戸部の自宅は建売住宅らしく、同じ造りの家が近所に何軒も並んでいる。敷地は30坪ほど。シンプルなデザインの家だった。
「建って5年ぐらいだな」速水が言った。「いくらだと思う?」
「はあ」
「公営の老人ホームの職員が背伸びして買える家か、怪しいもんだな」
速水がインターホンを押す。かすれた声で返事があった。
《どちらさま?》
速水はホログラムをモニタにかざした。
「公安局の者ですが」
30代くらいの痩せぎすの男がドア越しに顔をのぞかせた。
「永嶋真弓さんのことで、お伺いしたいことが」速水は永嶋良信の母親の名を言った。
成瀬川は戸部の挙動に眼をこらした。顔を半分しか見せようとしない戸部の言葉に、信憑性があるかどうかを見極めようとした。
「私はケアセンターから派遣された介護士として、お手伝いしているだけです。個人的なことは何も」戸部は口ごもる。
「葬儀の時に、真弓さんの息子、良信さんに会ってますね」
「ちらっと」
「ちらっとですか?」速水はドアに手を掛けた。「それで、良信さんに村田誠吉さんの住所を教えたんですか?」
戸部はビクッと肩を震わせた。
「いいお宅ですね。いつご購入されたんですか?」
速水はたった今、気づいたように言った。
「いつって・・・そんなこと関係ないでしょう」
「失礼しました」速水はドアの中に半身を押し入れた。「あなた、永嶋真弓さんの身元引受人になってますね?」
「行きがかりでそうなっただけです」
「世話をした老人の全部の身元引受人になってるんですか?自分の両親の世話だけでも厄介だと思うのに、奇特な方ですな」
「何が言いたいんです?」
戸部は気色ばんだ。細面の顔に恐怖の色が浮かんでいるように見えた。
「銀行の口座を調べたんですが、永嶋真弓さんにかなりの額の預貯金がありましてね。老人ホームに入居する4年前にほとんど引き出されています。近くの不動産屋に尋ねたんですが、戸部さんは同じ時期に、この家を即金で購入されてますね」
成瀬川は思わず速水に眼を向けた。そんなことは事前に何も教えてくれなかったことに気分を害した。戸部は低い声を出していた。
「そんなことは、他人の知ったことじゃない」
「永嶋真弓さんと他人なのは、あなたの方じゃないんですか」速水はゆっくりと言った。「血縁は良信さん1人だけです」
「私には権利があります」戸部はボソッと言った。
「お邪魔しますよ」
速水は成瀬川の顔を一瞥するなり、急に靴を脱ぎだして廊下に上がった。玄関に立つ戸部の胸を肩で突くようにして、速水は先を急いだ。成瀬川も慌ててその後に続く。玄関には女物の靴が見えた。
「ちょっと待ってくれ!」
戸部が悲鳴を上げた。同時に廊下の突き当たりのドアが開き、女性が出て来た。戸部の妻だろうか。
「ご主人にお訊きしたいことがあって、おうかがいしてます」
速水はさっと一礼した。
「お前は奥に居なさい」
戸部は廊下を走り、妻を部屋の中に押し戻した。
速水と成瀬川はリビングに入った。リビングは3坪ほどの庭に面していた。日当たりも良く、カウンターキッチンとひと続きになっている。床はフローリング仕上げ。薄型テレビも応接セットもモデルルームにいるような雰囲気を醸し出している。
リビングに続く和室の介護用ベッドに老齢の女性が浅い息を吐きながら、眠っている。呼吸用カニューレが鼻腔に差し入れられ、ベッドの脇にあるモニタから電子音が鳴っている。成瀬川はその女性の顔を見て驚いた。
老人ホームで死んだはずの永嶋真弓だった。