防衛艦隊が壊滅する頃には陸上部隊の姿も無くなっていた。守るものがなくなった惑星ジェーンは赤子の手を捻るかの如くあっさり占領されてしまった。その時の地表は、美しい絵画に黒い絵の具をぶちまけたかのようであったらしい。
ジェーンの陥落とその惨劇は東西千里に渡って伝えられた。特に衝撃を与えたのは無差別爆撃による民間人の大量死と戦闘区域から逃げ出した民間人の輸送船団が追撃され、一隻残らず撃沈されたばかりか、脱出したものも機銃によって殺されたということだった。老若男女関係なしに殺され被害人数は数十万人を数えるという。
防衛艦隊2000隻が撃滅され、その他測量船や工作船なども悉く撃沈されたことは大衆にとってどうでもよかったのであろう。いや、関心が薄い方が正解だろうか。所詮彼らにとって軍隊など他人である。
これを受けて星団軍は内地の防備の強化と敵拠点との隣接地帯からの避難の呼びかけを行った。これらのことは病室のバルサ大将にも伝えられた。
「閣下、損害は以上となっております……また防衛司令官のアンリ大将の死亡が確認されたようです」
その嘘のような大損害に大将の白髪混じりの髪の毛はもっと白く染められていった。冷静な艦隊運動に定評のあったアンリ大将の死も驚かせるものがあったが、何よりも無意味としか思えない民間人への攻撃が彼を驚かせ、また怒らせたのだろう。
「民間人を……相手は戦時国際法というものを知らないのか!?」
彼は語気を強めて机を殴った。いつもなら怒ると傷口が嫌という程痛むが、今は全く気にならなかったのか全く痛がる様子がない。その為中尉は彼の体を労って、怒らないように諌めた。しかしそんな中尉でさえ心の中では殺戮を行った誰かに親の仇のように殺意を抱いていた。軍人としてではなく国民としてである。
民間人の殺戮はそれだけの傷跡を残したのだ。
「それと閣下の軍法会議は明日行われるようです。ただし空軍は兼ねてから予定していた特殊訓練があるため不参加のようです。まあ、いつも通りいい加減です」
その中尉の言い方に星団軍への不信感が垣間見えた。だがそれは大将も含め多くの者が思っていることである。今頃になってもまだ星団軍は派閥によって足を引っ張っりあっているし、下のものは上に対して不信感を抱くなど団結力が絶望的なほどに欠けていた。大問題である。
しかも政府軍の高官の殆どはこれを見て見ぬ振りしていたのである。
大将の脳裏にもこのことが浮かんだ。尤も彼自身、このことはずっと問題にしていたのである。しかしそのせいで軍内でトラブルになったことやヴァンサン司令長官が庇ってくれたこと、その後の対立を思い出すと嫌な予感がした。そのせいで気分が悪くなったからか大将はさっさと考えることを辞めてしまった。
怒りのぶつけようがない嫌なことを考えると傷口は傷んでしまうものである。
痛みを流水に例えるならば怒りとはダムみたいなものだ。塞きとめるものがなくなったばかりか嫌な気分という大雨のようなものが加わると一たまりもない。
その後大将は中尉に休むように言って自分も枕元に置いてある愛妻からの手紙を読んで気分転換をした。また、他人事でない気がして、密かに家族の無事を祈った。手前の星間地図を眺めながら。
見事惑星ジェーンを落としたバース連邦攻略艦隊司令部は、勉強会を終わらせた後に各司令長官だけを呼び出した。
勉強会はジェーン占領における総括であったので、そこで言っても良いのではないか。そのように考えた者もいたが、馬長官からすれば勉強会で言うにはあまりにも不都合であった。
勉強会という場であるので、感情的な個人攻撃はできないのだ。彼としてはいけすかない者をいびり倒して鬱憤を晴らしたかったのである。これを勉強会でやったらことだ。
また、参謀長の騶無傷という男も邪魔であった。副官や呉長官のように腰巾着ではなく、史長官のようにパワーのない人間ではない。やたらに口うるさいのだ。まるで親や下級士官だった頃、散々叱ってきた中間管理職の佐官どものようである。まるで躾をされているようで興醒めしてしまう。
本国の人事局長にコネを作っておいたから、そのうちに更迭することが叶うだろうが、もしいびっていることが報告されたりしたら----考えるだけでも恐ろしい。
他にも陸軍の劉将軍は階級も年齢も上で邪魔くさいなど、色々な事情があった。
かくして張、呉、史の3長官が呼び出された。
3人が到着するまでの間、馬長官は鼻の下を伸ばして誰をどうやっていびってやるか考えていた。
やがて3人が列になって入る。そのうちの1人、張長官は強張った表情をしている。
「自覚はできているようだな。張君」
馬長官は鼻で嗤いながら言った。馬は張や他のものが話そうとするのを舌打ちしながら静止して言った。
「劣等文明の野蛮人の地方艦隊ごときに艦隊の12%を完全撃破されるとはなんたる事か! しかもその他の撃破が14%……全滅寸前ではないか!? 一体お前は何を考えているのだ。緑肌の痴呆提督にこれほどのやられるとは、猪なのは行動と頭だけのようだな。がっかりだ」
馬提督が饒舌に言う。嫌味と酒に酔った時、それと芸者の前では本当に良く喋るのだ。
張提督は戦果については反省していた。しかし、アンリ提督に対する誹謗中傷に関しては露骨に苛立つ表情を見せた。
するとその表情を見た呉提督が、
「私なら一隻も損なわずに勝つことができます」
と嫌味ったらしく言った。
「待て、呉提督。援護の役目を断った貴官が言えたことか?」
ずっと黙って目を瞑っていた史提督が怪訝な顔をして尋ねる。すると呉は顔を赤らめて黙り込んでしまった。
「史提督、今それは関係ない。黙りたまえ。で、張君。何か申し開きすることがあるかね?」
といって馬長官は張長官に嘲笑うように尋ねた。答えようが答えまいがそれをネタにまたいびる予定であった。何を言おうかと馬はニヤニヤしながら考えた。
「戦果については面目次第もありません。しかし、アンリ提督に対する誹謗は納得いきません。彼は天候をよく見て上手く我々を引き込みました。第1、死者を貶すことは仁義に反すると思います。撤回してください」
無言を貫くか答えに窮して怒鳴り散らすかのどちらかだと踏んでいた馬にとってこの回答は意外であった。
奇襲攻撃を受けたかのように驚いてウーンと考え込んだ。
「……わかった。もういい。今日はこれで解散とする」
反論することが面倒になった馬は歯の隙間から空気を吐いて、逃げ出すように出ていった。