梅花、百鬼を魁る   作:色付きカルテ

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狂おしい過去の残骸

 

 

「――――いつか僕が君を守るから」

 

 

 記憶の奥の奥にあるそんな言葉。

 物心を付いていたのかも分からないくらい幼い頃の記憶にある断片的なその言葉を、私はいつも忘れたことがなかった。

 

 背が小さくて、運動神経も良くなくて、誰かと喧嘩するほど気も強くないから、同級生に意地悪されている所を助けるのは、いつも私の役割だった。

 何かを取り合えば私が負けることはなく、私が行く先を決めて彼が付いてくるのが当たり前だと思って居たから、そんなことを言われてもその時はほんの少しだって信用していなかった。

 今思えばあの時の彼の言葉は、誕生日を迎えた私へのプレゼントに添えたなんてこと無い口からの出任せに過ぎなかった筈なのに。

 

 私はそれが嬉しくて、守って欲しくて。

 あんなことを言ってしまったのだ。

 

 

「ねえ、梅利。梅にはね、花言葉って言うのがあるんだよ」

 

 

 自分で知っていた訳でないそれを、偉そうに教える感覚で彼に話しかける。

 

 

「その意味はね――――」

 

 

 口に出してしまったその言葉は鎖のように。

 

 

「――――約束を果たす」

 

 

 お互いを締め付けた。

 

 

 

 

 

 

 いつかの光景を焼き増ししたような目前の状況に息が詰まる。

 小さな背丈が目の前に飛び込んできて、自分目掛けて振るわれていた凶刃を受けるその光景はあの時の恐怖をそのまま連想させる。

 袈裟懸けに叩き付けられた一撃は着物を切り裂いて、僅かに前に出された腕が完全に化け物に呑まれている。

 

 上手く呼吸が出来ない。

 ぐらぐらと視界が揺れた。

 記憶を刺激するあの光景がそのまま目の前にある。

 

 凄惨な光景。

 また自分を守って。

 彼が隣から居なくなったあの光景がそのまま。

 目の前に居るのはただの異形だと分かっているのに、つい手を伸ばしてしまう。

 

 

「…………その、程度か?」

 

 

 だから、身を盾にした少女の声を聞いて思わず安心してしまった。

 

 

「何度も、何度も、……倒れるような無様を」

 

 

 鬼が動く。

 傷を負ったのかは分からないが、フラフラとして足取りで一歩を踏み込んで腕を振り抜く。

 

 

「晒して堪るかよっ……!」

 

 

 爆発した、一瞬だけそう錯覚する。

 覆うように被さっていた蔓を瞬時に引き千切り、ギラギラとした赤い光を灯す目が鋭く。

 化け物に向けた鬼が手に持っていた刀を構え攻撃に移ろうとする前に、制止する声が響いた。

 

 

「死鬼様! 後は私が片づけます!」

 

 

 有無を言わせぬ断言でそう言えば、従者のような銃器を持った女が蠢く植物の残骸へ肉薄していった。

 流石に死鬼の眷属らしく、襲い来る蔓を全て軽々躱していく圧倒的な身体能力は常人離れしている。

 

 化け物が周囲に飛び散っている死骸を喰らいながら、何とか受けたダメージを回復しようとしているのを見て不味いと思うが、その女が片手で自動小銃を連射しながら背中にある黒色の筒の準備を進めているのに気が付いて、どうやってとどめを刺す算段なのかを悟る。

 対戦車用ロケット擲弾発射機。

 あんなものがまだ残っているとは思わなかったが、あれならば弱ったあの化け物程度であればとどめとしては充分すぎるだろう。

 

 女が戦う様子をじっと見詰めていた死鬼も、ロケット擲弾を発射する準備が整ったのを見て疲れたように地面に腰を下ろした。

 それぐらいあの武器の威力を身に染みているのだろう。

 なにせ、一度直撃を受けた身の筈だからだ。

 

 

「――――撃ちますっ……!!」

 

 

 誰に向けた警告かは分からないが、その言葉の直後に発射されたタイミングは私の目から見ても完璧で。

 為す術もなく直撃した球根の化け物は炸裂した衝撃と業火に校庭の土ごと消し飛ばされて、爆音と土煙が消えた後には巨大なクレーター以外何も残っていなかった。

 あれだけ手負いの相手に苦戦を強いられてた私達を嘲笑うかのように、死鬼とそれに従う者は鮮やかな手腕で化け物を終始圧倒し、そして気が付けば跡形も無く消し飛ばしている。

 

 なんて冗談だ。

 特級危険個体の相手は、同格のものしか行えないとでも断言するかのような現実に圧倒される。

 

 

 先ほどの事もあるためか警戒を続けている女が服に付いた砂埃を払いつつも、化け物が居た場所の周辺を確認して遠巻きに自分たちを見ている生前者の様子を窺っていた。

 特に私に対しての視線は凍てつくように冷たく、鋭い。

 共通の敵がこれで倒された訳だから、お互いに相手の出方を窺うのは当然だろうし、私のしたことを思えば彼女から警戒されるのは当たり前だ。

 このまま距離を取ったまま、お互いに関わらないようにしておくのが最も私達にとっては良いのかもしれない。

 

 けれど、それを当然と思わない者も居る。

 

 

「……おい」

 

 

 座り込んでいた鬼が私に声を掛ける。

 警戒して身を強張らせた私へと手を伸ばし、掌の上に乗せた何かを見せてくる。

 

 小さな指輪がそこに乗っている。

 

 

「それっ……!?」

「植物がお前ごとこれを壊してしまいそうだったからな。一応回収しておいた」

 

 

 直ぐに奪い取るようにそれを受け取った私の様子に少しだけ目を丸くした鬼は、仕方が無いとでも言う様に口角を上げた。

 

 

「大切なものなのか? あ、いや、何でも無い忘れろ」

 

 

 やけに親しげに切り出された言葉に睨みを効かせれば、鬼は慌てたように視線を逸らす。

 

 やりにくい。

 こいつは昔こんな穏やかな気質ではなかったと思うのだが……。

 もやもやとした感情が胸中を渦巻いて、気持ち悪さに顔をしかめる。

 どうすれば良いか分からなくなって、胸に抱いた子供の頃の指輪に視線を落とし、何も考えないことにした。

 

 

「…………ありがとう」

「ああ」

「この指輪のことも、さっきの攻撃のことも。本当に助かった」

 

 

 何も考えないようにすれば、感謝の言葉が自然と口から出てきた。

 照れたように顔を背けた鬼に既視感を覚える。

 

 

「なんで、どうして優しくするの?」

「い、いや、気まぐれで」

 

 

 興味本位でそう聞いて身を乗り出す。

 顔を寄せれば、白い頬を紅潮させて距離を取ろうとした。

 まるで初心な男子のようだ。

 

 

「嘘。前と全然態度が違う。……ちょっと、こっちを見て」

「待て、それ以上近寄るな、止めろ」

「距離を取ろうとしないで。もう、攻撃するつもりはない…信じて」

「いやそんなことは疑っていない。それよりもある程度離れてくれ、頼むから」

「……」

「……」

 

 

 沈黙が漂う。

 勿論、納得や譲歩の沈黙ではない。

 絶対に視線を合わせようとしない鬼の様子に無性に腹が立つ。

 目の前の鬼の頬を一筋の汗が流れた。

 

 

「私は感謝しているの、これは嘘偽りのない気持ちよ。何度だってお礼を言うわ、ありがとう。じゃあこれに対して貴方は、せめて視線を合わせて受け取るべきじゃないかと思うのだけど?」

「いやいや、もう充分感謝は受け取った。そんな押しつけがましい態度で感謝されるとは思わなかったけどな」

「……はっ、優雅を信条にしていたんじゃなかったのかしら? わたわたと離れようとして、まるで童貞の男子みたいね?」

「ど、どどど、童貞じゃないしっ……! き、貴様っ……、言って良いことと悪いことがあるだろうっ……!? 破廉恥なっ! これだから脳筋は始末に負えないんだっ!!」

「のう、きん……ですってっ……!?」

 

 

 イラッとした。

 脳筋とかどの口が言うのかと。

 

 

「ふ、ふざけないで、私の何処が脳筋よ!? 貴方の馬鹿みたいな力尽くの解決策に比べれば私なんて知略に富んだ行動をしているじゃない!」

「どの口が言うかバーカ!! 考えるよりも先に行動しているような単細胞っぷりにウンザリしたわ!!」

「ああん!? 少し強くて少し恩を売れたからって随分な物言いじゃないっ!!」

「その少しの力とか恩にちょっとも対抗できていないのは何処のどちら様ですかねー? プークスクス」

 

 

 こ、こいつっ……!!!

 ギリギリとお互いを威嚇するように牙を剝いて、鼻が付きそうな程の距離で睨み合う。

 

 気炎を上げて、お互いに相手が一切引くつもりがないのを理解しているのだろうが、頭の固い二人はどちらも譲るという選択を彼方へと投げ捨てた。

 

 

「ドチビがっ!!! 背の小ささと器の大きさは比例するようね!!! ありがとうって言っているんだから、どういたしましてって言えば良いじゃない!! それだけでしょう!? あーごめんなさい! その角で頭の中は空っぽに近いんだったわね!? そんな高度な事は出来ないんだったわね!!」

「ウスノロでか女がっ!!! 周りが見えないのかお前はっ!? 感謝されることに対して返礼を期待するなんて、これだから常識のなっていない筋肉全振りの馬鹿は困る!! お前以外だーれも俺に対してそんな態度は取っていないぞ!! ぶくぶくぶくぶく筋肉ばかり増やしやがってっ、少しは淑女の勉強をしたらどうなんですかー!?」

「なによ貴方っ、ボコボコにしてやりましょうか!!?」

「上等だオラァ!! ギタギタにしてやる!!!」

 

「ストップッ!! ストップですっ!!!」

 

 

 慌てて間に入ってきた従者の女が引き攣った表情で鬼と私を引き離すが、向こうは中指を立てていて、私は親指を下に向けて挑発し合っている。

 呆れ顔の女が冷たい目で私と鬼を見るが、ヒートアップしている私達はその視線に気が付いても行動を止めようとしない。

 

 慌てて駆け寄ってきた所属するコミュニティの人達が私を羽交い締めにして引き摺っていくが、納得できない。

 あの調子に乗ったドチビの鼻をへし折らないと気が済まなかった。

 

 

「こ、このっ、離しっ、離しなさい!!! アイツのっ、アイツの気取った面を引っぱたかないと気が済まないっ……!」

「馬鹿かお前!? “死鬼”だぞっ!? あの“死鬼”だぞっ!!? 今お前が生きているのも奇跡みたいなもんだ馬鹿っ!!」

「こいつどうなってんだっ、二人掛かりで持って行かれそうだぞっ!! おいっ! もっと人数増やせっ!!」

 

 

 私を引き摺る人数が増えて本格的に反抗が出来なくなってきた。

 

 最後にギリリッと遠くなっていく鬼を睨み付ければ、向こうも私のその視線に気が付いたのだろう。

 同じように睨もうとして、妙な風に顔を歪ませて。

 鋭くしようとした目付きが崩れ、諦めたようにその異形は破顔した。

 

 驚愕に目を見開く。

 ふにゃりと笑ってしまっているその表情は、いつか見た誰かに重なった。

 

 ああ、そうだ……記憶にある、昔のアイツにやけにそっくりなんだ。

 悲しそうで、苦しそうで、それでいて少しだけ嬉しそうなその表情に唖然とした私は、思わず何かを叫ぼうとして、私を引き摺っていた人達がこれ以上の罵倒はさせないと慌てて口を塞いだから、何も言うことは出来なかった。

 

 必死に手を伸ばして、それすらも捕まれて。

 何も出来ないまま、視線の先で私を見送るその小さな背丈の誰かから。

 

 いつかの様に、引き離される。

 

 

 

 

 

 

 視界から去って行く彩乃の姿を見送り、溜息を吐く。

 やってしまったのだろう、それもかなり取り返しの付かないことを。

 

 思わず飛び出した化け物からの攻撃、彩乃が命を落とすところなど許せないからそれは良かったとしても、その後の対応は有り得ない。

 何故以前の調子で口喧嘩などしてしまったのだろう。

 一人称も、俺と言ってしまった気もするし、何より昔言い争っていた内容に似た事を言ってしまった。

 

 恐らく……多分……、彩乃は俺の事に気が付いただろうと思う。

 実際十年前の話であるからすっぱり忘れている可能性もあるが、その可能性は俺が傷付くので考えないことにする。

 まあ、あいつは馬鹿なので言い争いの内容から俺の正体を当てるなんてこと出来ないかもしれないが、悪い方を想像しておいた方が良いだろう。

 

 

「……死鬼様、私に何か言うことがあるのではないですか?」

「え、えっと? あ、いや……何のことだ? 用向きは済んだ、帰るとしよう」

 

 

 失敗したのを謝るべきか、心配させたのを謝るべきかと悩んだが、どちらもこの場でやるべきではないかと判断する。

 恐れの入り交じった視線を向けてくる生存者達から逃れるために、取り敢えずこの場を離れようと尊大な口調を維持して提案するが、知子ちゃんは何故だか不満そうに唇を尖らせ不満そうだ。

 

 

「……私、あの化け物倒しました。……褒めてください」

「……なんて?」

 

 

 想像だにしなかった知子ちゃんの言葉に思わず聞き返せば、彼女は頬を膨らませて俺の片手を掴んで自分の頭に押し当てる。

 ぐりぐりと掌に頭を擦り付け、上目遣いで睨んでくる知子ちゃんはそれでも不満げだ。

 ……どうやら聞き間違いではないらしい。

 

 

「あー……、うん、凄いぞー。流石は私の仲間だー。どれ、褒美をやろう、よーしよしよしよし!」

「えへ、えへへ……」

 

 

 数秒それを続けていれば、満足した知子ちゃんが顔を上げていつものキリリとした表情を作った。

 

 

「では帰りましょうか死鬼様。この場所に留まる必要性は薄いと愚考します」

「いや、切り替え早いな……?」

 

 

 下ろしていた武器を抱え直して、スタスタと前を歩いて行く知子ちゃんの背中を追って歩き出す。

 チラリと後ろを見れば、生存者のほとんどがこちらを見て俺達が居なくなるのを待っている。

 そしてそれは感謝の感情を込めた視線などではない。

 恐怖や憎しみ、果てには殺意と言った物々しい感情を孕んだ悪意のある視線だ。

 

 異形とバレないようにヘルメットを被って生活していたのは正しかった。

 異形という存在が生存者達にとってどれだけ憎悪すべき対象なのかが、彼らのあの目で、そして彩乃の態度で、よく分かってしまった。

 

 もしも……もしも彩乃が俺の正体に気が付いて追ってきたとしたらどうするべきなのだろう。

 もしも、彩乃が異形としての俺を始末しようと、本気で襲い掛かってきたらどうするべきなのだろう。

 きっと俺は彼女を攻撃する決意なんて絶対に出来ないし、どうするべきなのだと理解しても、行動に移すことは出来ない筈だ。

 

 ならきっと俺は、もう彼女に会うべきじゃないのではないか、そう思った。

 

 前を歩く知子ちゃんの背中を見る。

 彼女は仲間であり、背中を預けられる戦友であり、共に歩く友人だ。

 だから、少なくとも――――守りたいものがある今はきっと、そうなのだろう。

 

 振り向きたくなる衝動を抑えて、俺は前に歩いていく。

 

 

 

 

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