彼方の声   作:伊藤 薫

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 成瀬川は腕時計に眼をやる。横河の家を捜し始めてから15分ぐらい経っている。腰のベルトに差した無線機がノイズを出している。成瀬川がそれに気づいた時、右耳に差したイヤホンから高階の低い声が響いた。

「《ハウンド2》より《ハウンド1》へ」

 前方を進んでいる速水が脚を止め、無線機に口許を寄せる。

「《ハウンド1》、家が見つかったのか?」

「3分前、この地域にエリアストレス警報が発令されてる。警報の発信源が横河の家のようだ」

「了解。《ハウンド2》は現場に向かうように。こちらもすぐに向かう」

 ペンライトの灯りを消し、速水は手首の端末に眼を落とす。エリアストレス警報の発信源を確認する。

「ここから300メートルほど南が現場だ。急ごう」

 現場はシャッターがついた一軒家だった。家の右端に玄関らしきガラスの引き戸が備えつけられている。速水と成瀬川が現場に近寄ると、高階も家の前に来ていた。

 家の中から金属のような物を打ち付ける音が聞こえてくる。速水はハンドサインで、高階に家の裏手に回るよう指示する。成瀬川は表札に眼をやる。《横河》。

 速水は中腰で進み、玄関の引き戸を音も無く開ける。ドミネーターを構え、無言で靴を履いたまま、家の中へ入って行った。速水の後に続いて、成瀬川も玄関に入る。途端に甘いガス臭が鼻を突いた。

 異臭がこもった半闇の廊下に、部屋の明かりが漏れていた。その手前に何かが倒れている。速水がペンライトで足元を照らす。男がうつ伏せになって、腹の周りから大量の血を流している。絶命しているのは明らかだった。勝手口から廊下に入って来た高階が蒼ざめた男の顔を見るなり、「横河だ」と呟いた。

 速水が明かりの漏れたドアに身体を寄せ、部屋の様子を窺った。

 男が金槌を振るっている。手提げ金庫を壊している最中だった。座卓の傍に女が倒れている。ドミネーターの宣告が成瀬川の脳裏に響いた。

『犯罪係数・オーバー288・執行対象です・セイフティを解除します』

 その時、男は金槌をドアに向かって投げ捨てた。3人の刑事は部屋に踏み込んだ。

 こちらを振り向いた男の顔は永嶋で間違いなかった。成瀬川は永嶋が若い頃の写真しか見ていないが、穴のあくほど見てきた顔だ。年齢以上に老けているように見える。衣服や靴には血液が付着している。

「永嶋良信か」速水が言った。

「お前ら、何だ!」

 永嶋は血の付いた鑿を速水に向けた。

「公安局だ!大人しくしろ!」高階がたたみかけた。

 永嶋は床に倒れていた女の身体を抱え、その首に腕を巻きつける。成瀬川は女が理沙であることを確認する。理沙は永嶋の腕にぶら下がる恰好になった。

「近寄るな!」

 永嶋が鑿を理沙の首筋に当てた。喉仏の辺りから血が滲む。

 3人は廊下に後退した。ドミネーターが警告音を発し、再び脳内で宣告する。

『対象の脅威判定が更新されました・執行モード・リーサル・エリミネーター・慎重に照準を定め・対象を排除してください』

 成瀬川は手元のドミネーターに異変を感じた。自動で装甲が開き、それに合わせて放熱板や電磁波放出装置が展開する。大型拳銃に似たドミネーターは削岩機のような外観に変貌する。自動で変形する様子に、成瀬川は眼をみはった。

「巫女さんが死刑宣告を出しやがった」高階が呟いた。「やな事件になっちまったな」

 速水の肩越しに、成瀬川は永嶋の様子を窺った。鑿が当てられた理沙の首筋が見る見るうちに赤く染まっていく。心奥ではドミネーターの発砲をためらっていた。成瀬川はその気持ちが次第に落ち着いてくるのを感じ、2人の執行官に「撃ちます」と囁いた。2人は了解の合図として、小さくうなづいた。

 成瀬川はドミネーターを構えた。銃口を理沙に向ける。モードがパラライザーに切り替わる。成瀬川はトリガーを引いた。

『犯罪係数・オーバー160・執行対象です・セイフティを解除します』

 電光が閃き、中枢神経系を麻痺させるビームが炸裂する。理沙が苦しげにうめき、その場に昏倒する。突然、上腕にのしかかった理沙の体重に引っ張られ、永嶋の身体が前方に倒れかかる。

 成瀬川は永嶋にドミネーターの銃口を向ける。エリミネーター・モードに切り替わる一瞬を衝き、永嶋が鑿を投げ捨てジャンパーから自動拳銃を抜いた。

 撃たれる。

 成瀬川は思わずそう感じた。

 速水が「危ない!」と怒鳴り、背後から突き飛ばした。

 永嶋は躊躇なくトリガーを引いた。1発の銃弾が速水の肩を貫き、呻き声が漏れた。成瀬川は頬に焼けつくような痛みを感じ、床に倒れる。高階が何か叫んだが、その怒号も銃声でかき消された。

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