「敵艦隊との距離1200キロ。敵最後尾との距離は2200キロ!あと800キロ程度で敵前方のレールガンの射程に入ります!」
情報参謀がニコニコしながら言う。皆、全くもって余裕である。普通、この戦力差ならば慌てて逃げ出すだろうが、そのような考えなど一片も無いようである。星団艦隊の遊撃隊にも、驚くどころか狂ったように砲撃をしている。
遊撃隊は旧式艦ばかりである。しかし、70万人の痩せ細った罪人でも数だけを見せ付ければ戦勝の材料にできるように、狼狽えて当然だ。
だが、彼らにはそのような概念は存在しないのだ。
このことによって、数の利を使うだけではいけないと星団艦隊の参謀達は気付くことになった。
そして、幾人かの参謀が遊撃隊の戦力低下を恐れて、遊撃隊司令官のロード少将に一時退避することを進言した。
ロード少将はこれを採用した。そのため、遊撃隊が反転、後退した。この後退によって一時的に攻撃の手が緩まった所で、敵駆逐艦らが突入し、遊撃隊と本隊の僅かな隙間に入り込み、安全だった本隊が又、危機に晒された。
「戦術眼も戦略眼もない経験不足が指揮を取っている筈です。数を前面に出せば勝てますよ。と言ったのは誰だ!?見事に遊撃隊は分断され、各個撃破されたではないか! もしかしたら経験以外は申し分ない天才なのではないか!」
バルサ大将が参謀らを怒鳴りつけた。
「最初から引きつけておけば良かった。確かに敵が思い通りに行動せねば成功しない賭けだっただろう。反対が出ることは覚悟していた。だが、遊撃隊含めこの戦域の全部隊の指揮権は私にある。にも関わらず、私を通さずに遊撃隊のロード司令官に提案したのは何故だ!?」
大将は更に追い詰める。怒鳴られた参謀達はただ俯いてチラチラと隣を見ることしかできなかった。司令長官やその場の指揮官(階級が最も高い者)に断らずに隊や戦隊の司令や司令官が行動することはよくあったし、成功さえすれば咎められることはなかった。そのため極端にできの悪い者が指揮を執っていても上手く行くことがよくあった。もし、ロード司令官が勝手な行動をしただけなら問題はなかった。だが、艦隊の参謀が勝手に麾下の部隊や戦隊に提案をするということについては前例がない。だからバルサ大将は彼らを問い詰めたし、彼らは何も言い返せずにいたのだ。
「何も言えないか? ならいい、敵がこのまま突撃して来たら例えその時遊撃隊を失っていても勝てる。一先ず遊撃隊司令官ロード少将に打電せよ『敵情に変化アリ、反転、追撃ノ要アリ』と。彼がこの電文通りに動けば挟撃になる」
「は……はい」
通信参謀が震えた手で打電すると、息つく暇もなく入電が来た。
「第1遊撃隊より入電、『我敵艦隊ヲ追撃セリ』」
「よし、良くやった」
再反転した遊撃隊がジリジリと距離を詰めて行く。ただし、敵が一斉反転すると困るので極めてゆっくりとまるで忍足の如き運動をしていた。
「いいぞいいぞ。もっと近づけ! 1キロ近づくごとにどんどんニヤケて来るぜ! 」
口を引き裂けそうなくらいに開けて張は大笑いした。更に後方から部隊クラスの敵と聞き、「逃がした魚が戻って来たか」と言って更に喜んだ。本来なら誰かが冷静になるように諌める者だが、周りはこれを油断ともうるさいともとらず悪ノリしてはしゃぐだけであった。
「少将はずっとニヤケているではありませんか!」
兵曹長の一人が馴れ馴れしく冗談を言った。人によっては、無礼だと激怒して、殴り飛ばしそうだが、彼は不快に思うどころかやや笑った。
このように、一事が万事この調子で彼はよく部下と同じ部屋で寝たり部下と一緒に清掃したりしていた。一部の将官らは威厳がないと批判するが、下の人間からは偉そうに踏ん反り返っていないことからか概ね好評だ。彼は兵曹長の戯れを気に入ったのか頭の中で再生した。すると彼は首を傾げて、
「ん? 俺は中じょ……」
つい言いかけてしまったのだ。言っちゃいかんと言われたことを思い出して途中で止め、咄嗟に誤魔化すために大げさな咳払いをし、首をカクッと元に戻した。どうやらバレてないらしいと思った彼は安堵して話を続けた。
「ああ、常に危険に身を置いているからな」
と中将は胸を手で叩いて言った。これを聞いて兵曹長は、
「貴方に死なれては困ります。今後は止めてくださいね」
と懇願するようなポーズをとりつつも、おどけた口調で言った。
「断る。平穏に身を置いているとストレスで死んでしまうからな」
と言って大笑いした。このように彼は大抵笑っている。しかし、こいついつも笑ってるなというような目を向ける者はいない。これが彼らの中での「普通」なのである。
いい歳した男二人が下らない話をしているうちに艦隊はかなり接近していた。観測兵はついに敵射程に入ったと告げると脂汗をダラダラと流し始めた。操縦手も驚いて進軍の手を緩めてしまった。数を見ているだけなら、危害を及ぼさないことが分かっているなら、怖くはないが、これが今にでも攻撃してくると思うと気後れしてしまう。だが、そんなのも一瞬だ。これだけの敵と撃ち合うのだということで妙な高揚感が生まれ、これまでにない歓声が起こる。
「おい何をしている。戦の必勝法はただ一つ、全速前進だ! 手を緩めるな! 突進しろ!」
「少将が言うならその通りだ! 突撃するぞ!」
少将もとい中将の訳の分からない助言によって、彼らの士気は不思議に上がり、同時に加速度をさっきまでより上げた。
「バルサ大将!敵軍が急接近し先陣との距離180キロとなりました」
「よし……全艦砲撃開始!」
各砲塔が一斉に火を噴く。さも魔法のような砲弾は一直線に敵艦隊に突入する。だが敵も決して弱くなく、用意も怠っていない。レーザー砲が次々と砲弾を捉え、表面を焼き、軌道を変えて行く。こうなれば偏差射撃も意味がない。だが、数で圧倒的に勝る以上、全て躱されるわけではない。レーザー砲に捉えられなかった砲弾が次々と着弾した。
「命中弾15!敵駆逐艦一隻離脱!」
「案外当たらんな……砲撃を続けよ」
大破し、離脱する駆逐艦を見て大喜びする下級士官やホッと一息つく参謀達を尻目に大将は敵の迎撃能力の高さ、防備も駆逐艦なのにまるで重巡洋艦並であることに危機感を覚える。敵の勇猛果敢さにも驚かされる。蛮勇を振るうことしかできないのだと参謀達はすっかり余裕だが、彼にはその蛮勇こそが恐ろしい者だと感じられた。
「敵、前方80キロ!」
大将はふと敵の蛮勇に感謝した。これだけ近ければ網にかけるのも容易だろう。三次元戦闘では紡錘陣で突破など荒唐無稽なことはできない、包囲すれば勝ち。いや、包囲できる体制になれば勝ちだ。
「よし!円柱陣をとれ。密集しろ!」
バルサ大将はまるで勝利が決まった時のような顔をした。本当に負ることなどコンマ1%も頭にないのだろう。彼はこの陣を敷くことができるかどうかが勝負だと思っていた。この陣は敵軍の一点をつく時に使うのが普通だが、横への攻撃力は高いし、密集しているため敵は真横をずっと打たれる。移動も容易で突破されてもすぐに作り直せるため包囲に持ってこいなのだ。海戦だと縦陣に似ている。
「よし、最深層、第二層、第三層の艦艇に告ぐ、敵魯国艦隊に怒りを込めて砲弾を発射せよ! 」
大将の砲撃続行の命令に各艦の士気は天を衝き砲という砲が張艦隊に向けられた。