制圧。蹂躙。虐殺。
絶対王者の侵攻は誰にも止められない。強烈な圧は彼が以前の場所で一度も浴びた事が無いモノであり、であるからこそ戦闘中の彼女には迂闊に声を掛けられない。
声をかければ殺されるのではないか。そんな畏れが彼を襲い、戦闘終了後は彼女から声をかけない限り何も発言しなかった。
軍属の者は皆このように恐ろしいものなのだろうか。それとも彼女だけが、戦場を喜びながら闊歩するのか。
戦々恐々の度合いを上げた彼に彼女は特に意識を向けることはない。彼女にとってすれば、今回行っているのはただの民間人救助だ。
民間人の生存を第一とし、無駄な弾薬消費を抑える。
周囲には依然として多数の鉄血の反応が存在するも、彼が居る為に襲撃をかけにはいけない。マシンガンの使用時間も普段の三割程度であり、彼女なりに彼に配慮しているのだ。
この違いはやはり戦場に身を置く者とそうでない者だからだろう。
片方はあらゆる事が未知だ。未知故に恐れ、それを知っている者の動きに対応出来ない。
戦場の中ではいくらでも常識が否定される。その結果として強者の振舞いが普段のモノになれば、通常の者は萎縮するのを避けられない。
彼女の場合は別の原因があるものの、それでも現状はそういう形が出来てしまっていた。
本当に彼女は無事に安全圏に送ってくれるのか。そもそも彼にとっての安全圏と呼べるものがそこにはあるのか。
最初の時点より抱いていた疑問。それが彼女の存在によって膨らみ、簡単には目を逸らせなくなっていく。
銃声が鳴り響く時点でそこには敵と味方が居る。彼女のような存在が他に居るとなれば、恐らくは地獄絵図が広がっていると想像出来るだろう。
逃げなければならない。彼女の言葉とて、信用に足る材料は何も無いのだから。
「少し待っていてください」
狭い道を進んでいる最中、彼女は静止の言葉を告げた。
周囲には瓦礫が多く見え、倒壊した建物も存在している。建物から察するに、前の世界の頃より建築技術が遥かに進んでいるという訳ではない。
一瞬だけ彼は彼女の持つ銃を見る。その銃もまた、決して摩訶不思議な構造をしている物でもない。
銃というものにどれだけの細かいジャンル別けがされているかは彼には解らないものの、間違いなく彼女が持っている銃は機銃に分類される。
機銃を細い腕で持てる女性など居ないのだ。そして、今この瞬間機銃を軽々と持ちながら人間よりも速く動ける彼女は、更に女性らしさを失わさせる。
まるでロボット。それかアンドロイド。
脳裏を過る彼の予測がもしも正しければ、彼女の安全圏とは即ち人の形をした何かが闊歩する場所だ。
そこに人の居場所は果たしてあるのだろうか。――彼には、無いのではないかと思ってしまった。そう考えてしまったのだ。
「――逃げよう」
臆病者は生き残り易いと言われている。
今この瞬間はネゲヴによって助けられているものの、しかして彼女の普段生活する場所が決して人間にとって生活し易いとは限らない。人間かそうでないかという壁は、綺麗事で定義出来る程決して低くはない。
まして彼は現在疑心暗鬼に陥りかけている。誰にも頼れず話せないという状況は、それだけ通常の人間の精神を蝕み続けていた。
彼女が見えなくなった段階で、彼の足は無意識に別の道に向いている。
その道には敵と思われる気配は無い。そもそも彼は彼女の破壊した敵の姿で、相手が人間ではないことを理解させられていた。
手足が千切れたというのに、そこに白い骨は無い。剥き出しの外骨格は鈍色を発し、半分程欠けた頭部には彼にはまるで理解出来ない電子回路が埋め込まれていた。
生体部品を使用した軍事兵器。敵がそうであるならば、同様に女性の姿をしたネゲヴもまた人形ではないかと想像するのは当然だ。
故に恐ろしい。プログラム一つで彼女達は思考すら変えられる。
それに対抗するプログラムはあろうとも、それでも想定外は常に起きるだろう。
彼女の元には居られない。居られないからこそ、彼は悪いと思いながらもネゲヴが戻ってくる前に移動を開始した。
彼女は最初に会った時点で人間の反応を感知したと言っている。であれば、範囲外までに急いで動かなければならない。
その上で敵の領土外にも行かねば安全はやってはこないのだ。これはこの世界を知らない者からすれば無謀極まる。例え不安があってもネゲヴが戻ってくるのを待つべきだろう。
それでも、彼は動いた。未知への恐怖に抗う為に、彼は無謀にもその道を歩き出してしまったのだ。
ネゲヴが戻ったのはそれから十分後。
戦闘行為を繰り広げる他の人形や鉄血の部隊を見つめ、移動可能な道を搭載されている機能をフルに活用して見定めてからの帰還となった。
他に人形が居るのであればその者達と協力するべきだが、どうしてかネゲヴはそれをしない。
ハイライトの無い瞳はグリフィンも鉄血も信用しないが如く、ただただ単独の行動を重視していた。
そうであるからこそ、彼女は戻った際に彼が居なかった事実に目を見開く。最初の段階で周辺に鉄血が居ないのを確認した上で移動したというのに、戻った時には何処にも姿が見当たらない。
索敵を開始するも、マシンガンである彼女に高度な索敵能力は無い。必然的に索敵範囲も強度も低く、そして範囲内には反応が無かった。
「こんな場所で消失……。鉄血が殺したとは考え難いし、グリフィンの人形が保護した?」
虚空を見つめて呟く言葉には、グリフィン所属だと思われる言葉にしては違和感があった。
鉄血は民間人程度簡単に殺す。余程の理由が無ければ攫うなど考え難く、されどグリフィンの人形達の戦場は先程ネゲヴが確認した場所だ。
つまりこの地帯はほぼ完全な無人状態である。罠らしい罠も彼女が反応出来る限りは全て解除した。
ネゲヴ自体に何か細工をされていては話は別であるが、それは絶対に無いと彼女は確信している。
「――折角話の切っ掛けになりそうな材料を手にしたと考えたんだけど、失敗したなぁ」
彼女は、とある要因により感情の殆どを理解出来ない人形である。
周囲の人形や過去に対峙した鉄血の指揮官達の様子を観察し、感情を模倣しているだけに過ぎない。
そして一人であるのも、彼女は半ば偶然そうなった結果だ。
鉄血指揮官との戦闘によって一部機体とプログラムを損傷し、破損した機体を修復した頃にはグリフィンへ戻る事を思考しなくなっていたのである。
元より感情システムが壊れている彼女だ。そこに戻らない事に対する罪悪感のような感情はまるで無く、彼女は単純に活動する為に機能を停止した鉄血やIOP人形のパーツを集めていた。
彼を保護したのは、もう弾薬が尽きかけていたからだ。
これを手土産とし、グリフィンの適当な指揮官に弾薬をもらう話をしようと思考していた。
良い事をすれば必ず報われる訳ではないが、何だかんだとグリフィン&クルーガー社の指揮官には人形に対して優しい者が多い。
弾薬の融通に関して多少なりとて条件は付随するだろうが、簡単に入手出来るだろう。
その手土産が無くなったのだ。これでは唐突に出現して不審者扱いされるだけであり、此方の話を聞かない可能性は多分にある。
面倒な事になったものだと、伽藍堂の心中はまったくそう思わずに溜息を零した。
一先ず、このままではグリフィン側には行き難い。何かしらの餌は必要だと、彼女は彼の捜索を開始した。
戦場では両者共に損傷を負い続けている。彼女が味方をすれば多少なりとて戦力のある者を助けられたかもしれないのに、そんな事などどうでもいい無表情で走り出した。
巡る思考の中にあるのは冷たき予測の数々。彼が何処をどう行ったかだけであり、人間である事を考慮しての追跡は人形を追うよりも楽だろう。
「申し訳ないけど、さっさと捕まってもらわないとね」
一片の感情の無い言葉は、冷めた銃そのものだ。
ネゲヴ殿の教育係になれば依存されるとは誠で御座いますか!?