よろしくお願いします。
ここはGBN共用ロビー。
多くの人がここに集まり、ミッションを受けたり、雑談をしたりするダイバー同士の交流スペースだ。
それはともかく、ここ最近GBNで恐ろしいほどの速さで知名度を上げたフォースがある。
その名は「ビルドダイバーズ」。
ブレイクデカール事件でその名を知らしめ、かの有志連合とのフォースバトルで勝利を納めた新進気鋭の実力派フォースだ。
多くの有名プレイヤーとの繋がりがありながら、それをひけらかすことのない誠実さも相まってか、最近ではフォース入りを希望するものも少なくない。
ただ、フォースメンバーがリアルでも知り合いなだけに、そのハードルの高さから一歩踏み出せないものも多いのが現状だ。
「で、リク君。何でこの人は、僕たちの前で土下座してるんだい?」
「ええっと、何て言いますか……」
フォース最年長であり、高いガンプラ製作技術を持っていながら、緻密な作戦立案や戦闘を行いながらの全体指揮までこなす、ハイスペックダイバー、コーイチ。
そして、沢山の人たちに支えられながらもフォースを率いるリーダーにしてエースダイバー、リク。
そんな二人を困らせている男は頭を地面に擦り付けながら、いい放つ。
「あなた達のフォースメンバー、モモ様に惚れました!俺をビルドダイバーズにいれてください!」
「……え、ええっと……」
コーイチの反応もまたリクのそれと大差はなかった。
その反応に男は自らの言葉が足りなかったと思い、その顔をあげて目に力を込めて言い直すことにした。
「すみません、少し抽象的でした。反省し言い直します」
これを聞いて二人は少しほっとした。
詳しく話を聞けば事情もわかるし、どう対処すべきか自ずとわかるはずだ。
二人は静かに男の言葉を待つ。
「モモ様のケモミミはサイコーです!どの辺りがというと、まず正面から見たときの光の屈折具合が……」
それからしばらく彼のケモミミ談義聞くことになった二人。
だが、最初の一言を聞いて、二人の心は既にきまっていた。
この男に、どうやってお帰り願おうかと……。
男のケモミミ談義には終わりが見えることがなく、二人にはこの惨状を打開する術がない。
この果て無きケモミミ空間に楔を打ち込んだのは、新たに来た二人の人物だった。
「あれ?リっ君、コーイチさんどうしたの?時の涙を見たような顔して」
声をかけたのは、メガネをした少し気の弱そうな少年の名はユッキー。こう見えても大人顔負けのガノタであり、ビルダー技術にも長けているリクの親友ダイバーである。
「それよりも、そこでNT空間顔負けの世界を作り上げているのは誰かしら?」
ユッキーと共に現れたのは、ミステリアスな雰囲気を纏ったくノ一ダイバーあやめ。かつてビルドダイバーズと敵対したが、リクたちに救われたことで悲しい過去を乗り越え、本当の仲間となった女性だ。
「あ、二人ともお帰り。ミッションはどうだった?」
目の前で語り続ける男をよそに、リクはミッションから戻ってきた二人に話しかける。
コーイチもその動きに乗っかりたかったが、絶妙のタイミングで男から『そうですよね?』と話を振られ、律儀に返事をしてしまった。
これでは離れるに離れられず、哀れコーイチは一人ケモミミ空間に取り残されるのである。
「うん、問題なくクリアできたよ。それよりもこの状況は一体……」
「一言で言うならフォースへの参加希望者なんだけど……。俺にもうまく説明できないんだ。なんでも、モモのケモミミが神で、神には信仰を捧げなければならないとかなんとかで……」
「ごめんリっ君。僕NTじゃないから話についていけないよ……」
「NTでもそこまでは解り合えないと思うわよ」
二人はリクの言葉に困惑する。
それでも懸命に状況を説明するリク。
その努力が実を結び、状況は二人に伝わったらしい。
みんなの心はひとつだ。
一刻も速く、お帰り願おう!
男のケモミミ談義はさらにヒートアップし、その様相は演説のそれと化していた。
「私の敬愛するケモミミ愛好家の同志は死んだ!何故か?!」
「ええっと……坊やだからさ?」
「違う!リアルで警察のお世話になったからだ!」
「ダメでしょそれは!」
どれ程の時間、コーイチはこの空間にいたのだろうか。
既にコーイチはここ、ケモミミ空間の住人となり始めている。
自然とツッコミが出ているのがその証拠だ。
速く何とかしなければ!
まだ正気を保っている三人はそれを見て、決意を新たにしたのである。
「そして同志は言った『認めたくないものだな。ケモミミ愛が故の過ちを』と」
いつから始まったのか同志の武勇伝に花を咲かせている男。
全く終わりの見えない話を続ける男に意を決してリクは声をかける。
「なぁ、君の思いはわかったからさ。ひとまずお互い自己紹介しないか?俺はリク。よろしくな」
そう言って、リクは手を差し出す。
本当はこの危険な香りのするダイバーとお近づきになりたい訳ではないが、この行動によって彼の放つケモミミ空間は解かれる。
リクの勇気ある決断に、後ろの二人は心のなかで拍手を行い、前にいる空間に取り込まれかけた一人は、目に涙を貯めてその喜びを噛み締めた。
「自己紹介が遅れました!私はジェイド。ケモミミ伝道師のジェイドです。同じケモミミ愛好家としてこれからもよろしくお願いします!先輩!」
がっちり両手でリクの手をとる自称ケモミミ伝道師ジェイド。
どこから突っ込めばいいのかわからない。
この状況を打開できる女神の到着を、ここにいる全員が待ち望むのであった。
現実とはままならないものだ。
例えそれがゲームの中であっても変わることではない。
すべての人が幸せを享受できる世界などないのだと、今目の前に立ちはだかる問題が教えてくれる。
リクだけが犠牲になればそれですむ。
本人もそうやって考えたし、仲間たちもそれに感謝した。
だが、この自称ケモミミ伝道師には通じなかったようだ。
「リク先輩!私に他の皆さんのことも紹介して下さい!」
その一言が作り上げたのは沈黙の世界。
このまま先に進むくらいなら、いっそ時間よ止まってくれと、彼らは願った。
だが、時間とは無情なものだ。
時など止まるはずもなく、沈黙に耐えかねてフォースメンバーの紹介はつつがなく完了する。
そこからは言わずもがな、ケモミミ空間の再来である。
だが、ビルドダイバーズとて無抵抗にその空間を受け入れた訳ではない。
抗った、それはもう、必死に!
だが、彼から返ってくる言葉は一様に決まっていた。
「大丈夫です!まずは私のことを知ってもらって、それから判断してください!」
この有り様である。
再び現れたケモミミ空間は、心の折れた者たちを容易く飲み込む。
このまま、身も心もケモミミに染まっていく。
そんな錯覚を感じ始めたとき、ついに女神が降臨する。
「どしたのみんな?こんなところで立ち尽くしちゃって」
訝しげな表情に合わせて美しきケモミミが踊る。
彼女こそGBNに降り立った至高のケモミミを持つ少女。
ダイバーモモ、その人である。
『モモカ(ちゃん)!!』
「な、何?なんなのそのテンション」
「?」
「もる~?」
一緒にいたサラとモルちゃんも共に首を傾げるのであった。
混沌の様相を呈するこの場で、真っ先に行動したのは言わずもがなこの男である。
「お初に御目にかかります。私の名はジェイド。しがないケモミミ伝道師でございます。本日はモモ様のもたらす御威光に傅くべく馳せ参じた次第であります。どうか、私の信仰をお納めください」
ジェイドはそう述べながら、右手を胸に片ひざをつき、頭を垂れて畏まる。
先輩と後輩、上司と部下、主君と家臣すらも飛び越えて、神と信徒の関係を望む彼は何処へ向かっているのだろうか。
少なくとも、この場にその答えを持っているものはいない。
そして、信仰を捧げられた少女は静かに返答する。
「え?意味、解んないんだけど……」
当然の反応である。
どこの世界に、突然「崇め奉ります」と言われて「はいどうぞ」と答える者がいるだろうか。
だがこの返事は地雷である。
この場に居た者達にとって悲劇のトリガーに他ならない。
『では私のことを知ってもらいましょう!』
この呪われた言葉が三度あの空間を作り出す。
次に発せられる言葉に戦々恐々している者たちを余所に、意外な人物の口が開く。
「つまり、モモのことが好きってこと?」
サラは彼のいっていることを幾らも理解出来ていなかった。
それでも、その思いには見覚えがあった。
誰かを、何かを大切にする思い。
人を、ガンプラを、世界を、守りたいと願う思い。
その願いから生まれたのがサラであり、サラもまたリクたちと一緒にいたいという願いによって今ここにいる奇跡そのものだ。
だからだろうか。
彼の気持ちがほんの少し、伝わった気がした。
それゆえの発言である。
「好き、ですか。その一言ですべての思いをまとめきることはできないですが……あ、なるほど!あなたの言葉で目が覚めました。そう!この思いは、言葉で語るべきものではないと!何故気がつかなかったのでしょう!ええそうです!私はモモ様のことが大好きなのです!」
サラの発した言葉にジェイドは素直に答える。
サラはその返答に満足そうにうなずいている。
心のなかで戦々恐々していたメンバーにもう、恐怖はない。
みんなの心は、ひとつだ。
『じゃあ最初からそう言えよ!!』
なんやかんやとあったものの、ロビーで延々と話されてはたまったものではない。
仕方なくリクたちは自らのフォースネストへジェイドを招待し、詳しい経緯を説明してもらおうという運びになった。
しかし、フォースネストに入ったとたん、ジェイドは借りてきた猫みたいに大人しくなってしまった。
そして第一声はこうだ。
「一目惚れです」
あとに続く言葉はない。
それだけか!と内心ツッコミを入れながらも代表として年長者であるコーイチは聞く。
「じ、じゃあ、いつ頃からGBNに?僕たちも始めてから半年位だけど……」
フォースに入りたいというほどだ。
それなりの期間GBNをプレイして色々勝手もわかったうえで、きっとモモのことを知ったのだろうとそう予測してのことだ。
「一週間です」
「一週間!」
まだはじめて間もないと言っていい期間。
自分たちだって半年なのだから、ベテランなどと言うつもりはない。
だが、始めて一週間、右も左もわからないなかで唐突にフォースに入りたいと言うのは、聞いたことがない。
ビルドダイバーズの面々はもう一度ジェイドをみてみる。
明るい金髪はオールバックにまとめられ、服装はティターンズの軍服を着ている。
これだけみれば、Zガンダムに登場する某主人公のライバル(笑)だが、それを吹き飛ばす特徴を彼は持っていた。
『ケモミミ……』
『ケモミミだね』
『このケモミミ……動いてる!?』
『この顔にケモミミは……』
『ケモミミ……ね』
『かわいい♪』
『もるる~』
中性的な顔立ちやイケメンであればケモミミも許されるだろう。
だがこの顔ない。
別に不細工とかそういった問題ではなく、おじさんにケモミミは無い。
そういうことだ。
「……正直なところ、俺のような怪しい男の話なんて聞いてくれないものと思ってました」
皆が自分を見ていたことを、自身が不審思われているのではないかと勘違いしたジェイドは唐突に語りだす。
「あれは2週間ほど前のこと。私がまだGBNに登録せず、ゲストアバターでこの世界に足を踏み入れた時のことです」
ジェイドがログインすると、そこは興奮や不安、困惑や歓喜が渦巻いていた。
大規模なガンプラバトルイベントが開かれているのだろうか。
GBNについて何もわからないジェイドにはそのくらいの予測しかできないし、そこまでの興味もなかった。
ただ彼は、自らが夢見るケモミミを探すためにこの世界へと足を踏み入れたのだから。
そして総合受付フロアの特設モニターの中にその姿があった。
「ケモ……ミミ……」
元気に跳ね回る少女。
その動きに合わせて躍動するケモミミ。
彼が望むケモミミが確かにそこに存在した。
かつて師匠が言っていたことを思い出す。
『自分の求めるケモミミに妥協を許すな。理想のケモミミは必ずどこかに存在している』
師匠の言葉通り、ジェイドはついにその理想に出会うことができたのだ。
この前、同志が究極のケモミミを求め、たどり着き、警察のお世話になったという。
だが同志はこれからも諦めず前に進むだろう。
己の生き方を決め、目標を定め、邁進する。
それがケモミミに人生を捧げた者の生き様だ。
だから彼はすぐに行動に移した。
ガンプラの操縦自体は以前GPDをやっていたからある程度勝手ははわかる。
だがガンプラは違う。
一朝一夕で用意できるものではない。
とにかくすぐに作らなければ。
しかし焦ったところで、自分の思いを受け止められるガンプラでなければ、彼女に会う資格はない。
あの時見た彼女は心の底からはガンプラバトルを楽しんでいた。
同じ場所に立ちたいのなら、それに見合った覚悟を持とう。
ガンプラの完成度が力になるというのなら、己の情熱のすべてを費やし組み上げてやる。
彼はその決意を胸に抱いてログアウトする。
これから待ち受ける困難など、眼中にもないと言いたげな表情でだ。
その決意と勢いのまま、その日の内に目当てのガンプラを買い、GPDプレイヤー時代の技術とケモミミへの愛情を詰め込んで彼のガンプラは完成した。
そして幾多の戦いをくぐり抜け、彼は今、待ち望んだ戦場へとその一歩を踏み出したのだった。
「と、まぁこのようなことがあったのです」
語り終わったジェイドは、清々しい表情で辺りを見回す。
その顔が何人かを妙にイラッとさせていることにも気がつかず、ジェイドはモモを見つめて再度問う。
「モモ様。私の信仰を受け取って欲しい気持ちに変わりはありませんし、フォースに入りたいことも事実です。ですがそれがモモ様を困らせるならば、私の本意ではないので諦めましょう。だからせめて、時々でも構わないので、一緒にミッションやバトルをさせていただけないでしょうか?」
「うぅん……」
その迫力に流石のモモも少し尻込みするが、彼の真剣さは十二分に伝わっている。
悩みはするものの、もう答えは決まっているようなものだ。
「えっと、私はいいと思うんだ。悪い人って訳じゃ無さそうだし。ちょっと……いや結構変わってるけど、GBNにはそうゆう人って多いしさ。みんなはどうかな?」
モモはそう言って辺りを見回す。
周りにいるのは共に多くの時間を共有してきた仲間だ。
彼女の求める答えを、いつでも持ち合わせている。
「あぁもちろん!」
「いろんな人と出会えるのもGBNの醍醐味だよね」
「どんなガンプラを作っているのか興味あるし」
「ま、あたしは構わないわよ」
「友達が増えるね、モルちゃん」
「もるもるぅ」
同じGBNを愛するもの同士。
いつでも手を取り合えるのだ。
「ありがとう。みんな!」
モモの明るい笑顔でこの場は綺麗にまとまった。
「ありがとうございます。やはり皆様はケモミミをこよなく愛する同志……」
『それは違う!』
場の空気をぶち壊す男、ジェイド。
手を取り合えても、越えられない壁も確かにある。
それもまたGBNなのである。