デジタルモンスター Missing warriors   作:タカトモン

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七話《父と母と道場と》

そこははっきり言ってこの世ではなかった。

タツヤの目の前には赤い髪が逆立った、体格のいいライオンと例えてもいい程の男が。

そしてその傍らには、顔を赤くさせて倒れているアサヒを膝に乗せる女性の姿があった。

まるで燃え盛る火の中にいるような錯覚を感じ、タツヤはシンプルに、実にシンプルにこう考える。

 

 

どうしてこうなった…?

 

 

土曜日、朝食を済ませて身支度を終えたタツヤはデジヴァイスにカケモンとワレモンを入れて自宅の玄関から出掛けようとしていた。今日は以前アサヒと約束していた日だ。タツヤは指定された時間より少し前に着くように家を出ようとすると、出た扉の先に祖父の源光が花壇に水やりをしているのを見かける。

 

「おじいちゃん、出かけて来るね」

「おお、行ってらっしゃい。今日はどこに行くのかな?」

「ちょっとね、沢渡さんに呼ばれてて」

「ああ、この前の娘さんの」

 

納得したように頷くと、夕飯までに帰るから、とタツヤは駅の方向へ歩いて行く。ちなみにだが、ハックモンは以前言っていた他のロイヤルナイツの捜索のため、家で近辺の地図と睨み合っていた。最近普通の子供のようになって来たタツヤを微笑ましく思う中、ふと源光は思い返す。

 

「はて、沢渡…。どこかで聞いたような…」

 

 

「沢渡さん、お待たせ」

「あ、浪川君!」

 

駅に着き辺りを歩いていると呼び出した本人である沢渡 アサヒが蛍光灯のすぐ下に立っている。そんな彼女は休日なので今日は私服だった。シンプルに白のワンピースを着て、熱中症防止の為に麦わら帽子を被る彼女の雰囲気によく似合っている。集合時間の十分前に来たはずだったが、今ここにいるという事はもっと前にいたのだろう。

 

「ごめんね、もしかして待たせちゃった?」

「い、いえっ!たまたま…そう、たまたま早く来ちゃって!」

『アサヒ、おはよー』

「あ、カケちゃん。おはようございます」

 

胸ポケットに入ってあるデジヴァイス越しに挨拶するカケモンにアサヒも挨拶する。そして少し遅れてようとワレモンも声を出したがアサヒは変わらず挨拶をした。

そしてアサヒの誘導するがままに歩き出す。意外だったのは、駅に来たのにもかかわらず電車に乗らないという事だった。

 

「それで今日はどこに?」

「あ、えっとですね。私のお家なんです」

「沢渡さんの?」

「はい」

 

浪川君のお家からだと駅に来た方が早いんです、と説明を加えるアサヒ。たしかに、今彼らの進んでいる方向はタツヤの家から少し遠い。そう思いながらも、タツヤは何故彼女の家に行くのか疑問に思った。

すると、アサヒは付け加えるように口を開く。

 

「私のお家、実は道場をやってるんです」

「道場?…あ、もしかして」

「はい、もしかしたらカケちゃんの役に立つかなって」

『ボクの?』

 

デジヴァイスの中で首を傾げるカケモン。それにしても、意外だった。普段のアサヒを見る限り、道場や武道と言ったものとは無縁の物だと思ったからだ。アサヒははい、と少し困り顔で話し出す。

 

「えっとですね、前にカケちゃんの戦ってる所を見てちょっと気になる事があって…」

「例えば?」

「最初の、剣を使っている時と槍を使ってる時はなんていうか、振り回されてる感じがしたんです。武器、と言うか…自分の力に」

 

そう言うアサヒに内心タツヤは驚いた。アサヒが見たカケモンの戦いはたったの2回だ。それなのに彼女はその2回の戦闘でそう言った。観察眼がいいのか、とタツヤが思考する中でワレモンは悪態をつく。

 

『ハンッ、そりゃこのバカデジモンのコイツがマヌケなだけだろ』

『ワレモン酷いよぅ』

「あ、別にカケちゃんのせいじゃないんです!ただ、そう思っただけで…」

「そっか、だから今日は道場に行ってカケモンに必要な技術を上げようと」

「はい。実際は見るだけなんですけど、参考になればいいなぁって」

 

そう言って笑うアサヒの前髪から覗く目に優しさが宿っているようだった。カケモンに出会ったのも偶然のようなもので、デジモン関係の事件で巻き込まれているのだって成り行きでだろうに。それなのに彼女はカケモンの為にこんなことまでしてくれる。そう思ったタツヤは感謝の言葉を送った。

 

「ありがとう、沢渡さん」

「いいいいいえ、そんな!浪川君とカケちゃんの役にたてばいいなって思っただけで、あ、でもお家に連れて行くのって挨拶って事に…!」

『アサヒー?大丈夫?具合悪いの?』

『ほっとけめんどくせぇ』

 

 

そして約十分後、タツヤ達は大きな門の前に立っていた。ここがアサヒの家なのだろうか…。看板には堂々と“沢渡流古武術道場”と書かれてある。それを見た後に門をくぐり、タツヤ達は本堂と呼ばれる場所へと進んだ。

築何年…いや、何十年だろうと思いながらも案内していたアサヒの足が止まる。アサヒは息を一度吐き、また思い切り吸い込むと、目の前にあった戸を開けた。

 

「お父さん、なみっ、た、タツヤ君を連れて来ました」

 

タツヤの名前を呼んだ事で少し気恥ずかしくなったアサヒ。その視線の先に、この道場の主が座っていた。

胡座をかき、鍛え抜かれた肉体は着ている胴着の上からでもわかる。彼がアサヒの父親なのだろう。実際、共通点が髪が赤いことくらいしか無いがきっとそうだ。そう思っていると男は立ち上がりゆっくりとタツヤ達の方へ近づいて行く。彼からは威厳と威圧が感じられ自然と背筋が伸びる。

そして彼は…吠えた。

 

 

「貴様かァァァァァァァァ!!貴様が娘を誑かした男かァァァァァァァァ!!!」

 

 

その一瞬でアサヒの父親の髪は逆立った。そして叫びによる振動が辺り伝わる。一瞬の事にタツヤは呆然としていた。

 

「は、えっ、ちょ…」

「お、お父さん!やめてください!」

「あの、僕何かしましたか?沢渡さんのお父さん」

「誰がお義父さんだァァァァァァァァ!!」

「言ってないです聞いてください」

 

アサヒが自分の父親を落ち着かせようとするが上手くいっていないようだ。もう一つ言えばタツヤが彼を呼んだ事で悪化してしまっている。ああ、なんかライオンみたいだなぁとかナレーション上手そうだなぁとかでも早死にしそうだなぁとか、身も蓋も無い事を考えて現実逃避しかかった所で、物陰から一つの影がやってきた。

 

「もう落ち着いてくださいアナタ」

「グッフォ!?」

 

物陰から出てきたのは黒髪の女性。着物を着こなし、まさに大和撫子という言葉が似合う美人が、目の前でアサヒの父親の鳩尾を肘で打ち抜いた。どんな達人でも鍛えきれない、防御できない部分もあるのだ。現に、アサヒの父親はその場で蹲っていた。そんな事は気にせず、女性はニッコリとタツヤに話しかける。

 

「はじめまして、私はこの娘の母親で夜空です。よろしくね」

「あ、はい。浪川 タツヤです」

 

彼女…夜空はニコニコと微笑んでいる。この人は話が通じそうだ。そうしてホッとしたタツヤだったが、夜空はその目を細めると、一度アサヒを見てとんでも無いことを言い出す。

 

「…お義母さんでもいいのよ?」

「え?」

「お母さん!?」

「夜空!?」

 

ガバッと蹲っていた筈のアサヒの父親が頭を上げる。依然とその気迫は衰えておらず、寧ろ上がっているようにも見えた。そして立ち上がり、彼は仁王立ちしその心の叫びを露わにする。

 

「認めん、お父さんは認めんぞ!だいたいアサヒはまだ中学生だ!彼氏なんて早い!」

「か、彼氏…!?」

「最近の子は進んでるんですよ。それにタツヤ君、いい子だと思うけど…」

「それとこれとは別だろう!それに…タツヤ君とやら。君はウチの娘とどんな関係なんだ?どう思ってるんだ?」

 

聞かれたタツヤは答えるのに困っていた。友達、というにしては少し違ってくるのかもしれない。カケモン達デジモンと交流を持ち、今日のように協力してくれている。だとすればただ単に友達と答えるのは不適切だ。クラスメイト、同級生、それも違う。親友…は一人喧しいのがいるのでやめておこう。そして悩み過ぎると相手の逆鱗に触れる可能性がある。シンプルに、そしてわかりやすく答えよう。そう思ったタツヤの答えは、

 

 

「特別な人です」

 

 

間違ってはいなかった。

しかし正解でも無かった。

 

そして、冒頭へと至る。

 

 

一方デジヴァイスの中にいるカケモンとワレモンは互いに身を寄せ合って震えていた。アサヒの父親が叫び出した瞬間からデジヴァイス越しに見ていたのだがそれでも怖い。カケモンなんて過去最高に涙腺が崩壊していた。

 

『わ、ワレモォォォォン…!?』

『ば、バカヤロウ!怖くなんか、ねぇんだぞ!?』

 

強がるワレモンだが足が怯えたクワガーモン並に震えている。なんだかんだ言って彼も恐怖心はあったのだ。そして二人は思う、早くこの光景を終わらせてくれと。そうじゃ無いともう色々と限界が近い。

 

 

そして、彼らの想いが届いたのか…救世主は現れた。

 

 

タツヤの後ろにある戸が開かれる。ガラガラ、と音を立て開いた先にいたのは…。

 

「いやぁ、暫く振りに来て見るが…そんなに変わってないのぉ」

「お、おじいちゃん!どうしてここに?」

 

なんと、タツヤの祖父の源光だった。源光は普段と変わらずに中に入り懐かしそうに周りを見る。その様子からここに来たことがあるようだ。すると当然、先程まで激昂していたアサヒの父親がワナワナと震え出す。逆立っていた髪は降り、大きく目を見開いて源光を見ていた。

 

「あ、あなたはまさか…」

 

そう呟き約三秒、彼は源光に向かって走り出す。一瞬、源光に襲い掛かるのではと危惧したタツヤだったが、アサヒの父は意外な行動を取る。飛び上がり空中で膝を折りたたみそのまま床へと落下。そのまま滑り源光の足元に到着。

つまり平たく言えば、スライディング土下座だった。

 

「浪川 源光名誉師範代ぃぃぃぃ!」

「そんな長ったらしいのはよしとくれ。長いじゃろ…」

 

やれやれと源光はしゃがんでアサヒの父を立たせようとする。しかし彼は姿勢をそのままに動こうとはしない。それを見ていたタツヤだったが、空いた口が塞がらない、と言った表情だった。

 

「いいえ、アナタには敬意を称さなければなりません。忘れもしない、あれはまだ先代が存命だった頃…」

「あ、回想入るんですね…」

「あとアナタ、お義父様は今もご存命ですよ」

 

娘と妻に言われながらも彼は思い出す。

そう、あれはまだ自分が娘とそう変わりない時…

 

 

 

私がまだ娘と同じ年頃、私は当時の師範である父と多くの門下生と共に日々修行中でした。いつか沢渡流が武を極める為に、一人一人が切磋琢磨していたあの頃…アナタはこの道場にやって来ました。

先代と私達門下生は道場破りが来たと慌てて、アナタに全員で挑みました。…今では何故あの時ああしてしまったのか、わからないのです。ただ、何故かこうした方がいいと体が動いてしまった、恥ずべき事です。しかしアナタは我々の拳を軽々と避け、瞬く間に我ら沢渡流の師範、門下生の全てを倒した。

先代はアナタに、沢渡流の看板を差し出したのですが…

 

 

“あ、いや、そういうのいいんで。ちょっと道場に来て見たかっただけだし”

 

 

と言って看板を持ち帰らず去ってしまわれた。父はその事が許せなかったのか、一から修行をし直し半年かけてアナタを見つけ看板を渡そうとしましたが返り討ち。とうとう先代はアナタに名誉師範代という役割を押し付ける形で納得したのです。

 

「故に、私含めこの道場の者はアナタの事を名誉師範代と、そう呼び讃えるのです」

「おじいちゃん、何やってるの…」

「ホッホ、その時アクション映画にはまっとっての。武道とかやりたくなったんじゃよ」

「やりたくなったってレベル!?」

「ほらあれじゃて、若気の至り?まぁ趣味じゃよ、趣味」

「趣味で済まさないでよ!」

 

趣味で道場破りしたのかこのジジイとデジヴァイスの中にいるワレモンは口に出さずに思う。もう何者なのかさえわからないが、得体の知れないなにかだと思っている自分がいる。

そう認識すると隣でカケモンが感心したように呟いていた。ちなみに涙腺は既に治っている。

 

『おジイちゃんすごいねぇ』

『いや、何者だよジイさん』

『さすがは源光殿だな』

『さすがで済ましていいのかよ!?…ってお前いつのまに!?』

 

デジヴァイスの中にいつのまにかハックモンがいた。腕を組み感心しているハックモンは息抜きをする為に源光について来た、と後に語る。だとしても見つからなかったのは半年の間、現実世界で暮らしていた実力だろう。

 

 

タツヤと源光、そして源光に感心するアサヒを横目に夜空は夫を連れ少し離れた場所で会話していた。

 

「丁度いいじゃないのアナタ」

「何がだ?」

「アナタの尊敬する方のお孫さんがアサヒとお付き合いしてもですよ」

「なっ、ん、それは…そうなんだが、ぬぅ…」

 

実際、彼は源光に尊敬の念を抱いているが、娘の事になると難しい。この道場の師範である自分としては嬉しいのだが、一人の父親となるとそうはいかない。だってポッと出の男を急に「彼氏です」なんて言ったら、彼は動物園にいるなんの罪もない猛獣を叩きのめすまで怒り狂うだろう。実際そうなるかはわからないがそれくらい怒り狂いそうな感じがした。

 

 

昼を過ぎたのでタツヤ達は沢渡家の昼食をご馳走になり、道場で当初の目的である武道の見学をしていた。目の前で行われているのは門下生による技の反復、一つの技を何度も繰り返す事で練度を上げているのだ。それをおおよそ三十人でやる光景は壮観だった。

 

「凄いね、ここの人達全員門下生なんだ」

「はい。お父さんの代で十二代目ですから、凄く古い歴史のある道場なんです」

 

この道場自体何回か新築してるんです、とアサヒは語る。まるで自分のことのように喜ぶアサヒはこの道場が好きだったのだ。自分は武道をしないが、それでも道場は自分の生まれた場所、帰る場所だ。その事にタツヤは微笑む。

 

「どうですか、カケちゃん?なにか参考になりましたか?」

『みんなカッコいいね!』

『チゲェだろ…』

『だが、彼らの中にはいい動きをする者が何人かいる。中々いい道場だ』

 

ハックモンが賞賛し、アサヒは照れながらも感謝の言葉を述べる。すると、彼女の視界に父と源光の稽古風景が入る。源光の動きを観察しながらも彼女の父親は苦戦しながらも付いていく姿は、娘として尊敬に値した。その後、二人の稽古は終わりこちらへとやって来る。

 

「タツヤ君、どうだね。君も一緒に稽古をしないか?」

「僕が、ですか?」

「君は名誉師範代のお孫さんだ。もしかしたら武道の才能があるかもしれない。どうだろうか」

 

そういう彼は先程の威圧的な雰囲気は無く、純粋にタツヤを気に掛けてくれる大人の表情をしていた。その事に好感を持ちながらも、タツヤは武道という未知の体験に興味を持ち、

そして冷めてしまった。

 

(ああ、またか)

 

何をするにしてもそうだ、祖父が趣味を一緒にやろうと言ってくれても、関心を向けてもこうなる。そんな自分に嫌気が差す。何かが欠けている自分を再認識する。タツヤは表面上笑顔を作りながらも頭を下げていた。

…その光景を見て複雑そうな顔をする祖父を見ないように。

 

 

夕方、タツヤ達は目的を終え帰る事にした。アサヒは門の前まで見送りに来ている。ちなみにだが、カケモンは途中で寝てしまってワレモンに叩かれるという事態も起こったのだがそれは別の話。

 

「じゃあ、僕達はこれで。今日はありがとう」

「いいえ、とんでもないですっ。またいつでも来てくださいね」

「うん。ありがとう。また学校で」

「はい」

 

タツヤと源光を見送った後、彼女は門を潜り中へと進む。今頃父が床で転がっているだろうから慰めに行く必要がある。しょうがないと思いながらもアサヒは笑いながらも道場へと向かった。

 

 

 

 

暗い、倉庫の中、天井の抜けた場所から星の光が“彼”の体を照らし出す。彼は色あせた蒼い傷だらけの体で天井を見上げていた。立つ事が出来ず、その場所に座り続けてどれくらい経っただろうか。

 

 

「このまま、では…」

 

 

彼は自らの限界を感じながらも希望は捨てない。傷を癒し、いつか元の世界へ帰るまで死ねない。

その思いを胸に、

 

蒼き騎士は眠りについた。

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