「早くなんとかしないと…全員、死ぬで、マジで」

 

 まったく同じことを想像し、青ざめる三人。

 

 脱線――このまま、列車速度が上がり続ければ、いずれ最悪の事故が発生してしまうだろう。そうすれば、この列車に乗っている全員が――死ぬ。

 

(どうする…下手に動いたら、やられてしまうし、だからといってタイムリミットが迫っている今、ここでぐずついている場合じゃないし)

 

 ジョセフは残りの女子生徒達をフランシーヌとコレットに任せ、頭をフルに働かせる。

 

 まず、恐らく火の手が機関車に延焼している以上、熱暴走を起こしている機関車を止める術はない。

 

 というより、そもそもそこに行く道が炎で塞がれている以上、機関車に辿り着けない。

 

 しかし、このままだと…脱線するし、下手したら終着駅に衝突し、大惨事になりかねない。

 

 時間は…ない。

 

「……お前ら、援護を頼むわ」

 

 ジョセフは意を決したように、フランシーヌとコレットに言う。

 

「ジョセフィーヌッ!?」

 

「どっちにしろ、これ、突っ込んで先生の所に行かんきゃ、無理だわこれ」

 

 ジョセフはそう言いながら、いつでも通路に出られるように身を構える。

 

「ウチが、飛び出したら、攻性呪文をありったけ撃ってくれ。狙う必要はない、乱射でええ。とりあえず連中の頭を出さないようにしといてくれ」

 

 ジョセフはそう言いながら、二人の顔を見る。

 

「……オーケイ、わかったよ。どうせこのままじゃ埒が明かないからな」

 

「わかりましたわ。援護します」

 

 二人もどうせ、このままだとマズいと思っていたのか、頷く。

 

「よし…じゃあ行くで」

 

 それを見て取ったジョセフは身を低く構える。

 

「3」

 

 ジョセフはカウントを開始し――

 

「2」

 

 それに合わせるように、フランシーヌとコレットは攻性呪文を唱えようとし――

 

「1」

 

 そして、出ようとした――

 

 ――その時。

 

 キィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ――

 

 列車の車輪が強烈な金切り音を立てながら、減速していく。

 

「ゴォオオっとぉおおおおう――ッ!?」

 

 通路に躍り出ようとした時に減速し始めたため、ジョセフはその瞬間、バランスを崩し、後ろに倒れそうになる。

 

「とっとととととととッ!?今度は何や!?」

 

 それを座席になんとかしがみつき、バランスを整える。

 

 それでも、列車はゆっくりと、ゆっくりと減速していき……

 

 やがて……

 

 月明かりが照らす静寂の夜闇の下、果てしなく広がる草原の真ん中にて。

 

 列車は…停車するのであった。

 

「……おーい、二人とも、生きてるかぁ~?」

 

 停車した後、ジョセフがフランシーヌとコレットに呼びかける。

 

「ああ、アタシは大丈夫だ……」

 

「一体、何があったんですの……?」

 

 ジョセフとコレットとフランシーヌが座席から立ち上がり、周囲を見渡す。

 

 前方には女子生徒達がいるが、何が起きたのか混乱しており、戦いどころではなかった。

 

「……オーケイ、最後の仕上げだ」

 

 それを見たジョセフは左手を上に掲げ――

 

「これ終わったら、先生達の所に向かうで」

 

 フランシーヌとコレットにそう言い――

 

「≪とりあえず・お前らは・寝てろ≫ッ!」

 

 ジョセフは混乱している女子生徒達に黒魔【ショック・ボルト】を発射し、気絶させる。

 

 こうして、列車内で起こった喧噪は完全に鎮まるのであった。

 

 ただ、先頭車両を焦がす炎だけが、静かに揺らめいていた。

 

 

 

「……とまった……?」

 

 不意に、エルザがぼそりと呟く。

 

 信じられない、と言わんばかりの表情で、エルザは自分の手を見つめている。

 

 炎の剣の使い手が意識を失ったためか、車内の火勢は大分弱まったが…やはり、炎はまだ、はっきりとエルザの周囲に燃え燻ぶっている。

 

 だというのに…エルザの手には震え一つなかった。

 

「……ん。列車、止まった」

 

 エルザの前まで、とことこやってきたリィエルが応じる。

 

「いえ…列車ではなくて……」

 

 と、その時だ。

 

「ははは、ナイスだったぜ、エルザ!」

 

 駆け寄ってきたグレンが、エルザの背中をばしばしと叩いた。

 

「凄いじゃない!?今のアレ、何!?なんていう魔術!?」

 

 同じくシスティーナも興奮気味だ。

 

「いえ、アレは魔術ではなくて……」

 

「いやぁ!助かったぁああああ――ッ!お前、まさか、あんなスゲェ切り札持ってたなんてな!マジで驚いたぜっ!」

 

「ありがとう、エルザさん!ねぇ、今度、その魔術、教えてくれない!?」

 

 グレンとシスティーナが、エルザを置いてけぼりで歓喜に咽んでいると……

 

「わぉ、これはまぁ派手にやってましたねぇ」

 

「先生っ!皆さんっ!」

 

「大丈夫か!?何か急に列車が止まりやがったがよ!?」

 

 ジョセフとフランシーヌとコレットが、ようやく追いついてきた。

 

「おお、お前らも無事だったか」

 

「ええ、おかげでさっき頭ぶつけましたけど……」

 

「あったりまえだろ!?ようやっと全員、ボコって大人しくさせたよ!」

 

「先生に教わっておいて、あのような惰弱な連中に負けるはずがありませんわ!」

 

「それよりも、どうやら先生達も上手くいったみたいだな!」

 

「ああ、エルザのおかげでな…なんとか一件落着だ」

 

 そんなグレンの言葉に。

 

「エルザの……」

 

「……おかげ……?」

 

 フランシーヌとコレットは、目を瞬かせて、周囲の状況を見渡した。

 

 炎の発生源が昏倒しているとはいえ、列車内は未だ炎があちこち燃えている。

 

 そんな炎に囲まれた中、エルザは震えて蹲ることもなく、泣き叫くでもなく…しっかりと両足で立ち、自分の手を見つめている。

 

「……そういうことか」

 

「そう…エルザ…貴女、ついに……」

 

「よかったな……」

 

 何かを察したジョセフとフランシーヌとコレットは、エルザに温かい笑みを向けるのであった。

 

 そして……

 

 ぽん。呆然と、自分の手を見つめ続けるエルザの肩が叩かれる。

 

 エルザが顔を上げると、叩いた主はリィエルだった。

 

「……ありがと、エルザ」

 

「リィエル……」

 

「なんだかよくわからないけど…エルザに助けられた」

 

 そう言って。

 

 その眠たげな無表情を珍しく、にっこりと満面の笑みの形に変えるリィエル。

 

 エルザはそんなリィエルの顔をしばらく、呆けたように見つめ……

 

 やがて、くしゃりとその表情を歪め……

 

 ばずっ!とリィエルに抱きついていた。

 

「……エルザ……?」

 

「違う…違うの、リィエル…助けられたのは私…私なの……」

 

 そのまま、リィエルに抱きついたまま、嗚咽し始めるエルザ。

 

「……あり…がとう…ぐすっ…本当に…ありがとう…リィエル……」

 

「……?泣かないで、エルザ…どこか、痛いの?」

 

 リィエルはそんなエルザにされるがままに任せ……

 

 グレン達は顔を見合わせ、エルザの気が済むまで、そのままにさせるのであった。

 

「さて…先生、これどうします?どうやって帰ります?」

 

「そうだな…どーやって、ここから学院まで戻るかねぇ?」

 

 ジョセフとグレンはやれやれと頭をかいてぼやきながら、列車の窓の外から夜空を見上げる。

 

 しん、と冷たく冷え込む夜気の下。

 

 涼しげな夜風が、見渡す限りの草原を緩やかに波立たせる中で。

 

 満天の星と、白く輝く美しい満月が、グレン達を見下ろしている。

 

 

 

 ――熱気に火照る頬に、冷たい夜気が心地良かった。

 

 

 






 次、エピローグになります。

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