デジタルモンスター Missing warriors 作:タカトモン
スカルサタモンとの戦いから一夜明けてデジタルワールド滞在六日目、タツヤ達は森を抜けた草原を歩いていた。ハックモン曰く、あと二日程すれば古都へとたどり着くらしい。まだ見ぬ新しい場所を思い浮かべているのかタツヤ達…特にカケモンや城太郎の足取りは軽い。
そうしていると、草木が少なくなり岩場が点々と見えてくる。そして目の前に見えたのは古く朽ちかけている木造の橋。さらにその下には深い場所に川が流れていた。落ちたらひとたまりもないだろう。
タツヤは他に橋が無いか周囲を見回していると、山の上に人工的な建物がある事に気付く。何かに似ているようだが、それが何か思い浮かばないタツヤはふとハックモンに聞いてみる。
「ハックモン、あれ何?」
「ああ、あれはダムだな。…そうか、ここは…」
そう言ってハックモンは顔を伏せた。一体どうしたのか、急な彼の態度にタツヤは再び声をかける。
「ここは…?」
「いや、なんでもない。それより橋を渡るぞ。老朽化が進んでいるから全員気を付けるように」
そう言ってハックモンは橋の前に進むと丸太やロープの具合を確かめようとする。途中で橋が壊れる可能性、そしてその場合遠回りする可能性も考慮しての事だろう。まだ軽度であれば城太郎の持つロープで補強すれば渡れるかもしれない。
そしてハックモンが橋に手をかけたその時、
「まてーい、そこの怪しいやつらめっ!」
何処からともなく声が響き渡った。タツヤ達は声の出所を探そうと辺りを見回すと、近くの岩の上に誰かが立っている事が確認できた。日の光のせいでわからないが、シルエットはドラム缶のようで大きさはカケモンとワレモンとそう変わらないだろう。
その影はトォッ、と岩から勢いよく飛び上がると……タツヤ達の目の前で頭から落ちた。
「アイテッ」
頭から落ちたデジモンに少し警戒するタツヤ達だが、未だに起き上がる気配がない。数秒、プルプルと震えるとそのデジモンはゆっくりと起き上がった。
「君、大丈夫?」
「う、えぐっ…オイラの体パンチを避けるとは…グスッ……やるな…!」
「今の攻撃だったんですか!?」
「いや、多分違うと思うよ」
「それに避けてもない」
アサヒの台詞にタツヤとミキは冷静に一言告げる。明らかに着地失敗した言い訳だと分かるのだが、見栄を張っているのか目の前のデジモンは泣きべそをかきながらも前を向く。そして涙を払うと、そのデジモンはタツヤ達を指差した。
「聞いて驚くなよ!オイラの名前を聞いたらビビって逃げちゃうんだぞ!」
「あ、うん」
「言うならさっさとしろよ」
「へへーん!オイラの名前はオメガモン!ロイヤルナイツの一員で聖騎士型デジモンなんだぞう!」
「「「は?」」」
「えー!?」
突然聞いた事があるデジモンの名前を聞きタツヤ達…正確にはカケモンを除いたタツヤ達は呆けた声を出してしまった。その証拠にカケモンは驚きの声を上げている。タツヤはこっそりデジヴァイスを取り出し、《ANALYZER》で目の前のデジモンを調べるとカケモンを除いた全員で振り向き円陣を組む。
「えっと…あの子、オメカモンだって」
「オメカモンって…名前まで真似てんのかよ」
「そう言えば、顔とか腕とかそれっぽいです」
「落書きに見える」
「ああ。ウチの末っ子と同じレベルだな、ありゃ」
「…とりあえず話だけでも聞こう」
再びデジモン…オメカモンの方を向く。確かに彼の頭部や両腕はカードで見たオメガモンに似たような箇所がある。背中の巨大なカラフルな鉛筆を背負った彼は現在カケモンに迫られていた。そして心なしか戸惑っている。
「ねぇねぇ、君ロイヤルナイツなの?すごいねぇ!ボクと同じくらいの大きさなのに強いんだ!」
「うぇっ!?あ、あー、うん。そうだぞ、オイラはロイヤルナイツだぞ!だからここから先には絶対に通さないぞ!」
「?なんで通っちゃダメなの?」
「それはお前達が怪しいからに決まってるからだぞ!昨日聞いた話だと、デジタルワールドの西側で人間を連れたデジモンが暴れてるって噂が」
「それ本当!?」
オメカモンの発言にカケモンは食い付く。それはタツヤ達も同様であり、互いに顔を合わせていた。自分達以外にもデジタルワールドにいる人間、しかもデジモンを連れて暴れているとなると思い当たる人物が一人。
「そ、そうだぞ!なんか西の集落にいるデジモン…特に成熟期以上のデジモンが襲われてるって聞いたんだぞ!」
オメカモンはタツヤ達の様子に多少驚きながらも情報を口にする。こことは別の場所で暴れているとなると、既に答えは決まっていた。
「デジモンを連れた人間…」
「モスドラモンと…“A”、だよね」
「アイツらもこっちに来てたのかよ!」
「だからこの先には行かせないんだぞ!この先の村はオメガモンの守護するエリアだから、暴れて悪さをするお前達をコテンパンにしちゃうんだぞ!」
「……そうか、まだ…」
ミキとタツヤの呟きにワレモンは悪態をつく。恐らく“A”達がこちらに来れたのはバルバモンの仕業だ。だとすれば、その狙いはタツヤ達…正確に言えばカケモンの相手なのだろう。面倒な相手が来てしまったと顔を歪ませるワレモンを見て何を勘違いしたのかオメカモンは大声を上げた。
そしてそれを見たハックモンは憂いた顔をする。まるで何かを嘆いているような、そんな気がした。すると今度は城太郎がオメカモンに近づき目線を合わせるようにしゃがんだ。
「おいおい、よく考えろよオカメモン」
「オメカモンだぞ!あ違った、オメガモンだぞ!」
「はいはい。でも、よく考えてみろよ。西で暴れてる人間がどうしてここにいるんだよ?ここ南東だぞ」
「………あ」
気付いていなかったのか、オメカモンは目を丸くしていた。おつむが弱いらしい、指摘されて初めて気付いた様子だ。だがそれでも納得しないのかオメカモンはワタワタと騒ぎ出す。
「で、でも、お前達人間なんだぞ!十分怪しいぞ!」
「いや、俺デジモンだから。ジョウタロウモンだから」
「なにそれ語呂悪い」
「そうなんだぞ!?」
「あ、信じちゃうんだ」
「そしてこっちはサイバモンとサワタリモンとタツヤモンだ」
城太郎とオメカモンの変な会話にツッコミを入れるタツヤになぜか頭を抑えるワレモン。何処と無く似たような名前のデジモンを知っているので地味にしっくりくるようだ。そうしているとオメカモンは納得したのか首を縦に振った。
「むー、それならいいんだぞ。通ってもいいぞ。けどその橋ボロだから気をつけるんだぞ!」
「ありがとう」
タツヤは礼を言うとそれに続いてカケモン達も礼を言った。そして橋の元へ行くと老朽化の状態を確認しだす。そんな中、カケモンは一人オメカモンの元へ行く。
「ねぇ、君は行かないの?」
「オイラはいいんだぞ。オイラはここで見張りをするんだぞ」
「そうなんだ。頑張ってね!」
純粋無垢と言った表情のカケモンの笑顔にオメカモンは罪悪感を感じる。他のデジモン(本当は人間も混ざってる)と違い本当に自分の事をオメガモンだと信じているカケモンに何かを感じたのだろう。キョロキョロと周りを見ると、オメカモンはカケモンの側に寄り耳元に口を寄せる。
「…お前にだけ言うけど、オイラ実はオメガモンじゃないんだぞ」
「え、そうなの?!」
「そうなんだぞ。ホントは…オメガモンのマネッコしてるだけなんだぞ」
「そうなんだ…」
どこか残念な表情のカケモン。だがこれでいい。目の前のデジモンは悪い奴ではなさそうだし、あのまま騙したままだと自分も後味が悪い。そう思ってると、先程と全く同じ感じでカケモンはオメカモンを称賛しだした。
「でもすごいよ!君は皆のために頑張ってるんでしょ?」
「そ、そうだぞ」
「マネッコでもそれは君にしか出来ない事だと思うよ。本当はオメガモンじゃ無くても、君は立派だと思う」
「…え?」
何故か最後の言葉を言ったカケモンの雰囲気が少し変わった事に驚くオメカモン。だがそんな驚きも一瞬、カケモンはタツヤの所へ行くと一言二言話し何かを手渡される。そしてまたオメカモンモンの所へ戻るとある物を手渡した。
数分後、年の為だとロープで補強された橋を渡るタツヤ達を見送るオメカモン。そして渡りきった彼らを見送るとオメカモンは自分の寝床に進み、そこでカケモンに貰ったものを取り出す。それは現実世界から持ってきたドーナツ。カケモンがどうしてもという事でタツヤがある程度持ってきた物の一つだった。
オメカモンはドーナツをジッと見つめると口を開けてドーナツを齧る。そして今日の事を振り返っていた。今日会った不思議なデジモン達、その中でもカケモンが印象に残った。何故だかわからないが、カケモンを見ていると不思議な気持ちになる。まるで…
「…うまいんだぞ」
夕暮れ時に近付いた時間帯、草原を抜け再び森に入ったタツヤ達は今日のキャンプの支度をしていた。テントの設置、焚き火の支度を終えたタツヤ達だったが、その中で城太郎はハックモンに問いかける。
「なぁ、この先に村あるんだったらそこで泊まらせて貰えばいいんじゃねぇか?」
「いや、今進んでいるルートの方が古都に近いからな」
そう言ってハックモンは口からベビーフレイムを放ち火を起こす。そんな彼の様子がおかしいのか城太郎やアサヒ、ミキは疑問に思う。そんな中でタツヤは先日から気になっていた事をハックモンへとぶつけた。
「ハックモン、そろそろいいんじゃないかな?オメガモンについて何か知ってるんじゃないの?」
「浪川君?」
「オメカモンに会ってからハックモンの様子が少しおかしかった。それって、オメガモンが関係しているからじゃないの?」
「……」
タツヤに言われてハックモンはジッと彼の顔を見る。その目にはブレは無く、自分をハッキリと捉えている。その事に気付くとハァ、と深いため息をついたハックモンは目を瞑ると、一言…とある名前を呟いた。
「…イグドラシル」
「イグドラシル?なんだよそりゃあ?」
「我々ロイヤルナイツの統率者のような存在だ。だがデジモンではない。デジモンとは別の存在……言うなれば、“神”だ」
“神”という単語を聞きタツヤは先日の始まりの街での事を思い出す。デジタルワールドの各エリアにいるデジモンの数の一定化、その時に言っていた話に“神”の話があったのだ。
そんな事を考えるタツヤの事を気にせず、ハックモンは語り出した。
「デジタルワールドの秩序の維持、混沌や破滅を防ぐ為に集った我々ロイヤルナイツだが、一枚岩ではない。一つ一つの正義があり、我が強い事から互いに衝突する事もある。イグドラシルはそんな我々に平和と秩序の安定の為にこなすべきミッションを各自に与える存在だ。互いに干渉することが少なく、尚且つそれぞれの長所や特徴を踏まえた上で出す効率のいいその采配に我々は従って来た。だが…」
「だが…どうしたんだよ」
城太郎の一言にハックモンは目を閉じる。そして数秒、再び目を開けると同時に口も開く。
「…数十年前から我々の前からイグドラシルは消えた。いや、連絡が取れなくなったのだ」
「どう言うこと?」
「イグドラシルは元々我々の前に姿を現さず、天啓のみで我々にミッションを与えてきた。それがその時からキッパリと消えたのだ。反応も何もかも」
そう言ったハックモンを見るタツヤ達。何故そうなったのか、ハックモンの戸惑いが彼の表情から伺える。
「なんで急にそうなっちゃったんでしょうか…?」
「わからない。だが我々はロイヤルナイツ、秩序の維持を目的とするデジモンの集まりだ。効率性は低くなったが、我々は我々で各自活動を今も続けている。七大魔王の抑制に関してもな」
そう言って一息つくとハックモンは竜の谷で貰った干し肉を取り出し齧る。
だがまだ聞いていない事が一つ残っている。
「それで、イグドラシルとオメガモンにどんな関係があるの?」
「…ここ一帯のエリアは以前までオメガモンが守護していた」
「守護して、いた?」
「彼は、オメガモンは過去に一度だけ…イグドラシルの命に逆らった。そしてそれ故に自らの守護するエリアを手放したと聞く」
「手放した?何故…」
「そこまではわからない。オレがロイヤルナイツになる前の事だ。この話も師匠に一度聞いただけだからな」
ミキの質問に淡々と答えた。本当にそれだけしか知らない事がわかる。だが彼の顔は晴れない。半年前に自分とアルフォースブイドラモンを救ったオメガモンに対して何か思う事があるのだろう。そしてその話に疑問を持ったのか、アサヒはハックモンに話しかける。
「じゃあ、守護から外れたエリアはどうなってるんですか?まさかそのまま…」
「いや、近くにいる他の同胞がたまに視察に来る事がある。もしくは、オレや師匠のように、特定のエリアを持たない同胞が通りすがる事もな」
「久しいな…ここに来るのもいつぶりか」
日が沈み、星が空に散らばる頃…森の入り口に立つ影が一つ。影は辺りを見渡すとそう呟き遠く離れたダムを見る。あれが作られて何十年経っただろうか、そう考えていたのだ。
あれはこのエリアが未曾有の大洪水に見舞われた時、彼の“盟友”が作り上げたもの。このエリアに住むデジモン達を救うために作ったものなのだ。だが救った彼はここにはおらず、ダムもそれに比例するかのように朽ちていく。
ダムを眺めた後、影は脚を運ぶ。目的地はこの近くにある集落。朝までには着くであろうその場所へ向かって影は動き出した。
月明かりが彼の体を照らす…赤と銀の燻んだ鎧は哀しく光っていた。
オメカモンは夢を見ていた。それは昔々、彼が幼年期の頃の、ある出来事の記憶だ。それは忘れられない記憶、今の自分を構成する記憶。
土砂降りで目の前が全く見えなかったその日…彼は森の中で遊んでいたのだが視界が悪く、しかも周りに誰もいない孤立した環境で木の下で雨宿りをしていた。自分と同世代のデジモンは少なく、田舎とも言えるこのエリアでは一人遊びをするのはそう珍しくない。彼は早く雨が上がらないかな、とずっと待っていた。
だが、そんな彼に恐怖が迫ってくる。彼が雨宿りに使っていた場所が崩れ始めたのだ。水を吸った上、地形的にも急なこの場所はあっという間に原型を留めず崩れ始めていく。彼はそれに驚き、身がすくんだ。それと同時に理解する。
このままでは自分は泥の波に押し出され、生き埋めになってしまうのだ。
怖かった、何がなんだかわからないくらい彼は困惑した。こんな森の中に村のデジモンがいるわけない、助けてくれるデジモンはどこにもいない。幼年期のなんの力も持たない自分はどうすることもできない。生きるのを諦めようとした、もう目を閉じて楽になろうと思った。
だけど、それでも…舌足らずな彼の口から出てしまった。どうしようもない運命に抗うように、
たすけて、と。
[大丈夫か?]
気付いたら誰かの腕の中にいた。硬く無骨だが、それでもどこか暖かい感触。目を開けると、そこには彼の知らないデジモンがいた。白い体にマントをつけ、橙色と青の腕を持ったデジモン。村では見かけない、見たことのないデジモンに彼は目を丸くした。
そのデジモンは飛び上がると、地面がぬかるんでいない村に近い場所に降り立つ。そして彼を下ろすと、振り返る。
[村に戻りなさい。ここから村まではそう遠くない。直ぐにたどり着けるだろう]
本当は連れて行った方がいいが、時間が無さそうだ。そう独り言のように呟くデジモンに彼は釘付けだった。自分を救ったデジモン、見たことのないデジモン、目の前のデジモンに夢中になっていたのだ。しかし、彼はあの場所に戻る気だ。危険なあの場所へ、たった一人で行く事に不安げな視線を向ける。そしてそれに気付いたのか、目の前のデジモンは視線をこちらに向けた。
[心配するな。ここから先は、ワタシが引き受けた]
そう言って飛び上がった。白いデジモンが森の中へ入って行くのを見届けた彼は後ろ髪を引かれながらも村へと駆け出す。どうか、あのデジモンが無事であるように祈って。
端的に言うと、次の日に森の奥に新しい建物が出来上がっていた。昨日の土砂降りで流れた川の水などがあそこに全てあるらしい。そしてそれを行なったのは彼が見たデジモンだと言う。
村にいる物知りに聞いた話だと、あのデジモンはオメガモンというらしい。この世界を守ってくれるデジモンの一人のようだ。それと同時にこのエリアを守護してくれていると聞いた。
その話を聞いた彼は目を輝かせた。その強さに、その偉大さに、そして自分もそうなりたいという憧れが彼の中に芽生えたのだ。そして彼はその日から特訓した。オメガモンのように大きく、強く、カッコいい、みんなを守れるようなそんなデジモンに進化するために。
「ムニャ…?眠っちゃったんだぞ…」
自分の寝床で横になってたオメカモンは閉じた目を開く。空を見上げると既に暗く、月が真上へと陣取っている。そして自分の見ていた夢を振り返り、少しため息をついた。オメガモンを目指して、オメガモンみたいに強くなれるように特訓して、進化した今の姿。いつのまにか進化していた彼の体は所々オメガモンに似ている箇所があるが成熟期、まだまだ遠く及ばない現実に思わずそうしてしまったのだ。
だが彼はめげない、今の自分に出来ることは村の見張り、怪しいデジモンを追い返す事だ。だから気にすることは無い、そう自分に言い聞かせた、その時だった。
「っ!?なんだぞ!?」
急に川の流れが激しくなった音が聞こえる。長い間見張りをやって来た彼ならわかる変化なのだが、今回はおかしい。
オメカモンは寝床から飛び出し、橋の近くへと全力疾走。息が切れかけたオメカモンは川を除き、そしてふと、上流にあるダムに目を向ける。
「あ、あ…そんな…」
驚きで声がうまく出ない。オメカモンの見たダム…その一部が決壊しているのだ。そこから水が、ダムが出来て貯めた今までの水が少しずつだが漏れ出していた。その事に幼少期の記憶が蘇りかけるが、オメカモンは頭を振る。そして同時に思考を始める。このまま時間が経てば穴は広がり、大量の水が流れる。この森、そして下流にある村まで水の底に沈んでしまう。それは確実だろう。
オメカモンはそうわかった瞬間走り出していた。それは自らの安全の確保では無く、この事を知らない村のデジモン達へと伝える為に。
今この事を知っているのはオメカモンしかいない。自分が何とかしなくちゃ、自分がやらなければ、頭はそれで一杯になりながらも走る。仮にも、オメガモンを名乗った自分が…オメガモンのようになりたいと願った自分がしなくてはならない。それはもはや、誇りに等しいだろう。
後ろから流れる水音が変化する。考えたくは無いがまた穴が広がったのだろう。走りながらも青ざめる。だが彼は止まらない、止まってはいけない。それは彼の意地だ。臆してはいけないというちっぽけなプライドがそうさせる。川に沿って走るオメカモンは水の流れが変わるたびに怯えながらも走る。走る。走る。
だが、絶望は直ぐそこに来た。今までと比べ物にならない程の水量、音でわかる程川から流れている事に気付く。オメカモンは思わず振り返ってしまった。その行為は愚策だと直ぐに気付く。
川に沿っていた為に足を踏み外してしまった。急な事でバランスは取れず、彼の体は深い川の底へと落ちていく。その時見てしまったのだ。自分を飲み込もうとする…巨大な波を。
幼い頃のトラウマが蘇る。命の危機、走馬灯の様に蘇る過去。そして思わず彼は呟いてしまった。
「誰か…」
この場に居ない筈の
「誰かっ…」
かの聖騎士に向かって、
「誰か…助けてっ…!」
届かない腕を伸ばした。
「–––––ああ、もちろんだ」
自分の呟きに誰かが返す。あり得ない、この場には誰も居ない筈だ。そう思った矢先、オメカモンの背後から何かが複数波に打ち込まれる。するとどうだろうか…目の前の巨大な波が氷のオブジェとなったではないか。
オメカモンはその事に驚愕し、ふと誰かに抱きとめられた。そしてそのまま上へ上がると、その誰かに降ろされる。自分よりも大きな体…月の灯りに照らされよく見えないが、そのシルエットに見覚えがあった。
「オメカモン、村に行ってこの事を伝えてくれ。今は止まっているけど、あまり時間がない」
「お、オメガ…」
思わず震えた声が出る。聞こえた声も違う、大きさも違う、持つ武器も違う。なのに彼にはそう見えてしまった。自分が憧れた騎士の様に。
「大丈夫、ここから先は…オレ達が引き受けた」
そう言って彼は地面を蹴り飛び上がる。オメカモンはそれを目で追うが、自分が今すべきことを考え前を向く。ただひたすら、彼は全力で走り出した。
初めに気が付いたのはハックモンだった。早めの就寝にしようとタツヤが言い出した後、彼は自分達が辿った道を急に振り返る。どうしたのか尋ねると、彼は木の上へ飛び上がり遠くにあるダムを見渡す。するとダムに穴が空いているでは無いか。ハックモンは下へ降り状況を説明するとカケモンにある指示を出した。
ver.オメガへとアップグレードし、川の水の一部を凍らせ、水の通りを分散させる。そして森や村への損害を遅らせるという算段だ。この事を聞きタツヤはすぐにカケモンをアップグレードさせる。同時にカケモンを先に行かせたのだ。自分達と一緒だと文字通り足手まといになる、そう判断したからだ。
その指示に頷いたカケモンは駆け出し、ハックモンはダムの方へと行くと一言告げる。残ったタツヤ達も何かするべきだと、キャンプ地から少し離れた村へと行きこの事を伝える事となった。
そして現在、ハックモンは…
「くっ、もうここまで浸水が進んでいるとは…!」
ダムの近く、森の木々の上でそう呟く。現在彼のいる場所は川から溢れ出た水が地面へと過剰に吸収され、いつ土砂崩れが起きるのかわからない状況だった。このままではまずい、放って置けば二次災害が起こる可能性が十分あるだろう。そう考えたハックモンはワープ進化し、最悪自らの技で土砂崩れが起こりうる範囲を消しとばすか、そう思った瞬間だった。
青白い一筋の光が浸水した場所を削り、川へと続く道を作った。その流れに乗り、溢れた水は再び川へと戻っていく。その光景を目にしたハックモンはその光の出所を探し、目を見開いた。
「貴方は…」
カケモンは走りながらも焦っていた。川からあふれ出した水をコキュートスハウリングで凍らせながらも、ダムへ向かっているがそれはただの時間稼ぎに過ぎない。崩れるか溶ければそこで終わり、ダムの穴が広がってもそこで終わりなのだ。穴を塞ごうにもおそらく別の場所から穴が空く。それに加えコキュートスハウリングを放つ回数も決められているので多用はできない。そう考えながらもカケモンは走り続けていた。
「カケモン!」
「っ、タツヤ!?」
背後から声が聞こえ、振り返る。するとそこには青い獣の様なデジモン、ガオガモンに跨ったタツヤがいた。
タツヤ達はあの後、オメカモンと途中で合流し村へと向かった。そこで責任者であるグリズモンに今の状況を説明。途中まで村のデジモン達と共に避難していたのだ。だがタツヤは村のデジモンであるガオガモンと共にここにいた。
カケモンの疑問の眼差しにタツヤはデジヴァイスを取り出し答えを出す。
「セットアップ、エグザモン!」
エグザモンのカードを取り出しUGコードをスキャン。駆け抜けるカケモンへと光を送る。
0と1で構成された空間で竜の姿へと成長したカケモンは背後から飛翔した紅の鎧を装着。兜にパーツを追加、変形しサテライトEを手にした竜は正面を切り裂き名乗りあげる。
「アップグレード! カケモン ver.エグザ!!」
ver.エグザにアップグレードしたカケモンはサテライトEをウイングモードし、タツヤに近付く。するとタツヤは声を張り上げカケモンに話しかけた。
「カケモン!穴を掘るんだ!この先にある滝の真横目指して掘って!今の君なら出来る筈だ!」
「よくわかんないけど穴掘りするの?オッケー!」
もしも水が止められなかった時の事を考え、止めるのでは無くどこか別の場所に流す事を考えていた。辺りは森、新しく水を引く場所は見当たら無い。ならば穴を掘ってそこから別の場所へと水を流せばいいのでは無いか?
タツヤはグリズモンに水を送っても問題ない場所は無いかと聞き、滝の事を知った。そして現在、タツヤはカケモンにこの事を伝えようとガオガモンと共にやって来たのだ。
カケモンはタツヤの話を聞き、わかっているのかいないのかあやふやな返事を返して上空へ移動。ウイングモードからブースターモードへと変えたサテライトEの出力を上げ、氷の壁で塞きとめられてる川へと向かって回転しながら飛び込んだ。
「ちゅっどーーーーーん!!!」
それと同時に、とうとうダムに巨大な穴が空き、先程以上の水が流れてくる。それを見てガオガモンは引き返すぞ、と言い村のデジモン達の避難場所へと向かう。了承の返事をしたものの、タツヤはカケモンが飛び込んだ場所を振り返った。
そして、どこか遠い所から大きな音が響く。それは何かが貫通した音だ。同時に膨大な水が氷の壁に打ち付けられ、何処かへと流れる音も聞こえる。川から水が溢れ出す様子もなく、タツヤは安堵の声を口から漏らす。
「やった………間に合った…!」
遠く離れた場所、村のデジモン達の避難場所でもその音は聞こえていた。同時にそこから見える滝の真横から水の柱が出てくるのが確認できる。それを見た城太郎とワレモンを筆頭に、雄叫びを上げていた。
「「よっしゃあああああああ!!」」
「「「やったああああああああ!!」」」
「やりました!やりましたよ!」
「うん。うん…!」
思わずアサヒはミキの手を取り喜びに震える。そしてミキもリアクションの差があるが、同じく喜びの声を上げていた。
それとは別に、一緒にいたオメカモンは滝の上空を見つめる。そこには悠々と空を飛ぶカケモンの姿があった。先程と姿は違うが、あそこにいるのは自分を助けてくれたあのデジモンなのだろうと直感的に理解する。
月明かりが照らされ水飛沫から虹が生まれた。それが何よりも綺麗で、夜には不釣り合いに思えた。それでもオメカモンは、今の光景を忘れはしないだろう。
あの時助けてくれた時の様に、あの騎士の時の様にずっと。