梅花、百鬼を魁る   作:色付きカルテ

18 / 44
進展する計画

 

 

 物静かな住宅街がある。

 パンデミックが発生する前は高級住宅街であったと思わせる整った街並みは、今はその面影を残したまま廃れさせてしまっている。

 警備的には侵入を防ぐ堀も、家の壁も厚くは無い大きな邸宅を今は誰も使う者が居ないのか、綺麗な状態を保ったまま生活臭を感じさせない。

 

 そんな住宅の中の一つ。

 その地の他の邸宅となんら変わりない建物の中に俺達は居た。

 

 

「よし、引っ越し完了だね、やっと終わった……」

「あ、待って梅利さん。まだこの部屋の配置が気に入りません。もう少し、もう少しだけ考えさせてください!」

「ち、知子ちゃんは真面目だなぁ」

 

 

 前々から計画していた引っ越しを、あの球根の化け物の討伐時に犯した失態を切っ掛けとして早めに終わらせることにしたのだ。

 既にある程度の準備を進めていた引っ越し作業で元々選んでいたこの場所は、俺の綿密な調査の上で選ばれた最高の拠点だ。

 

 広い庭に、多機能な居室の数々。

 一室丸ごと食料の保管が行える冷凍室まで完備され、なにより広い地下空間がある。

 ワインを保管する場所と核シェルターと思われる部屋まであったその地下空間は異形や死者から身を隠すのに最適だ。

 ここに初めて訪れた知子ちゃんが嬉しそうに色んな部屋の利便性を俺に説明しながら見て回ったのも頷けるレベルに、各機能が充実している。

 生存者がここを拠点として使用しなかった一番の要因と思われる、この付近を徘徊していた強めの異形は、ちょっと前に駆除しておいたからそっちの心配も無い。

 

 

「いやぁ、俺の失態で引っ越しを急がせちゃってごめんね」

「いえ。最初から拠点を移す予定と聞いていましたし、何よりここまで延期になっていたのには私の責任が多いですから。むしろ今回の事は良い切っ掛けだったと思います」

 

 

 身の丈以上の棚を軽々と持ち上げて移動させている知子ちゃんの後ろ姿を見て、あまりの頼もしさに苦笑いが零れた。

 俺が意識を失っていた一週間程度の間で、彼女は何枚皮が剥けたのか。

 ……と言うか、強くなりすぎている気がする。

 正直、あまり頼られなくなって少し寂しい。

 

 

「それにしても、この住宅地の異形を既に片付けているとは思いませんでした。“主”程とは行かなくとも、結構有名な異形でしたよアレ。強くなかったですか?」

「えーと、多分蟻みたいな奴だよね? 戦い辛かったけど本体は大したことなかったな。ほら、どの攻撃も効かなかったし」

「……その硬さはほんと卑怯ですよね」

 

 

 誰も勝てない訳だ、と一人納得している知子ちゃんを置いて俺は立ち上がる。

 

 

「知子ちゃんもう少し部屋の間取りを決めてるよね? 俺ちょっと周りの異形とか死者の数減らしてくるね、生存者に気が付かれないように銃は使わないけど」

「分かりました。でも、ちゃんと銃は持っては行ってくださいね。素手で異形を片付けているなんて、本当はあり得ませんから」

「はーい。あ、夜ご飯までには戻るから」

「お気を付けて下さい」

 

 

 新居となって初めての外出だ。

 自ずと上がり始めた気分に身を任せて、鼻歌交じりに玄関から外に出ると空には曇り空が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

「これで12体目っと、んん、意外と少ないな」

 

 

 倒した数を計算して、伸びをしながら呟いた。

 

 以前住んでいた教会の周りは最初の内はかなり酷かった。

 少し歩くだけで百近い死者の群れと遭遇して毎回辟易としたものだが、比べてこの住宅地はそれが無い。

 不思議に感じたが、そう言えばここを根城にしていた蟻の異形は巣に多くの卵を拵えていた。

 あれが何から来たものかと考えれば、恐らくこの辺りに居た化け物どもが餌になったのかと思い当たる。

 

 多少の数やある程度強い異形相手ならなんとかする自信はあるが、あまり多数の相手は出来るならしたくない。

 立派に仕事を果たしてくれた蟻の化け物へ感謝を捧げてから、周りの探索をしていた折にたまたま見付けた治療用の品を持ち直して帰路につく。

 ちょっとした憧れのあった高級住宅街の街並みを眺め、出来るならこんな状態になる前にこの場所に住んでみたかったなと思う。

 まあ、こんな状態でも無ければ一生縁の無い場所であったとは分かっているのだが。

 

 

「そう言えば、この辺りは車両が散乱していないな。綺麗に片付いてる。……普通に車で通行できそうな道か、色々使えそうだな」

 

 

 大きめの道なりを優雅な気分で歩きながら、緩やかに続く坂の先を見上げて。

 

 おかしなものを見付けた。

 

 

「……あれ、人影?」

 

 

 道路の先からのっそりと突っ立っている人型の影を見て、一瞬どうやって見付からずに行こうかと頭を悩ませる。

 だが、以前より敏感になった嗅覚が、ザラつくような不快感と共に警告を伝えて来た。

 あれは人では無く、異形であると。

 

 思わず足を止める。

 

 

「待て……待てよ。人型? 俺と同じ、人型の異形? ……それって」

 

 

 人としての意識があるって言うことか?

 そう呟いた俺が立ち止まってその姿をじっと観察を始めた時、グルリと、ぼんやりと直立して動く様子の無かったその人型の首が曲がり、こちらに顔を向けた。

 

 意思を感じさせない白濁した目。

 死者と同じ、生気を感じさせない青黒くボロボロの肌。

 異常なまでに発達した筋肉が鎧のように全身を覆い、巨大な体躯をしたその大きさは見上げるほどに大きい。

 近付いて詳細に分かるその大きさは、およそ二メートルは余裕で超えている。

 人型という部分こそ似ているが、全く人としての意識を感じさせないれっきとした化け物。

 

 そんな初めて見る異形の形を、拳を振り上げて一足で飛び込んできたそいつを目前にしてようやく理解した。

 

 

「オオオォォオオォオォッッ!!!!!!!!!」

 

 

 咆哮と共に振り下ろされた拳がアスファルトを砕く。

 一歩下がって躱したものの、巻き上げられた瓦礫が身体を打ち付けてきたためあんまり躱した意味は無かった気がする。

 

 銃を使って耐久性を測ってみようかと一瞬悩むが、そろそろ弾薬も心もとない事を思い出して拳を握った。

 砕いたのがアスファルトだけだと言うことに気が付いたらしい黒の巨人が、顔を俺に向ける。

 

 

「怪力は俺の勝ちだね巨人さん」

 

 

 ちょうど良く下がっていたその顔面に、俺の小さな拳が突き刺さった。

 抵抗なく破裂した巨人の頭と共に、殺しきれなかった衝撃が黒の巨人の身体を吹き飛ばして、僅かな傾斜となっていた道を何度も跳ねていく。

 ようやく勢いが止まったのは、俺に気が付いて飛び掛かってくる前に突っ立っていた場所だ。

 

 

「動きの速さは結構あったし、力も死者としては強め。俺に気が付くのも早かったけど……うーん、今の知子ちゃんなら問題ないかな」

 

 

 死者よりも厄介な敵だなとは思うが、異形としての完成度はかなり低く感じる。

 正直、耐久性以外は大したことが無い。

 蟻の異形と戦えば、直ぐに負けてしまう程度の強さだと思う。

 

 

「でも珍しいよな。人型を保っている奴なんて」

 

 

 初めて見るタイプの異形だった。

 形からすれば死者に近いのに、俺の嗅覚はこいつが異形であると訴えている。

 

 動かない死骸となったソイツの元に近付いてマジマジと観察していれば、頭部を失ったその巨人は僅かではあるものの動きを見せている。

 とんでもない生命力だ。

 

 

「しかし……、なんでこんな好戦的な奴が蟻の化け物とやり合わなかったんだ?」

 

 

 この付近を散策してみた限り、死者どころかほとんどの異形が残っていなかった。

 それほどの支配力を持っていた筈の蟻が、こんな奴を放置しているとは考えず辛い。

 

 つまり、消去法で俺が駆除してからこの場所に来た異形と言うことが決まる訳だが、それも少し矛盾が生じるのだ。

 

 

「確か侵食し尽くした“主”でもない限り、異形が自分の住処を変えることはない筈じゃ……?」

 

 

 当然この程度の強さであの球根と同格などとは思えない。

 しばらく腕を組んで頭を悩ませたものの、解決の糸口すら掴めなかった俺は帰って知子ちゃんに相談することを決める。

 悲しい話だが、知識も頭の良さも、俺は彼女に勝てている気がしないのだ。

 

 

「まあ、確か知子ちゃんって良いところの家だもんね」

 

 

 彼女が小さい頃に話した内容を思い出しつつ、自分を納得させる。

 

 ようやく動かなくなった巨人を確認して腕組みを解いた俺は、妙な匂いに気が付いてそちらへ視線を向けた。

 重厚な獣臭と、なにより圧倒的な気配。

 思わず総毛立つような警告を俺の感覚が訴えてきた。

 以前の調査ではなんともなかった筈のこの場所で、不確定要素が続いていることに焦燥を抱きつつもじっと匂いのする邸宅を睨み付ける。

 生唾を飲み込み身構えていた俺であったが、巨人が佇んでいた場所の前にある邸宅、そこから出てきたの異形ではなく黒い毛皮のローブを身に纏った集団だった。

 

 身を隠す間もなく、直ぐにその集団も俺に気が付く。

 気が付くのが遅れたことを後悔しながらも、これからどうすれば彼らと良好に会話できるかと考えを巡らせ。

 向けられた視線に表情が強張った。

 

 いつも通りの迷彩服に銃器を携えた俺を見て、その集団は友好的でも恐れるような態度でも無く、ついこの前の彩乃と同じ、ドロドロとした憎悪を乗せた視線を向けてきたのだ。

 何の言葉も交わしてしていないのに一触即発の雰囲気がお互いの間に流れる。

 当然、思い当たる節は無い。

 寒くも無いのにこんな黒い毛皮のコートを着る集団に出会ったのは初めてなのだ。

 

 銃を握る手に力が籠もる。

 襲い掛かってくるのであれば応戦しなければならない。

 出来れば、生存者を手に掛ける事は避けたかった。

 

 

「ま、待て待て!! その人は、その姿はっ!?」

「……え?」

 

 

 その異様な集団の後ろから、一人の男性が慌てたように声を上げる。

 他の者達と同じように黒い毛皮のローブを着ているその男性が、仲間達を掻き分けてこちらに近付いてきた。

 

 

「……あっ!?」

 

 

 思い出す。

 見覚えのあるその男性。

 いつか探索していた建物の中で、百足のような醜悪な異形に追われていた男性が俺の前にひざまずいた。

 

 

「その背丈その格好!! 以前私を救って下さった方ですよね!?」

「あ、はは……。そんなこともありましたね」

 

 

 何となく見捨てられず追っていた異形を倒し、冷却スプレーを渡したあの男性がそこに居る。

 彼の後ろで隠すこと無く疑心を俺に向けていた集団が、男性の言葉を耳にして目を見開いた。

 ……どうやら予想外の部分から良好な会話の糸口が掴めたようである。

 

 

 

 

 

 

「なるほど。 いや、申し訳ありません勘違いをしていました。その服は落ちていたものを拾ったのですね? それどころか我々の同士を助けて頂いた方に疑心を向けるなど、本当に申し訳ない……」

「い、いや、そんな謝らないでいい。俺も思わず敵意を向けそうになったのだから変わらない。こんな現状で疑心暗鬼になるなと言う方が難しいだろうしな」

 

 

 先ほどとは打って変わり、ペコペコと頭を下げてくる黒ローブ集団の態度は誠実だ。

 

 あの時はバレずに男性を救出出来たと思っていたが、男性はどうやら走り去った背中に気が付いていたようでしっかりと俺のことを覚えていたらしい。

 あの後何事も無く拠点に戻り、コミュニティと合流することが出来たのだとか。

 そして、助けた俺のことをコミュニティ内で言い触らしていたらしい。

 ずっと何かお礼がしたいと言っていたとか。

 

 幸い彼らはどうも仲間思いであるようで、俺が以前男性を助けた者だと知ると態度を急変させ俺に礼を尽くしてくる。

 あの時は生存者と関わり合いになりたくないと思っていたため、適当に男性を助け出したのだが、それがこんなに感謝されるとは思っていなかった。

 むしろ感謝されすぎて気が引けてきた。

 

 

「すいません。この近辺で貴方達のコミュニティが活動しているとは知らずに探索していた。迷惑を掛けたくない。これからはあまり貴方達の活動範囲では探索しないようにするから、どの辺りまで活動されているか教えて貰っても良いか?」

「いえいえ、構いませんよ。こんな御時世でこそお互い助け合いです、我ら隣人を愛しましょう。それに貴方は見ず知らずの者では無く、同士を救った素晴らしいお方。好きなようにこの場を探索されてください」

 

 

 そんなつもりは一切無かったが、俺の下手に出た発言にその集団はとんでもないと言わんばかりに手を振った。

 

 予想外の好意的な回答に嬉しく思い、笑顔でお礼を言えば彼らも笑みを返してくれる。

 最初は不気味な集団だと思ったがこうやって接してみれば人の良い方達だ。

 俺の正体がバレない内は仲良くしていたいと思う程に。

 

 

 そうして話も纏まり、ぜひ自分達の拠点に招待すると言われるほど良好な関係を彼らと築くことが出来た。

 折角の誘いではあったが、待たせている人が居ると言ってやんわりと断れば残念そうにしながらも簡単に身を引いてくれる。

 

 また今度窺いますと言って、俺は踵を返しその場を去ろうとして――――

 

 

「……待ってください、これは?」

 

 

――――彼らの視線が頭の無くなった巨人に向けられた。

 

 別人のように冷たい声で発せられたその質問に、背筋に冷たいものが走った。

 何故だか嫌な予感がする。

 回答を間違えるべきでは無いと脳が警鐘を発する。

 

 でも、返答するべき言葉を選択するだけの時間はありはしなくて、結局口に出来たのは少しだけ嘘を混ぜた言葉だけだった。

 

 

「ああ、襲い掛かってきたから倒した。こんな死者は初めてで驚いたんだが……貴方達はこれが何かご存じか?」

「…………いいえ、知りませんが。最近似たような死者が出てきているようですよ。通常の死者に比べかなり強いのだとか。貴方もお気をつけて」

 

 

 少しだけ間があったものの、すぐににっこりと笑みを浮かべた彼らはそう言い切ってこちらを見送る態勢に入る。

 言外にそれ以上の質問を拒絶しているかのような彼らのその態度に、どうするべきか悩んでそのまま彼らに背を向けた。

 

 ねっとりと背中に巻き付いてくる視線に気が付きながらも、振り向かずに足を速めた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。