彼方の声   作:伊藤 薫

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《登場人物紹介》
 成瀬川真嗣・・・巡査部長。蔵前署刑事課強行犯係。
 橋爪毅  ・・・警部。成瀬川の上司。蔵前署刑事課強行犯係長。
 神城史絵 ・・・法医学者。成瀬川の友人。

・公安局刑事課四係
 武藤秀征・・・監視官。四係係長。
 速水俊哉・・・執行官。
 高階理作・・・執行官。
 国生聰 ・・・執行官。
 島峯光治・・・執行官。


プロローグ

わたしの不義をことごとく洗い流し、わたしの罪を浄めてください。

[詩編51章]

 

 細やかな雨が降り続いている。

 成瀬川真嗣は蔵前署の玄関に立ち、鉛色の空を見上げた。

 東京に聳える3つの塔の方角に眼をやる。港区芝の東京タワー。押上のスカイツリー。そして、霞が関から台場に移転した厚生省本部、ノナタワー。

 21世紀末、全ての人々に最良の生涯をもたらすべくして稼働する包括的生涯福祉支援システム〈シビュラ〉によって厚生省には絶大な権力が与えられ、ノナタワーは新世界のシンボルとなった。そして、〈シビュラ〉を擁する厚生省は自らの権能を法秩序へと押し広げようとした。

 成瀬川の隣で、上司の橋爪毅が言った。

「そら、やって来たぞ」

 橋爪の視線の先を追う。蔵前橋通りから覆面パトカーと、後方から窓が鉄格子で封印された装甲バンが続いてくる。

「これから会う連中を、同じ人間だと思わない方がいい」

 装甲バンの到着を見ながら、橋爪が低い声で言った。

「あの護送車ですか?」成瀬川は言った。

「連中はサイコ=パスの犯罪係数が規定値を超えた人格破綻者だ。本来なら潜在犯として隔離されるところを、ただひとつ許可された社会活動として、同じ犯罪者を狩りたてる役目を与えられた」

 人間の心理状態や性格的傾向はサイマティックスキャン技術によって解析され、〈サイコ=パス〉として数値化される。この数値に基づき、その存在が社会にとって有用であるか脅威であるかを天秤に掛けられるようになった。そして〈シビュラ〉が社会の脅威と判断した者は潜在犯として逮捕され、社会から隔離される。犯罪係数の概念である。

 人格破綻者。犯罪者を狩りたてる役目。

 普段なら聞き慣れぬ言葉に、成瀬川は思わず身体が震えた。眼の前に覆面パトカーが停まる。運転席のドアを開けて降りてきたのは、初老の刑事だった。背筋がピシッと伸びているような感じだ。

「武藤さん、久しぶりですねえ」橋爪が言った。

「こちらこそ」

「刑事課四係の監視官、武藤秀征さんだ」

 橋爪が紹介すると、成瀬川は会釈する。

「今日は全員ですか?」橋爪が訊いた。

「刑事課の人員不足は知ってるでしょう?」武藤は苦笑した。「たった20人でこの東京をカバーしろというんだから、半分しか連れて来れなかった」

 装甲バンの後部ドアが開いた。長身の若い男が2人、降りてくる。武藤がそれぞれ、速水俊哉と高階理作と紹介する。2人のうち年かさに見える方が速水、顔立ちが幼く見える方が高階と成瀬川は覚える。成瀬川の自己紹介を遮り、速水が低い声で言った。

「君のことは知ってる。有名人だからな」

「どういう意味ですか?」

「警視庁が最後に採用した警察官としてね」高階が代わりに答える。

 成瀬川はわけもなく《そんなことではないはずだ》と思い、忘れたはずの過去から密やかな呼ぶ声が聞こえてきた。

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