ISだが、機体は岩男でも問題ないよな?   作:暁楓

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第三十八話 込めた想いはきっと伝わる

 俺がIS学園に復学して翌日、の昼休み。

 箒に言われた通り、俺は簪と話をしようと四組の教室の前にいた。

 俺が目を覚めてから約一週間。まともに俺を知ることはできてなかった。いい加減、情報が欲しい。

 しかしいざ入るとなると緊張するなー。自分から人前に出るってことがあまり好きじゃないからなー。緊張すると口の中が渇いてネトっとした感じばかり残って気持ち悪い。今はまだましな方だけど。しかし、行かねば。

 意を決して、俺は四組の扉を開いた。

 

「あー、傘霧くんだー!」

 

「記憶喪失って本当!?」

 

「ひょっとして、何か思い出した!?」

 

「そうなの!? 誰を思い出したの!?」

 

 そしたら寄るわ寄るわ、女子達が。あっという間に扉付近が混雑していった。

 女子が多くてやかましいため、多少声を張って要件を伝える。

 

「えー、更識簪さんって人、いませんか?」

 

 そう尋ねると、場がしんと静まり返った。

 目の前の女子が申し訳なさそうに答える。

 

「あー……更識さんはね、お昼休みに入ってすぐどこか行っちゃったのよ」

 

 マジでか。タイミングわりー。

 

「じゃあ、更識さんがどこに行ったとか、わかる?」

 

「さ、さあ……?」

 

「前までは時間があれば整備室にいたよね?」

 

「それは専用機ができるまでの話でしょ?」

 

「でもアリーナはまだ使用許可出てないし……食堂?」

 

「えー? 更識さん教室でパン派じゃなかったっけ?」

 

 うーん、情報が入らない。とりあえず駄目元でもそれっぽい場所を探ってくしかないのか?

 

「えっと、ありがとう。とりあえず整備室でも見てみるよ」

 

 失礼しましたーと教室を後に――してすぐに引き返した。

 

「すまん。整備室って……どこ?」

 

 学園内部を知らないって、結構致命的だと知った。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「はあ……」

 

 放課後となって、簪は部屋に戻っていた。放課後になって間も無く、寄り道することなく部屋に戻り、扉を閉め、ため息をついている。

 自分は何をやっているんだろう。それが簪の正直な気持ちだった。

 昨日から颯斗は復学している。ずっと会いたいと願っていたではないか。なのになんで、自分から颯斗を避けてしまっているのだろう。

 昼休みはコンピュータルームに閉じこもっていた。コンピュータなんて、そんなところに行かずとも自前のものが使えるのに。ただとにかく、颯斗と出くわしたくなかった。

 昼休みが終わりそうになって教室に戻ると、隣の席にいる、普段そんなに交流のないクラスメイトが声をかけてきた。

 

「傘霧くん、更識さんのこと探してたけど会った?」

 

 聞くところによると、自分を探してたらしい彼は候補に上がった整備室と食堂(使用許可が出ていないアリーナは候補から除外された)をまずは探してみると、整備室への道を聞いて教室を出て行ったらしい。

 どうしていいのかわからなかった。

 昨日、颯斗の復学を聞いた時にはすぐ颯斗の元へ駆けつけたくなった。ただとにかく、彼が無事であることを確認して、それからあの時守れなくてごめんなさいと、謝りたくて。授業の合間の短い休み時間にでもいい。とにかく会いたかった。

 しかしその休み時間にその思いは崩れた。彼が記憶喪失になっているという情報が耳に入ったからだ。

 それを聞いた瞬間、なぜか簪の足は一組に向かなくなった。謝らなければならないのは変わらないのに。無事を願っていたのは変わらないのに。なぜか颯斗を避けるようになっていた。

 どうして。

 どうして。

 自分を探しているということは、話があるに違いない。探し人が見つからなくて困っているはずだ。

 コンコン、と扉のノックが聞こえた。

 

「……?」

 

 誰だろう。そう思って扉の方を振り向く。

 扉は開かないままノックの音を奏で、それから声が入ってきた。

 

「えっと、更識……簪、さん? いますか?」

 

 聞き慣れた男の、自分には聞いたことのないくらい他人行儀な言葉に、簪は完全に硬直した。

 颯斗くんだ。私を探してここまできたんだ。

 嘘だ。颯斗くんがこんなに他人行儀なはずがない。

 記憶喪失だと聞いたじゃないか。

 でも。

 でも。

 頭の中で思考がかき混ぜられて、簪は何を話すのか見失っていた。

 

「……いない、のか? さすがに寮に戻るには早すぎたのかな」

 

 いつまでも返事が来ないのをいないと判断したのか、扉越しに足音が遠ざかっていく。

 颯斗くんが離れていく。

 颯斗くんが行ってしまう。

 いやだ。

 いやだ!

 

「――颯斗くん!」

 

 いてもたってもいられず、扉を開け放って彼の背中に叫んだ。

 彼の足は止まり、顔をこちらに向けた。

 そして、こちらに歩み寄った。

 

「えっと……いたんだ? 返事がないものだからてっきりいないのかと」

 

「それは……私……………」

 

「あー……無理に答えなくてもいいよ。何か事情があったんだよね?」

 

「……………」

 

「……………」

 

 気まずい沈黙が流れる。簪は頭の中が未だ纏まっておらず、どうしたらいいのかわからなかった。

 対する颯斗も戸惑っていた。話をしようと訪ねた相手が今にも泣き出しそうな表情をしていれば、躊躇うのも無理ではなかった。

 颯斗は躊躇いながらも口を動かした。

 

「えっと、さ」

 

「……う、うん」

 

「その、もう知ってるかもしれないけど俺、記憶喪失になってるんだ」

 

「……うん、知ってる」

 

「自分のこともわからないから、まずは自分のことを教えてもらおうって、色んな人に訊いていてな。そしたら、その……更識さん……に聞いてみるといいって言われて。その……だからさ、俺について知ってることを教えてほしいんだ。どんなことでもいいから、できるだけ全部」

 

「……わかった」

 

 颯斗の言う通り、簪は颯斗とこれまでにあったことを話した。「更識さん」と言われたショックは、それより颯斗に教えることが先決だと無理やり圧し殺した。

 まず、どういうきっかけで出会ったのか。始めは相手にしてなかったこと、一緒に学園祭を見て回ることになったこと、それから、颯斗に構って遅れた分のお詫びと称して打鉄弐式の開発に協力してくれたこと、休日に一緒に遊びに出かけて、不良達から助けてくれたこと。特別なことだけじゃなく、颯斗と一緒に食事したことや颯斗の特集で組まれた雑誌のこととか、そんな他愛のないことも話した。

 そう語っていって、最後の方に学園祭やキャノンボール・ファスト、タッグマッチ戦で起きた事件ばかりが残った。

 できるだけ全部という要望から、これらも話さなければならない。特に無人機襲撃事件は颯斗の記憶喪失に繋がるのだから避けるなんてありえない。やや間を置いた後、簪はこれらの記憶を呼び覚まして、話をしようとして、

 

「更識さん?」

 

「……何?颯斗くん」

 

「その、大丈夫か? そんな泣くほどのことがあったのか?」

 

 自分の目から、ボロボロと涙が溢れていることに、言われてようやく気がついた。

 

「あ、れ……私……」

 

 拭っても拭っても、涙が溢れていく。

 自分はただ、颯斗に話をするだけなのに。

 事件で颯斗がピンチになって、その時は決まって自分は颯斗の足を引っ張っていて――。

 その事実に耐えられず、簪は颯斗に抱きついていた。

 

「さ、更識さん?」

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 

 驚く颯斗に対して、簪は震える声で謝罪する。

 

「颯斗くんが記憶を失くしたのは、私のせいなの……! 襲ってきたISから私達を庇って、颯斗くんが大怪我してっ……謝ろうと思ったけど、颯斗くんが記憶喪失になったって聞いて怖かった! 学園祭の時も、キャノンボール・ファストの時も、颯斗くんの足を引っ張ってばかりで……こんな迷惑かけてばかりの私の話を聞いたら、颯斗くんが私のこと嫌いになっちゃうかもって思って……!」

 

 普段はそんなに口数の多くない彼女の口から、次々と感情が溢れ出した。

 颯斗を避けてきたのは、身勝手な自己防衛だった。

 颯斗は自分にとってヒーローだった。命の危機に瀕した時に身を挺して助けてくれた。一緒にISの開発を手伝ってくれたし、個人的にも何度も付き合ってくれた。IS学園でも居場所がなくなりつつあった簪に、声をかけてくれたのが彼で――簪が、初めて恋をした相手だった。

 その相手に嫌われるかもしれない。それが恐ろしくて、嫌われたくないがために逃げていた。

 

「私……颯斗くんのこと、大好きっ、だから……嫌われたくないよ……!」

 

「……………」

 

 こんな浅ましい自分を見て、颯斗はどう思ったのだろう。

 幻滅するだろうか、嫌悪するだろうかと簪は悪い方向に思考を落としていく。

 それに対して返ってきたのは、簪の頭を優しく撫でる手だった。

 

「……その、こうしてると落ち着くかなーって。しばらくこのままでいた方がいいか?」

 

「……うん……」

 

 簪は颯斗を抱いたまま、しばらく泣き続けた。

 

 一通り泣いて、落ち着いた簪はやっと颯斗から離れた。

 

「その、ごめんなさい。またこんな迷惑かけて……」

 

「いや、迷惑とは思ってないぞ? むしろそんなに心配かけたかと思うと申し訳ない気持ち」

 

 泣き止むまでそばにいてくれた颯斗はバツが悪そうに頭を掻いた。

 

(やっぱり、颯斗くんだ……)

 

 根拠はないが、簪はそう確信する。口下手だが、それでもなんとか気遣おうとする優しさは颯斗のものだった。

 

「あの、ところで……さっき話して、何か思い出した……?」

 

 そして簪は恐る恐る尋ねる。ひょっとしたら何か思い出してくれるかもしれない……そんな淡い期待をしてみたのだが、

 

「あー……すまん、さっぱりだ。遊びに出かけたのもIS開発したのも、思い出すどころかイメージも出てこない」

 

「そう……」

 

 収穫はゼロだった。何も役に立てなかったことに落胆する。気を遣わせないため、表情はそこまで変えてはいないが。

 

「でも、やっぱ更識さんは――」

 

「……簪」

 

「え?」

 

「簪って呼んで……さん付けじゃなくて簪って……そう、呼んで欲しい……」

 

 記憶は戻らなかったが、それでもこれだけはまず元に戻したかった。やはり「更識さん」と言われるのは颯斗との距離が遠くなったような錯覚がしてしまう。

 

「お、おう。えっと、簪……でいいんだよな?」

 

 呼ばれ方が元に戻る。たったそれだけだが、それだけで颯斗が少しだけ元に戻ったような気がして、簪は嬉しくなった。

 

「うん……うんっ。それで、どうしたの?」

 

「ああ、うん。それで、やっぱ簪には記憶を取り戻すための手伝いをして欲しいって思って。大それたことじゃなくても、普段どんなことしてたとか、それぐらいでいいんだけどさ」

 

「わかった……頑張る」

 

「気合い入れなくてもいいんだけど……。あー、それから、その……」

 

「?」

 

 急に颯斗の口が濁った。恥ずかしそうにこちらから視線を逸らす颯斗に簪は首を傾ける。

 

「そ、その、ちゃんと記憶を取り戻してから、それから改めて返事を伝えるから……」

 

「……返事?」

 

「お、俺のこと好きだって言った返事」

 

「――えっ」

 

 簪の思考が一瞬停止した。

 

「……いつ言ったの?」

 

「え? いや、簪が俺に泣きついてきた時」

 

「……………」

 

 脳をフル回転して記憶を探る。すぐに見つけた。見つけちゃった。

 大好きって、言ってた。颯斗も認識している以上、これが初めての告白となる。

 

「――キュウ」

 

「ちょっ、なんで!? 簪、簪さーん!?」

 

 恥ずかしさと自分への情けなさで、簪は顔を真っ赤にして気絶するのであった。

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