夏休みが終わり、九月一日。
二学期初日の一年一組は座学のみ。実習は三日だったか。確か二組と合同授業だったはずだ。そういえば、クラスのみんなと一緒の授業でエックス動かすのはその日が初になるんじゃないか? というかクラスのみんなと実習自体が初な気がする。
それはさておき、授業が終わり、放課後の自主訓練を行い、夕食も食い終わって現在寮の廊下を歩いている途中。ちなみに今日は楯無さんは忙しいらしく訓練はシエルさんにコーチをお願いした。
部屋の前に到着し、鍵を開ける。
「どーんっ!!」
「へぶっ!!」
横から誰かに突き倒された。
予想だにしなかった強襲を受けて何もできずに倒れる。ええい、誰だ!?
「よっ」
「……誰?」
知らん人がいた。
襟のリボンが赤いことから三年生のようだが、わかることはそれだけだった。特徴を説明していくなら、まず彼女の服装。女子としては珍しくズボンを履いているのが目に入った。ズボンも上着もぴっちりとしているのは動きやすさ重視なのかそういう服が好みなのかは定かではないが、それのおかげでスラリとした身体のラインがはっきりわかる。胸元も例外ではなく、楯無さんにも劣らないたわわな胸は、紳士にとっちゃあ目に毒だ。決して眼福とか言っちゃいけない。そんな彼女の顔は、男勝りで喧嘩っ早そうな女子を絵に描いたようなもので、ツンツンしていて赤い髪がなおさらその印象を植え付ける。
「ここ、楯無が今住んでる部屋で間違いねーよな?」
「あ、はい。そうですけど」
質問されたので頷く。こちらの質問はスルーされてるが、わざわざ口に出すほど肝は座ってない。
しかしこの人、楯無さんとは知り合いなのだろうか。客が来るならそう言って欲しかったのだが。
「入っていいか? てか邪魔するぜー」
「え、あ、ちょっ」
特に隠す程のものはないが、スタスタと勝手に部屋に入っていくその人に、俺は少し慌てながらも続いていった。
……本当に、誰なのこの人?
◇
「へぇ、ここがお前と楯無の愛の巣か」
「違います。ただ相部屋なだけです。あと勉強教えてもらってるだけで」
「ちぇー。なんだよつまんねーなー」
いきなり何を言い出してんだこの人。
椅子に腰掛け、胡座をかきはじめている赤髪の三年生(仮)に対してそんなことを思いつつ、適当に茶菓子の用意をする。一応客人なのでもてなさねば。
「何か飲みますか? 備え付けか冷蔵庫に入っているもので良ければ」
「んー。炭酸飲料ってなんかあるか?」
「えっと、はいあります。コーラだけですが」
「じゃあそれくれ。ペットボトルなら一本そのまま」
「デカいペットボトルなんですけど」
「構わねーよ」
「はぁ、わかりました」
オーダーを受け、言われた通りにコーラをペットボトル一本、それから茶菓子を持っていく。
テーブルに置くと、赤髪の三年生はボトルの蓋を開け、直接飲み始めた。ご、豪快だな……。
「ぷはっ。そういや自己紹介やってねえな」
「あ、はい。傘霧颯斗といいます」
「知ってる。俺の名前はアトラス・テイタン。アトラスってのは祖国ギリシャの神話じゃあ怪力持ちの神様なんだぜ」
へぇ、ギリシャ神話の神様かー。
「へぇー……………ん、ギリシャ?」
「おう。今のお前と同じ、ギリシャの代表候補生だよ。第二世代の専用機も持ってる」
ニカッといい笑顔を見せる赤髪の三年生もとい、アトラス・テイタン先輩。
ギリシャ代表候補ということは、俺にとっては学年のみならず、国家上の先輩にもあたる訳でだ。
ガタタッ、と椅子の上で後ずさる。
「お、おおおぉ、し、失礼しました。テイタン先輩!」
「気にするこたぁねえよ。あと名前呼びの方が楽だし、先輩呼ばわりしなくても構わねえぜ」
ケラケラ笑うアトラスさんはいたずらに成功した子供のようだった。
「しかしあれだな。お前さんはエックスとの訓練で忙しいとは言え、シエルさんは何も話してなかったんだな」
「シエルさんとは知り合い――ですよね。ギリシャの代表候補でしかも専用機持ちなら」
「まあな」
言ってアトラスさんは茶菓子の饅頭を口に放り込んだ。そしてコーラをラッパ飲み。今更だが楯無さんがこのコーラを買ったのはこうしてアトラスさんが飲むためだったのだろうか。
「ところで」
「はい?」
「シエルさん、お前の専用機のオメガはいつぐらいに完成するっつってた?」
「キャノンボール・ファストの後ぐらいになるかもって言ってましたけど……あの」
「ん?」
「ひょっとして……オメガは元々あなたのだったり、オメガの開発が優先されて別のIS開発が延期されてたりって……してます?」
恐る恐る訊いてみる。早い話が更識簪みたいなことになっているという心配だ。すっかり忘れていたが、その可能性は大いにある。
しかしそれは杞憂に終わった。
「いんや? オメガが他の誰かのもんだったって話は聞いてねーし、俺も今の第二世代新型で十分やれてるぜ。あ、新型・旧型の呼称については知ってるか?」
「え? はい。同一世代の中で前期開発型を旧型、後期開発型を新型っていうことがあるんですよね?」
「わかってんじゃねえか。俺の専用機は新型だからな。今の第三世代と互角にやれるのに、わざわざ乗り換える理由なんざねーんだよ」
お前とは違ってな、とアトラスさんは付け足した。
現在、第二世代新型ISと第三世代ISは互角とされている。理由は、技術の洗練度の違いだ。
第二世代ISは『後付武装による多様化』を目標にした機体である。『後付武装による能力強化』という意味でもあり、エックスのように『単純な高性能装備の開発』も第二世代で行われてきたことだそうだ。第二世代の旧型には打鉄やパンテオンが当てはまり、エックスやラファールなどが新型に当てはまる。そんな第二世代ISの洗練度は、ラファールのように多様化できる機体が開発され、武装も今では目的に合わせて種類が多岐にわたり、目標である多様化は達成されている。
第三世代ISの場合は、一部端折るが『特殊兵装の実装』である。第二世代より強力なものが開発されているのは当然だが、第三世代は開発が始まったばかり。人を選ぶ、安定しないなどの問題を抱えており、まだ洗練度は低いと言える。だから第二世代新型と第三世代にはまだ決定的な戦力差がないのである。もし開発が進み、第三世代新型と呼ばれるようなISが出てきたとしたら、第二世代ISの立場も危うくなるだろう。
とりあえず、俺の心配は無用だったため、そこは安心した。
「よかった。誰かの迷惑になってたんじゃないかと冷や冷やしました」
「ま、俺が聞いた範囲でしかねーから、後でシエルさんにでも訊くんだな。……しかし楯無はまだ来ねえのか?」
「生徒会で忙しいのではないでしょうか」
「あいつ、相変わらず仕事溜めがちなのか? ったく、人呼ぶんだったらその前の日にでも仕事片付けやがれってんだ……」
「生徒会役員だったんですか」
「まあ、役員っていうかな……」
アトラスさんが言いかけたところで、バターン! と勢いよく扉が開けられる音がした。
「ただいま颯斗くん! お客さん来てるっ!?」
らしくもない慌てた形相で入ってきた楯無さん。俺が答えるまでもなく、答えを目の当たりにした楯無さんはまたらしくもなく顔を青くした。
理由は……わからんでもない。先輩を待たせたというものもあるだろうが、何よりアトラスさんが怖い。笑顔のはずだが、怒りマークが見えるし、目が笑ってない。
「よう。邪魔してるぜ楯無……」
「あ、あはは……こ、こんにちはアトラスさん……」
「テメエの目は節穴か? 今何時だと思ってやがる……」
ゆっくりと立ち上がり、ゆらりと楯無さんに近寄るアトラスさん。もう一度言う。アトラスさんが怖い。
ちなみに今何時かって? そりゃあ冒頭で説明した通り俺は夕食を取った後だから――、
「……えっと、七時半?」
時計を確認して、ドッと汗を浮かべながら楯無さんが答える。しかしなぜ疑問系だ。
サッと、アトラスさんは右手を出した。
「で、昨日時間も指定せず、ただお前に来いと言われた俺はどのくらい待ったと思う?」
常識的に考えて、ただ来いと言われたのであれば放課後になってすぐ行くはずだ。
そう考えると、遅く見積もっても四時前からアトラスさんは部屋の前もしくは近くで待っていたということで……。
「さ……三時間半?」
「正解だ」
ガシッ。
「どこほっつき歩いてやがった?」
アトラスさんの右手が楯無さんの顔面を捕らえた。……アイアンクローである。
「ま、待って! 今日締め切りの仕事だけ終わらせて帰るつもりだったんです! なのに虚ちゃんが他の仕事の山も持ってきて終わるまで帰さないって……あ、ちょっ、待っ……颯斗くん、助けて!!」
アイアンクローの威力が次第に強くなってるのか、いつもの余裕を失った楯無さんは俺に助けを求めてきた。
が、今回は楯無さんが悪い。
「俺状況知らないんで」
「まさかの見殺しっ!? 颯斗くん酷いよいつも一緒のおねーさんを見捨て――イタタタタタタッ!!?」
「言い訳は以上か? 以上だな? というか面倒だから打ち切るぞ」
「弁明すらできないの!?」
そして、死刑宣告が言い渡される。
「――人呼んでんならその前日にでも仕事片付けやがれこの馬鹿会長があああああああっ!!!」
次の瞬間には、最強の断末魔が轟いた。
◇
「申し訳ありませんでしたっ!」
「ったく……」
アイアンクローから解放されて、正座の姿勢から額を床につけて謝罪する楯無さんに、アトラスさんは仕方無さそうにコーラを飲んだ。彼女の飲み方や食い方が豪快なのは、何時間も待たされて食事にもいけなかったからというのもあるのだろうか。
なお、楯無さんの正座から頭を床につけるという謝罪方法は、つまるところ土下座なのだが微妙に違う。というのも、腕が後ろで縛られているからだ。アイアンクローの刑に楯無さんが抵抗したので、アトラスさんが縛ったのである。片手で。どうやって片手でやったとかは俺には見えなかった。
「状況的に楯無さんは本気で抵抗できない立場だったとは言え、楯無さんが封殺されるとは……」
「まあ俺、元生徒会長だし」
「ええっ!?」
まさかのカミングアウトである。
「マジですか!?」
「ああ、マジ。身体能力は楯無より上だぞ。まあIS戦で負けて、会長の称号と権限渡すことになったんだけど」
身体能力は上って……楯無さんは暗部家系の現当主だぞ。それを上回るってどんな化け物だよ。
「……お前、今失礼なこと考えたろ」
「そんなことはありません」
「ほう?」
「すみませんでした」
土下座をする人が二人になった。
テレパシー能力まであるのかよ。俺もアイアンクローを受けるのは嫌だ。
二人の土下座を見て、アトラスさんは深いため息をついてから楯無さんに本題を振った。
「……はぁ。それで楯無、俺を呼び出した理由はなんだ? もしこんなコントやるためだとか言ったら……殴るぞ? グーで」
「お話させていただきます!」
楯無さんの反応がめっちゃ早い。焦ったり青ざめたりと今までに見たことのない楯無さんのオンパレードだ。
「実は、アトラスさんに一つお願いがありまして」
「あ? 願い? なんだそりゃ。何を頼みたいんだ?」
「織斑一夏の、コーチをしていただきたいんですよ」
(は!?)
え、何、コーチ? 一夏の? アトラスさんが? 楯無さんがじゃなくて? いや、楯無さんは俺のコーチで忙しいのかもしれないけども!
「……なんで俺にそれ頼むんだ? お前なら二人いっぺんにコーチやることぐらいできるだろ。ISだって俺より強いし」
「機体の相性で取った勝ちですから、実際にどうかはわかりませんよ。それに――」
……? それに、なんだ? 何も聞こえないぞ。
顔を上げて二人を見るが、なんか二人の間で意志疎通は成立してるっぽいのはわかった。
一体どうやって――あ、
俺には何も聞こえない時間が少し続いて、ようやく聞こえてきたのはまずアトラスさんのため息だった。
「……はぁー。わかったわかった。じゃあこっちでなんとかしてやるよ」
「ありがとうございます♪」
どうやらアトラスさんが承諾する形で交渉は成立したらしい。つまりアトラスさんが一夏のコーチになるようだ。
「どうやって誘うかはこっちで考える。一夏についての情報があるならくれるか」
「ええ、もちろん。なのでこの拘束を――」
「解かねーよ。口頭で言え」
「あ、はい……」
……普通にアトラスさんの方が強くねーか?
楯無さんの言った場所にあるメモリーカードをアトラスさんは見つけ出し、メモリーカードは彼女の懐に仕舞われる。こうして個人情報が流出するんだな。学習した。
「これで話は以上か? だったら帰るぞ」
「あ、ちょっ、せめてこの拘束を解いて――」
「じゃあな、颯斗。機会があったらまたな」
「あ、はい」
「ちょっとおおおおおっ!?」
アトラスさんはさっさと出て行ってしまった。楯無さんの話を聞かなかったのは多分わざとだろう。
「うぅ……颯斗くん、これ解いて〜」
「ん? アトラスさんの書き置き。……『今回のことを楯無に反省させるために、明日の朝まで拘束は解くな』……だそうです」
「何……だと……」
誰かの霊圧でも消えたか?
聞くと、楯無さんも夕食を取れてなかったらしいが……うん、自業自得だな!
……そういえば、アトラスって言えばロックマンZXAにその名前のキャラがいたが、そのキャラやライブメタルの元を辿ると、もうアトラスさんの専用機がわかる気がする。というか、ISの元ネタは絶対アイツで間違いないと思う。
アトラスさん登場。彼女のISはもう予想が付きますよね?
颯斗の世話に忙しい楯無さんに変わって一夏のコーチをすることになったアトラスさん。言い直すと、一夏に旗を立ててもらうそうです。
これ書いた後で思うのもあれだけど、アトラスさんの就任期間ってどうだったんだろ?(オイ