戦艦「アントワーヌ」の放ったレールガンは対空レーザーにより焼かれ、大きく軌道を外し後方の駆逐艦を掠めて密雲の中に消えて行き、高速戦艦「江寧」の放った中世粒子ビーム砲は敵艦の放つ煙幕により威力を抑えられ有効打を与えられないでいた。
そんな中、ジェーン防衛艦隊司令長官のアンリ大将は敵に有効打を与え尚且つ味方の損害の少ない態勢をとるために副砲のみでなく機銃によるレーザー砲への攻撃と雲への突入を命じた。
無論、突然雲に『逃げ始めた』敵艦隊を張が放っておく訳もなく史艦隊に上空の警戒を任せて追撃を始めたのである。
見事有利な状況に持ち込んだアンリ大将はほくそ笑みながら、
「何という猪武者だ! 全く頭が回っておらんではないか!」
拳を振り上げて喜んだ。まるで勝利宣言のようである。
瞬く間に、双方の艦隊は雲を抜けた。雲の下、そこは滝であった。砲弾のような雨粒が船体を叩きつけた。こんな中では煙幕がなくともビーム砲はあっさり四散してしまうだろう。
「通用しないなら仕方ない! 敵に横っ腹を向けて副砲で蜂の巣にしてやれ!」
「江寧」が横を向くと丁度、敵艦隊の砲弾が到達した。それは上部構造物に命中し、シールドをぶち破った際に砕け散った。しかし、破片が飛び散り少なからず損害を与えたのだ。
「第1、第3スコープ喪失、第1レーダー喪失、9番レーザー砲喪失、コンピュータ室の職員1名打撲……小破というところです」
「なぜ迎撃できなかったのか 」
張が珍しく不安げに尋ねた。目線が定まっていない。
レーザー砲に問題があれば、戦闘にも航行にも支障をきたす可能性があるからである。
「豪雨につき……レーザー砲が無力化されてし待ったようです……」
「そうか……ならば俺の責任だ。死者が出なかっただけ良かった。救助班を向かわせてくれ」
張は顎に手を当てながら言った。そして、すぐに気を取り直して、
「あまり被害が出て、戦果が出ない場合は衝角攻撃も視野に入れて行動することにする。その時は覚悟してくれ」
「閣下、ご心配なく。あんな戦艦もどきに負ける道理はありません」
CICの熟練士官兵が戯けながら言う。この熟練士官の軽口により、またしても士気が上がった。
すると、「アントワーヌ」の放った主砲弾が「江寧」の主砲塔に牙を剥いた。荒波のように破片を散らして、主砲塔は天を衝くような炎を上げた。
「第1副砲塔喪失、1番から4番までの機関砲全て喪失。第1主砲塔中破。人的被害は23人死亡、68人負傷です」
尚も損害報告は続く。傷はいくら負っても、相手にどれだけ被害を与えたかはわからなかった。
だがこの大気中、しかも、とてつもない大雨である。レーザーによる迎撃も満足なシールドは使えなくなっていった。もちろん破片や爆風は取り除ける筈だが、被害は留まるところを知らなかった。
「格納している30センチレールガンを出せ! 」
全く芳しくない戦況に焦った張は、餓えた虎のような大声をあげて命令した。
甲板上にレールガンが現れ始める。
空気中であり、消耗が激しい。その上、換えの砲身も殆どないこのレールガンに期待するのは、賭け同然である。しかも、スコープの類を破壊されているこの艦。目の中に砂を詰めて戦っているような状況で命中など望めない。
しかし、それに賭けるほど彼らは焦っていた。張だけではない。
「30センチールガン用意!」
の声がまるで早口言葉である。誰もが焦っているのだ。船内ではダメージコントロール班が生命維持装置などの精密機械や上部の修理に向かい、衛生隊は主砲塔などに走り出している。誰もが一杯に汗をかいていた。
艦橋や戦闘指揮所の乗組員が急かす中、レールガンがその体躯のほとんどをさらけ出していた。しかし、それすらも満足に見えない。
だが、スコープの類が破壊されていない防衛艦隊は違う。はっきりではないが、見える。あまりにも巨大なレールガンに一度は皆震えたが、我にかえった大将から、
「あの主砲塔に砲撃を集中!」
との命令が飛ぶ。
即座に盲目の「江寧」に、それの何倍も命中率の高い「アントワーヌ」の主砲弾が飛びかかった。
だが「江寧」は生命線をやられるわけにはいかんと、見事に避けていった。老年のこの艦は悲鳴をあげながらも懸命に巨躯を廻す。
艦橋の兵士らはゼイゼイと苦しく息を吐きながら、艦を我が身のごとく操る。
避けているのだろうと感じ取った他の乗組員たちは次々に万歳を叫ぶ。艦橋要員に感謝する声も聞こえる。
だが、幸運や神業もいつまでも続かない。ただ一発の主砲弾が砲塔をどこかへと連れ去ってしまったのである。
「糞ったれが!」
張長官ら司令部の人間は机を殴って怒鳴り散らした。まるで自販機の奥の10円玉を指でついてしまい、取れなくなった時のような気分だ。
だが、張はどこまでも単純な人間である。すぐに立ち直って、
「もっと敵に近づけ!」
と命令した。
装甲厚は自身の砲の威力に耐えられる程度はある。副砲程度しか使えないこちらが大打撃を与えるには接近しかなかった。また自艦はすでに副砲とレーザー砲に供給するのが精一杯で迎撃もミサイルならまだしも砲弾はきつかった。
だが技術力には天と地ほどの差が魯国と星団軍にはある。こちらでこの体たらくなのだから向こうはもっと厳しいはずである。
という希望的観測に基づく戦術であった。完全に、追い詰められたものの悪あがきである。
「閣下、僭越ながら申し上げます。敵艦への対応ですが、まず旧式とはいえ我が軍ですらレーザー迎撃が難しくなっています、つまり敵はもっと対応が下手なはず。ですからここは思い切ってミサイルを使うのは如何でしょうか?」
張の後ろに街路樹のように突っ立ていた副官の雷于がそのことに気づいた。この時、初めて一部除いた多くの乗員は彼が搭乗していることに気が付いたのだ!
「たしかにいいかもしれん。よし、決まった! ミサイルであの忌々しい敵艦を撃砕せよ!」
張の命令はまるで鶴の一声であった。誰も反対せずに「これで勝ちだ!」と喜び合って発射してしまったのだ。無表情で面白みのない砲弾の中を潜るミサイルはもし我々の目に見えたら異質なものであったろう。実際に砲弾を裁くことで手一杯だった戦艦「アントワーヌ」はミサイルの迎撃ができなかった。精密部分に命中したミサイルは爆発し、出刃庖丁のような破片をまき散らした。シールドによってある程度は削がれたが破片と爆炎は精密部分に砲弾のそれよりも大きなダメージを与えたのである。尚もミサイルは非情にも襲いかかり、この巨艦は一瞬のうちに火だるまとなって、五千人近い亡骸を乗せて眼下に消え去った。
旗艦の撃沈によりもはやこの艦達をつなぐものはなかったようである。アリの行列に水をかけたように、隊列も何もかもが破壊される。
あらゆる艦艇は、次々と戦艦「アントワーヌ」の後を追っていった。彼らがふと眼下に目をやるとそこはこの大雨でも燃え上がっていた。それは見事に生き地獄を体現したと言えるであろう。
勝利の美酒もすっかりまずくなってしまうほどだった。