梅花、百鬼を魁る   作:色付きカルテ

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敬虔なる者達

 

 住宅街から少し離れた場所に、巨大な敷居面積を有した大聖堂があった。

 厚い壁やバリケードで囲われていないその建物は、普段であれば荘厳さを感じさせる神聖なものである。

 あるのはただ背の低い柵と、その全てに掛けられた黒い毛皮だ。

 当然そんな柵を乗り越えることなど、異形どころか生存者ですら容易いだろう。

 死者や異形が跋扈する今は時代に即しているとは到底言えず、まさかコミュニティが拠点にしているなど、事情が知らない者が聞けば正気を疑ってもおかしくは無い。

 

 だが、それはあくまで事情を知らぬ者が見た場合だ。

 訳を知っている、例えば東城であれば、一見何ら外敵から身を守る術を持たない建物の様に見えるそれを見て眉をしかめながらも、その場所はおいそれと異形に侵入されないと断言するだろう。

 そんな場所こそが、“泉北”コミュニティの拠点であった。

 

 その拠点の一角の礼拝堂に、一人の壮年の男性が居た。

 年齢にして六十代くらいだろうか、深いしわが刻み込まれたその顔は優しげで、祈りを捧げる姿は堂に入っており聖人を思わせる。

 信心深くじっと身動き一つしなかったその男性が長時間行っていた習慣をようやく終わらせて、酷く穏やかな表情で眠るような少女の像を見上げ拝礼した。

 

 

「泉北さん」

 

 

 深々と拝礼して礼拝堂に足を踏み入れた信徒の呼び掛けに、好々爺然とした壮年の男性が穏やかの表情のまま向き直る。

 

 

「お疲れ様です。礼拝堂でお声を掛け申し訳ありません、実は早急にお耳に挟みたいことが」

「おや、どうしましたか? そのような危急な要件の心当たりは少ないですが……まさかあれですか?」

「いえ、そちらは問題ありません、全くの順調ですが。あの、“破國(はこく)”が」

「……そう、ですか」

 

 

 先ほど祈りを捧げていた男性、泉北は訪れた者の報告を聞いて瞼を閉ざした。

 祈るような体勢に入った泉北を、報告に訪れた者は口を閉ざして見守る。

 

 

「我らをお救い下さいました我らが神よ。貴方のお導きを我らは示します。どうか僅かばかりのお力添えを……」

「……泉北さん、もう一つ」

 

 

 声を掛けられ、泉北は少しだけ驚いたように目を開いて信徒を見る。

 

 

「少し前にあった南からの“主”ですが、討伐された模様です。“東城”へ協力に行っていた“南部”の連中が大した消耗も無く拠点に戻るのを確認しました」

「なんと……所詮まがい物とは言え、一つの地域で“主”を誇ったものを倒すとは」

 

 

 心底忌々しいという表情をした信徒が吐き捨てた情報に、泉北も難しい表情を作った。

 考えるのは、忌々しくも生き残ったあの者どものことだ。

 

 目算ではそこそこ数を減らしてくれると思ったのだがなんて考えてから、泉北は思考を切り替える。

 

 

「彼らもまた、この地獄の様な生活を生き残ってきた生存者達と言ったところでしょう。ここは素直に賞賛しておきましょうか」

「所詮奴らは神の御心に背いた背信者どもですっ……!! あんな者どもがこの世に居るなど、おぞましいっ」

「……神は寛大です。背信行為をしたとは言え、我らの神は全てに責任を取らせようとするほどお怒りではありません。そんな些事よりも、我らはやるべき事があるでしょう?」

「おお、おおお! 仰る通りです!! 再臨をっ! 我らが神の再臨をっ!!!」

 

 

 煌々と輝く信徒の瞳を見て、泉北は満足げに頷いた。

 そうだ、我らがやるべきは種を存続させることでも、住みやすい環境作りでも、ましてや荒廃した世界を元に戻すことでも無い。

 時間もそう長くは無い。

 目的を達成しなければならない。

 

 泉北は深いしわが刻み込まれた顔を礼拝堂の外に向ける。

 開かれている扉の先に見えるのは老若男女、妊婦や幼子に至るまでが一言も口を開かずに粛々と拝礼する姿だ。

 整列する彼らの間を、ゆっくりとした足取りで歩いて行く。

 

 

「我らは弱い。力無く、誰の記憶に残ることも無くただ見捨てられる筈だった存在です。ですが、神は我らを生かした。我らに生きろと神は言ったのです」

 

「何の希望も与えぬ形の無い過去の神などとは違い、我らが神は救いの手を差し伸べた。それがどれだけ慈悲深いことか、実際に救われた貴方方はよく分かるでしょう」

 

「我らの希望、我らの光、我らの神の再臨は間もなくです。貴方方の努めに掛かっています、力を惜しみなく、智を惜しみなく振るいなさい。ですがその命を無碍にすることを神は許しません」

 

 

 瞼を閉ざしたまま涙を流す者達に、泉北は囁きかける。

 信徒達の拠り所はかの神。

 神が居ない今が、どれほど信徒達の精神を蝕んでいるか泉北はしっかりと理解している。

 

 

「――――果たしましょう、我らの義務を。大丈夫、我らには同士と神が付いています」

 

 

 

 

 

 

「それは間違いなく泉北(せんぼく)ですね。“泉北”コミュニティの構成員です」

 

 

 きっぱりと確信を持った口調で知子ちゃんはそう言い切った。

 小物の整理をしている彼女はその手を止める気配すら無い。

 質問した俺が言うのも何だが、話を聞いただけでそんな直ぐに言い切れるものなのだろうか?

 

 あの不気味な集団との接触から、流石に俺はまっすぐこの拠点に帰ることはしなかった。

 尾行などがあったら面倒だと思い、少しフラフラと動き回って住宅街の外にも行ったりしたが、どれだけ感覚を研ぎ澄ましても追ってきている様子は無かった。

 念には念を入れて、関係ない邸宅の中を数件探索し、この拠点に戻るときは裏口から音も無く。

 そこまでやってこうして帰ってきたのだが、彼らに感じた不思議な不安は拭えない。

 力で言えば恐らく俺が負けることは絶対に無い。

 それでも、あの不気味な集団が自分たちに影響を及ばさないとは、どうしても思えないのだ。

 

 

「申し訳ありませんが巨人については聞いたことも無いですね。泉北がそれについて関わりを持っているなんて今まで聞いたことがありませんし、あくまで頭がちょっとアレなだけで、不思議な力なんて無いはずですよ」

「そっか……。あの黒い毛皮のコートも変な感じがしたし、絶対悪い奴らだと思ったんだけどな」

「黒い毛皮のコートと言うのも聞いたことありませんね。ここ1年ほどは他のコミュニティとの関わりを断っていましたから、何かしら装備が整っているのかもしれませんが」

「心配しすぎたのかな……。まあ、少し神経質になりすぎてたのかもしれないな」

「……ですが、梅利さんがそこまで警戒するのであれば、注意して損は無いでしょう」

 

 

 知子ちゃんが眉間にしわを寄せた俺の顔を見て、彼女の中の警戒レベルを上げたのかそんなことを言う。

 

 

「“泉北”の基本的な構成としては、比較的若者が多いですね。コミュニティ内での交際を推奨していて、子供はコミュニティ全員で育てるような形を取っている、まあ皆で支え合いましょうと言うのを体現しているような所です」

「へえ、でも閉鎖的なコミュニティなんだよね?」

「そうですね。身内に甘く、他人に冷たい。完全な遮断状態とは行かなくとも、他に何かを提供することも支援を受けることも嫌がるような頭の固いコミュニティです。……まあ、ある条件さえクリアしてしまえば、そんなことは無いんですけど……」

「……? その例外って言うのは、どう言う?」

 

 

 困ったような顔で俺を見詰め返した知子ちゃんに、何か言いづらいことなのかと目を瞬かせる。

 

 

「ええとですね。その、簡単に言えば、“泉北”って言うのは宗教団体なんです」

「へ、へぇ……。俺はあまり詳しくないんだけど、その泉北って言うコミュニティは宗教を中心としたコミュニティなの?」

「ええと、ですね。それがはっきりと宗教組織とは言えなくて。信仰の対象が、その、少し変な方向に進んでしまった団体でして……」

「なんだか歯切れが悪いね? 俺そんなに宗教については詳しくないけど、ある程度メジャーどころは抑えてるよ? 神道と仏教の違いくらいは分かるよ?」

「そう言う宗教とはまた一線を画していまして。まあ、ともかく例外って言うのはその信者になることなんですけど、それは結構厳しい審査があるみたいなので取り敢えず置いておきますね。……それよりも、彼らが最初に梅利さんを見たとき悪感情を向けてきたというのは本当ですか?」

 

 

 微妙な反応を見せて口を濁す知子ちゃんを不思議に思いながらも、頷いて肯定する。

 

 始めに彼らと視線を交わした時のあの目を思い出す。

 言葉にされたわけでも行動に移されたわけでも無いが、彼らのあの目や纏った空気は、心底憎悪している相手にしか向けられない程に強烈であった。

 だからそれは俺の勘違いなどでは無く、俺の何かを見て憎悪するよう要素があったのだ。

 そしてその後直ぐに聞いてきた服装への質問からその要素は絞られる。

 

 俺の肯定を見て、そうですかと考え込んでしまった知子ちゃんに、思い当たったそれを告げる。

 

 

「多分……自衛隊の人達に悪感情を持っているんだと思う」

「――――なるほど、やっぱり。そういうことですか」

 

 

 納得の色を見せた知子ちゃんが、理解したはずなのに渋面を作ってこちらを見てくる。

 複雑な想いを巡らせていた彼女を特に急かすこともせず待っていれば、しばらくして諦めたように頭を振った。

 

 

「彼らが自衛隊へ悪感情を向ける理由は思い当たります。別に“泉北”が元々自衛隊を嫌っていたのでは無く、自衛隊が彼らにとって到底許せないことをしたんです」

「えっと、でも自衛隊って今はもう組織として残ってないんだよね? ちょっと前にこの地域に残っていた人達も壊滅したって」

「ええそうです。ですから、壊滅した原因と彼らが許せない事は同一。微妙なバランスの上で保たれていた均衡が、その一件で崩れ去ってしまったんです」

 

 

 遠回しに遠回しに、知子ちゃんは何かを恐れるように言葉を紡いでいる。

 

 自衛隊が関わってくる話と言う事は、もしかして彩乃が関係しているのだろうか?

 確かアイツのお父さんは自衛隊に所属していた筈だったと思うが……。

 

 

「……自衛隊が行ったのはこの地域の開放。とある異形に支配されたこの地域を開放するため、外から侵攻してきた“主”と戦いで疲弊していた、ある異形の討伐を行ったんです」

「……え、待ってそれって」

 

 

 嫌な予感がする。

 その、自衛隊が最後に行った行動が壊滅に繋がったのであれば、それは一年前の事となる。

 説明する知子ちゃんから目を逸らせない。言いにくそうに、それでも説明を続けてくれる彼女はゆっくりと俺の目の前に立って手を握ってきた。

 

 

「“泉北”は新興宗教です。荒廃した世となり死が蔓延する世界の中で必死に救いを求めた弱い者達です。救われぬ者に救いの手と、そう願い続け、そして……彼らが最後に見た神は絶対的な力を持ったある異形でした」

「――――」

 

 

 かつてこの地を支配した異形が居た。

 かの者は絶対的な力を振るい、逆らう者は殺し尽くした。

 酷く傲慢で、何よりも尊大で、そして誰よりも残酷を愛していたその異形は――――時に神と呼ばれた。

 

 

「自衛隊の方々が強行した作戦の討伐対象は、彼らが神と崇めた異形。この地域をその絶対的な力で支配し続けた異形の討伐を自衛隊は行ってしまったんです」

 

 

 その異形の討伐が原因で残っていたこの地域の自衛隊が壊滅したと言う事は、その異形が彼らを殺し尽くしたからなのだろう。

 つまり、その異形は“泉北”に神と敬われて、自衛隊に討伐すべき敵と見られていた。

 

 真っ白になった頭で、目の前に立つ知子ちゃんを見上げる。

 揺れる瞳が俺を見下ろす。

 その瞳に映った俺の顔は、いつも見ているあの不気味なほどに整った異形の少女だ。

 

 

「“死鬼”の討伐。それは“泉北”にとっては到底許すことの出来ない、最悪の作戦でした」

 

 

 彼女の瞳に映った異形が、こちらを見て微笑んだ気がした。

 

 

 

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