快速で走る船団はあっという間に惑星アローを臨んだ。陸地は光をもって歓迎し大海がこちらを優しく見守っている。何故か停泊している見覚えがなくもない宇宙船などを横切って傷付いた艦隊は何条もの光が飛び交う首都セパノイアのセパノイア湾に入港した。着込んでいる夏服が物寂しく感じる。隊員は白い息を吐きながら時差ボケ……いや、季節ボケを堪能した。美しい港都市がはっきり見える。大凡治安が悪いとは嘘のような景色だ。
彼らがこの母港に入ると戦友たちが拍手と歓声で迎えてくれた。ここだけは温かくて気持ちがいいなと大将は思った。大将の行く先には多くの勲章をつけた小柄な老人が立っていた。この老人がこの星団の海軍の司令長官である。
「ヴァンサン司令長官殿、第七艦隊から第十一艦隊まで全て帰還しました。損害は先程報告した通り、艦艇23隻撃沈、3隻大破、4隻中破、36隻小破です。戦果は駆逐艦13隻撃沈、工作艦8隻撃沈です」
「ウン。よくやってくれた。星団艦隊の誇りだ……本当に良くやってくれたよ……はあ……」
司令長官はなぜか素直に喜んでいない様子だった。彼はなにかがおかしいと思い、好奇心のあまり、
「何かあるのですか」
と尋ねた。すると長官は後ろめたそうな表情をして声のトーンを下げて、
「それが……統合参謀長が君の作戦を拒絶しただろう?あの後君の作戦が成功したからあれも少しは慚愧すると思ったのだがねえ……あれときたら余計に腹を立てて君を軍法会議にかけてやると息巻いていてね……兎に角君を悪者にしようとヘイトスピーチを繰り返している。雑誌やら新聞を嗾しかけてね。暫く、病気だと言って出ないほうがいい。その間に私が上手くやっておこう」
大将は一言一言を消化して今の状況を飲み込んだ。だが、彼には彼なりの信条があるし長官に頼るのも情けないし何より迷惑だろうという考えもあった。そのため、
「いいえ、私は逃げも隠れもしません。疚しいことは何一つありませんから。胸を張ってやりますよ」
と精一杯の笑顔と笑い声で返した。だが、付き合いの長い長官には気遣いであり作り笑いでしかないことは分かっていた。しかし何と無くこれ以上言ったら困らせてしまうと思った長官は何も言わずに小さく頷いただけだった。
「さてと……もうお客さんがきてるな……まだ夜も明けてないのに……」
私はは窓の外を見て呟く。そこには電灯の下で冷たく光る二台の公用車が止まっていた。夜中に呼び出すなんて悪辣だなと心で嘲笑いながらゆっくりと基地の道路へと向かった。
「ジュスト・バルサ大将殿。お待ちしておりました」
黒服に身を包んだ男が乗れといわんばかりにドアを開け、手を車内に向ける。私は彼が怪しい人間でないかじっと見たが軍の階級章を見つけたので安心して乗り込んだ。
「君、ここを通るのか?」
「ええ、そうですよ。毎日こうです」
二人が見る先では大勢の人がボードやメガホンを持って怒声をあげていた。その数は何万では済まないほどである。言うまでもなく車の通れるところなど全くないのだ。これが毎日と言うのだから驚かない者はいまい。そう大将は思ったが運転手とボディーガード一人は平然としている。それを見て大将は少し機嫌を悪くした。
接近するごとに騒音が耳をつつく。彼らが「やめろ」だとか「出せ」とか言っていることは二人とも分かっていた。ただ大将だけはずっとモヤモヤとした気持ちであった。もしかしたら軍法会議に呼ばれたことと関係するかも知れないと思ったからである。その気持ちは群衆に近づく程大きくなっていった。
その時、突然車体が揺れた。急停止したのだ。その前には目を釣り上げ顔をトマトのように赤くした者たちがゾンビのように車にまとわりついてきていた。また引き寄せられるように人が近づきクラクションを鳴らしている内に完全に包囲されてしまったのだ。
「これはどういうことだ? ……もういい!歩いて行く! 中尉! 行くぞ」
そう言って大将は不自然に平然とした運転手を怪しく思いこれ以上人が来ないうちに出ようとした。彼らは軍人だ。力では民間人に負けるわけがない。力尽くでドアを開けて外に脱出した。だが、甘かった。すでに何千という人が取り巻いていて先に進むのは高波に逆らって泳ぐのも同然であり非常に難儀しているようだった。前に集中するとさっきと違って悲鳴と銃声が聞こえた。逃げようとするものが波に飲まれて倒れ、踏み潰されて行く。その様子は指揮系統が麻痺して烏合の集となった軍隊に見えた。それが凄まじすぎたため大将は前以外への集中を失っていた。
その時である、大将の横に鋭い目を持った何者かがゆらりと近づいたのである。
「うん? ああっ! 何をするっ!」
それはあまりにも突然のことだった。横からいきなり女が抱きついて来たのだ。彼の腹のあたりをグリグリと押して、「人殺し! 」と叫びながら。
「離れろ! 」
大将は焦って女を力づくで引き離した。何故か腹のあたりに違和感があると彼は思ってそこをじっと見た。妙に赤黒い。軍服がどんどん濡れて行く。色を見ると白い壁に赤いペンキをぶちまけたかのようになっていた。突如、腹のあたりが痛んだ。色に痛みに、最早、これが血であることを理解するのに大した時間を要さなかった。
「ああっ! 痛い! 助けてくれ! 中尉!」
あまりの痛さのため奇声を発することもなくただ「痛い」としか言えなかった。不思議に口角が釣り上がる。これが死ぬということなのかと大将は一瞬思ったが、ここで死んでは意味がないと思い、大将は何度も何度もフォーレ中尉を呼んだ。だがその声は虚しくメガホンから発射される罵声とと銃の轟音に掻き消された。この中で中尉を見つけるのは国立公園に一匹のアリを放って、翌日その一匹を見つけるようなものであり、どこを見ても中尉は見つからなかった。それどころか太い棒を持った男が人を押しのけて迫っているのが見えた。彼は逃げようと必死にもがくが上手くいかない。頭が熱くなる。血がダラダラと流れ力がどんどん無くなっていく。嫌な予感がして咄嗟に彼は後ろを見た。連続殺人犯のような目をした男が棒を勢いよく彼に振り下ろしていた。そこで彼の意識は途絶えた。
それから2日後の明け方、
「中尉!中尉!」
大将はトビウオのように跳ね起きた。辺りを見回すと真っ白な部屋、立て付けのいい窓、小さいテレビや棚、どう考えても病室だった。我に帰った大将は非常識な大声をあげたことを恥じて顔を赤らめた。
「大将閣下、フォーレはここにあります」
真横の粗末な椅子に中尉は座っていた。冬なのに顔がふやけるのではないかというほど汗をかいている。中尉の持っているハンケチはぐっしょり濡れていた。
「ああ良かった……」
「閣下、しばらく安静にしていて下さい。今はじきではございません」
大将はふと窓を見た。窓の外は空も地上も真っ黒だった。
暫く戦闘はありません。胸糞展開に突入するかも知れません。