彼方の声   作:伊藤 薫

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 成瀬川と速水はあらためて村田の自宅に向かった。国生たちは捜査車両を家の裏手に回した。成瀬川が引き戸の外から声を掛けると、村田が玄関口に姿を現した。相変わらず酒臭い息を吐いている。

「何か分かったんか?理沙は無事なのか?」

「まだ分かりません」

「今日は何の用じゃ?」

「永嶋良信が持って出てったという、誠吉さんの靴と鑿はどのような形のものですか」

「何回言わすんだ」村田は喧嘩腰だった。「刑事はアホばっかりそろえてるのか」

「道具箱を見せてくれませんか」速水が言った。

「ワシの言うことが信用できんのか」

 村田はそう言うなり、家の奥に戻った。速水が「マズいぞ」と呟いた。

「誠吉さん、何をしているのですか?」

 成瀬川が声を掛ける。裏手にある勝手口から国生と島峰が中に潜り込んで、村田が所持しているかもしれない拳銃を探す手はずになっていた。成瀬川が靴を脱いで廊下に上がろうかと思った時、村田が出て来た。村田は右手に何か持っている。

「違います」速水が言った。「大工道具一式が入った道具箱を見せて下さいと言ったんです」

「それをやっと見つけたんじゃ。ホレ、二本もあった」

 村田は手に持っている物を成瀬川に渡した。

「これは何ですか」

「ワシが大工してた時分に、親方が考え出したシロモノだ。どんなに細かい、小さい穴でも見事に彫れる」村田は誇らしげに言った。「こんな鑿を使えるのは、親方だけだった。ワシに1本作ってくれた。それで、もう1本は死ぬ時に形見にもらった。その形見の方を良信のガキは何でか知らんが持って逃げたわ。たぶん、あっちはワシが大事に磨いて錆びてなかったはずだ」

 通常、眼にする鑿の形状ではなかった。刃先の一方が丸くなっている。幅は狭い。柄は普通よりも太くて長い。安定感がある。鑿の切れ味など想像もつかないが、この鑿の丸い刃先なら横一直線に首を払えば、写真で見たような形状の切断面になるかもしれない。永嶋はこの鑿の威力を知っていて持ち出したのだろうか。

「こいつは錆びてるが、形は一緒」村田が言った。「あのまま大工を続けてたら、ワシも親方になれたかもしれん」

「もう一度、言います。道具箱を見せて下さい」

「あるか。とうの昔に捨てた」

「この鑿を貰うほどの腕をしてたアナタが、大工道具を全部捨てますか」速水が言った。

「ワシの勝手じゃ、四の五の言わずにこれを持ってけ」

 成瀬川はショルダーバックからハンカチを取り出し、鑿を包んだ。2人は村田の家を出ると、近所の公園で国生と島峯に合流した。速水が「チャカは?」と切り出すと、島峯が渋い表情を浮かべて答えた。

「見つからん。天井も覗いたが、出てこない」

「一応、土産はある」国生が悔し気に吐き捨てる。「歯磨き粉のチューブの中にあった。レミントンの普及品。大型のオートマチック用だ」

 国生がスーツのポケットから掴みだしたのは短銃用のカートリッジが5発だった。とっさに速水が突き出したハンカチの上に、金メッキが施された9ミリ・パラペラムのずんぐりした弾が5発、ばらばらと落ちてきた。速水が口を開いた。

「あのジイさんが理沙の行方を気にしてるのはこれかもしれないな」

 村田への張り込みを続ける国生たちと別れ、成瀬川と速水は蔵前署に戻った。2階の刑事課室には公安局の武藤係長しかいなかった。

「係長、凶器が見つかりました」速水が言った。「成瀬川、見せてやれ」

 成瀬川はショルダーバックからハンカチに包んだ鑿を取り出して机に置き、村田からの聴取結果を報告した。武藤は鑿をじっと見つめ、速水が現場写真を取り出す。武藤は被害者の裂けた首と机上の錆びた鑿を見比べ、「凶器かもしれないな」と呟いた。速水は村田が不当に拳銃を所持していたこと、永嶋がその拳銃を持ち出した可能性について報告した。

 その時、刑事課室のドアが勢いよく開いた。高階と橋爪が帰って来た。懐かしい人を見るような気持ちになり、成瀬川は自然と「お疲れ様でした」と言っていた。

「係長、永嶋の潜伏先が分かったかもしれません」

 高階がメモ帳を胸ポケットから取り出した。

「永嶋には刑務所で唯一、仲の良かった奴がいました。名前が横河謙。年齢は同じ45です。住所が板橋区前野町×‐×‐×。3人の職員が言うには、永嶋と仲が良かったのは横河だけで、記録簿にもそう書いてありました」

「凶器が見つかったのか?」橋爪は成瀬川に訊いた。

 武藤が机上の鑿を顎でしゃくってみせた。橋爪は机に歩み寄ってじっと鑿を見つめ、被害者の切り裂かれた首の写真を鑿の横に滑らせた。

「理沙もこの鑿でやられるかもな」

「今から成瀬川と高階の3人で、横河の家に行って来ます」速水が言った。

 武藤はうなづいた。

「犯人が拳銃を所持してる可能性があるということだから、レイドジャケットを着用していくように」

 3人はスーツの上から防刃・耐衝撃仕様のレイドジャケットを身に着け、無線機を腰のベルトに差した。成瀬川は念のために制式拳銃を脇のホルスターに吊るし、装甲バンに乗り込んだ。蔵前署を出発すると、速水が低い声で言った。

「たぶん、永嶋はいる。理沙もな」

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