少女は困惑の顔を浮かべていた。
彼はあまりにも危機的状況に笑みが浮かんでいた。
遠くには銃撃音や爆発音が絶えず続き、未だ収まる気配を見せない。此処が戦場である事実は依然として揺るがず、故に時の止まったような二人の空間は異質そのものだ。
時間にして数秒。両者が感じた時間は更に多かったかもしれないが、再起動を果たしたのは少女の方だった。
掴んでいたパイプを彼の手から強引に奪い、そのまま適当な場所に放り捨てる。
左手に掴んだままの銃器はそのまま向けず、彼女は一度咳払いをして場の正常化を行った。
この場合の正常化は戦場としてという意味合いであるが、さりとて少女の行動が彼の意識をはっきりさせたのは間違いない。
急速に取り戻した意識に笑みは引き、まともな思考が戻ってくる。
同時、先程の事実の所為で彼は目の前の少女から距離を取った。
目前の少女は確定としてまともではない。戦場に若過ぎる少女が居る事実もそうだが、何よりも警戒すべきは彼の攻撃を何の苦も無く防いだこと。
そして当たり前の如く彼女は彼の無意識に強く掴んでいた鉄パイプを引き抜いてみせた。
その時点で腕力も彼以上に高い。見た目からは想像出来ない力は、まるで人間ではないように彼は感じた。
「君は……?」
「グリフィン所属、ネゲヴです。
はっきりとそう告げる彼女の表情は再度微笑に変わっている。
その顔は非常に愛らしく、年相応そのもの。その部分だけであれば何ら不思議なものでもなく、彼も安心して信じていただろう。
だが、それ以外の全てが強烈な違和感を抱かせた。
ハイライトの無い瞳には感情らしい感情が乗っているようには見えず、身に覚えの無い組織名も不信感を増長させる。持っている武器も非常に巨大だ。
彼のよく知るハンドガンではまるで足りない大きさ。それこそ長さだけであればライフルを想像する程だ。
戦場で戦う以上、それは間違いなく本物だろう。重量だけで如何程になるのか。
先ず彼では持てまい。それを容易く持てる彼女は、果たして何者なのか。
創作の世界であれば彼女のような存在はごまんと居る。であれば、此処はそんな創作の世界の一つなのかもしれない。
「救助……?というか此処は何処なんだ?」
「第〇〇地区です。それよりも、何故貴方のような民間人が此処に居るのか説明していただきましょうか」
微笑みの中にある鋭利な瞳。ハイライトが無くとも、いやハイライトが無いからこそその瞳は一種狂気的だ。
彼女が放った地名はまるで解るものではなかった。都市の名前ではなく番号と地区で言っていた。
確定だろう。彼女の存在も含め、やはり此処は別世界である。
銃器が存在する時点で多少なりとて彼の知る法則は残ったままであろうが、しかして他は保証されていない。
彼自体も説明のしようがないのだ。であればこそ、今は嘘八百であろうとも言葉を紡ぐしかない。
「俺も解らない……。気絶させられて、気が付いたら此処の近くの廃屋に居た」
「解らない?何か判明に繋がる物は持っていませんか?」
「何も。綺麗さっぱり、何も無い」
多少口を悪くして、そして背後を常に気にする。
依然として他の足音は聞こえてこない。相手はひたすらに狙撃に集中しているのか、それとも彼女の仲間が撃破しているのか。流石にこのネゲヴと名乗った少女だけであるとは信じられない。
一先ずは安全を確保するのが最優先だ。その後にこの何処とも知れぬ場所で一先ずの生活基盤を作り上げる他にない。
戸籍があったら流石に厳しいだろう。最悪は、覚悟を決めねばなるまい。
何もかも解らないからこそ、今の彼に失うものは何も無かった。焦燥感を胸に抱きつつ、その表情を決して隠すことなくそのまま嘘を吐いた。
それが通じたかどうかは解らない。一瞬の間が空き、彼女は手元の武器を両手に抱えた。
「そう……取り敢えず、今は後回しにします。現在鉄血がグリフィンに攻撃を仕掛けている真っ最中ですので、貴方の身元は私が守りましょう。私自身が達成すべき任務は既に終了させておりますが、グリフィンは今の所押されている状態です。なので貴方には暫くの間一緒に走っていただきます」
簡単に説明をする彼女に、彼は悪寒を覚えた。
淡々と、覇気も無く。さながら機械が如くに告げ、ネゲヴは背を向けた。背後の彼は戦力にはならない。同時に、彼はネゲヴを害すことは出来ない。
それが容易に感じ取れる背中に、しかして彼は笑みを浮かべた。
取り敢えずはこれで良し。彼女が守っている人類が果たして本当に同類であるのかは不明なままであるが、今は同類であると願って動くとしよう。
さしあたって、先ずは周辺の敵だ。
「ちなみになんだが、さっき俺は此処の外で狙撃された」
「それはそうでしょう。此処はそもそも鉄血領内。敵が居ても不思議ではありません」
「……じゃあずっと向こうで撃ち合っている方が?」
「我等グリフィンの領土です。つまり貴方は反対方向に居た訳ですね」
周辺を警戒しつつ歩く彼女の言葉に、彼の肩は落ちる。
前線間近から離れられた事自体は良かったが、それで最も殺される可能性がある敵の領土に入ってしまったのだ。
彼女達にとっての敵ーー鉄血。その言葉の正確な意味は彼には不明であるも、殺しに来る時点でまともな相手ではあるまい。
壁に身体を傾かせて、角から少しだけ顔を出す。
敵の足音が無かったとはいえ、此処は相手の陣地。相手が目を光らせている事も十分あり得る。
耳を澄ませて相手の居場所を彼も探そうとして、その前に彼女の方が確認を終えたのか角を曲がる。
彼女の視線は常に敵が待ち伏せしているであろう方向に動き続けていた。
一瞬の油断が致命的とばかりに、ネゲヴは警戒を緩めない。その若過ぎる見た目に似合わない顔に、思わず彼は彼女の人生を考えてしまう。
きっと過酷で、彼のように当たり前の生活すら送れなかったのではないか。
生きる為に軍に所属し、地獄の中を走っているのではないか。
所詮夢想の話である。それよりも彼は自分を優先すべきだ。しかし、彼の感性は如何な場所でも普通であるのだった。
「止まって。反応有り……五体か」
突如動きの止まった彼女に、彼も若干慌てるように止まる。
彼女の視界の範囲にはそれらしい影は見えない。同時に彼も見えている筈も無く、であれば彼女自身が保有する機器で敵の場所を索敵していたのだろう。
彼女は冷静に、慎重に歩を進める。その先に居るのが敵であるのは間違いなく、初めて見るであろう彼は喉を枯らしながら追従していく。
銃を使う敵となると考えられるのは、第一に人型だ。次に無人機を想像するも、実際に反応のあった場所に居た存在は予想外の塊だった。
人かそうでないかでいえば人だ。武装はアニメに出てくるような独特な形状であり、一目見ただけでもゲームをするような人間であればある程度どのような構造をしているのかは想像出来るだろう。
では何が予想外かで言えば、歩いている兵士達が全て女性であることだ。
これもまたゲームをする者であれば違和感は無いかもしれないが、そもそも戦場に一人も男性を見かけないというのは有り得ない。
肉体性能で言えば、男性の方が遥かに戦場に適応出来る。
精神の強さも女性の方が弱い傾向にあり、つまり多く動員されるというのは余程の理由がなければならない。
この世界の男性は殆ど死滅してしまったのだろうか。
思わず彼は考え、その間にネゲブは行動を開始した。
彼女の銃種はマシンガン。狙う事は出来ずとも、広範囲に弾幕を形成し制圧を可能とする。一度打ち切ってしまうとリロードに時間が掛かり、故に彼女だけで戦闘を行うのは非常に難しい。
彼女は一度も誰も呼ばなかった。その意味を彼は想像出来なかったし、彼女も彼女で
悦の相貌を浮かべる彼女は、戦場というものに悪感情は無かった。
怯えも恐れもせずに敵の背後を狙い、暴虐者が如くに無数の弾を吐き出していった。
彼女はたった一人だ。だがその彼女は、一人でありながらも絶対勝利を予感させるものを持っている。
故に雑魚は勝てぬ。彼女に勝つには相応の者が必要だ。――――化け物は化け物である限り、人間は彼女には勝てない。
拙者、ネゲブ信者故に多少の贔屓をお許しくだされ。