捜査に休日はない。祝日だったその日も午前7時過ぎには、刑事課四係の執行官が装甲バンに乗って蔵前署に現われた。成瀬川と速水は永嶋良信と吉崎理沙の姿をもとめて、今日も深洲地区に出向いた。
速水は成瀬川など眼中にないように、軽量ブロックを重ねた粗末な家が密集する地区を進んでいた。凄まじい夫婦喧嘩がどこかから聞こえてくる。後を歩く成瀬川が思わずその場に立ち止まると、背後を振り向かずに速水が口を開いた。
「村田から電話があった?」
「はい」
成瀬川は即答した。少しでも間があけば、速水に怒鳴られるような気がした。恐れる必要はない。成瀬川はそう自分に言い聞かせる。経験や立場は違うが、刑事であることに変わりない。しかし、速水の背中から発する圧力に成瀬川は抗しきれない。
速水が不意に立ち止まった。
「村田からの電話がどんな内容だったのか知りたいから訊いてるんだ」
「あっ、はい」
特別な内容でもなかったので、言う必要は無い。成瀬川はそう思っていた。
「歩く時は俺の左側を並んで歩くんだ。後ろにいたら、話がしづらい。嫌でも、仕事だと思ってそうしてくれ」
「分かりました。すいません」
「うるさいことを言うようだが、大事なことだ。それで、村田は何と言ってきた?」
「『何か分かったか』と言ってきました」
「それで、お前は何と答えた?」
「『まだです』とだけ」
速水はしばらく黙った後、成瀬川を見やった。
「『何か分かったか』と村田から訊かれる筋合いは無いし、正直に返事する必要も無い。村田が何でそんなことを訊いてくるのか。心当たりはあるか」
「いえ・・・」
「村田には理沙の居所を知りたい理由があるんじゃないか」
「理沙がいないと、生活が成り立たないからではないでしょうか」成瀬川は言った。「何と言っても唯一の血縁者ですから」
速水は顎をひと撫でし、首を振った。
「村田にとって、理沙が飯のタネだったのは間違いない。だが、それだけじゃない」
「村田には、理沙の口から洩れてはならない何かがあるということでしょうか」
「本人に会って聞くしかないな」
2人は公用車に戻り、村田の家に向かった。速水が車内で口を開いた。
「これはお前が手掛ける最初の事件だ。成瀬川真嗣の報告から、この殺人事件の糸口が見つかったんだ。そのことを片時も忘れるな」
春日通り沿いのコインパーキングに、公用車を停める。成瀬川と速水が村田の家の前に来ると、細い路地に黒塗りの乗用車が停車していた。車のナンバーが公安局の捜査車両に割り当てられる番号だった。それに気づいた速水は黒い車に歩み寄り、助手席の窓を軽く叩いた。助手席の窓が下がり、中年の男が顔を覗かせる。
「やあ、お2人さん、奇遇ですねえ」速水が言った。
「なんだよ、キザ野郎とかぶったか」
速水が「四係の同僚を紹介しよう」と成瀬川に言った。助手席の中年男性は国生聰。運転席に座っている若輩の男は島峰光治。島峰は黙って会釈をする。2人とも刑事課四係の執行官だった。
国生と島峯は1か月前、都内で起きたある発砲事件について、被疑者の暴力団員が使用した拳銃の入手ルートを洗っている。その捜査線上に、隅田会系徳永組の構成員で呉大永という男が挙がっている。過去に数回、銃刀法違反で逮捕されている呉は10年前、府中刑務所において同じ時期に傷害罪で服役していたある男から「拳銃を入手したい」と持ちかけられたという。
「その呉ってヤツに拳銃が欲しいって言った男が気になるねえ」
速水が舌なめずりする。
「男の名前は村田誠吉」国生が言った。「吉富組の構成員だと呉に言ったらしい」
「呉は組が違うことを理由に相手にしなかったそうだが、出所後にまた村田に会った時、呉は知り合いを1人紹介したそうだ。その知り合いについては供述を拒否している」
「村田が実際に、呉が紹介した知り合いに会ったんでしょうか?」
成瀬川の疑問に答えたのは、島峯だった。
「呉は知らないと言ってる」
国生が低い声で言った。
「俺たちは、別の組から拳銃から流れたとは思ってない。系列の末端同士・・・例えば『預かり』という形で村田が拳銃を手に入れた可能性が残ってる」
「それで、おやっさんたちが村田の家を張ってるわけね」速水が言った。「何か動きは?」
「特には。競馬ラジオを聴きながら、真っ昼間から呑んだくれてる。気楽なもんさ」