アトラスさんによる一夏の特訓の日々が始まった。
特訓の時間は俺と同じく早朝。特訓には箒達いつもの五人も交えている。アトラスさんは五人からも意見を聞いているそうだ。
他にもアトラスさんが一夏の部屋に住み込んだりアトラスさんによって一夏が波乱万丈な生活に巻き込まれる訳なのだが、そこはどうでもいいとする。アトラスさんに振り回されて大変だと一夏が助けを求めてきたことがあったが、俺はその倍以上は楯無さんに振り回されていると言ってバッサリ斬った。
で、現在。俺は生徒会室へと向かっていた。
今まで名前だけの登録で何もしてこなかったが、さすがに学校行事の場合は仕事をしなければならないと思い、こうしてまずは生徒会室に顔を出そうと思っていた。
扉を開け、中へと入る。
「失礼します」
「あ〜、かっきーだ〜」
「あら、傘霧くん? どうしましたか?」
生徒会室にいたのは布仏姉妹の二人だけ。楯無さんはいないようだった。
「俺も一応生徒会なので。何か手伝えることはありますか?」
「そうですか、助かります。それなら、これらの書類のデータをパソコンに入力してくれますか?」
「了解です」
やり方を教えてもらって、虚さんと共に書類を片付けていく。
のほほんさん(なんだかんだでこの呼び方になった)は、虚さん曰わく「何かをやろうとすると仕事が増える」らしいので何もしないでいる。いいのか生徒会書記。
ミスがないように注意しながら作業を進めていき、書類があらかた片付いて空が夕焼けに染まり始めた頃に楯無さんが生徒会室にやってきた。
「ただいまー」
「あ、楯無さん。お帰りなさい」
「あら、颯斗くん? 生徒会の仕事手伝ってくれてたんだ」
「ええ。まあ作業効率的に……ないよりはマシ、程度のものですかね」
作業結果を見ると、虚さんと俺の実力の差がはっきりと出ていた。
「こういうのは、日々の積み重ねがあって効率良くなるものです。傘霧くんもそのうちこれくらいできるようになりますよ」
虚さんのその言葉はフォローだろうか。経験談ではありそうだが。
「颯斗くん」
「はい? ……てか、近いです」
いつの間にか楯無さんが目の前にいた。
「ずっと座りっぱなしで慣れない事務仕事やってたでしょ。体凝ってない?」
「そうでしょうか? よくわかりません。……それがどうかしましたか?」
「軽い運動がてらに、私と校内パトロールに行ってみない?」
説明を聞くと、校内パトロールとは学園内に不審物がないか、非常時における器具に問題はないかといったところを点検していくことだそうだ。ちなみに校内パトロールは学園祭や学園行事の期間だけでなく、日常的に行われているとのこと。書類は片付いているし、ここは楯無さんに付き添って生徒会のお役目を覚えておくのがいいだろう。
「わかりました。ついていきます」
「じゃ、行きましょうか」
楯無さんと共に生徒会室を後にした。
◇
「そっちの点検は終わった?」
「もう少しです。俺一人で十分です」
楯無さんと分担して教室を隅から隅まで点検する。……よし、問題ないな。
不審物がないことを確認して楯無さんの元へと戻る。
「問題ありません」
「ええ。じゃあ次行きましょうか」
教室を出て次の目的地へと向かう。
「このパトロールって、楯無さんが毎日やってるんですか?」
「ほぼ毎日生徒会でやってるけど、私が毎回やってる訳じゃないわ。毎日ただ繰り返すと気が緩んで見落としちゃうかもしれないもの」
そうなのか。納得……ん?
「生徒会って、俺以外では楯無さん含めて三人ですよね?」
「ええ、そうよ」
「のほほんさんは……戦力に入ってるんですか? でないと今まで楯無さんと虚さんだけでやってたことに」
「ええ。私と虚ちゃんで交代でやってたわよ。本音ちゃんはたまに虚ちゃんについてってる感じかしら」
「気、緩みません?」
「緩める訳にはいかないわ」
「……早く覚えて、俺もそのローテーションに組まれるよう努力します」
「おお、頼もしいわね」
そう話をしながら廊下を歩く。
ふと、廊下の隅にあるロッカーが目に入った。
特に変哲もない、掃除用具を入れてるロッカー。この学園は清掃業者が掃除をしてくれるため普段は生徒が開けることはなく、中に何があっても生徒が気づくことはないだろう。
(そう考えた場合、この中はかなりいい隠し場所……なんてな)
だからといって不審物がそうそう見つかるものでもないだろうと思いながらロッカーの扉を開ける。
「……………」
「……………」
――バタン。
……うん、俺は何も見なかった。ロッカーの中に柔道着姿の女子が入っていて、開けた瞬間唖然としていたとかそういうことは一切なかった。不審物はなかった。不審
バターン!!
「か、会長覚悟おおおおおおっ!!」
「必殺、ハリセンアタック!」
いや、それ扇子じゃん。
◇
「まったくもう酷いわ颯斗くん。見たなら教えてくれれば良かったのに」
今日の仕事を終えて、今は寮の部屋。俺がお茶をいれてると楯無さんに文句を言われた。
「そうは言ったって、楯無さんもわかってたんじゃないですか。目に見えて余裕でしたし」
扇子持ってハリセンアタックとか言ってる時点で余裕だと丸わかりである。
「まあともかく、今日はお疲れ様。なでなでしてあげようか?」
「はいはいお茶はいりましたよ」
「……むう、颯斗くん最近私の話を流すようになってきたわよね。おねーさん悲しいなぁ」
「主な対処法が流すか流されるかだと学習しました。こうなったのは俺も残念ですよ」
最近ではあまりに度の超えた接触でなければたいてい一回ぐらいは耐えられるくらいに耐性がついてしまった。これはある意味本気で残念だ。
そこで話が途切れ、少しの間沈黙が流れる。
「……ねえ、颯斗くん」
「はい?」
「その……実はちょっと、お願いしたいことがあるというか……」
「……んん?」
はて、楯無さんの言い方がどうもぎこちない。どうしたんだろう。
こういう態度を取る場面ってどっかにあったような……何だっけ? ――ハッ、そういうフリか!
「その……お願い!」
「え?」
「妹をお願いします!」
「えっ?」
◇
「名前は更識簪っていってね。あ、これが写真ね」
「い、妹さんがいたんですね。一年生の」
見せられた携帯の写真を見ながら、なんとか言葉を返しておく。
まさか、こんなところで原作と大きくずれ込むような話が出てくるとは思わなかった。アニメか? アニメでこうなったのか? まあ理屈的に言えば、楯無さんと一緒にいる期間もそれなりに長くなる訳だし、こうして頼めるほどになった……と見ていいのかなぁ?
「そう。それで、……これは私が言ったって絶対言わないで欲しいんだけど……」
普段の楯無さんでは考えられない前置きに、俺の中では凄まじい違和感が発生している。
「その、彼女ちょっとネガティブっていうか……暗いのよ」
「そ、そうですか」
「でも、実力はあるのよ。だから専用機持ちなんだけど――」
「けど?」
「専用機がないのよねぇ」
「……………」
一応知ってたことに、どう返すか少し困る。
しかし楯無さんは俺が説明の意味がわかってないと解釈したらしく、さらに詳しく話した。
「だから、日本の代表候補生なんだけど、専用機がまだ完成していなくてね。持ってないの」
「えっと、完成してない理由は?」
「言ってしまえば、一夏くんのせいかな?」
「ああ……開発元被りですか」
「あら……よくわかったわね」
「特別扱いされてると自覚してる身ですから」
「うん……その通り。開発元の倉持技研では一夏くんの白式に人員を優先させてるから、未だに完成してないのよ」
「で、妹を頼むって、具体的にどういうことですか?」
「簪ちゃん、その未完成の専用機を完成させるつもりでいて、学園祭の準備に顔を出していないのよ」
「なるほど」
「お願い! 学園祭に出るよう説得してくれないかしら。高校一年生としての学園祭は一度しかないから、それをふいにしてほしくないのよ。このままだと、クラスから孤立しちゃうかも……」
そう言って、拝まれる。
確かに、原作では簪……さんはつけておくべきか。簪さんはクラスから浮いてる状態だったのが描写されていたっけ。楯無さんが心配するのもわかる。
「わかりました。できる限りのことはしてみます」
「あ、うん……いいの?」
アカン、いつもの楯無さんに慣れすぎたのか、今の楯無さんに違和感しか感じない。重症だぞこれ。
「えっと、何か気をつけることってあります?」
「あ、うん。極力私の名前は出さないでね」
「了解です」
「……訳は聞かないの?」
「その頼みからして、多分関係は良好ではないんでしょう?」
「う……」
図星の言葉に、うなだれる楯無さん。
うーん、本当に楯無さんらしくない。見てるこっちまで調子を崩してしまいそうだ。なんだかんだで、俺が入学してから楯無さんを見ない日なんてなかったからなぁ……。
「えっと、じゃあそれなりに自然な理由をつけて接触します」
「う、うん。お願いね」
こういう時、一夏だったらマッサージとかしてやったんだろうけどなぁ。俺、そういうテクとかないしな……。無理にやる訳にもいかないし、ここは簪さんの説得を頑張るとしよう。
◇
次の日。
四時限目が終わって昼休み。早速簪さんの元へ行ってみようと立ち上がる。
「颯斗、食堂行こうぜ」
とうへんぼく が あらわれた。
たたかう
まほう
ぼうぎょ
にげる
→おしつける
「そういうのは女子に言え。というわけでシャルロット、任せた」
「え!? あ……ありがとう颯斗」
「なんでシャルが礼を言ってんだ? それに颯斗は?」
「悪いが用事がある」
意図もたやすく回避できる辺り、ハーレムじゃないって動きやすいんだなと思った。
しかし四組に行ってみるともう簪さんはいないようだった。
となると……整備室か。
◇
来るのは初めてとなる整備室に少し緊張しながら、扉を開けて中に入る。
「お邪魔しまーす」
「!」
普段はめったに人が来ないのか、学園祭故に人は来ないと思っていたのか、中でたった一人作業をしていた子――簪さんは、俺の声にビクリと反応した。
「あ、君が簪さんか?」
「……………」
近寄ってそう訊くが返事は返ってこない。簪さんはカタカタとキーボードを叩いている。聞こえてないことはないはずなので再トライ。
「ちょっと話が――」
「……………」
言い終わる前に簪さんはキーボードをしまい、スタスタと整備室から出て行く。
「って、おーい、ちょっと待てよ」
話が始まってもいないのに打ち切られるのはまずい。簪さんを追う。
簪さんを追って廊下を小走りしてると、その様子を目撃した女子の囁き声が聞こえてきた。
「あれって、傘霧くんだよね? 女子を追いかけてる……?」
「ウソ!? 追いかけられてるあの子って、誰なのよ?」
「あれ、あの子って、一年四組の更識さんじゃない? 生徒会長の妹よ」
「……ッ!」
そんな声が簪さんにも聞こえたのか、ようやく立ち止まってこちらを向いてくれた。
「話聞いてくれる気になったか?」
「……用件は?」
「まず、初めまして。俺は傘霧颯斗」
「……知ってる。それで、用件は?」
うわぁ、すげえ不機嫌そう。原因は俺だけど。
「いきなり押しかけたのはすまん。けど、女子の噂で簪さんが――」
「呼ばないで……」
「へ?」
「名前で……呼ばないで」
「じゃあ、更識さん?」
「名字でも呼ばないで」
「それだと女子生徒Kになるぞ」
「……何のつもり?」
「名前でも名字でもダメって言うから」
「……そんな呼ばれ方されるくらいなら、名前の方がマシ」
「じゃあ、簪さん」
「……用件は?」
「ああ。だから、女子の噂で簪さんがIS制作にかかりきりで学園祭の準備に参加してないって聞いてさ」
「……それで?」
「学生として、学園行事に参加した方がいいんじゃないかって話だが……どうだ?」
「……どうして、あなたにそんなこと言われなくちゃいけないの?」
「あ、ああ、それはだな……」
「……生徒会だから、行事に参加しない悪い生徒がいては困るから? それとも……姉さんに頼まれたから?」
感づいてやがる……てか、生徒会に入ってるって明かしたのはつい最近だぞ。そんな短期間で伝わるなんて――あ、女子の情報網と噂があればそんなもんか。昨日は楯無さんと校内歩き回ったし。
……って、そうじゃなくてだ。今はいかに楯無さんに頼まれたという事実を話さないようにするかだ。
「あー……まあ生徒会に入ってるのは事実だし、楯無さんと接点があるのも事実だ」
「なら……」
「まずは聞いてくれ。さっきの質問の答えだが、簪さんにも学園祭を楽しんでもらいたいからだ。一年生の思い出がIS制作ばっかりだったなんて残念な形にしてほしくない。仮に生徒会に入ったからだとか誰かに頼まれたからだとかってことだとしても、これは俺の本心だ」
かなり際どいところ突っ走ろうとしていると思うが、ぶっちゃけ俺の中ではこれしかない。変に嘘をついてボロを出したら彼女に不信感を募らせる。だから際どいが嘘はついてない方がいい……はずだ。
「……………」
「……信じるかどうかはそちらに任せる」
腕を組んで仁王立ち。答えを待つ。
少し考えるそぶりをしてから、ぷいっと簪さんはそっぽを向いた。
「……信じるも信じないも、元より参加する必要がない。私がいなくても、誰も困らない……」
そう言って簪さんは整備室へと早歩きで戻っていった。
……こりゃ、一夏がやるより厳しいんじゃないか?
簪が登場。颯斗との関係は全然よくありませんが。
怒る理由がないですもん。はたかれもしないから脈アリかどうかも判別不能です。まあこれが普通だね!
そしていつの間にやら颯斗が残念な耐性を持つようになってしまってる件。相手が楯無さんだもん、仕方ないね。でもそれだけスキンシップを受けてきたということに。颯斗もげろ。