「倒したはず」の艦隊からの攻撃で僚艦の多くを喪失したミシェル艦隊の面々は口をあんぐりとさせていた。直撃を与えたのに、最新鋭艦ですら撃沈は愚か戦闘能力を奪うことすらできないだなんて。そんなしんとした暗い司令室に息を切らした下士官兵が駆け込んで来た。
「レーダーには写っていなかった。これは敵の電波妨害を受けているのでしょう」
情報参謀が淡々という。だが、その表情は冷や汗に包まれている。
「だとしたら凄い精度だ……できればそうでないと嬉しいが……そう甘くはないだろうね」
少将が言葉に詰まりながら言う。正直少将は情報参謀の言ったことが正しいとは思った。だが、それを本能が否定したがっている。
「ミシェル少将!我が方の被害は、我が方の被害は……7隻沈没。残るは我が艦ムルト、二番艦セブール・ニオルテーズ、三番艦アルノンのみです。とても、とても敵いそうにありません! 」
血が滲むぐらい彼は拳を握りしめていた。もちろん、他の者も同じだ。本来なら海の藻屑になってるのは奴らなのだ、ミサイルが直撃し爆発した。なのに、なのに状況は正反対なのだ。もうここまでくると諦めを通り越しているものしかいなかった。もしかしたら考える暇すらなかったかも知れない。本能的に絶望を覚えているのだろう。彼らの表情からは生気が抜けていた。
「そうか、もう3隻しか残ってないか」
少将は冷静さを取り戻そうと必死になりながら言う。
「は、はい……残念ながら」
「そうか……駄目だったか。ならば、済まないが皆に覚悟を決めてもらわねばならなくなった。勝手で悪いが私に命を預けてくれ」
返せる見込みなんてない。それは百も承知だった。決意を固めた少将は参謀たちに目配せをした。それを察したのか微笑を見せて彼らは大きく頷いた。艦が高度と速度を上げ始める。他の艦も釣られたかのように着いて行く。そして、三隻が出せるだけのスピードで敵艦に突撃していった。ミサイルがいくつも発射される。突如としてミサイルが未だ被害なしの護衛艦隊に猛進したのだ。全員が手を握って当たれ当たれと念じている。だが、その表情は決して明るくはない。ここに来てやっともうダメなのだと言うことを彼らは呑み込めたのだろう。今の負け振りが祖国バース星の運命にも見え暗い顔を余計に暗くしたのであった。
その時、突然艦内に耳が潰れるような轟音が響いた。彼らは驚いて外を見た。すると一隻か二隻かの見慣れない艦艇が手持ち花火のように燃えながら大海に吸い込まれて行くのが見えたのだ。一瞬おかしい、さっき効かなかったのに--そう思いはしたが現実なのだと悟ると一人残らず歓声をあげて上官も部下も涙を流して抱き合った。
「張司令長官!あの、その……駆逐艦金城と楽浪が大破し航行能力を喪失しました。即沈ではありませんが……し、沈んでいきます」
まさかの報告に上機嫌で顔をピンク色に染めていた司令長官の顔は真っ赤に変貌し持っていたグラスを床に叩きつけて怒鳴った。
「なんだと? なぜ見張りを怠っていた!レーダーを見ていないとはどこのボンクラだ! 俺はレーダーは見とけと命令したはずだ!」
今にも襲いかかってきそうなさも餓えた虎のような張延に恐れを為して皆後ずさりをした。
怯えている彼らを見て張は、
「どうした? 何をビビってやがる。奴らの提督は劣勢を諸共せず突っ込んできた。勇敢だ。俺は勇敢な奴は大好きだ。だから俺たちも奴らの勇敢さを見習って正々堂々戦うべきだと思う。命令する全艦敵艦隊に右舷を向け迎撃せよ。一歩も引くな。さっき戦列に加わった工作船は大破した二隻の航行能力を直しに行け」
と言った。とりあえず各員は気を取り直して作業を開始した。張が何か威勢良く話したので彼らの気分も解消され弾んだ気分で作業をしている。そのためか作業は早くに終わり、忽ちに全艦は配置につき、重イオン砲を斉射した。
「迎え撃って来たか。レールガンの発射準備はできたか?」
「はい。いつでも」
「あとは艦長の判断次第だ……個艦の一つ一つの細かい行動でどれだけ傷をつけられるかが変わる」
少将から勝利だとか言う景気のいい言葉はもう出てこない。彼は各艦長に薄い望みをかけるしかなかった。彼の望んだ通りに各艦長はすぐに発射命令を出した。ミシェル艦隊が負けじと撃ち返した砲弾は駆逐艦南鄭に直撃し中破させた。張の艦隊の砲撃はミシェル艦隊の見事な未来予測に基づいた操船技術のせいかほとんどあたらなかった。張艦隊の砲撃はやはり練習艦艇のためかワンパターンで兵器そのものの精度以外は酷いようだった。しかし、それでも新鋭駆逐艦の方がか弱いのだ。そのため小さな損傷が積み重なり死者は増え火災も起こり始めた。
「駆逐艦隴西小破!1型工作船44号中破!」
「なかなかやるな。では狩りをするように敵を一点に追い込んで砲撃せよ。油断するなよ? 」
張少将麾下の駆逐艦は上下に散らばり中央に向かって順々と砲撃した。これはさすがに避けることは困難でありミシェルやその部下は本格的に死を覚悟した。
「もうダメか……皆よく頑張った。……銃後の民よ永遠なれ!」
周囲の者も故郷のことを思い泣くものすらいた。口々に良くやったと唱えて泣きながら笑顔を浮かべた。
その時、張艦隊より発せられたミサイルがミシェル中将の乗艦に一直線に向かってきた。距離はあったがすぐに来る。もう迎撃装備は殆ど壊されこの数だと迎撃の余地はない。多くのものが目を瞑って黙り込んだ。すると、突然何かが目の前を遮った。その何かにはこう書いてあった
『DDH43-2』
「こ、これは!?セブール・ニオルテーズの番号だ……あっ! いかん避けるように指示しろ!」
ミシェルは声を振り絞って脂汗を流しながら言ったがもう遅かった。不意に目の前が光り、もうそれは目に前になかった。ただ残骸と死骸が眼下に消えていくのみだったという。
「彼女の死を無駄にするな! 押せ!」
全ての艦はよろよろと突っ込んでいった。
「死に損ないめ!」
張艦隊の砲手の罵声と共に放たれる砲は三番艦「アルノン」の弾薬庫を2度も3度も貫き、「アルノン」は呻き声を上げながら消えていった
「この艦が沈むのも時間の問題か……ならば!」
少将は通信参謀に言って本国バース星の
少し経って、モニターに客船の一等室をいくつも持ってきたほどに広い一室が映る。連邦艦隊旗艦の戦艦「テュレンヌ」の作戦会議室である。
「はい、こちら連邦艦隊司令部です」
連邦艦隊首席参謀のヴィクトル・エドガー大佐が対応する。気の弱そうな顔の男だ。何故彼が対応するのかと思ったが、パッと見てもわかるがどうも室内はガラガラだからのようだ。
「惑星ヴェルン防衛艦隊司令長官アレクサンドル・ミシェルだ。マティアス・ベロン
「ベロン長官は現在急務で不在です。申し訳ありません。代わりに総参謀長のクリストフ・ランベーヌが対応致しますがよろしいでしょうか?」
「ああ、頼んだ」
すぐに総参謀長のランベーヌ少将が出てくる。太い唇とキリッとした眉を持った体格の非常に良い男がやや低い声で、
「ミシェル少将、どうされた。先程、敵艦隊がヴェルンの領域を侵したと言うがもしや……」
と言った。国境の防衛に気を使っているのかかなり感心があるようである。少将も話がわかりそうな男で良かったと安堵した。
「それが、敵艦隊は我が基地に攻撃を開始、我が防衛艦隊は雲の下、比較的有利な状況で戦うも、全く太刀打ちできず全滅。虎の子の新鋭駆逐艦10隻を出すも、電波妨害をあっさり許し、壊滅。我が艦以外は全て沈められました。基地も壊滅し陸軍や陸戦隊は一人残らず……」
「と、とても信じられん……では、貴官が見た敵艦の性能を教えていただきたい。今後の戦略に役立つかも知れん」
「はい、まず敵艦の装甲は非常に高く、戦艦の23センチ砲弾も耐えきりました。軽巡洋艦以下では傷すら付けられません。迎撃装備も豊富でミサイルや砲弾も多くが叩き落とされています。電子戦も優秀、戦術や乗員は未熟ですが、あくまで練習艦艇。主力ならば厳しいでしょう。攻撃力……これが恐ろしい。すでに荷電粒子砲を多数、駆逐艦に搭載できる程度まで発展しており、その速度は光の半分以上の速度が出ています。計器がおかしく正確にはわかりませんが。未来予測のおかげで回避はできますが半数は命中を免れません。ミサイルなどについては我が軍と大差ないようです」
「我が国より優に50年は進んでいるというのか……それが練習艦艇レベルか……。よし、すぐに撤退し、次の防衛艦隊にこのことを伝えると共に防衛線を再構築する、というのはどうだろうか?」
彼は聞かれてもいないのに今後の防衛艦隊の取るべき戦術についてアドバイスした。ミシェル少将はこれを聞いてもっと早くに仰いでいれば--と唸った。もう一隻しかいない中、逃げることは不可能。一隻というのは総参謀長が思っているよりも辛いのだ。
突然、艦内が音を立てて揺れた。直撃弾が出たらしい。艦が落ちて行く感覚がする。モニターに映っている総参謀長がフッと消えた。
「ど、どうしたのだ? 大丈夫か! 少将!」
突然通信が切れ、総参謀長は驚いた。だが、すぐに敵にやられたことともう助かる見込みはないだろうと言うことを確信することになる。
最後の一隻まで懸命に戦ったが、飽和攻撃には耐えられずついに旗艦は大破し海中に消え去った。張は深々と敬礼をし、部下に休むように言ってから便所に入った。
「張君、ちょっといいかね」
突然張の持っていた小型端末に副総統、皇甫羨から通信が入った。張は寛いでいたためびっくりしてあたふたしながら通信を受け取った。
「小官に何用ですか?」
大燕王国では少将だが帝国での階級は中佐であり、中央ともあまり関わりのない彼に副総統からの通信、何用かと思うのは当然だった。副総統皇甫羨はゆっくりと口を開いた。